西頭貴志の強さへの考察
人類最強は西頭貴志である。今や周知の事実であるが、その強さの理屈は納得できるものとは言えない。
西頭は人間であり、種族特性として非常に魔素回復速度が早い。また身体性能に関しても非常に高く、一般的な人間と比べ圧倒的に優れている。また武器や道具の扱いにも長けており、右手では魔素循環ブレードで切断による攻撃を、左手ではマナ・ガントレットによる打撃と防御をする中近距離の戦闘で無類の強さを誇る。また、魔素分析用の魔法刻印が施された眼鏡であるマナ・グラスを用いれば、元々高い観察眼をさらに強化できる。
そして西頭の最も優れた能力は状況を的確に理解し、その上でその状況を操る力である。西頭の弟子はこう述べる。
「西頭さんからはじめに叩き込まれました。自分ができる事を状況基準で考えろ。沼地に足を取られている状況では、走るという基礎的な事も制限を受ける。逆に相手が沼地に足を取られ、自分がそうでない時に自分は有利になる。晴れていれば洗濯物を早く干すことができる。水を飲めない状況では人はいずれ死ぬ。あらゆる状況で人はできる事が異なる。だからこそ状況を読み、その中で自分のできる事をしろと。でも西頭さんはその状況すらコントロールしてしまうんです。きっと西頭さんにとって状況をコントロールする事は、あらゆる状況で"できる事"なんです。」
と。確かにこれらから西頭がとてつもなく優秀な戦士である事がわかる。また、弟子への指導の仕方から優秀な指導者である事もうかがえる。それほどの者であっても基本的に口調は柔らかく物腰も低い。以前私が西頭と話した際に、なぜ戦いに適した鎧のような装備ではなく、黒を基調とした一般的なスーツを着るのかと尋ねた事がある。彼はそれに対して、「自分自身がきちんとする為のルーティンのようなもの」と答えた。西頭の人間性が非常に好ましいものであり、精神性においての強さを持っている事も確かだ。
しかし、これらを踏まえても些か西頭の強さは異常だ。西頭よりも魔素回復速度が優れた人間は何人かは挙げられる。単純な身体能力だけでは西頭よりもオークやオーガなどのホモ・ベラーターの戦士の方が優れている場合も多い。武器や道具の扱いであればドワーフ(ホモ・シーミウス)の戦士が、自身の肉体の扱いであればゴブリン(ホモ・シーミウス)の戦士が上回る場合もある。状況を理解し、コントロールする力も、西頭のみに許された特別な能力という訳ではないはずだ。であるのにも関わらず、西頭に戦闘で勝利する存在などイメージが湧かない。西頭をより知る者であればあるほどに。化け物じみた存在であれば西頭に負ける事はないかもしれない。だが、確実に勝つ事はできないだろう。西頭と一度引き分けた事がある強者はこう語る。
「…次戦えば確実に負けるだろう。…あるいは初戦が同程度の練度の者を加えた2対2の戦いであったならば、奴は状況を支配し、完勝を納めただろう…。」
西頭は戦神である。そう論じられることもあるが、近年の研究で本当に言葉通りである可能性が出てきた。
仮想神という存在を知っているだろうか。仮想神についての詳細な情報は各研究機関の出した論文などを参照してほしいが、要約すれば強い信仰により神話が世界に書き込まれ、魔素と結びつく事で存在を確立された神の事を指す。その仮想神の物語に類するものとして、とある伝承が存在する。
ある2つの大国が激しい戦を行なっていた。
長年にわたる戦は人々を疲弊させていった。
土地を血で穢し、森を火で焼き、川を毒に侵した。
そんな中ある戦場で両国の精鋭とも呼べる部隊が率いた大兵団同士が衝突した。
両国は一進一退の攻防を続けた。
しかし、あるとき戦場に駆けてゆくどちらの国の紋章も持たぬ者がいた。
その者が戦場に到達した時、両国の兵はその気迫に気圧された。
その者は、たった一振りの剣を手に両国兵を等しく斬っていった。
剣が折れれば殺した兵から槍を奪い、槍を投げれば近くの兵から槌を奪い、周囲に使える武器が無ければ歯で兵の首を噛みちぎった。
まるで鬼神か、戦神が如きその者は、戦場の恐怖として暴れた。
結果両国の兵団は恐怖により戦場から逃げ出した。
主力の兵団に恐怖を植え付け、力を大きく削がれた両国は戦争の継続が困難になり、痛み分けとなった。
後に事が起こった戦場からは、戦神が如きその者の痕跡は見つからなかった。
その者は恐怖と共に戦を終わらせ、平和をもたらした。
両国の民は、畏怖の心を込め、その者を「名も無き戦神」と呼ぶようになった。
この存在こそが西頭であるなどと馬鹿げた事を言うつもりはない。これは伝承に語られる過去の話であり、真実かどうかすら定かではない。
しかし、この存在は少なからず畏怖という信仰にも近い形で語り継がれてきたのではないか。
「名も無き戦神」の物語には続きがある。否、続きがいたのである。民に慕われた一騎当千の英雄を、敵国の民を蹂躙し忌み嫌われた虐殺者を、圧倒的な力で世を納めた帝王を、「名も無き戦神」の生まれ変わりであると語り継いできたのだ。
実際にそれらの存在が「名も無き戦神」の生まれ変わりというわけではない。しかしその者達の存在が、「名も無き戦神」の物語の続きとなったのだ。今を生きる我々はこの物語を現在進行形で紡いでいるのかもしれない。
西頭という名の戦神の物語を。
それが西頭に神としての力を授けているからこそ、彼は異常なほどの力を持つのだろう。私も最初はそう思った。
だが西頭も、物語を紡いできた者達も神の力を得たから強いのではない。語り継がれ、畏怖されるほどの力を持っていたからこそ、神の力を得るに至ったのだろう。ここまで述べておいて、西頭が実際に神の力を得ているかも、人が神の力を得る事ができるかも、実際は定かではない。
つまるところ西頭の異常な強さは、私には理解できない。
西頭が人類最強の存在として知られる前から彼を知る人物はこう語った。
「貴志さんは、私が出会った時からずっと他の人と見ている世界が違いました。あの頃からずっと、貴志さんは貴志さんでした。」