第1話 異世界に飛ばされた
気がつくと俺は一面真っ白の謎の空間にいた。目の前には美しい女性が立っている。
見るからに上質な白いローブが風もないのに揺蕩っており、それを身にまとう美女の姿は西欧の神話に出てくる女神を彷彿とさせた。
あまりの幻想的な光景に、一瞬俺は死んだのかと思った。
「どうも私は女神です。キリさん、あなたは死にました」
本当に女神だったし、俺は普通に死んでいた。
あっさり言うなよ。
「あのー、俺さっきまでドッキリ番組見てたはずなんですけど、なんで突然死んだんですか?」
「本来であればあなたはまだ死ぬはずではなかったのですが、私の手違いで死んじゃいました。ごめんなさい」
「は? あなたのせいで死んだんですか?」
「ふふっ、はい」
「どうしてくれるんですか? なんでちょっと笑ってるんですか?」
人を殺しておいてこの態度、この女清楚な見た目に反して相当のサイコパスだ。
「まあまあ、落ちついてください。代わりと言ってはなんですが、別の世界に転生させてあげますから」
「え、マジすか? 異世界転生ってやつですか」
「そうです。剣と魔法のファンタジーですよ!」
「おお! ちなみにそこってネット使えます?」
「使えるわけないじゃないですか」
「ふざけんな、元の世界に戻せよ」
転生には興味があるが、俺はインターネットがないと生きていけない。
よくよく考えたらやりかけのゲームとか見たい映画とかあるので普通に元の世界じゃないと嫌だ。冒険よりも快適な生活のほうがいい。
「転生した先で魔王を倒し世界を救ってください。そうすれば元の世界に戻して差し上げます」
「いやいやいやいや、お前何言ってんの? 即刻戻せよ、こっちは被害者だよ?」
「魔王は強力な能力を有しております。これまでに幾人もの勇者が魔王によって倒されてきました……」
俺の訴えを無視して女神はイベントムービーを進める。人を殺しておいて元の世界に戻して欲しかったら魔王を倒せとか誘拐犯かよ。
「てか、俺ただの一般人だぞ。魔王とかそんな強そうなのに勝てるわけないだろ」
「ええ、今のままではあなたはクソ雑魚ナメクジなので雑魚モンスターにすら勝てません。ですがご安心ください。あなたでも立派に戦える特別な武器を差し上げます」
「特別な武器? おお、やっぱり異世界転生といえばチートだよな。一番良いのを頼む」
「ええ、では……」
何か手渡してくれるのかと思ったら、俺の胸から光の球が出てきた。蛍の光を想起させる弱々しい光。命の輝きにも似た儚さだ。
その光の球は徐々に棒状に形を変えていく。
「お、おお……」
「それはあなたの魂を具現化した武器……魂剣です。魂剣にはその人特有のユニークな能力が刻まれています。能力次第では雑魚のあなたでも魔王に打ち勝つことができるでしょう」
「ガチャみたいな感じか」
魂を具現化した武器、なるほどかっこいい。武器名が「たまけん」じゃなかったらもっとテンションが上がっていただろう。
光は徐々に剣の形に近づいていく。いや、剣というか、鎌? なんだこの形。
やがて光が収まり現れたのはプラカードだった。「ドッキリ大成功!」と書かれている。
「なんだこれ」
思わず呟いた俺は、今度は女神様の方を向いて言った。
「ねえ、何これ」
「それがあなたの魂を具現化した剣……魂剣です」
「俺の魂の形ってこんななの?」
「多分、あなたの趣味嗜好が反映された結果かと……」
「たしかにドッキリ番組は好きだけど、魂の形が変わるほどじゃないと思うんだが」
なんなら動画見たりとかゲームしたりする方が好きなんだけど。武器と言われてもこれで誰を倒せるんだよ。
「直前の思い出に魂が引っ張られてしまったみたいですね。言葉を選ばずに言うと、魂が浅かったみたいです」
「魂が浅い」
言われてみれば何かに熱中したこともないし、努力とか全然しないし、浅いと言われれば浅いのかもしれない。浅いと言われたのに怒りが湧いてこないのも魂の浅さに拍車をかけている。
「なんかおもしろそうですし、とりあえずそれでがんばって世界を救っちゃってください」
「おい、ふざけんなよ! これでどうやって戦えってんだよ!」
「いってらっしゃーい」
全身が光に包まれ、女神の姿が消える。
こうして俺の異世界をめぐる大冒険が無理やり始まったのだった。