第六話「たましい」
第六話です!
「──遅かったね」
真っ赤に染まる天野ヒナが言葉を零す。
彼女のセリフと共に、全身に倦怠感が広がり始める。
どうやら、時間がきたらしい。
「さすがに、無茶しすぎたか……」
先ほどまでの俺は、これまで出さなかった百パーセントの力を出し、更にそこに上乗せの力を使ったことで百二十パーセントを引き出していた。
寿命消費には、しっかりと反動があるのは分かっていたことだが、まさか立っているだけでやっととは……
戦闘時とは打って変わって、重くなった足を引きずるようにして進み、ルナの元に向かう。
その間、ヒナは一切攻撃をしてこなかった。
「……ルナ」
死んでしまったのかと不安を抱く。月明かりに照らされた彼女は、ゆっくりと、非常に遅いテンポでだが、胸を上下させていた。
……よかった、生きてる。
ほっと胸をなでおろしたのも束の間。
すぐに彼女の傷を治さないと……!
思いを行動に移そうとするも、人影が邪魔をする。
「天野……ヒナ。邪魔を、するな──」
「──邪魔をしてるのは君だよ? メグル君」
彼女はこれまでで見た事のない武器を手にしており、その切っ先を俺に向けている。
鎌……その形は視界に入るだけで気持ちの悪いものだった。
人間を無理やり伸ばして溶かしたかのような、歪で気色の悪い形をしている。
「……いよいよ死神って感じだな」
吐き捨てるように言うと、ウフフと彼女は笑った。
「これまではただの可愛い、いたいけな少女だったからね~。少しでも、分からせてあげないと……ね!☆」
瞳をキラキラさせながら、ヒナは言う。
本当にそこら辺の女子中学生といっても不思議ではない雰囲気は、自然と警戒心を緩めてしまう。鎌さえ持っていなければ、の話だが。
「……メ、グル……」
「──っ、ルナ!」
咳き込みながら、ルナが目を覚ます。
だが息は絶え絶えで、危ないことに変わりはない。
「ルナ、無茶をするな、あとは俺が──」
俺がやると言いかけたところで、ルナがゆっくりと震えながら身体を起こした。
「これは、私の問題、だよ……キミは、巻き込まれた……『被害者』……なんだから」
血を吐きながら、何言ってるんだよ……
俺がじいさんと戦っている間、一体ここで何が起きていた……
俺が彼女のために行動すると決めたのに、こんなことになって……
言葉にし難い感情が俺を襲う。
「……おい、お前……血が」
ルナの胸部から、血液が流れていた。
心臓の真横……
頭から下半身へと、血の気が引いていく。
どうにかして治療したい……だがそれを目の前にいるヒナが許してくれない。
「わたしはね、メグル君。君を殺そうだなんて思ってないんだよ?」
悲しそうに眉を下げながら、ヒナは語りかけてくる。
本当なのだろう。彼女は俺を吹き飛ばしたりぼっこぼこにすれど、殺意は感じられなかった。それはルナにもだと思っていた。
「どうして、彼女を殺そうとした……!」
俺の勘違いだったのか? そうは思いたくない。だって──
「お前のルナを見る目は、家族を慈しむそれだった……なのに、どうして!」
叫ぶ──重たい身体を忘れるために、飛びそうな意識を繋ぎとめるために。
「わたしだって、できることならこんなことしたくないんだよ? 殺したくなんかないの。でもね、ルナちゃんがいうこと聞いてくれないんだ。じゃあこうするしかないよね?」
瀕死──もしくは仮死状態にして、彼女の命が尽きるのを待つ。それがヒナの考えだった。
「させない……そんなこと、俺がっ、させるもんかッ!」
ルナに視線を落とせば、死ぬのが見える。死なせない。
「お前が俺に言ってくれたように、俺も、お前を死なせたりはしない……」
初めてここで死にかけた時に、ルナにかけてもらった言葉を思い出す。
数日前のことだっていうのに、随分と懐かしく感じた。
「な、なにを……するの?」
ルナが不安そうに、力なく俺を見上げる。
安心しろ……今助けてやる。
「──っえ、な、なに!」
ルナの胸に手を添える。
その表情は少し赤い。
「すまない、今だけ我慢してくれ」
直後、中心に触れた場所が発光する。
「あたた、かい……メグル、これは?」
「……なに、お前の願いだ」
──俺から、ルナへの『たましい』のプレゼントだよ。
残った寿命を、全て彼女に注ぐイメージをする。
体内にある……残存している力を感じ取る。
もちろん。砂粒程度しか残っていないので、残りの寿命を消費する。
命を燃やす義務……あの言葉は、今この時のためにあったんだと、俺は思う。
──俺の残りの寿命……すべてを使用。
身体の中に溢れんばかりの力が湧いてくる。そのすべてを、治癒力、活性化などに回す。
「ちょ、なにしてるの! わたしがそんなことさせるとでも──っ!」
ヒナを拘束するイメージを浮かべる。
ヒナはその場から一歩も動けなくなった。
「な、なにこれ……っ、身体が、動かない……!」
「安心しろ、危害は加えない……だからそこで黙って見とけ」
叫ぶヒナを無視し、俺は自分の手に集中する。
「だめ……だよ、めぐる……これじゃ、キミが、死んじゃう」
涙目のルナ。優しく微笑み、空いている手で彼女の頬を撫でる。
そっと引き寄せれば、彼女は力なく俺の膝に倒れた。
こっちの方がやりやすいな。
俺の中で暴れる寿命を抑えながら、それらを少しずつ、胸にあてた俺の手の平からルナの胸へと流し込む。
そのまま再生させた場合、彼女の中に雑菌が残ったままになってしまう。
だからまずは、傷口周辺の雑菌を殺す。
中に入ってしまったのはすべて排除できない。だからそこはルナの免疫に頼ろう。
少しずつ、慎重に……彼女に命を吹き込む。
全身全霊で、それこそ『たましい』を込めて。
はるか遠く、空にあふれる星々よ。
彼女を、俺の大切な人を、守ってくれ……
やがて──やがて、すべては注がれた。
── 月 ──
体中に流れ込んでいた、あたたかいものが途切れるのを感じた。
力なく倒れこんでくるメグルを優しく抱き留める。
先ほどまでのあたたかさは……無い。
彼を優しく地面に置く。できるだけ痛くないように。
体中の気怠さはなく、万能感が支配する。
「な、んで……わたしの、目的が……全部──」
「……ごめんね、メグル──ありがとう」
私は、命を貰った。
……奇跡を、起こしてもらった。
心の中で、眠っているメグルへ感謝を伝える。
ヒナと対峙していた時に聞こえた、彼の声を思い出す。
「メグル……聞こえたよ。自分のために、力を使うって。そんなことを言ったキミが、こうしたってことは……」
残された命を消費したのは、
私に残りの全てを捧げたのは──つまり。
「キミが、『一番』に、したいことなんだよね」
問いかけるように、空中に置くように、優しく。
自分の胸に手をあてながらそっと、零すように言う。
返事は勿論ない。だって、彼はもう──
「……覚悟は、いい?」
一段と落ち着いた声で、彼女へ向かう。
「……どうして、そこまで記憶が欲しいの⁉ 他の全死神を敵にまわしてまでッ?」
はっきりと肯定する。
だって、大切な思い出が、ある気がするから。
「……行くよ」
「分かったよ……じゃあ、何度でも潰すね☆」
表情は笑っているのに、声は氷のように固く、冷たかった。
覚悟を決め、私は地を踏む。
これまで以上に力が入り、驚く。それはもう戦闘中なのに固まるくらい。
「軌道がまるわかりだよ~」
ヒナはヒュルリと私の拳を躱す。
メグルに傷や体力を全快してもらったとは言え、私とヒナとの間には天と地ほどの実力差がある。
勝ち目が見えない。
そう思い、思考を巡らせようとした時だった。
「ぐ、ぁ……」
ヒナがよろめいた。苦痛に顔を歪めている。
何が起きたの……?
「ッく! すごい衝撃が、お腹に……? いったい、何をしたの──」
『──俺だよ』
ヒナの探りを入れる発言に被せるように、恩人の声が聞こえる。
「──メグル?」
私の目の前に、メグルが現れる。
なんで? だって身体は……あそこで横に。
私が彼を寝かせた場所を見れば、確かにメグルの身体が横たわっていた。
幻覚……なのかな?
「どうして……メグル君が、二人いるのよ」
どうやらヒナにも見えているらしい。幻覚ではないようだ。
『勝手に幻覚扱いするなよ。俺はルナのここの中に入っただろ? 残り火ってやつだ』
私の胸をつつきながら説明をしてくれた。
「それはいいんだけど、人の……乙女の胸を触るなんて、どうなのかな~?」
私はにっこりと笑みを張り付けて彼に問う。
『わ、それは悪かったって……悪気はないんだから許してくれよ』
おろおろしながら謝る彼を見て、私は思わず吹き出す。
やっぱり……メグルは面白い。
彼を選んだことは、私にとってとてもいいものだった。
「それじゃあ、メグル」
『ああ……』
『「最後の戦いといきますか!」』
「……息ぴったりだね、二人とも。わたし、妬いちゃいそうだよ」
そういうヒナの表情はこれまでと違い、余裕が感じられなかった。
再び血を蹴り肉薄する。
まずは私が顔面めがけての回し蹴り。これは持っていた鎌で防がれる。
私の攻撃を受け止めるために、ヒナは動きが止まる。そこへメグルの一撃が腹部を狙う。
「──っ」
すれすれで躱されるが、それも持たないだろう。
同じ動きを続けながら攻撃を続ければ、私たちの攻撃はどんどん当たり始める。
「──か、っは……」
咳き込みながら、血を吐くヒナに、私たちは追撃を行う。
『これで──』
「──決めるよ!」
左隣りに立ったメグルが、私に背を預けながら右手を掲げる。
私は逆サイドで左手を掲げる。
メグルの力が、私の左手に流れ込んでくる。と同時に、彼の想いが私の中で開花する。
「……っ」
目が潤む。
こんな時に泣いてはだめだ。これでは最後の攻撃を外してしまう。
「やぁ────ッ!」
私たちの攻撃はヒナに見事命中した。
「……あーあ、わたしもここまでかぁ」
彼女の身体が、淡く光る。
「私たちの、勝ち……だよ」
消え行く彼女に、私は告げる。
「うん。愛の力は偉大だねっ。それがわたしの敗因かな……」
しれっと恥ずかしいことを言われたが、反応したら負けだと思った。
つれないな~と彼女は悲しそうな表情を作る。
数秒もすれば表情はもとに戻り。
「ルナちゃん」
これまでに見たことのない真顔で、呼ばれる。
「……なに」
慎重に呼びかけに答えると、彼女はふっと笑ってみせた。
「記憶の保証、しないからね」
望むところだ。と言ってやると。
「あはは、おもしろぃ──」
目に涙を浮かべながら、笑って消えていった。
最後には、静寂だけが残った。
「ありがとう、メグル……私と出会ってくれて」
『──ああ、だが、これからも一緒だぞ』
メグルももう少しで消える。そう悟った私は、お別れの挨拶をしようと彼に話しかける。
しかしメグルは想定外の返しをしてきた。
彼はまた、私の胸をトントンと触る。
「ルナの『たましい』は俺のだからな」
好き勝手しないように見張ってるわ。という彼に、私は涙を浮かべながら笑う。
私たちは『二人で一人』、文字通り……だね。
伝えた時、そこに彼はもういなかった。
次回エピローグになります!
短いですがよろしくお願いします




