introduction 09 Digitial Surrender - 降る世界と委ねる者たち /14
※この作品はフィクションです。実在の団体・組織・企業・人物とは関係ありません。
仮想世界が「現実」となった時代――
企業が支配する電脳世界「インター・ヴァーチュア」。
自由を求める者たち、デジタル生命体(DQL)、そしてコード・フレームワークを駆る戦士たちの戦いが始まる。
この物語は、仮想世界の秩序を巡る戦争と、
人間とデジタル生命体の共存の可能性を描いたSF作品です。
適宜更新予定。
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【Present Day】
戦闘衝角の見張り台を見つけた経緯なんてそんなものだった。
結局は「おもしろそ――」という単純な動機だった。
チセはそもそも、確認しなくては気が済まない性分だ。
むしろ、それはDQLとしての本能的な行動なのかもしれない。
リサーチして――。
実践して――。
確認する――。
それは気質とは関係なく、彼女の常識―― むしろ、故郷の仲間たちも含めた習慣のようなものだった。
エクス・ルクスでは常に皆、そうやって物事のあり方を知ることで安心を得るというのが普通だった。
ジクサーを見てまわっていたのも、動物が縄張りを確認しなければ気がすまないというのとなんら変わらない。
かつて、彼女を救った船医マキシムに「よく観察して」と語られるまでもなく、チセはそう行動するしかない、そういうふうに作られているのだろうとぼんやり考えることがある。
ところが、人間の体になり、その世界に関わるようになってからというものチセには理解しがたいことがいくつも発生していた。
事実とは反している事柄なのにろくに確認も取らずに、「そうに違いない」とねじ上げて、それを信じて疑わないという事象に遭遇した。
再度の上書きを許容しないこの世界で、姿を確定したはずの自分が、服や髪型を変えただけで、他人どころか自分ですら予想外の意味の書き換えが発生するという事象に遭遇した。
機能的、結果的には帰結しているに個人の信念による習慣への説明に美しいと感じ、真実ではないけど、大事な事だと納得してしまう自分に遭遇した。
エクス・ルクスにいたころには想像もしなかった出来事だ。
それは、セキュリティ・ホールのようだと、不安と違和感に苛まれる一方で、その不測に魅力も感じてしまうのだ。
それに混乱とちょっとした怒りも――。
「ほれ、立てよ」
アジエが手を差し伸べていた。
人間の中でもアジエは自分に近い思考の持ち主だとチセは知っている。
むしろ、アジエはチセよりも目の前の事実を受け入れることができる。
たとえそれが自分にとって都合が悪くても、不条理でも、アジエはそれを飲み込むように納得する。
なんでそんなことができるんだろうか?
チセがアジエの元に居たいのは、この身体が成長するなら、彼女のような大人になりたいという憧れからだ。
それと同時に、波のように押し寄せてくる人間世界の意味不明を処理するアジエのスキルの正体を知りたいからでもある。
チセも手を伸ばすと、先に差し伸べアジエの手が手首を掴んでグィッと引き寄せた。
引き寄せられながらチセは思った。
ただ興味を持った場所から、ここが忘れない場所になってしまったあの出来事を―― 目撃したものを納得したいと。
そう心の底から思った。
【Flashback】
自分を追ってくるように明滅する照明の光に何故か楽しくなって、わたしは階段を片足でピョン、ピョンと跳ねて見せた。
その動きに合わせてスポットライトのように照明の光が追ってくる。
たいしてエネルギー効率の効果もないのに、人間ってなんでこんな機能に神経質になれるんだろう?
「よっと!」
最後に両足で少し広い踊り場へと三段越えで飛び降りた。
暗い踊り場へと着地する。
突然消えてしまったわたしを、フラッシュのように照明が瞬きながら大急ぎで追いかけてきた。
そして数拍遅れて、照明が踊り場のわたしを照らした。
走る分には追いかけられるのに、こうやって飛んでしまうと少し遅れるのをさっき発見した。
ちょっとした実験に満足しつつ、目的の場所を確認した。
壁に両開きのハッチがあった。
腰ぐらいの高さまである、斜めに取り付けられた取手には、トリガーのようなレバーがついていた。
左の扉に手をかけ、人差し指でレバーを引くとガチンと掛け金が外れる音と振動が手に伝わった。
そのまま上方向に引き上げると、扉は見た目の印象とはうらはらにスーッと軽く、斜め上に向かって持ち上がった。
同じように右側の扉も開ける。
扉が開くと、半円状のトンネルが現れた。
わたしはかがみこんで、中を覗き込んだ。
長い間、解放されていなかったからだろうか、淀んだような大気が流れ出て来るようだった。
そのまま中腰の姿勢のままトンネルに入ると、背後の踊り場が暗くなり、照明がトンネルの上部に埋め込まれた小さいダウンライトへと切り替わった。
そのまま、進んでいくと、それをトレースし、廊下のときと同じようにダウンライトも切り替わっていく。
ここはジクサーの最前部に当たる場所からさらにその先、戦闘衝角の内部だ。
第2デッキと第3デッキの中間に当たる場所が入り口で、そこから緩い傾斜のトンネルが続いている。
データを確認したら、戦闘衝角は単純な高密度データの塊ではなく、わたしが考えていたよりも複雑で、まさにジクサーの最強の武器として存在していた。
戦闘衝角はメンテナンスハッチから一五メートルほど続いている。
その終点の壁にはこの衝角専用のコードベースが格納されているユニットが存在している。
その先の内部はハニカム状の構造を持ったデータ体になっているらしい。
専用のコードベースは衝角全体に演算干渉フィールドを発生させる仕組みらしい。
ハニカム状なのは、そのフィールドの演算情報伝達の効率を上げるため、そして物理演算的な剛性を高めるため―― そして時に柔軟なダンパーとしても機能させるためだ。
最初に見た時は趣味の悪い、実に攻撃的な飾りだと思ったけど見た目の無骨さとはと正反対で、内部は複雑な構造体になっていて、仕組みは実に繊細だ。
でも、その在り方は実に凶暴だ。
こいつはありと、あらゆるものを押し潰し、貫く巨大な鉾だ。
「なんか…… 人間みたいだ」
ポロリと口からそんなセリフがこぼれた。
トンネルの奥まで進み、視線を左上へ。
左手の壁に、白線の見切りと並んでタラップが壁に並び、上階へ消えていた。
わたしはそのタラップに手と足をかけて、上へと登り始めた。
足をかけるたびに、カツンと軽い金属音が響いた。
一人がやっと通れるような狭い、パイプを登るきると、そこにまた狭い空間が用意されていた。
人が這って入れるぐらいの低い天井のスペースだ。
奥には床に固定されたシートが据え付けられている。
「――確か、このへんのはず……」
わたしは低い天井に手を伸ばし、這わせた。
「あった、あった」
手探りでハッチレバーを見つけた。
手首を引くと、「ガコンッ」という低い音がした。
手を離すと、天井がスッとスライドしていく。
冷たい心地よい、夜の大気が流れ込んでくるのを感じた。
そして狭いスペースに外の街灯やネオンの光が差し込んできた。
見上げると、筋状にランダムな、放射状にチラチラと青白い光が流れる。
そこには貼り付けたような、まさに映像といった夜空が広がっていた。
わたしはスペースに体を引き上げ、その先の据え付けのシートへと腰を下ろした。
腰を下ろしたというよりは、リクライニングした座椅子のようなシートに、寝そべっているような感じだった。
ヘッドセットの上に頭を乗せ、足は楽に投げ出して―― それに、ちょうど良いところにアームレストがある。
全体がやらかいメッシュ素材で体が沈みんだ。
「ふーん。 見張り台のシートにしちゃ豪華だよね」
船の構造マップでは衝角楼と記載されていた。
座るとちょうど頭がスライドした天井から出て辺りが見回せるという感じだ。
右に首を向けると、HODOの港の先――。
夜のグレート・フラットの景色が広がっている。
「ホントに真っ平だよね――」
本来、平原だとプレーンが正しいのに、ここはフラットと呼ばれている。
なんでも、どこまでも作り物っぽいその雰囲気がここをプレーンとは素直に呼ばせず、フラットと名付けさせたのだということらしい。
ふーっとため息をついて、ぼんやりとその景色を見ていた。
エクス・ルクスは起伏の激しい、渓谷のような場所にあった。
今にして思えば、わたしはそんな土地にちょっとした息苦しさにも似た閉塞感を感じていたのかもしれない。
別に囚われていたわけでもないし、いることを強要されていたわけでもないけど――。
どこまでも広がる土地、予測不能な雑多な人々、エクス・ルクスとは違う猥雑というか、行き当たりばったりで作られたようなHODOの街並み。
故郷を失った今の方に何故か自由を感じてる自分がいた。
同時にわたしはそれに、なんとなく後ろめたさを覚えていた。
作業で疲れ、すこし目を細め、心地よい風を浴びながらなんとも言えない切なさを抱えて景色を見ていた時だった――。
突然に「ドンッ!」という左からの音に肩をビクッとすくませた。
「ちょっとぉ! なんなのよぉ……」
わたしは頭を逆に向けて、不意打をしてきた音の発生源を探した。
「うん? あれって――」
左側のジクサーが接舷する、わたしから見下ろした位置にある、いわゆる埠頭側にそいつが立っていた。
黒いボディに、オレンジ色のラインの人型の機械。
CFハンガーの隅に置かれていたものだ。
作業用の小型CFで、確かエイプとかいうやつだったと思う。
通常なら首がある位置から、人が胸の中に乗り込むような形をしている。
そこから見える顔には見覚えがあった。
「なんだ、あいつか」
それはγの持ち主、九能悠だった。
エイプは低い、ドッドッドッというアイドリング音を響かせている。
さっきの大きな音はどうやら始動時の音だったらしい。
「ったく、驚かせんじゃないわよ―― っていうか、何やってんだろ?」
よく見ると埠頭には等間隔に黄色と黒のパイロンがいくつも置かれていた。
パイロンの先端からは赤いレザー光のラインが真っ直ぐ伸びていた。
いや、しかし―― いったいこれだけのパイロンをいつの間に並べたんだろう。
しかもかなり整然と並んでいる。
「けっこう、正確に距離が取られている。 あいつあんなことできるんだ」
あのゴミみたいな、整理のかけらもないログを発生させた輩の仕業とはにわかに信じられない。
胸のコクピットから姿を見せる悠は目を瞑っているようだ。
寝てるのか?
「いったい何をするつもりなんだろ?」
心臓の鼓動のようなエイプのアイドリングの音だけが響いている。
こころなしかさっきまで流れを感じていた風すら止まったように感じた。
なんだろう、場が重く感じる――。
あっ、目を開いた……。
「フッ!」と小さく、悠が小さく息を吐いたように見えた。
「ボンッ!」とエイプから一瞬だけ駆動音が響いた。
瞬間に、エイプの足元から水面に岩を放り込んだような霓虹の飛沫が飛んだ。
わたしの体はこわばった。
あの音、まるであの時のエクス・ルクスを蹂躙したハマーのような――。
出力が違いすぎる、実際に似たような低い音ではあるが明らかにハマーよりも軽い。
わたしの耳に届いた音の周波数データがそれを示している。
それなのに――。
空気を切り裂く、風切り音が二回。
エイプは右足を軸に左脚が鎌のよう空を薙ぎ、そして直後に左足を軸に今度は右足がしなり、空中で静止していた。
止まっていた空気が流れた。
旋風の強い圧がわたしの頬を凪いだ。
まるでエイプを中心に何かが膨張して弾けたような、そんな気配だった。
そんなバカな…… 偶然だ――。
あのエイプに空間演算を歪めるようなパワーなんて無い。
せいぜい、瞬間的に足場を作る程度の干渉しかできない。
そのずなのに。
エイプの足はゆっくりと降ろされ、左右にギシギシと屈伸でもするようにサスペンションの具合を確かめているようだった。
「なんなのよ―― 今の?」
わたしの目はそのエイプの上で、ボケッとした顔をしたてコンディションを確かめている、九能悠の横顔から目が離せなくなっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語は、仮想世界の秩序と、
人間とデータの境界を巡る戦いを描いていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございます!