introduction 07 九能 悠の時間―彷徨うラップタイム(Lap Time)/01
※この作品はフィクションです。実在の団体・組織・企業・人物とは関係ありません。
仮想世界が「現実」となった時代――
企業が支配する電脳都市「インター・ヴァーチュア」。
自由を求める者たち、デジタル生命体(DQL)、そしてコード・フレームワークを駆る戦士たちの戦いが始まる。
この物語は、仮想世界の秩序を巡る戦争と、
人間とAIの共存の可能性を描いたSF作品です。
更新は土曜日予定。
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「おじちゃん、四つね、四つ!」
「二つで充分ですよ!」
腹が減っていた俺とライノは、いつもの立ち食い蕎麦屋に駆け込んだ。
「いや、四つだってば! 二と二で四ね、OK?」
「いいえ、二つで充分です」
ライノがトッピングの数でまた店主と揉めている。
まあ、いつもの光景だ。
ライノはリアルじゃウェストバージニア州出身のアパラチア育ちで、見た目もコテコテのアメリカ人のはずなのにこういう注文だけは妙に日本通でマニアックだ。
納豆とか卵とか、俺ですら滅多に頼まないトッピングをさらっと言いやがる。
ウェストバージニア出身の金髪マッチョが、納豆と生卵を豪快に混ぜて食べる様子を初めて見た時は正直ドン引きだ。
「あー、もういいよ! じゃあ冷やしたぬき追加で、納豆と生卵トッピング。あとネギと天かすマシマシね!」
店主の表情が露骨に「面倒な注文しやがって」と物語っている。
「そちらは?」
店主が呆れ顔で俺を見た。
「あー……俺は、ケツネコロッケで」
「はいよ」
毎回頼んでるけど、いまだになんで「ケツネ」なのかよくわからない。
キツネそばにコロッケを乗せるという意味らしいが、だったら「キツネコロッケ」じゃないのか?
日本語って難しい。
謎は深まるばかりだ。謎と言えばアルマナックもそうだ。
はっきり言うと、俺は自分が所属するギルドを理解することをとうに諦めていた。
HODOでコード・フレームワーク乗り、いわゆるコード・ライダーになって四年、アルマナックに入って二年になる。
強引にとはいえギルドの所属になった俺は自分が井の中の蛙だと言うことを思い知らされた。
そうだ、少なくともリーダーの過去は俺の想像以上にハードだった。
【Flashback】
「……元闘神?まじか……」
「そうだよー」
俺が詐欺まがいの行為にあい、恐喝同然の勧誘でアルマナックに入ったその日のことだ。
なぜか第1セクター倉庫地区の自室にライノが上がり込み、勝手にポテチ片手にソーダをあおりながらさらっと凄まじいことを言ったのだ。
「闘神って、あの伝説の武闘派ギルド、闘神だよな」
「くどいなぁ。そうだよ。背中に不動明王だっけか? 東洋の神様の看板背負った、情け容赦無用。飛べば最速、撃ち合えば最強。 あのおっかない闘神様ですよ」
あの後、HODOにつくとCFハンガーでスクラップ同然になっているγの前で半ば放心状態だった俺はあのスミーというAIに蹴り飛ばされて我に返った。
「おい小僧、さっさと看板作ってこいや。ライノ、連れてってやれ」
あの野太い合成音声でそう言われ、ライノと二人そろってジクサーから放り出されたのだ。
アルマナック御用達のウェア屋にギルドの看板のプリントを注文したそのあとだ。
「んじゃまあ、お仲間同士、親交を深めようじゃないのよ、ねぇ」
と言ってそのまま家まで着いてきた。
こっちもCFが壊れてるので他にやることもなく暇だし、無理矢理とはいえ入ってしまったギルドのことは知りたいと思うのは人情だ。
なので、とりあえず柳橋について聞いて見たらいきなりコレだった。
闘神。
コード・ライダーなら知らぬ者はいない有名ギルドだった。
そう、だっただ。
すでに存在はしていない。
俺がγに乗り始めた頃にはすでに闘神は解散していたはずだ。
詳しい話は知らない。
噂ではV5に喧嘩を売って戦争まがいの戦いの末に瓦解したとも、組織が大きくなりすぎて内部抗争の末に崩壊したとも言われている。
ただ、闘神は俺がコード・ライダーに憧れた理由の一つでもある。
少なくともかつては一大勢力を築いていた集団だ。
不動明王をエンブレムにし、八咫の門で正式採用されるCFアチャラで全機統一されていた。
模擬戦やレースの動画は何度も見た。
アチャラのトレードマークとも言える明るいグリーンカラーの機体が敵を蹂躙する様は凄まじかった。
グリーンモンスターと呼ばれるアチャラのパワーをフルに生かした強烈なドックファイト。
スピード、テクニック、どれもとても真似なんてできそうにない……。
最強集団、闘神。
あの柳橋はその闘神のメンバーだったというのだ。
「俺、リーダーがまだ闘神の看板背負ってた頃を少しだけ知ってるけどさ。まあ、俺がお前と同じような跳ねっ返りの頃のことで、」
「おい!」
「ちょいまち、ちょいまち、悪気はないって。でもさ、その頃のリーダーはなんつーかまじ別世界の人ね。というか闘神なんてアブナイ人達よ。話かけるなんてとても、とても」
手と首を横に振りながらライノはそう答えた。
言ってることはわかる。
あの柳橋の目は今思い出してもゾッとする。
あんなのが集団でいれば俺もとても話かけようなんて考えなかったろう。
「でも実際に生で模擬戦とか見たけどさ、あれは次元が違うわなぁ。クレイジーってやつだね。なんか二機一組の時のやつはマジでヤバかったわ。制圧の仕方が半端ない。バディと交互に三発ずつぶち込んで、あっという間に六機全滅だぜ。でも、すぐその後だったよな。闘神が解散したっていうの」
「お前は理由聞いたことあるのか?」
「怖くて聞けないっての。おまえさ、聞けると思う。リーダーだよ?」
「無理だな」
俺は即答した。
「だよねぇ。たださ、そのあとさリーダーがさスポットにフラッと現れたのよ」
ライノはソーダをグビリをやるとやるせない表情を浮かべた。
「そんときは闘神の看板はもうつけてなくてさ、なんかボロボロって感じだったわ。で、俺、絡まれたワケよ。CFを貸せってさ」
「…………で、貸したんだ」
ライノは無言で頷いた。
同じシチュエーションだったらきっと俺も貸していただろう。
しばらく沈黙してから、ライノは言葉を続けた。
「こっちで松葉杖ついてたんだぜ。あれはどう見ても強制排出くらったすぐ後だよなぁ。それでもメチャクチャおっかなくてさ。今日の三倍ぐらい殺すオーラ出てたわけ。ちなみに、お前は強制排出くらった経験ある?」
俺は首を横に振った。
運よく俺はまだ強制排出を経験はしていない。
強制排出を受けると必ず病院送りだが、半数近くは意識不明で搬送されると聞く。
たとえ意識が戻ってもその後のリハビリは避けられない。
意識不明に陥った場合、多くは何らかの後遺症が残るし、中にはそのまま戻ってこない奴もいる。
ちなみに、これは強制排出時に死亡していなかった場合の話だ。
俺も強制排出後のヤツは何人か見たことがある。
リアルでは五体満足らしいのにインター・ヴァーチュアで体が不自由というのはよくあるケースだ。
治療もろくすっぽしないで無理してログインするとそうなりやすいらしい。
このへんはいまだに解明されていない、この世界の問題の一つだ。
「で、エリミを貸したんだけどさ、そんな状態でまともに動かせるわけなくて、見事に自爆してそのまま医者送りだったわけ。そん時にさ、担がれて連れてかれるリーダーに『オメェ、名前は?』って言われて、教えちゃったのよね」
うーん、光景が眼に浮かぶ。
「で、それから一月後ぐらいかな。リーダーがアルマナックの看板を背負って戻ってきてさ。『あの時は世話になったな。ギルド作ったからお前は入れや』ってなったわけだ。その時にはもうスミーのオヤジはいたし、ママ・アジエとメカニックのメンバは揃ってた感じだな」
ママ・アジエ?
そういえば、γをライナーに積み込んでるメカニックたちに指示を飛ばしていたやけに色っぽいドレッドヘアーのお姉さんがいたが、あの人か?
俺の顔を見て慌てたように、ライノは、口に人差し指を当てた。
「本人を絶対にママって呼ぶなよ。バレたらシバかれるから。ちなみにアルマナックはリーダーとママ・アジエが作ったギルドなんだぜ」
「じゃあ、アジエって人も闘神だったのか?」
「ああ、闘神のメカニックだったらしい。リーダーとはその時からの付き合いだってさ」
闘神の元ライダーとメカニックがギルドを作った。そこの流れは理解できる。
俺は根本的な疑問をぶつけた。
「でさ、柳橋ってあの人は乗らないかよ?」
じとっと目線をライノが俺に向けた。
表情が「やっぱりそれ聞いちゃう」と言っていた。
しばらく何やら考えを巡らした後、ライノは口を開いた。
「うーん。たぶん普通には乗れると思うんだよ、普通にはさぁ」
ライノは頬杖をついてため息をついた。
「お前もコード・ライダーならわかるよな。もう、左脚と目がついていかないんだと………」
予想はしていたが、そう言うことか。
ライノの言う通りだ。
乗るのと、操るのとではまったく話が違うのだ。
さらにそれが次元の違う世界に浸かっていたなら、乗りたくても乗れなくなる。
目玉をセンサーのように張り詰め、微細に……時には振り回すように機体を制御する。
そして、同時に瞬時の判断と思考を機体の手足に伝え撃つのだ。
全てが直結して初めて成立する。それが操るということだ。
「でもなんか、やりたいことあるみたいでさ。んで、ギルドを立ち上げたんだって」
「へえ。じゃあ聞くけど、なんで俺なんだ」
「ん〜。なにがぁ?」
「トボけんなよ。なんで俺みたいな、鼻つまみ者をわざわざ試したんだ」
「おやおや。思ったよりニブクねーじゃん」
「俺はお前に負けたぞ。なのに、どうして俺をギルドに入れるんだ?」
どう考えたっておかしいんだ。
闘神でCFに乗っていたなんて人からみて俺はどの程度の乗り手に見えるんだ。
ライノ…………こいつだってそうだ。
俺よりも戦い慣れている。腕だって遥かに上だ。
γを手に入れて浮かれた時ならいざ知らず、いまさら自分の実力ぐらいは自分でわかるようになってる。
勝ち負けの結果関係なしでギルドに誘う理由が俺にはこれっぽちっも理解できない。
「オマエさ、CFでやり合うってどういうふうに思ってんの?」
「腕だ……」
俺は即答した。壊しても直して乗り続けて、そんな中で得た答えだ。
「CF自体の性能は?」
「関係ない。パワーの有るとか無いとか使いこなせなきゃ意味がない」
「んじゃ、俺に負けた理由は?」
「旋回勝負でビビった。圧倒的に有利だったのにスピードに飲まれてブレーキをかけた。それだけだ」
「まあ、そうだな。できるやつなら、あの速度で突っ込めるし、俺はやれるもんね。んじゃさ、お前のアホみたいに弾に突っ込んでくるやつ、アレは何?」
「俺が直線に突っ込むのは旋回でビビるヘボだからだ。直線ならスピードに飲まれて壁をみたり、オーバースピードでブレて自爆もない、せいぜい間合いを間違ってぶつからないようにすればいいだけだ。ただの向き不向きだ」
なぜかライノは口をポカンと開けていた。
「うーん、まあイイや。んじゃ最後にもう一つ」
それいつに答えたら理由を教えてくれるのだろうか?
「おまえさん、お試しじゃなくて相手を撃墜したことは?」
要するに相手を強制排出まで追い込んだことはあるかということか。そんな当然のことを聞いて何が面白いのだろう。
「あるよ。スポット以外で仕掛けられればヤルのは当たり前だ。お前だってそうだろ」
ライノはニタリと笑った。
さっきまでの軽薄なニヤニヤとは違い、ニタリとだ。
ああ、こいつはやっぱりコード・ライダーだ。
俺と同じだ、CFに乗っていてやりあうならルールがない限りは相手のことなど気にせず撃てる人間だ。
そしてそこに充実と存在意義を感じてる。
俺と同じ種類の人間だ。
「まあなんだ、そう言うことなんじゃないの、ご同類」
ライノは指でピストルの形を作り俺に向けると「バーン」とやってみせた。
「最近はなんちゃってな輩も多いじゃない。だからさ、とりあえず、あのアホな戦い方とそのへんがリーダーの何かに引っかかったんじゃねーの」
結局、アルマナックがなんで俺なんかを欲しがったのはほとんど判らずだ。
でもなぜか、ライノの言葉に妙に納得している自分がそこにはいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語は、仮想世界の秩序と、
人間とデータの境界を巡る戦いを描いていきます。
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