introduction 09 Digitial Surrender - 降る世界と委ねる者たち /19
※この作品はフィクションです。実在の団体・組織・企業・人物とは関係ありません。
仮想世界が「現実」となった時代――
企業が支配する電脳世界「インター・ヴァーチュア」。
自由を求める者たち、デジタル生命体(DQL)、そしてコード・フレームワークを駆る戦士たちの戦いが始まる。
【Present Day】
ケイトは悠とチセを見ながら、もどかしさと、かつて見た光景に対してと同じイラつきを感じていた。
その感情が何か、ケイトはよくわかっている…… 嫉妬だ。
「――わ、悪かった…… また勝手にイジって―― ごめんなさい……」
結局、悠がまた先に折れるワンパターンだ。
それになんだこの謝り方は、まるで小学生かよと、これまたケイトは唾を吐き出したい気持ちをぐっと堪えてギリッと唇を噛んだ。
「……わたしも―― 言いすぎた…… ご、ごめん……」
謝られたチセの方も、チセで、あの鮮やかな緑の瞳を不自然に悠から逸らして少し頬を膨らませて、モゴモゴと謝り返す。
ウブなお子ちゃまたちの甘酸っぱい、光景だけならまだしもそのすぐ近くで様子を見ているアジエとライノの満足そうな顔――。
(ねえ、そこまで監視して育てる気? 保護者かよ……ったく)
ケイトは柳眉を逆立てその風景を見ていた。
(こいつらは確かに、お似合いだよ)
得体の知れない、おかしな二人。
悠がイカれた扱いをして壊して、チセが直す。
この繰り返しだ。
ほんと最初の一発目は面白かった――と、ケイトは思い出す。
【Flashback】
青と白に赤文字でγのロゴを入れたあのCFが、スクラップから蘇ったあの日から、うちの緩い宅配業も終わりを告げた。
というか、絶対に直るわけないと完全に無視を決め込んでみようともしてなかった。
毎日、戻ってきて足元を通りすぎていたのに直っていくことに、うちは気づいていなかったらしい。
ずいぶんとマヌケな話だ。
昨日だってうちが戻ってきたときには、贋作ちゃんはあの場にいたはずだ。
ホークで戻ってきたことに気づかないはずがない。
うちはほぼ毎日、あの時間に戻ってきたし、そうなるとこれまでも、かなりの頻度でバッティングしていたはずだ。
お互い様ではあるが、うちは、ぽっと出のメカニック見習いに挨拶一つされずにガン無視され続けてきたということだ。
この時だって、γのチェックに夢中で、うちが横切ったってまるで無視。
昨日もずっとそんな調子だった。
贋作ちゃんのギブアップに賭けてもいたし、ギブアップしたらスクラップをハンガーから蹴り落として悠の顔を見てやろうと思ってのに―― 踏んだり蹴ったりだわ。
そんなこっちの状況など知りもしない、澄ました横顔に何やらムカムカしながら部屋に帰った。
で、結局、またいかがわしい安物コピーのレ・ザミューズ・グールをラッパ飲みして空けてしまったというわけだ。
そのまま、ボトルを抱えて眠り込んでしまったようだが、ライノのコールに叩き起こされた。
枕元に無造作に転がったニキシー管時計を見たらとっくに15:00をまわっていた。
ライノはリーダーの招集だという。
うちは泣く泣く、通算、二日目の、お迎えモードの二日酔いの重い頭を抱えてジクサーへとやって来たというわけだ。
うちがCFハンガーについた頃には、わたし以外のメンバーはすでに集まっていた。
メンバーの人の壁の向こうにリーダーとアジエが並んでγを見上げていた。
その横には例の贋作ちゃんも立っている。
やれやれ…… 直るわけないって思ってたスクラップが動くようになったら総出で集合かよ。
パサついて、多少寝癖もついてる髪をボリボリと掻きながら、後の方にいた見慣れたデカいガタイが見えたので、さっきから居ましたよといった雰囲気でさりげなくその横に立って声をかけた。
「ふぁ〜い…… うっぷっ―― ふぅ〜。 おいっす、どうなってんのよ?」
「おいっすじゃねーよ。 今来たろ、おせーわ」
ライノはそう言いながらうちを見た数秒後、手で空気を払いながら顔をしかめた。
「うわぁ―― 酒くさ……。 テメェ、飲みたての臭いじゃねーか」
「だって、リーダーの招集だっつーからさ。 慌てて来たし」
「この酒カスめ。 身体の反応はリセットできねーんだからよ、もうちっと気使えよ」
「ほっとけ。 オメェはうちのオカンかよ。 で、何なのよコレ?」
「ああ、見てわかんだろ。γ、直ったんだよ」
ライノは腕を組んで、復活したその機体に目をやった。
「明日から本業再開って話と、ほら、チセちゃんな。 正式にメカニックのCF担当ってことで、紹介だとよ」
「はぁ。 くだらね――。 で、悠のやつは?」
「今さっき、目の色変えてコア・ユニットに上がっていきやがったよ」
ライノのその言葉の直後、昨日と同じだ。
バンッ! という銃声のような轟音の後、軽快にアイドリング音が回り始めた。
「おおっー」というどよめきがあたりから上がった。
やっぱり音がクリアーだ。
大穴開く前に、アジエが面倒見ていた時より明らかに調子が良いのがわかる。
アジエの方を見ると、なんとも嬉しそうな顔をしながら嫌がる贋作ちゃんの頭をワシワシと撫でている。
オイオイ、オマエらいつの間にそんなに距離感近くなってんのよ……。
なんか、ちょっとムカつく。
甲高い2工程型の音が二日酔いの頭に響くのも手伝って、そんな光景にこめかみがピクピクとする。
すると今度は、γの音が激しく「バリリィン! バリリィン!」変化した。
背中のチャンバー型エグゾーストパイプから濃い干渉光が発生する。
2工程型は無駄に眩しいわ!
悠のやつ、コンディションが良いから調子に乗ってやがんな。
「チィ!」
隣の頭二つほど上からでっかい下打ちの音が降ってきた。
見上げると、ライノが顔を歪ませていた。
ナンパの猫かぶって、気取っているこいつが露骨にこんな顔するのも珍しい。
確か、一昨日あたりにHODOに帰ってきたはずだけど何かあったんだろか?
ついでリーダーにも目をやったら……。
「うわぁ……」
ライノなんか比べものにならないほどヤバい顔している。
いや、マジで何があった?
「オイ! くぉらぁ! チョンコづいて吹かしてんじゃね! さっさと降りてこい!」
こうるさい2工程型の音など霞むリーダーの怒号が飛んだ。
バスンッ! とコア・ベースが停止し巨大な翅虫が羽ばたくような音が鳴り止んだ。
うちはまた贋作ちゃんの顔を見た。
「なんかさ、CFみたいな眼してんよなぁ……」
やっぱり、無愛想で無表情。
なんか作りものっぽい顔だ。
特に眼なんだよなぁ。
CFの目は人間と同じ眼球状になっている。
|ブレインテック・インターフェイス《BTI》に連動して動かすので、人体構造に近づけているとかいう話だ。
透明なカバーの奥を覗き込むと、鉄の板がいくつも重なったのような構造をした絞りの機構と軟質構造のレンズが内包されてるのだが、起動中はそれが内部からセンサーなどが発する様々な光で内部から照らされる。
うちにはそんなCFの眼を連想させるのだ。
うちがそんなことを考えているうちに、悠のやつが下に降りてきていた。
ダッシュで降りて来たのか、肩で息をしていた。
贋作ちゃんはといえば、相変わらずお面でもつけてるみたいだ
「ねぇ、あんた。 この子は慣らしもしてないの。 急に回さないでくれる」
まあ、当然のご意見だ。
他のパーツならいざ知らず、コード・ベースが収納される、コード・ヘッドは丸ごと交換しているはずだ。
データ塊のくせに、処理の負荷を次第に上げて、擦り合わせのような時期が必要なのはCFを扱う者の常識なのだ。
そんな当たり前のことを指摘された悠と言えばだが――。
やっと息が整ったかと思うと、突然に贋作ちゃんの肩を両手でガシッと掴んだ。
「君すげぇよ! こいつ、買った時よりいい音してるんだ! マジですげぇ!」
おお、近い、近い。
悠は完全にオタクモードになってる。
こいつはCFの話になると、こうやってスイッチ入って、まったく人の話は聞かずに喋りまくるんだ。
贋作ちゃんとはいえば、いきなり肩を掴まれ、ガンギマリした眼であの明るい緑色の眼を覗き込まれるように見つめられて固まっていた。
そりゃ引くよな、リーダーとアジエですら引いてるもん。
うへへへ、ご愁傷……って うーん? アレレレ?
なんかおかしいぞ? 贋作ちゃんは確かに固まって口をパクパクしているんだが。
目も大きく見開いているが、なんか目がウルウルしてるぞ?
泣きそうなのとはちょっと違う。
固まり方が、キモくてというか、怖がってというか、そういった感じでは―― 無い?
ちょっと―― 何? 嘘でしょ?
まさかだけど、ちょっと喜んでるように見えるんだが……?
わからん! うちが近場で宅配していた間にアルマナックでは何があったんだ?
「ありがとぉ! 俺、感動したぁ!」
なんと感極まって泣き出しそうな顔の悠は、とうとう、贋作ちゃんをハグした。
そのあと、腰のところから抱き上げてグルグルと振り回し始めてしまった。
本人、自覚があるのかないのか、顔がちょうど胸に埋もれるような体勢だ。
ライノも含め、それを見ていたメンバーは指笛を吹いたり、囃し立てる声を上げて喜んだ。
贋作ちゃんは突然のことに、まるでバンザイしてるような珍妙な体勢で完全に固まってる。
ああ、わかった―― こいつ、ハプニングに弱い子なんだな。
「ふニャァぁぁぁぁ!」
少し遅れて贋作ちゃんは、これまた何か変な小動物を捻ると出るような、マヌケな悲鳴を上げた。
その顔は真っ赤になって、あの緑色の瞳が全開で泳いでいた。
「……あっ…… ご、ごめん!」
相手が珍妙な姿勢で固まって、おかしな悲鳴をあげたことで、悠はやっと我に返って自分がやっていることに気がついたらしい。
慌てた様子でストンと贋作ちゃんを降ろした。
贋作ちゃんはプルプルと震えながら、バンザイから胸元を隠すように両手で自分の二の腕を掴んだ。
うんうん、わかる、わかる。
あれだけ顔をうずめられたんだ、あの感触がしばらく谷間に残るよねー。
こんだけの衆人環視であれはちょっとキツイわ。
「あの、ホントに―― ごめんなさい」
なんだその、謝り方は。
うちは、吹き出しそうになった。
俯いて震えている銀髪、緑眼の女の子に悠は完全に困っていた。
周りが見えてない童貞くんにはいい気味だわ。
さーて、能面貼り付けてた贋作ちゃんはどうかなぁ。
ケケケッ、作り物みたいな皮が剥ければどんな素顔があるのやら――。
……けどその時、なんかピクって、顔が変わったように見えた―― あれ、なんだ?
どーれと、ニタニタしながら贋作ちゃんの顔を見たとき、それは起こった。
突然にキッと悠の顔を睨みつけた思うと、グッと、右手を固めて腰だめに引いた。
直後、一瞬、その場がスローモーションになったかのようだった。
次の瞬間、引かれて固められた拳が悠の顔面を捉えていた。
うちも含めたその場の全員が息を飲んだ。
今この場で誰よりも小柄な子の拳はまるで上から叩きつけるかのように悠の顔面を射抜くようにして振り抜かれた。
その瞬間、悠の体が空中で鉄の棒にでも激突したかのよう回転し、そして頭から床に激突した。
手足が変な方向にだらりと伸びてピクリとも動かない。
「フザケンナ! 勝手に人のオッパイに顔挟んで! 許されるわけないだろぉ!」
うっすらと目に涙を浮かべたその子は渾身の一撃を叩き込んでそう絶叫した。
気づいたらうちは、この子を贋作ちゃんと呼ばなくなっていた。
ゼェゼェと拳を振り抜いた姿勢のまま肩を揺らしたその子の顔にも目にも、とても力強い命が宿っていた。
しかも吠えたセリフが最高だ。
チセ―― チセね。
この子は面白い。
その場にいる全員が唖然としてその出来事を無言で見つめる中で、うちはこのサイコーの出来事にただ一人、爆笑していた。
【Present Day】
これが事の顛末だ。
あの後もなかなかに楽しいことなった。
ぐったりとして動かなくなった悠を滝沢先生とフォンさんが慌てて医務室へと運んでいった。
悠は強制排出寸前で、なんとそのあと、丸三日も治療されていた。
チセはアジエにこっぴどく叱られ、しょんぼりしていたところにケイトが声かけた。
それ以来、同じギルドの女仲間として話すようになったいう流れだ。
以来、ケイトもチセに対して、人として、自分のCFを預けるメカニックとして、何よりも自分と同じ女として一定の敬意を払っている。
ただし、ママ・アジエからは大切な娘の悪い友達―― 年上の教育上よくないタチの悪い先輩のように見られている。
たまに世間知らずのチセにオイタな言葉を教えて、アジエの反応を見るのも楽しいし、ケイト自身も、チセを介してアルマナックの他の女性メンバーと前より距離が近くなった気もする。
このいわゆる、ケイト曰く、鉄拳事件の後、アジエが回復した悠と、なぜかライノも正座させて「お触り禁止」を言いつけた。
遠回しなことだが、どうやらギルド内恋愛禁止ということらしい。
おままごともいいところだ。
アルマナックはギルドであって、会社でもなければ学校でもないのだ。
ところが、皆なんとなくそのルールにしかたないなぁと乗っかっている。
悠に加え、チセが入ってアルマナックは確実に変わった。
いつ変わったかと言えば、鉄拳事件の後に明確に潮目が変わったとケイトは見ている。
では何が変わったのかと言えば―― ケイトにもよくわからない。
ただ、リーダーも、アジエも、ライノも他のみんなも、人間ですらないスミーですら、バイトや本業以外ではこのお若い二人の動向が気になって仕方がないという具合だ。
あれから一年。
だからといって、この二人に具体的な進展は何一つない。
今やアルマナックは大きく三つの派閥があると、ケイトは分析している。
アジエやライノのように、若いお二人を見守り、時に導く、保護者派。
柳橋やスミーのように、注意は払っても若いお二人に任せて、完全に傍観に徹する、観察派。
そして――。
「うぃーす! チセー、どーしたぁ? まーた、アオハル坊主がオッパイに顔挟んだんかー?」
ケイトはウッシッシと下卑た笑いをしながら挨拶代わりにそう放り込んだ。
悠の顔は真っ青になり、チセは頭から煙が吹くかの如く真っ赤になる。
ライノとアジエは天を仰ぎ、余計な事を言うなと恨めしそうにケイトに非難の視線を送った。
最後の一派は、膠着状態に我慢できなくなって、お若い二人はさっさとヤルことをしてしまえと考える、過激派だ。
ケイトはその急先鋒―― というよりは状況に火薬を放り込んで楽しみたいという具合だ。
アルマナックとはそういう場所だ、各々がそれぞれ思惑で居心地の良さで居着いて、それなりに楽しんで生きている。
お気楽と言えばそれまでだ。
元武闘派ギルドの生き残りが、道楽に始めたギルド。
周りからも、所属する多くの仲間からもそう思われている。
ジクサーという船はまもなく、次の宝探しのために港を出る。
その居心地に身を置く、この船に集うメンバーにも過去や秘密もある。
そもそも、アルマナックは過去にケリをつけたい柳橋、そして真実を知りたいアジエが手段として作ったギルドだ。
その手段が、たまたま宝探しだったというだけの話だ。
このことを他のメンバは知らない。
そんなことは知りもせず、成り行きでアルマナックに入り、そして意図せず、そんなギルドの中心になっている最年少の二人。
一人は、コード・フレームワークという存在に病質的な執着を抱え、特異な才能を持て余す少年――。
一人は故郷を失い、人ではない秘密を抱えながら居場所を懸命に探す少女――。
二人はお互いに惹かれているのに本人たちより、周囲の方がよほどそのことを知っている。
他のメンバーも同じく、大なり小なり過去や秘密を抱えており、それが隣人に気づかれていることもある。
そんな場所がアルマナックだ。
人類が逃げ込んだこの仮想の現実で、もがくように生きる者たちの集まりだ。
そんな人々を乗せて、ジクサーは間も無く港を出る。
アルマナックがインター・ヴァーチュアという世界の秘密へと意図せず踏み込むまであと少し――。
少年と少女が自分たちを巻き込み翻弄する白銀の運命に出会うまであと少し――。
風はまだ静かだ。
けれど、この航海は確かに、もう始まっている。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語は、仮想世界の秩序と、
人間とデータの境界を巡る戦いを描いていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございます!




