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introduction 07 九法 悠の時間―彷徨うラップタイム(Lap Time)/07

  【Flashback】


 ライノとケイトに醜態を晒した俺に、その後の時間は地獄のようだった。

 二人はまさに地獄の鬼のごとく、人の弱みにつけ込んで言いたい放題だった。

 

 ひどい無理難題と、しばらくの間、完全服従することを条件になんとか二人の口を塞いだ。

 ケイトに待機を交代したら、その後の1時間はライノにたっぷりイジられ……さらにその後の1時間はケイトからたっぷりパシリにされた。

 

 待機が一巡してコクピットに戻り、今度はプライベートモードに切り替えて、俺はすみっこで膝を抱えていた。

 ああ、やっと静かになった。

 

(泣きたい……)

 

 悲しくなった俺は端末を取り出し、あのスクリーンショットをだした。

 

 ちくしょー。

 やっぱりカワイイなぁ……。

 

 だが、ふと正気に戻ると、自分がかなりキモい行動をとっていることに気がついた。

 

「消しとくか……」

 

 DELETE(削除)のアイコンをタップしようとして指が止まった。

 

 5秒ほど葛藤した後、俺はDELETE(削除)の代わりにLOCK(保護)のアイコンをタップした。

 欲望に忠実な自分が悲しい……。

 

 俺は端末をしまって再び、しばしの自己嫌悪モードに入ろうとしたその時、ブリッジからのアラートが鳴った。


 俺はシートに飛び乗り、回線をオープンに戻した。

 スクリーンにはそれぞれのCF のコクピットに走っていくライノとケイトが見えた。

 

 三基とも充分に機体は暖まっている。

 

「悠、γ。スタンバイオーケー」

 

「ケイト、ホーク。いつでもいける」

 

「ライノ、エリミネーター。絶好調だ」

 

 各々がブリッジに準備が完了していることを伝えた。

 半円系モニタの右上にブリッジの映像が表示される。

 

 「お前ら、密売人どものライナーを見つけた。まだこっちは気づかれちゃいねぇ」

 

 いつものようにキャプテンシートに座るリーダーがそう言うと、スクリーンに相手のライナーの情報が転送され表示される。

 

 「連中は今、俺たちの三千メートル上で、索敵のCFも飛ばさず、優雅に御停泊中だ」

 

 密売人のライナーはオーシャンライナーとまではいかないが、ジクサーと比べれば倍ほどの大きさがある。

 形状から飛行甲板を持つ空母タイプのライナーのようだ。

 

 「見ての通り、奴らは空母だ。CFはこっちの三倍はいるぞ」

 

 この前の密売人の代理人たちとの模擬戦(マッチ)を思い出す。

 連中が使っていたのは霊峰公司(レイホウコンスー)系企業のCF、五羊(ウーヤン)

 捻れた角の飾りのついた頭部のカウルアーマー、ボディは細いが縦に長く、猫背。

 まるで山羊頭の人間を連想させる不気味な機体だ。

 

「飛行甲板からの展開は速ぇぞ。つつけば蜂の巣のように飛び出してくるだろうな」

 

 あの時は数も同じで、さらに最低限のルールがある模擬戦(マッチ)だった。

 そういった対等の条件が揃った上で、ギリギリの勝利だったわけだが、今日は違う。

 相手はギルドのコード・ライダーとは違う、おそらくは傭兵だ。

 

 それが三倍の数で容赦なく、全力で撃墜しにくる。

 まともにやれば勝ち目はない。

 だから俺たち三人は、黙ってリーダーの指示を待つ。

 

「いいか、お前ら、今日の仕事は救出作戦だ。だからこんな低空を這いつくばって連中を探していたわけだ」

 

 そうだ、今日の仕事はいつもの荒事とは少し違う。

 CFが出てくる前に空母を沈めれば良いというわけにはいかない。

 

「メスガキの救出は俺とスミーでやるが、その間、ジクサーは動けない。だからお前たちには先に敵の船に揺さぶりをかけ、船に取り付け。その後、揚陸するためにジクサーをぶつける」

 

 ジクサーは強襲揚陸艦(シーアタッカー)に分類されるライナーだ。

 とは言っても、使われ方としては現実世界での強襲揚陸艦(シーアタッカー)というより、上陸用舟艇(ランディングクラフト)のほうが近い。

 

 インター・ヴァーチュアでは接舷強襲艦、アボルタージュ・クルーザーの方が馴染みのある呼び方だ。

 元々は大型のオーシャンライナーや敵の拠点に突撃をかけ、接舷してCFを揚陸させることを目的としたライナーだ。

 

 艦首の下部は槍のように鋭角な衝角(ラム)になっていて、体当たりし、オーシャンライナーや拠点内部への侵入を行う。

 

 こんな前時代的な戦術が有効なのも、現実世界の戦略兵器がほぼ無効化されてしまうインター・ヴァーチュアの特徴なんだろう。

 

「ジクサーは正面からぶつけて飛行甲板をエグる、そうすれば連中は詰みだが、問題はタイミングだ……」

 

 リーダーが手を振ると、画面の中央にホロシミュレーションが投影される。

 

 ……白黒のホロはなぜか、子供のイタズラ描きのようにテキトーだ。

 四本の矢印と数字だけの雑なスケッチ……。

 リーダーは絵心が絶望的に無い……。

 

「運がいいことに連中は警戒していない。甲板に出てる五羊は、八機ってとこだ。警戒待機でライダーが乗ってるのは二、三機だな」

 

 適当なデフォルメの空母にこれまた手描きのような四本の矢印が表示され伸びる。

 

「ジクサーは干渉光を察知されないよう、視認ギリギリの位置まで離れる」

 

 最も離れた位置……四〇キロ先といったところだろう。

 

「ここから、弾道軌道で甲板に突っ込む」

 

 リーダーのなぞるような仕草に矢印が赤く光る。

 

「この軌道で突っ込むためにはコードユニットをたっぷり一〇分は暖める必要がある。当然、ネオン管ばりの干渉光になる。逆制動かけて甲板に飛び込むまで五分だ」

 

 次に敵のライナーの周囲へと伸びる矢印の端を指差していく。

 右舷、左舷に対して斜め下、それと真上の三点。

 

「お前たちはここから攻撃を仕掛けて、注意と時間を稼いでもらう」

 

 三点の先に、何やら微妙に特徴をつかんだヘタクソな漫画のような顔が3つ……。

 ……どうやら俺たちらしい……。

 

「右舷側からケイト、左舷側からライノだ。お前たちは合図を待ってタイミングを合わせて、下側のCFハンガーハッチを叩け。艦内のCFを外へ出られないようにしたらそのまま艦橋へ貼り付いて残ったCFと対空砲を潰せ」

 

 というこは、真上は俺か。

 

「悠、お前は真上からからだ。二人への合図はお前の攻撃だ」

 

 なるほど……俺は囮役らしい。

 

「遠慮はいらねぇ、お前のお得意のやつを真上からブチかませ」

 

 俺はコクリとうなずいて見せた。

 

「いいか、悠。おまえが突っ込めばあとは楽勝だ」

 

 敵の弾幕に飛び込こめというリーダーは笑っていた。

 俺も笑い返した。

 だが、きっと俺の笑いはとても引き攣ったものだったろう。


    【Present Day】

 

 俺とライノはジクサーの停泊しているドックに入った。

 整備は一通り終わっているようだった。

 辺りは鎮まり返り、静かなものだ。

 灯りも落とされ、船灯だけが規則的に赤く明滅していた。

 

 俺とライノはジクサーの右舷に渡されたギャングウェイを渡って、舷門からCFハンガーに入った。


 ハンガーも静かなものだ。

 そこにチセの姿はなかった。

 

「あいつ、あいかわらず仕事早いなぁ……」

 

 若干、がっかりしつつ俺はγを見上げた。

 

「おー、あいかわずきっちりカウルまでハマってるな。どこにもネジ落ちてねーし」

 

「言うなよ……」

 

 ライノがからかい混じりの言葉に、口を尖らせて答えた。


 γのメンテナンス性の悪さの代表的なのが、装甲であるアーマー・カウルを外すと、元に戻らないというものだ。

 

 これが冗談でないことは持ち主の俺がよく知っている。

 

 一度、アーマー・カウルを外すと、張りが影響するのか、思った通りボルトの穴が元のようにハマらないのだ。

 

 苦労して取り付けたと思うと、今度はどこかしらボルトが取り付けられていなくて余っているなんてことがよくある。

 

 直径にして五〇センチのボルトヘッドを持ち、長さ三メートルの六角ボルトが何故かポツンと転がっているのはなかなかシュールな光景だ。

 

 メカニックに関しては専門じゃない俺ならまだしも、アルマナックのプロのメカニックたちですら同じだった。

 

 無理やりボルトを合わせようとして、カウルが破損したり、ボルトヘッドが潰れたりなんてこともあって気がつくとチセがメンバーになるまでは誰もγに触れたがらず、機関長のアジエが直接面倒を見てくれていた。


 チセはどんな魔法を使うのか、苦も無くγのアーマー・カウルの脱着をやってのける。

 

 調整や補修もたった一人でやってのけてしまう。

 チセは今となってはアルマナックには欠かせない人材だ。

 今ではγの籠るよな音も、加速が一拍遅くれるなんてこともない。

 

 コードを弄らせるのではあればチセは間違いなくアジエ以上のエンジニアだ。

 そんな技術をどこで覚えたのか、そしてどこから来たのか。

 彼女は話さないし、過去をふじくるのはギルド稼業ではヤボというものだ。

 

 結局、俺にとって、チセは腕の良いエンジニアという以外はあの日以来、いまだに謎ばかりだ。

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