第5話 冒険者にドッキリを仕掛けてみた
俺の目の前にいた受付嬢が十字傷の男に駆け寄り、周囲にいた冒険者たちの注目が集まる。
「どうされたんですかアルフレッドさん!? Aランクであるあなた方のパーティーが……!」
「わかんねえよ! 強いドラゴンが現れて襲いかかってきたんだ! そんなことより、誰でもいいから妹を助けてくれ!」
彼の必死な様子に冒険者ギルドの中が慌ただしくなる。
ヒーラーらしき冒険者たちが治癒魔法みたいなのをかけ始めた。
「ダメだ……火傷が酷すぎる! おまけに頭も抉れてやがる……!」
「治しきれない!」
ヒーラーらしき人たちは必死に魔法をかけているようだが、効果はあまり出ていないらしい。治癒魔法で治るかもしれないと思って様子見していたけどダメっぽい。
こんな空気の中でやりたくないけど、俺の能力を使うしかなさそうだ。
だけど、まだその時じゃない。
「おにぃ、ちゃん……ごめん、ね」
重症のローブ姿の女性が十字傷の男に語りかける。なけなしの力を振り絞っているのがわかるほどに、か細い声だった。
「バカ野郎! 気を強く持て! お前が死んだら、俺は……俺は……!」
十字傷の人は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらローブ姿の女性を抱き締めた。
「おにい……ちゃん、あい……し、て……」
妹さんはそこまで口にした後、糸が切れた人形のように動かなくなった。
眼から光が消えている。
この人の命は今失われたのだ。
「ああぁあああッ! 誰でもいい! 誰か助けられる奴はいねえのか!? 金ならいくらでも払ってやる! 神様なんて信じちゃいなかったが、この際神様でもいい! 妹を助けてくれよ! たった一人の大切な家族なんだよ!! クズみてえな俺にはもったいねえ、優しくてよくできた妹なんだよ!!! 俺が身代わりになってもいいから何とかしてくれよ!!! ああああぁああああッッ!!!!」
慟哭がギルド内に響き渡る。遠巻きに見守っている冒険者たちもつらそうな顔をしている。おそらく彼はここで名の知れた男で、妹を大切にしていることも皆知っていたのだろう。だから治癒魔法をかけている者たちも一生懸命に救命活動をしたんだろう。
だが、そんな努力も虚しく彼の妹の命は儚く散った。彼がどれだけ叫ぼうとも、命は一度失われれば戻ることはない。生きている者にできることは死者の魂が安らかな眠りにつけるよう祈ることだけだ。
通常であれば。
俺はこの時を待っていた。
できることならすぐに駆け寄って「ドッキリでしたー!」と言いたかった。だがもしもネタバラシはターゲットにとって最も危機的なタイミングでなければならないという発動条件があったらどうする? 王女様の場合は一番危機的な状況だったから成功したのだとしたら?
そう考えると妹さんが生きているときに行くのはまずい気がした。「ドッキリ大成功」ということは、失敗する場合もあるのだ。
俺は多分、王女様の時みたいに罵倒されることだろう。正直こんなお通夜みたいな状況で「テッテレ―! ドッキリ大成功!」なんて言いたくない。
だけど、彼女を助けるためにはやるしかない。
「よし、行こう」
深呼吸をして十字傷の男の正面に回り、プラカードを見える位置に掲げた。
「テッテレー! ドッキリ大成功ー!」
言ってしまった。もう後戻りはできない。
十字傷の男は涙と鼻水でぐじゅぐじゅになった顔を俺に向けた。
「……は? こんな時に何か言ってんだお前……? 殺されてえのか?」
青筋立ててキレられてしまった。
でしょうね。
覚悟していたけど、やっぱりキレられるの怖すぎるんだけど。
━━だが、勇気を出した甲斐はあった。
「お兄ちゃん騙されてやんのー!」
「うおおおッッ!!」
こと切れたはずの妹さんは傷など何もなかったかのようにすっくと起き上がり、兄に笑顔を向けた。
十字傷の男は驚きの声を発すると、驚きのあまり顔が固まった。
周囲からもパチパチパチパチと拍手が鳴り、わはははははと笑い声で響き渡った。どうやら冒険者たちも仕掛け人という設定らしい。やっぱり周囲の人は仕掛け人になるのか。見たところ全員拍手しているので全員仕掛け人になったようだ。
……やっぱり効果範囲えぐいな。
「ドッキリ大成功―!! これ特殊メイクだよ!! 血も本物じゃないよ!!」
妹さんは兄に説明した。えぐれていたと思われていた頭は特殊メイクでえぐれているように見えていただけだった。いや、嘘だろ。さっきまで本物のグロさだったのに、一瞬で安っぽいボディペイントに変わってしまった。
「……」
兄は放心状態で妹を見つめた後、ひしっと抱きしめた。
「お兄ちゃん!? 血のりついちゃうよー!?」
「心臓の音がする……温かい……生きてる、生きてる生きてる生きてる!」
十字傷の男はポロポロと涙を流した。
「夢じゃねえよな!? よかったァッ! エレミアが無事でよかったッ!! さっきのは嘘だったんだな!?」
「うん、そうだよ、さっきのはドッキリだから……やめてよお兄ちゃん、私まで泣いちゃうじゃん」
妹もつられて涙を流し始めた。
今回の場合は困惑や怒りよりも喜びの方が勝ったみたいだ。
「おーい、俺たちも無事だぞー!」
「……ってあれ、泣いてる。怒られると思ったんだけどな」
冒険者ギルドに体ががっしりとした男と弓を抱えた女が入ってきた。
後ろにはでかいドラゴンもいた。
「グローリー! ミラ!! お前らも無事だったのかよ……って後ろにいるのさっきのドラゴンじゃねえか!?」
「ああ、こいつも仕掛け人だよ。人っていうかドラゴンだけど」
「グオオオオッ!!!」
ドラゴンが吠えたのでめっちゃビビったけど、俺と十字傷の男以外はなんのリアクションも取らなかった。仕掛け人もとい仕掛けドラゴンであると知っていたようだ。モンスターにも有効なのかこの能力。
「ま、まあ、お前らも無事だったんなら別にいいよ」
十字傷の男はドラゴンにドン引きしつつも、苦笑しながら二人にそう言った。
「お、おう、ドッキリだったんだが……」
「なんか悪いことしたわね……罪悪感が……」
男が涙を流していたことに気付いた二人は申し訳なさそうにする。
周囲には拍手と笑い声が満ちていた。
彼につられて泣いている奴もいた。
俺も泣きそうだった。
たちが悪い能力だと思っていたけど、そうでもなかったようだ。
そうだよ、こういうドッキリが一番いいんだよ。
まあ、最低なんだけどね。
◆
「あら?」
魔王軍四天王の一人、モニタは異変に気づいた。
魔王の命令を受けた彼女は、目当ての者を探るために様々な町を強力な魔物に襲わせていた。モニタは魔物使いであり、使役する魔物と意識を繋げ、各地からの報告を受けていた。
そのうちの一体の魔物との繋がりが突如として消えた。
「おかしいわね……」
この魔物からは、先ほど冒険者パーティーを襲って一人だけ生かして帰したという連絡を受けたはずだ。怪我をしたわけでもないし、それからは特に何の問題もなかった。
だが、一瞬にしてその魔物との繋がりが消えた。
「不意打ちを喰らったか……あるいは魔王様のおっしゃっていた転生者か。なんにせよ、この目でたしかめないとねぇ」
モニタは魔王に連絡を入れた後、魔物が消息を絶った付近にある町へと向かった。