再生斬り
風を切り裂く音が辺りに響いたのと同時に、敵の右腕が切断された。敵は意に返す事なく体勢を整えるためにその場を離れる。西頭はそれを追うこともなく、隙のない立ち居振る舞いで敵を見据えている。
「『再生魔法の呪文』追撃をしないのか?今のは俺を殺すチャンスだったと思うが?」
敵は話しながらも切断された腕に魔法を流し込む。しかし本来は数秒で新たな腕を生やせるはずの魔法は、なんの変化ももたらす事はなかった。動揺し自らの切り落とされた腕に目を向けると、切断面はまるで生命の形が初めからそうであったかのように皮膚に塞がれていた。
「何をした!?」
その発言にはなんの策略もない動揺と理解できない事への恐怖に近いものが含まれていた。
敵の叫ぶような声に対して西頭は極めて冷静に応える。
「貴方の腕が再生する事はありません。どうか降伏していただけませんか?」
西頭がした事の原理自体はシンプルだ。刃に再生の力を持つ黄色魔素を流しながら切った。だが本来であれば黄色魔素に傷を再生をする力はあっても、傷の再生を阻害する力はない。だが西頭は切断と同時に黄色魔素で完璧に傷口を治す事で、これ以上再生のしようがない状態にして、最初から肉体が「腕の切れた状態」が正常であると誤認させたのだ。
特筆すべき点は2点である。1つは、この技を使うにあたって西頭は刃に最低限の魔素しか流していない事。それは、切れ味や威力は一切強化もされていない事を意味する。つまり西頭は身体強化を除けばその技量のみで魔法耐性も物理的防御力も強固な吸血鬼の腕を切断したのだ。
もう1つは、このような技は基本的に鍛錬を行えるような代物ではない事だ。魔獣には基本的に斬撃の威力を強化するように魔素を流し込む方が効率的であり、西頭自身もわざわざ非効率な手段を取るような人物ではない。それが意味する事は、果たして彼が高い戦闘センス故にこの技を成功させたという事だろうか。あるいはこの鍛錬で習得できるようなものではないこの技を、迷いなく繰り出せるほどの"経験"を西頭が積んできたことだろうか。
この吸血鬼の能力は非常に高い。それこそ身体能力や魔素耐性、魔素受容量では西頭を上回るほどに。そしてこの状況で相対する相手の力量を見誤る程愚かでもない。だがそれだけでは西頭の足元にも及ばない。実際に今一瞬の隙をつかれ、吸血鬼の顎は切り落とされた。
「〜〜〜!!!」
「今回の傷は後ほど魔法で治せます。意図としては貴方に詠唱されては互いの為にならないからです。」
顎を斬れたのであれば首も斬れた。今ならば理解できる。この男は自身と戦闘が始まった瞬間から手加減をしていた。最初はおそらく油断を誘い、隙を作るため。そして今はあえて殺さぬため。斬られると同時に治ってしまった腕と違い、止まらぬ血と痛みが顎のあった場所から溢れ出る。いくら吸血鬼といえども、呪文なしに傷を再生するには時間がかかる。だが、その呪文を唱える為の舌は顎と共に切り落とされた。吸血鬼はこの戦いに勝利する事はおろか、逃げ切ることもできないと悟った。
「後ろで待機しているのは貴方のお仲間でしょうか出来れば出てきていただけませんか?」
その言葉で、今まで有効な隙を作らんと気を伺っていたもう1人の吸血鬼が現れた。この女が今まで加勢しなかったのは決して臆病であるが故などではない。下手に加勢しようものなら、人質となり主の足手纏いになりかねなかったからだ。
「っ…その方を放せっ!捕虜ならば私がなろう!」
「申し訳ありませんが、その提案は受け入れることはできません。ご安心を。捕虜として不当な扱いはしないとお約束いたします。」
その言葉に、顎を斬られた吸血鬼は目を見開き、西頭を向いた。
「あ、いえ。決してあちらの女性を殺すつもりもございません。出来れば彼女には伝言を頼みたいので。ご協力いただけますでしょうか?」