introduction 09 Digitial Surrender - 降る世界と委ねる者たち /01
※この作品はフィクションです。実在の団体・組織・企業・人物とは関係ありません。
仮想世界が「現実」となった時代――
企業が支配する電脳都市「インター・ヴァーチュア」。
自由を求める者たち、デジタル生命体(DQL)、そしてコード・フレームワークを駆る戦士たちの戦いが始まる。
この物語は、仮想世界の秩序を巡る戦争と、
人間とデジタル生命体の共存の可能性を描いたSF作品です。
適宜更新予定。
楽しんでいただけたら、評価・感想をいただけると励みになります!
九能 悠は憮然とした顔でニキシー管時計を睨んだ。
(今のはいったい何だったんだ……)
今さっき、『04:32:07』だった表示を一瞬だけ、――『04:12:36』に変えたように見えた。
しかし、瞬きした次には表示は『04:32:15』になっていた。
時間が巻き戻ったようなその表示に気を取られているうちに、チセは知らんぷりをしてハンガーの出口へと向かっていった。
アジエは腕組みしながら、ため息をついている。
目は一瞬、出口へと去っていくチセを追ったが、自分はずぶ濡れの捨てられた犬のような目をしているに違いないと感じ、次の行動を躊躇した。
そんな自分の姿を他人に気づかれたくなくて悠は、不機嫌な顔を作って視線を外したのだ。
(あー、くそ。またやっちまった……)
時計に気を取られて謝るタイミングを完全に逸してしまった。
だが悠自身、それが言い訳にすぎないことも、素直に追えばいいこともわかっていた。
しかし、結局は自分の中のつまらないプライドが邪魔をする。
アルマナックに入っていろいろあり、九能悠という少年はそれなりに他人に心を開くようになった。
きっかけとしては半ば強制だったとしてもだ――。
ところが、これが気になる女の子という存在になると途端に悠はかつての自分に戻ってしまう。
素直になれないのとも違う……早い話、カッコつけているつもりなのだ。
「あのさー。なーに、なにやってんのよ、悠ちゃんよー」
ライノはそんな悠に呆れ顔で声をかけた。
それなりに付き合いが長くなった親友がまた拗らせてる姿を見ると、はっきり言って脳みそが痒くなる思いだ。
「なんだよ……」
「うぁぁ……。ちょっと、姉さんどう思います、コレ」
雑に悠を指さしてアジエに振ってみた。
「マジ、童貞丸出し。おまえさ、かなりヤベーわ」
腕を組んだアジエが悠に向ける目は呆れを通り越して、哀れみの域に達している。
忖度なしのド直球の言葉をあっさり投げ込めるのは流石だ。
ケイトではこうはいかない。
あいつでは、羞恥責めの欲望が抑え切れず、自分の楽しみ優先でいじくり倒すので、当のご本人様はネタ化されて、自分のイタさが実感できなくなる。
そのへんさすがはママ・アジエだ。
そこまで考えて「おやっ?」っとライノは頭に何かが引っかかった。
( ……あー、なるほど。さっきのチセちゃんと同じ間の取り方だ)
よくも悪くも、この師あって、あの弟子といったところか……。
ただ、パンチの破壊力は圧倒的に師の方が上だ。
その証拠に、悠は口をあんぐりと開け、目を見開きながらワナワナと震えていた。
顔がみるみると紅潮していった。
悠は顔を真っ赤にして「ちゃ……ちゃうわー!」と叫ぶと、そのままダッシュでハンガーを飛び出していった。
「あーあ。あれは、泣いちゃいましたよ」
「何がちゃうわだ。知るか! 甘ったれにはいい薬だよ」
そう言い捨てると、ママ・アジエはキャップの鍔を引っ張り、目深にかぶると「フンっ」と鼻を鳴らし、機関室の方へと足音を響かせながら歩いていった。
甘ったれとはコレまたどストレートな感想だとライノは「プッ」と吹いてしまった。
(あのピュアボーイは、気づいてんのかね。チセにとっていつまでも、アルマナックが唯一の居場所だって限らないんだぜ)
チセにしても、アジエを見て頑張って背伸びしている歳相応のお嬢ちゃんだ。
このご時世、カタギの学校ですら滅多にいない希少な存在だ。
それこそ、今やこの世界のリアルでは消滅した青春学園ラノベのノリを、無法者の巣窟であるギルドで見ることになるとは、奇跡としか思えない。
ライノが思うに悠が度胸を決めて、チセを誘えばあっさりくっ付くと踏んでいる。
ところがだ、悠は会えば犬っころのように構ってほしい気持ち丸出しの顔を出すし、チセの方はといえば気になるくせに、その気持ちの表現が相手の乗機の整備に特化するという、『なんだ、こいつら』という有様だ。
だいたい、悠のCFの操縦は……まあ、普通ではない。
そもそも、γに乗り続ける理屈からして、ライノからしてみれば歪んでいるのだ。
しかも、あそこまで自己肯定感が低いと、もはや嫌味のレベルだ。
リーダーには「アレは言っても無駄だ」と言われ、マシンガン乱射事件から、そこに対しての口出しはケイト共々固く禁じられていた。
結果、まごころ込めて整備した機体を変態の理屈で毎度のごとく、ボロボロにしてくるのだから、チセからすればたまらない。
帰ってきたら、犬がイタズラしまくって部屋をズタボロにしていて、その惨状に呆然としているところに、尻尾ふった元凶の犬にじゃれつかれたような心境なのだろう。
「まー、とうぜんキレるよなぁ」
キレたチセは容赦なく悠をなじる、お決まりのパターンだ――。
で、操縦に言及された瞬間、しょげた犬は突然にカッコつけて牙をむくと――。
ひとしきり罵りあって、ママ・アジエかリーダーに怒られると、互いに、そっぽ向いて逆方向に離れていく。
(なんてわかりやすい痴話喧嘩なんだ……)
そんな初恋丸出しのピュアなあなたたちを、穢れた私が受けとめるのには、無理があるんですよ……何よりめちゃくちゃ全身が痒くなるんだわ――っと、ウォリアム・ライノ・高田は一人、切ない気持ちになっていた。
「しかし、まあ。なのに健気だよねぇ――。悠ちゃん、罪作りですよ」
今回もピカピカにベストセッティングされたγを見上げてライノはそう呟いた。
【Flashback】
CFハンガーからひとしきり、はしゃぎすぎた子供のようダッシュした俺たちは、ジクサーの甲板で三人そろってゼエゼエと息を切らしていた。
ケイトはなんかは派手にすっころんで、大の字になって「ギャハハッ」と笑っていた。
俺は後ろで座り込んで、呼吸を整えようとしているダチ公のツラを盗み見た。
あらあら、スッキリした顔しちゃってよー、まったく。
ほんの四、五分前までの辛気くさい青ざめた顔はどこ行ったと――。
ほんとに、世話が焼ける後輩君だよ、こいつは。
俺は前屈みになり、大きく三回深呼吸して息を整えた。
呼吸は戻っても、バックン、バックンと心臓のでかい鼓動が収まるまではまだ時間がかかりそうだ。
それに、アチー。
たまらなくて、バトルスーツのジッパーを下ろして、ジャケットを広げて鳥のようにバサバサと扇いだ。
プロテクターがぶつかってガチンと派手な音をたてる。
「ったくよー。そのカブトガニみたいなスーツでなんでそんな早ぇんだよ、おまえぇ」
ハァハァと荒い息を飲み込むように、悠のやつは恨めしそうな目でこっちを見ながらそう言った。
「鍛え方が違うんですよ、モヤシっ子くんよ」
ヤツも少しは気分がアガッたようだ。
「でさー。あの子、この前の贋作ブランドの子だろ。ちょっとー、マジでγの修理させるんだ。ウッソでしょー、ワラえるー」
おおー……ケイトのやつ、なに言ってくちゃってるんだこの、どS女。
……って、空気、読めないにもほどがあるだろ……。
せっかく、忘れかけていたのに。
俺は目を見開いて、口の動きで伝えた。
「ダ・マ・レ・コ・ノ・ア・ホ・ウ」
「あっ……」
「あっ」、じゃねーよ。
ほらみろー、悠ちゃん体育座りはじめっちゃたじゃないのよー。
あー、こいつは、こいつでメンドクセー!
「オイオイオイ。いい加減、オメェもわかってんだろがよ」
ジメッと湿気の高い視線で悠が俺を見上げてくる。
「ブロック突き破って、コード・ベースがコンニチワしちゃってたんだからさ、しょうがねぇじゃんか。もう、次、イコー、次」
下手な励ましよりは、ポジティブに言ったほうがいいと思っての発言だ。
諦めるなら早いほうがいいし、そんなにγがいいなら探せばコンディションの良い別の機体はすぐに見つかるだろう。
だが、できればγに拘るのはもう、やめるべきだ。
悠はどっちにしろ、乗り換えたほうがいいのだ。
「ほんとに、見事に突き破ってたよね。ホラ、こんな風にさ、ドーンって、感じ?」
ケイトが左手の甲に右手を乗せて、クイッ、クイッと突き出すような動きをさせてそう言った。
「いやー。さすがにアレは無理でしょ。もうコード・ベース、溶けちゃったって」
だーかーらー、余計なことしてんじゃねーよ、コイツー。
「溶けてない……」
ケイトの一言を受けて、もはやキノコでも生えてきそうな勢いの悠が、さらに身を小さくし、か細い声でそう言った。
「いやいや、アレは溶けてるわ」
さらにケイトが放り込む。
もー、勘弁してくれ。
「……溶けてないって、言ってくれ」
あー、もう頭痛がしてくる。
「悠ちゃんよー。いつまでもへこんでるわけにもいかねーべよ」
「……じゃあ、何してりゃいいってんだー」
膝に顔を埋めたまま、まるで墓石の下から響いてくるような恨めしい声でそう言う。
こりゃ、自分で掘った地面の穴から出てくるつもりは無いらしい。
「もっかい、あの贋作ちゃんでも見にけばいーじゃんよ。今はγをイジってんじゃね。悠はさ、あの子、気になるでしょ?」
ケイトは無遠慮にぶっ込んでくる。
だが、たしかに団子でだめなら花というはアリだ。
「アルマナックに入るかどうかは知らねぇけどよ、まあ確にカワイイわな」
ワザとニヤリとして鼻の下を伸ばして、「ムフフフッ」と笑ってみる。
「おっと、悠、やっべーじゃん。この筋肉、あの贋作ちゃんにさっそくエロいことトライ気だぞー。盗られるぞー」
「うるせーな。知らねーよ。勝手にトライしてろよ――」
おやおや、反応悪いな……ダメですか。
ケイトが露骨にいじるが、悠の態度は投げやりだ。
これはかなり重傷だな。
少しベクトルを変えてみるか。
「でもよ、やっぱアレは着痩せだよなぁ。ミリタリーのガールで固めて一見シュッとしているけど、あの風呂上がりの、シャツにホットパンツはたまりませんでしたなぁ、ケイトさん」
自分の肩と腰に抱くように手をやってくねくねとしながらそう言ってやった。
それまで完全ウジウジモードで壊れたロボットのようにうずくまっていた悠の体に幾分、力が入ったように見えた。
「そうそう、ありゃギャップ狙いだねー。もう、なに?……『脱ぐとすごいんですぅ!』ってやつじゃん」
ケイトが乗ってくる。
うんうん、狙い通りだ。
「どうっすか、ケイト女史。あのボデェのお見立ては?」
「あー。そうねー、アレはEカップはあるわ。トップ八五……いや九〇はあるっすね」
そう言うと、突然、自分のジャケットのジッパーを下ろして、ジャケットを開いた。
そして、ご健康な黒のタンクトップ姿を晒した。
「ちなみに、うちはCでトップ、八〇ですわ。――うっわぁ、でけーわ、あの子」
こいつはなんで、やることがいちいち生々しいんだ……。
それに、そこまで聞いてねーし――行動がおっさんすぎて逆に引くわ。
チラリと悠の方を見ると、膝から顔をあげてはいたが、どっかのお呪い系ジャパニーズホラー映画に出てきそうな感じで、目を見開き俺とケイトの顔を見ていた。
「ア、ア、ア……Eカップですか……?」
これまたどっかのお呪い系ジャパニーズホラー映画のクリーチャーが出しそうな、かすれ声でそう呟いた。
オマエ、そこにはやっぱり反応するのね。
「ああ、そうだ、Eカップだぁ。ボウズ、そこには浪漫があるんだろぉ、どうだぁ、見たいか?」
目に精気が戻ってきた。
もう一息かなぁ。
「見たいよ……おじちゃん……」
悠はキラキラとした目でそう言った。
俺は優しく、さっきとはいくぶん活き、活きとした表情を取り戻した悠の両肩に手を乗せて、優しい顔で頷いてやった。
「そうだなぁ。おじちゃんと一緒に見に行こう、な?」
「うん、ありがとう。おじちゃん」
良かった、これで一安心。
っと、思ったら背後から「ギャハハハ」とおっさんめいた女の笑い声が響いた。
「イヤー、それキッモいわー。マジ、童貞くんじゃん。アーッハッハッハッ! 伝説級だわ!」
おー、まー、えー。
マジか……このアホアイリッシュ、空気を読まない天才かよ。
「ア、ア、ア……」
今度は俺が白目を剥いて、お呪い系ジャパニーズホラー映画のクリーチャーのような声を発していた。
そして「ハッ!」と我に返って悠の方を振り返った。
――そこには俺たちに、アルマナックの看板がある背を向けてさっきよりもさらに、小さく、丸く、悠はいつの間にか、コンセントから抜けた掃除機のコードみたいに床に転り、壁と完全にお友達になって、まるで漬物石のようになっていた。
「ケイト、テメェ! 何してくれてんだぁー!」
俺は、漬物石のようになってる悠を指差した。
「ホラァ!見ろ、これぇ! 余計にメンドクセーことになってんじゃねーか!」
「あんだよぉ〜!べつに、うちのせいじゃねーし!」
「どの口が言ってんだ! 完全におまえのせいだろー!」
「知るけぇ! 勝手にドツボにハマってるのは悠だべ! スネた童貞をおだてて、なんかうちにいいことあんのかよ! ベエッーだ!」
すると、ケイトはあっかんべーどころか、完全に変顔作って舌を出し、こっちを挑発してきやがった。
「っざけんなぁ!テメェ!」
そんな口論をしている俺たちの頭の上に、文字通りカミナリが落ちてきた。
「やっかましぃ! ウルセーゾ! テメェら! いつまでやってやがる!」
俺も、ケイトも、漬物石の悠もそろってビクッと体を震わせ、直後に固まった。
見なくてもわかる、アナーキーすぎて人としてはまったくお手本にできない男。
我らがアルマナックのリーダー、柳橋亮平の声だ。
恐る恐る見上げると、ブリッジの窓からリーダーが凄まじい眼光を放って俺たちを見下ろしていた。
「おいコラァ。テメェら、暇そうじゃねーか。ちょっと、あがってきな」
最後の「ちょっと、あがってきな」が少し優しい雰囲気なのが余計に怖い。
それに目はちっとも笑ってない。
マジで行きたくねぇ。
俺とケイトは思わず作り笑いを浮かべた。
「悠、テメェもだ。早くしろ」
名前を呼ばれた悠から「うっ……」と言う声が漏れた
ああ、コイツまさか甲板と同化して切り抜けようとしていたのか。
とはいえ、三人揃って気持ちは同じだ。
どうしよう……本気で行きたくない……。
「あー。あのなぁ、おまえら……優しく言ってるうちに、さっさと来い」
ああ、マズい……リーダーの目がヤバイ色を浮かべている。
これは行かないと後で半殺しにされる。
その瞬間に、それまで漬物石と化してた悠が跳ねるように飛び起きた。
そしてブリッジへの階段がある扉に向かってダッシュし始めた。
「あー、きったねぇぞ、悠!」
次にケイトが悠を追ってダッシュした。
「はぁ〜……」
俺は大きなため息をつくと、あきらめてリーダーの元へと二人を追ってダッシュすることにした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語は、仮想世界の秩序と、
人間とデータの境界を巡る戦いを描いていきます。
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外伝 デジタル娘は腹が減る:チセの日常飯日記
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設定などをインターヴァーチュア・ガイドで不定期に投稿しています。
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