第二話「探し物とイレギュラー」
第二話です!
翌日。
昨日の雨が嘘のように、雲一つない空が広がる。
……と言っても、綺麗な青空が拝めるわけではなく、上は真っ暗だ。
綺麗な月が浮かんでいる。
「なぁ、ホントにここにあるのか?」
「ええ、私の残り火をこの周辺から感じるの」
俺たちは近くの小学校へとやって来ていた。
彼女曰く、この学校から奪われた力を感じると。
人間になるための生命力と力が奪われる際、二つを離れないようにひとつにしたらしい。
ちょっと何言ってるのか分からない……が、簡単に言えば爆弾に自分の靴下をボンドでくっ付けたようなものとルナは言っていた。
……これで分かるか?
自分なりに噛み砕くと、扱いをミスすれば大爆発を起こして奪った本人が消滅しかねないモノ。という事らしい。
……いや物騒だろ!
という叫びは心にしまい、現状について確認をしたい。
「とりあえず校舎内に侵入する形になるから、早めに見つけたいものだな」
「気持ちは分かるけど、そう簡単に見つかるなら死にかけてなかったわよ」
プクっと頬を膨らませ、不機嫌そうに返してくる。
責められたと勘違いしたのだろうか。
反応が急に見た目に合わせた幼さになるの……反則だと思うぞ?
不覚にも──可愛いと思ってしまう。
ぴくっとルナが跳ねた。
あ、そうだったな……昨日言ってたっけ。
「うん。昨日眠る前にも伝えたけれど、私たちは魂で繋がってるから、考えていることも分かっちゃうの……だからそういうのは、別の子に向けてあげてね~」
最後の方、少し悲しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
それにしても、悔しい。猫みたいに可愛いのに、俺よりなん十歳も年上とか信じられない。
『余計なこと考えないで~』
ルナから意識を通して怒られてしまった……
……話を戻そう。
小学校は基本、関係者以外立ち入る事はできない。
だから俺たちは、深夜の小学校にお邪魔することにした。
時間は二十四時を過ぎたところ。
軽く犯罪なのだが、こんなことをするのは初めてで、実は少しワクワクしていたりする。
「キミ、さっきから何ソワソワしてるの?」
「は、え? そんなことはないが?」
どうやら態度に出ているみたいだ。
いや、別に出ていなくてもバレるか。
とはいえ、少し落ち着かなくては……
「しっ、止まって」
深呼吸をしようとしたところでピタッと、一歩先を歩いていたルナが中腰になって声をかけてくる。
直ぐにでも動き出せるよう、構えている。
彼女の声に半テンポ遅れてその場に留まり、疑問を投げかける。
「なにかあっ──」
「黙って!」
ピシャリと、鼓膜を震わす声色で遮られる。
状況確認のために聞こうとしたが、言葉を紡げなくなった。
彼女をちらりと見る。
顔は強張り、目は見開かれ額には汗が。
一瞬、本気で心配になったのだが、この反応はもしかして……見つけたのだろうか?
探し物……ルナの奪われた力を。
ここは四階。小学校の最上階であり、下の階はあらかた調べ終えている。
この反応、なにかがこの先にある。
「遅かったノぉ……小童たち」
そう思った直後、何者かの一言で廊下の気温が一瞬にして下がった。
全身が凍るように、頭から爪先まで固まる。
ドスン、と重たそうな足音が廊下の先、曲がり角から聞こえる。
それは、聞き覚えのある声で。
まさに昨日、死にかけた原因でありルナと魂を共有し力を取り戻す手伝いをする羽目になった元凶。
曲がり角から、月明かりに照らされキラリと光る爪が姿を現す。
その位置は高く。天井に届きそうだ……
「き、昨日の……爺さん」
「おじいちゃん──アナタ……〈同化〉したね?」
ルナが焦りを隠すように、不敵な笑みを浮かべながら問いかけている。
「フフ、やはり貴様ニは分かるカ」
首をグギギと鳴らしながらニヤリと微笑む。
その身体は巨大で、少しかがんでいないと天井にぶつかってしまいそうだ。
〈同化〉って、俺たちと同じ状態になってるのか?
それにしては姿形が変わりすぎてるだろ……
まてよ、爺さんがいるってことは、近くにあの小太りも──!
幼い方の瞬発力はすさまじく脅威になるだろう。
しかもこの狭い通路では奇襲されたらひとたまりもないだろう。
警戒しなくては、と思い背後に気を配る。
「大丈夫、片割れはもういないよ」
ルナが爺さんを見つめながら言う。
「……なんで分かるんだ」
強張った口を動かし、彼女に問う。
次の発言に、俺の硬直は解けた。
「──〈同化〉した死神は、片方死んじゃうんだ」
「……は?」
ドクン、と心臓が大きく鳴る。
その音と共に身体に力が入る。
「……なら、なんで、俺たちは……両方生きているんだ?」
ゆっくりと彼女を見つめ、返答を待つ。
自分の心音がルナに聞こえるんじゃないかと錯覚しそうになる。
「私たちは特別なんだ。条件がよかったからね」
だから生きてるってのか……
いや、逆に考えろ。
ルナは『無理をして一週間の命』と言っていた。
それは変にいじったせい、ではなく。生き残れる方法を駆使したうえで……一週間ってことなのか?
「キミが考えてる通りだよ」
『理由は二つ。
一つ、メグルの魂が常人の域を超えた代物だったこと。
二つ、〈同化〉の対象が例外の人間だったこと』
彼女の思考が流れて来る。
爺さんを見つめながら、後ろの俺に指を一本ずつ立てながら語り掛けて来る。
「この二つがあって、なんとか繋ぎ止めた余命なの」
だから、キミが死ぬ前に何としてでも力を取り戻す!
と意識を通して彼女の強い意志を聞く。
俺のことも考えてくれているのか……
「だからおじいちゃん、私の力、返してもらうよっ!」
そう言うや否や、ルナは爺さんに向かって一直線に突っ込んだ。
「な、バカか! 特攻なんてあいつの思う壺だぞ!」
ここは廊下。お互いの間に障害物は無い、つまり──
「フン、ばかの一つ覚えガ」
右腕を大きく振ると、予想通り風が俺たちを襲う。
しかも、その威力は昨日とは段違いで、周囲を抉る刃物のように鋭い。
実際に、外側と教室側の壁が抉れて吹き飛んだ。
「──クソッ、強い。三ヵ月使ったんだぞ……!」
俺は飛ばされないように足に力を入れ、腕を顔の前で交差してガードする。
何とかなったが、腕や頬に刃物で切り付けられたような跡ができ、そこから赤い液体がツーッと流れてきた。
『おい、ルナ無事か!?』
意識の中で彼女に呼びかける。返事は無い。
先程まで立っていた廊下は跡形もなく。
砲弾が放り込まれたんじゃないかと錯覚する。すごい有様だった。
ケホッと背後から可愛らしい咳が聞こえた。
「いや~やっぱ、純粋な〈同化〉は強いねぇ」
赤く染まった腕を抱えながらこちらにやって来る。
先程までの焦りはなく、どこか余裕そうな顔をしている。
何呑気に感想言ってんだよ……
俺の気を知ってか知らずか、ルナはこちらを見てホッと一息ついた。
「メグルは大きな怪我、ないみたいだね」
「まあな、俺は直ぐ受け身の態勢とれたからな」
それに、と付けて一枚のカードを出す。
胸ポケットから出したのは一見図書カードにも見える白を基調とし、枠を青色で塗られた物。
俺は今、これを通して力を得ている。
端には一から十二の小さな数字が表記されており、その隣に同じくらい小さな丸い穴が開いていた。
「時間制限があるとはいえ、早めに使っておいてよかったね」
そうだな、と返しカードを見る。
こいつは俺の、本来の寿命を消費してそれに見合った身体強化を行える代物だ。
昨日、ルナから〈同化〉した際に生まれた物だと言って手渡された。
曰く、俺の身体から弾かれた寿命の塊……らしい。
一枚につき一年分。何十枚とあったが、数枚だけ持って後は家に置いて来た。
「これ、ありがたいんだけど……一枚とかにまとめられなかったのか?」
「……私に言わないでよ、意識して作ったわけじゃないし、初めて見るんだから」
少し不満を零してみれば、すごく嫌そうな顔をされた。
……とまあそんなことより。
「──三か月分の強化じゃ、足りない」
面と向かって戦うならもっと使うべきかもしれない。
「プラスで七ヵ月使用する」
手に持つカードに向かい宣言すると、プチッと音を立て、変化が起きる。
0の部分に穴が開き……ボッと音を立て、燃えた。
直後、身体に力が流れ込んでくる。
身体が羽のように軽い、まるで空を飛んでいるかのような感覚に、少し驚く。
「おお……今なら何でもできそうだな」
そんな自信さえ湧いて来る。
「さて、どうやって攻略しますか」
肩を回しながら、余裕をもって声を出す。
それだけでも、気持ちはかなり楽になる。
答えを求めてルナを見れば、
「そうだね……ならこうしよう」
少し考える素振りを見せてから、考えを口にする。
それを聞き、俺は了解を出す。
昨日の俺なら──いや、この力を持つ前の、さっきまでの俺なら絶対に受けない作戦だ。
だが、今の俺は違う。
力が溢れてしょうがないのだ。彼女の作戦も成功させて見せるだろう。
「よし、行くか!」
身体に力を籠め、さっきから動きをみせない爺さんに意識を戻す。
どうやら待っていてくれたらしい。余裕なのだろう。
「作戦会議は終ワッタか」
待ちくたびれたぞ、と怪しい笑みを浮かべている。
「待たせて悪かったな、けれど──すぐ終わるさ」
足腰に意識を集中させ、踏み込む。
爺さんは風を刃物のように操れる。
だからこの直線状の廊下で、障害物も無しに戦うのは不利だ。
「イキなり何を……」
だから俺は、この廊下で戦わない……!
抉れてなくなった壁へ跳び、教室に入り込む。
これで少なくとも爺さんの視界からは一旦外れられる。
そのまま前進、後ろの壁を殴ってぶち抜く。
常人ならただ痛いだけだが、寿命を削って強化された俺の拳は違う。
豆腐を殴るかのように、痛みも抵抗もなく対象を崩すことに成功した。
自信があるとはいえ、自分でも少し驚いた。
吹き飛んだコンクリートが砂煙を生み出し、意識を切り替える。
見据えた先には新しい教室が存在し、こちらも廊下側の壁が抉れて無くなっている。
爺さんはこの先の教室の隣にいる。
──死角から壁ごと、敵殴る作戦。
命名したのはルナで、俺に話したことの一つ。
指示に従うため、俺はさらに奥の壁を破壊しようと駆ける。
だがその前に、目の前に迫った壁に亀裂が入った。
爺さんの方から来てくれたらしい。ありがたいことだ。
「ワシを舐めとルノか小童ァァっ!」
「それは──俺のセリフだぁあっ!」
爺さんこそ、舐めすぎなんだよ……!
「ナに?」
壁が崩れ、反対側から爺さんが姿を見せる。
俺は一歩で詰められる距離にいる。
既に拳も振り抜くための態勢に入っている。
対象が変わるだけ。壁から、爺さんになるだけだ!
「──グぅッ!」
やつれた頬に拳がめり込む。
感触は少し硬く、人としての肉がそこに無いと思えるほどだった。
奴は吹き飛び、後ろの教室を二つ貫通してから止まる。
同時に、身体から少し力が抜ける感じがした。
最初に消費した三ヵ月の効果時間が終わったようだ。
今残る身体強化は七ヵ月分……
力が少し抜けたとはいえ、それでもまだ軽いことに変わりはない。
効力が切れる前に追撃を……と思ったところで、
「ふう~なんとかなったね」
とルナが煙の中から現れた。
月明かりに照らされ、彼女が何かを手に持っていることに気が付く。
「椅子のパイプ……?」
「うん、キミが教室の壁吹っ飛ばしている間に拝借したの」
ひょいと先を持ち上げて見せれば、その先には黒い液体がこびりついていた。
「トドメ、刺してくれたんだな」
「うん。キミに全部任せるわけにもいかないからねぇ」
俺の感謝に、にへらっと笑って答えるルナ。
作戦は、成功した。
俺が爺さんの気を引いている間に背後に回ってトドメを彼女が刺す。
『トドメは私がやる』。学校に入る時に言っていた言葉を思い出した。
それにしても、と彼女は少し驚いた口調で続ける。
「初めて戦ったにしては、だいぶ慣れていたね?」
そこに関しては自分でもびっくりしている。
彼女の言う通り、俺はこれまで誰かを殴るなんて物騒なこと、したことがない。
むしろ……部屋に籠っていたから力なんて無い方だ。
「身体がすごく軽くなったんだ。自然と動いたというか……俺にもよく分からん」
「私も初めての事象だから、不思議だね~」
戦闘の才能でもあったのかな? と言われたが、そんな物騒な物別に無くてもいい。
「そうだ、それよりも力は取り戻せたのか?」
当初の目的を確認するために問いかけると、懐から何かを取り出した。
「なんだそれ?」
「私の一部~」
それは綺麗な球体だった。
アメジスト色に怪しく光っている。
……これが、一部? どゆこと?
「奪われた力だよ。おじいちゃんのやつ、体内に取り込んでいたみたいだね」
『そりゃ、違和感があったわけだよ~。
〈同化〉にしては、なんか変だと思ったんだよね。なるほど~』
ルナが声に出さず、ニヤニヤしながら思考している。
だが何が分かったのかまでは分からない。
「一人で勝手に納得するな、俺にも教えてくれ」
カツン、と背後で軽快な音がした。
「そうだよ~、一人で勝手に進めちゃったら面白くないじゃんね?」
「だろ? ほらこいつもそう言って……」
それは突然、背後に現れた。
柔らかくて、子守歌のように温かい声で、最初から一緒にいたと言われても違和感が無い。
「メグル逃げっ──!」
「──ぁ?」
トン、と軽く肩を押される。
日常の触れあいのように、優しく、いたわる様に──
ルナが何かを言った。でも言い終わる前に耳鳴りが邪魔をし、続いて全身の痛みが身体中を支配した。
視界が二転三転し……
振り返ろうとして、初めて。
自分は、吹き飛ばされたんだと理解した。
「──っ?」
意識が落ちそうになり、全身を駆け巡る痛みで引き戻される。
幾度となく繰り返し、痛みを感じ続ける。
自分がそんな状況に陥るだなんて、想像していなかった。
否、力を得て誤解していたのだ。
自分は強いと。
地面で仰向けに倒れている俺の元に、コツコツと存在感を出しながら近づいて来る足音。
そして──影が、俺の上にまたがる。
しーっと、人差し指を口に添えて。
「──少し静かにしようか。ここはお勉強するための場所なんだよ?☆」
明るく、軽く、心地の良い声が、そっと耳を撫でる。
その一言だけで、心が掴まれそうだ。
ぼやける視界を精一杯働かせると、一枚の羽が目の前を通った。
この世の全てを混ぜ込んだような、黒色。
落ちた先を見れば、漆黒の翼がゆっくり上下している。しかし、片方だけ。もう片方に翼は無かった。
片翼の死神。
そんな単語が脳裏をよぎる。
髪は暗い紫色で、魔女の鍋を思い浮かべる。
顔は整い、胸にはふくよかな膨らみが二つ。
白いノースリーブだからか、主張が激しい。
街中を歩けば皆が目を引くような容姿をしていた。
俺も例外ではなかった。
「ふふっ、君ネーミングセンスあるねっ。えっと……メグル君?」
どうして……俺の、名前を?
「あはは、分かるよ。君を見ていたから」
全部ではないけれどね。
見ていた……だと。一体いつから……
それよりも、だ。
ルナは……彼女は無事なのだろうか?
「安心して、あの子はこの程度で死なないもん」
「な、に──」
思考が、読まれている?
見つめる女性の表情が、一層柔らかくなった。
「聞こえてるよ──全部は無理だけどね」
今の俺は……強いはずだ。
身体強化、消費寿命七ヵ月──そこら辺の死神なら余裕で倒せる力量。
〈同化〉に合わせ、ルナの力を吸収していた爺さんにだって、一撃入れられたのに……こいつは──それ以上に強い!
「インフレにも程度ってものがあんだろが……!」
苦し紛れに出た声は弱弱しく、今にもこと切れそうだ。
だが意識は途絶えない。全身を痛みが駆け巡るから。
「じ、ごくか……よ」
「急にごめんね~二人とも。本当は今出るつもりじゃ無かったんだけど──我慢できなくって♪」
クスッと口を押えながら、おかしそうに笑う彼女。
何を考えているのか分からないその様子に、少し恐怖を感じた。
「──っ、お前……一体何者だ」
恐怖を押し殺して、絞り出す。
胸の奥がキュッと締め付けられる。
「わたし? わたしはヒナ、天野ヒナ。よろしくねっ」
キュピンと擬音の出そうなウインクをし、小学校の四階を全て吹き飛ばした犯人は、笑顔で自己紹介をした。
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