第3話 王女にドッキリを仕掛けてみた
——痛い。
斬られた箇所は火であぶられているような熱を感じるのに全身が寒い。
やばい、やばい、死ぬ。
「なんてことを……! しっかりして……!」
王女様が倒れた俺を抱き抱えた。涙が俺の頬に落ちてくる。次こんな目に遭うのは自分だというのに、まだ他人の俺を心配してくれるなんてアニメ映画のプリンセスのように優しすぎる。
「次はあなたの番です」
「くっ……!」
だが、そんな人にも終わりが迫っていた。
死なせたくない。だけど今の俺には何もできない。起き上がる力もないし、呼吸するだけで精一杯だ。
——いや、まだできることはある。
俺はまだプラカードを手に握ったままだ。残った力を振り絞ればもう一度「テッテレー! ドッキリでしたー!」ができるかもしれない。というか現状これしかできない。
どうせこのままだと死ぬんだ。
——この一撃にすべてを賭ける!
「テッ……テレぇ……ド、ドッキ、リ……大成、功ぉ……」
最後の力をふり絞り、俺はお決まりの言葉を口にした。それはダメでもともとの最後のあがきだった。
だが、口に出した瞬間、痛みが消えた。
「……は、はい? こんな時に何を……」
王女様が腑抜けた声を出す。今際の際の一言が意味不明だったので戸惑っている様子だが、説明している場合じゃない。
俺はその場から起き上がった。
「ちょ、ちょっと……安静にしないと!?」
「……治った?」
さっきまで全身を苛んでいた激痛が綺麗さっぱりなくなっていた。傷があったと思しきところには血が付着しているが、触ってみても痛みは感じない。
「い、いったいどうしたというのですか……?」
「王女様、ご安心召されよ! それは血のりですぞ! 本物の傷ではございません!」
「は、はあ? 血のり?」
さっきまで殺気を向けていたおじさん騎士がニッコニコの笑顔でそんなことを言い放った。
「かっかっか! いやぁ、見事に騙されましたな!」
「は? ……え? え?」
さっきまでの凛々しかった様子はどこへやら、王女様は間抜けな声を出し目を丸くした。かくいう俺も騎士たちの変化にはビックリだった。さっきまで殺意満々だったのに、今はみんなへらへらとした笑みを顔にはりつけている。
「ご覧くだされ私の剣を! この通り血のりが出るのですよ!」
騎士のおじさんが剣を掲げると剣先からぴゅっぴゅっと赤い液体が飛び出てきた。なるほど、俺の体についてるこれは血のりだったのか、なんだびっくりした〜。
——ってなるかボケェッ!!!
あの痛みは絶対本物だったし、流れたのも本物の血だった。絶対そうだった。
だというのに付着した血を舐めてみても生臭い鉄の味が全くしない。
本物の血が血のりに変わった? 一体どういうことだ?
「あ、そ、そうだッ! メイはどうしたのですかッ!? あなたが斬って捨てたメイは……!」
「私でしたら無事ですよ」
さっきまで虫の息だったメイドがスカートについた土埃を払いながら立ち上がった。
「迫真の演技でしたね隊長様。王女様、見事に騙されてましたよ」
「かっかっか! おぬしの斬られっぷりも堂に入っておったぞ!」
メイドさんが自らを殺した相手と和やかに会話している。さっきまで顔面蒼白だったし死体だと思っていたけど生きていたのか? いや、まさか……蘇った?
「メ、メイ! 無事だったの!?」
王女様は涙を流しながらメイドに抱きついた。
「おっと、王女様お気を付けください。血のりがついちゃいますよ」
「い、生きてる……! そんな……だって、息もしてなかったのに……!」
「ふふふ、おもしろいリアクションをしてくれますね」
「わはははは! リアクションがおもしろすぎて笑いをこらえるのに苦労しましたぞ!」
「「「「わはははははは!!!」」」」
騎士たち全員が王女様の戸惑う様子に笑う。
この様子だとおそらく殺されることはないんだろうけど、まったく安心はできなかった。
ただただ不気味すぎる。
「あ、あなたたち、これはどういうこと……? 説明しなさい!」
周囲の人間の変わり様に、王女様は殺されかけた時以上に狼狽えていた。
「まだ理解できていないご様子ですな。いいでしょう、一言で申し上げますと今までのことはあなたを驚かせるための冗談だったということですよ」
「じょ、冗談? ……ちょっと待って、だったらお兄様は? あなたたちに私の殺害命令を出したんじゃないの?」
「ふはははは! 俺ならここにいるぞ妹よ!」
茂みから現れたのは金髪イケメンだった。白い布に金色の装飾品がちりばめられた、いかにも王子様っぽい服を着ている。王女様の兄だし、実際王子様なんだろうな。
「お兄様!? なぜここに!? 私を直接始末しに来たのですか!?」
「ククク、まだ混乱しておるようだな。これはドッキリだぞ! 本当に殺すわけがなかろう! そばで見ていたが、実に愉快であったぞ!」
「ど、どっきり……? だけど、お父様が倒れた今、王位を得るためには私が邪魔なのでは……」
「余はここにおる」
次に茂みから現れたのは、白いひげをたっぷり蓄えたダンディーなおじさまだった。ごてごてとした華美な衣装に身を包んでおり、頭に乗せた王冠が彼が一国を治める支配者であることを示している。
「お父様……!? そ、そんな、病に伏してからは目覚めることすら叶わず、そのまま息を引き取ったはずでは……!?」
「ふぉふぁふぉ、トリックじゃよ」
王様はにこやかに言う。ちょっと待て。だったら俺の冒険の序章である王位継承編はどうなるんだよ。俺の冒険は始まることすらなく終わったのかよ。丸く収まるのなら別にいいんだけど、なんだか釈然としないな……。
いや、それよりも今はこの状況だ。
ここまでの彼らの様子から俺は理解した。
おそらく、「全てをドッキリにする」、それが俺の魂剣の能力だ。
プラカードを掲げただけで問題を一瞬で解決する、いや問題そのものをなかったことにできてしまう反則級の強さ━━完全にチート能力ですねやったー。
「みんな、私を騙していたの……?」
王女様が呟いた。その瞳からは涙がこぼれていた。
「私がどれだけの想いで、ここまで逃げてきたと思っているのですか……?」
その目には怒りや、やるせなさがあった。命の危険を感じながらここまで逃げのびたのに、全部嘘でしたと言われたらそれはそうなる。ドッキリの悪いところだ。申し訳なさが芽生えてくる。
「はははは! その顔が見たかった! まったく、こんな大がかりな仕掛けをほどこした甲斐があったというものだ!」
「あははは!」
「フフフフフ!」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ!」
「「「「わははははははは!!!」」」」
そんな沈痛な面持ちの王女様を、他の人たちは問答無用とばかりに嗤う。
「……」
王女様は無言で嘲笑に耐える。怒れば彼らの笑いに燃料を足すだけだと気づいたようだ。おそらく周りが敵のように見えていることだろう。かわいそうに。
だけどドッキリにしなかったら死んでたわけだから、これくらいは我慢してもらうしかない。ターゲットの感情に目を瞑ればこの能力は最強だ。
使い方次第では魔王すら簡単に倒せるかもしれない。
俺はプラカードを強く握りしめた。
「やってやる……」
この世界をドッキリで救ってみせる。
——たとえ一人の心を犠牲にしても。
◆
「いかがされましたか、魔王様」
魔王が目を細めたのを見て、魔王軍四天王のモニタは聞いた。普段からあまり感情を見せない魔王が不快げな表情を浮かべるとは、何かあったのか。
「世界が書き換えられた」
「書き換えられた……ですか?」
「貴様には理解できぬことだ」
「左様でございますか」
そっけない言葉だったが、モニタはすんなりと聞き入れた。
両者にはそれだけの実力差があった。自分に理解できないことでも、王であれば理解できるのだろう。
「女神め、懲りずに新たな転生者を呼び出したか……それも俺と似たような改変能力を持っている」
魔王からいくつか指示を受け取ったモニタは玉座の間より立ち去った。
その後ろ姿を眺めつつ、王はつぶやいた。
「世界の結末はすでに決まっている。変えようとする者は——すべて葬るまで」