プロローグ「終わりと始まりはいつも一緒だよ」
初めまして!
結城しえらです。今回、一二三書房WEB小説大賞に応募することにしました!
応援よろしくお願いします!
「雨スゲーな」
台風で雨風が吹き荒れる中、ビルの屋上。
どちらも強く、気を抜いたら吹き飛ばされそうだ。
そんな中俺は、パラペットの上で身を乗り出す準備をしていた。
理由は簡単、人生に疲れたから。
俺を取り巻くすべてが、拒絶してくる世界。
誰も話を聞いてくれない、理解しようとすらしない。
生きる意味なんてあるのか?
ふとそう思った俺は、答えを出せず生きる意味を失った。
いずれこうなるとは、何となく分かっていたことなのに。
足元を見る。
一歩踏み出せばそこには何もない。
月明かりが無いから何も見えず、聞こえるのは雨の音のみ。
唯一の明かりは、下の階でくすねた工事現場用の持ち運び照明だけなのだが、眩しすぎて邪魔になったのですぐそこの入口に置いて来た。
水に濡れて身体が重く寒い、逝くなら早めにしよう。
「私もそっち、行って良い?」
最期の一歩を踏み出そうとして、雨風以外の音──正確には声が、俺の耳に届いた。
ささやくような小さな一言。普通なら聞き取れない声量なのに、まるで耳元で話しかけられたように聞こえた。
警報が発令され、外を出歩く人は限りなくいないはずだ。
俺みたいな死を望む者以外。
「なんだ、独り占めしようなんて思って……」
周囲の暗さに反した明るい声。
パラペットの上に立つ俺はゆっくりと振り返り、入り口に置いた照明に照らされた人物を見て、言葉を失った。
少女だった。
照明の背より低い。
てっきり小太りで人生に嫌気がさしてしまった奴かと思えば、想像と真逆の人物に驚きを隠せない。
中学生だろうか。
時刻は二時を過ぎている。雨は強くなる一方で、このままではお互い風邪を引いてしまうだろう。
こんな状況下で外にいるなんて家で親と喧嘩でもしたのか。
こんな夜中に一人で出歩くのは、さすがに危ないだろう。
「そこから落ちるの?」
少女の心配をしていると、自分のことを問われた。
先程よりも少し大きめの声で聞いて来る。
「お前に言っても分からないと思うが、俺は誰にも必要とされてないらしい」
目に入る雨を拭いながら続ける。
「だから、早めに区切りを付けようと思っていてな」
こんな暗い話、子供に聞かせるようなもんじゃないよな。
俺も年齢そんな変わらないけど。
後輩が出来たばかりの高校生だが、俺みたいな先輩は必要ないだろう。
「悲しむ人は?」
「いないだろ。両親も、俺には興味ないみたいだし……」
世話してくれた祖母も……去年亡くなった。
だからこの世に未練みたいなのは無いんだよ。
これと言って交流のある友人もいない。
他に自分を気遣ってくれる人もいない。
本当に、虚しい人生だった。
「他には? 何か聞きたいことあるか」
「そうだね……合格、かな」
「合格?」
思わず聞き返す。なにが合格なんだ?
てっきり俺はこの少女は自ら命を絶とうとする俺を止めようとしているのかと思っていたのだが、何かおかしい。
こいつを無視して飛び降りてやろうか。
そう考えた次の瞬間、俺は宙に浮いていた。
「っ、ちょっとごめん!」
「は?」
声が聞こえると同時に止まる頭の回転。襲い掛かる浮遊感。
そして、全身を冷たい何かが包み込んだ。
……落下しているのか? それに気づいた時には地面に着地していた。
横向きに、衝撃は無い。背中と膝裏にひんやりとした、柔らかい感触だけがただあった。
その正体を見るため、顔を動かす。そこには黒いフードを被った少女が。
つまり俺は今、この子に抱っこされていると……?
……お姫様抱っこ。もちろん俺がお姫様側だ。
意味が分からない。何がどうなってやがる!
「……おいおまへぶっ」
質問しようとするも、声を出す前に彼女は勢いよく走る。それも速く。
車にも匹敵するんじゃないかと思うスピードで、俺をお姫様抱っこしながら走る少女。
なんて絵面だろう……ここが建設途中の工事現場でよかった。
他のビルの陰に入る際、飛び降りた屋上に土煙が舞っていたのだが、俺がそれに気付くことはなかった。
近くにある別のビルに移動し、屋内に侵入。
二階の広い空間で地面にゆっくりと降ろされた。
「お、お前……一体何者なんだ」
「ご、めん……ね。はぁ、はぁ──ちょっとだけ、待って欲しい、かも」
身の安全を確認してから目の前で膝に手を置く彼女に詰め寄る。
だが、息も絶え絶えに少し待って欲しいと言う。
呼吸は荒く、背中が激しく上下している。
見ている限りすごく苦しそうだったので、背中をさすってみた。
背に手を付けた時ビクッとされたが、上下にゆっくり動かすとそれに合わせて呼吸を始めた。
なんだか人間を警戒する猫のように見えて、こちらの緊張感が解けた。
……一度彼女から視線を外し、周囲を見る。
さっきまでいたビルと内装はほとんど変わらない。
埃だらけで、作り途中の骨組みが丸見えだ。瓦礫もそこら中に落ちている。
ちゃんと片付けてくれよ。怪我したらどうすんだ。と思ったのだが、よくよく考えてみればここは立ち入り禁止で、俺が不法侵入しているので文句を言えた立場ではなかったことに気が付く。
こうなったのも全部、自業自得ってことだ。
思考を巡らせていると、「もう大丈夫だよ」と彼女が返事をした。
背中から手を離し、二歩ほど後ろに引く。
「いや~、急にごめんねぇ」
フードを外し、彼女が俺を見る。
ふにゃっとしたゆらゆらする声で謝罪を始めた。
頭の後ろをポリポリと照れ臭そうにかきながら。
こいつ反省しているのか? と少しイラっとしたが、それ以上に聞きたいことがあるので我慢することにした。
「さっきのはなんだ?」
「ん? あー、追いかけられている奴に見つかっちゃって……キミを巻き込むつもりは無かったんだけど、仕方なくね」
仕方なくで四階から人抱えて飛び降りるやつがいるかよ! とツッコミたい気持ちに襲われるが、次の一言で引っ込むことになる。
「だってそのままにしていたらキミ、死んでいただろうし」
もしかして俺はとんでもない奴に関わってしまったのではないか? と思考が危険信号を出して来た。ついでに背筋もひんやりとした。
ここら辺一帯は今激しい雨風で周囲に人はまずいない。
ということは、何かあっても助けは来ないし気付かれる心配が無い。
こいつもしかして、結構ヤバイ奴なのか?
俺は奴に不審に思われないように気を付けながら全身を見る。
身長は俺よりも少し低い。百五十あるかないか位。
腰までありそうな長さの髪を後ろで一つにまとめて縛っているのを見て、これなら夏でも暑くなさそうだな。なんて関係ないことこを考えたりしていた。
表情は幼い少女。だが話している内容が幼くない。どこか物騒である。
ここらじゃ見ない顔なので、やはり何か関わってはまずい人物なんだろう。
それにしても、ビルの四階から落下して無事だなんて最近の若者はすごいな。
「なわけあるかっ!」
「うひゃい!?」
現実に戻って来た俺の意識がツッコミをかました。
急に叫んだせいで彼女も驚いて変な声を出していた。
関わっちゃまずいのでは、という自分で出した結論を無視して質問攻めを始める。
「お前、さっきのなんだよ! なんで四階から飛び降りて無事なのっ?」
「え、あ、あれは」
「他にもなんだよさっきのスピード、お前人間じゃねえぞ!?」
「えっ、なんでバレたの!?」
「いやいくらなんでも……え、人間じゃないの?」
シーンと静まり返る二人。
お互い変顔で見つめ合うこと十数秒。
「今の忘れてくれるとかない……?」
「いや、怪しすぎて無理」
「ですよね~」
なんかすまん……心の中で謝っておく。
「え、まじなん? 霊的な何かさん?」
「イヤー私普通ノ女ノ子ダヨ?」
めっちゃ棒読み……
この際だから言っておくと、俺は幽霊系は別に苦手ではない。
むしろ好んで見たりもしている。
動画サイトの履歴を見れば、心霊系の体験談などがわんさかあふれて来る。
「普通の女の子はこんな夜中に外で歩かねえよ」
「……」
こいつ本当に何してるんだよ……
なんか急に冷静になって来た。
「なあ、お前は何者なんだ。いったいどういった存在だ」
ここまで──そこまでじゃないけど……──聞いてしまったんだ。中途半端な状態ではいさよならなんて気になって夜も眠れなくなる。
聞き出すべきだと、むしろ聞きたい、知りたいと俺は思った。
動画でよく見たり聞いたりしていた非現実的な現象が、今こうして目の前にあると思うと、その思いはさらに大きくなる。
しばしの沈黙を置き、彼女は口を開く。
「分かったよ。自分も嘘が下手だったね……話してあげる」
多分信じてもらえないだろうけど。と付け加えられたが、その時はその時だ。
今この瞬間、この場面で彼女の話を信じない者はいないだろう。
「キミそれ……」
彼女は俺を見つめ、少し驚いた表情をした。俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でつぶやく。
目をつむり約十秒。
開くと同時、表情が柔らかくなる。
「……本当に面白いよ」
「何が面白いのかは分からんが、早く話してくれよ」
「ああ、そうだったね。うん、それじゃあ始めようか」
彼女は一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を紡ごうとしたその時。
消えた。
「あ?」
頬を風が優しくなでる。
騒音と共に、視界の端で何かが動く。
ゆっくりとそちらを見ると、今この瞬間まで話していた少女が、壁にめり込んでいた。
何が起きた。
「おい、だ、大丈夫か」
「……」
返事は無い。
ここは建物の中で、周囲はコンクリートの壁で囲まれている。
外から風は入ってこないような構造だ。
誰かが意図的に生み出さない限り。
「獲物を見つけたかと思えば、思いもよらぬ収穫があったな」
粘りつくような、ネチャっとした声に首を強く掴まれるような感覚に襲われる。
反射的に振り返ると、そこには二人の男が居た。
背が高く細身の男と、背が低く、小太りな男。
まさに正反対な体系の二人だが、同じなのは着ている着物くらいだろうか。
……いつから? さっきまで俺たち以外誰も居なかったはずだ。
その姿は窓から入った月明かりに照らされ、良く見える。
今声を発したのは細身の男。
「オレ腹減ったぞ、あいつ食っていいか!」
「見つけたのはワシじゃ。ワシが頂く……人間の方は、お主が持ってくと良い」
二人の姿はまるでブラックホールのようで、一度向けた目が離せなくなる。
同時に心を冷たい何かが支配し始め、息が苦しくなる。
呼吸することが苦痛に感じる。
肺を潰せばこの苦しみから解放されるのでは? と一瞬思考が走る。
「げほっ、こほっ。長く見続けるのは、おすすめしないよ……」
声に意識を戻されるのと同時に苦しかったのが嘘のように消えた。
壁の方を向けば、砕け落ちた瓦礫の中から彼女が顔を出している。
良かった、無事みたいだ。
少しホッとするが、よく見ると頭部から出血しているらしく、顔は自身の血で真っ赤だった。どうにかして病院へ運ばなければ。
「う~頭痛い」
ガラガラと砕け身体に乗っている瓦礫をどけ立ち上がる姿は、道端にある石ころに躓いて立ち上がるそれと何ら変わりなかった。
「いや、そんなんで済まねえだろ普通……めり込んでたんだぞ!」
安静にさせねばと彼女の元へ寄る。
「えへへ、このくらい平気だよ。私頑丈だから」
頑丈って……こいつ、本当に人間じゃねえのか。
「そうだな、貴様はその程度で消滅せんだろう」
「……アナタ、誰?」
細身の男が話しかけると、それまでの柔らかい声が嘘のように、冷たくなった。
体感温度が数度下がるような気分。
細められた瞳は冷たく、俺に向けられていないと分かっているのに足が竦みそうになる。
「そう怖い顔をするでない。ワシたちの目的はそこの人間じゃ」
「へぇ、なら尚更怖い顔するしかないね」
なんだ、何の話をしているんだ? 俺が目的?
「俺、この爺さんと知り合いじゃないんだけど……人違いじゃないですかね?」
「会うのは初めてじゃが、人違いではあらんよ」
細身の男は着物の中に突っ込んでいた手を出すと、俺の方に向け、
「まずいっ!」
彼女が何か言ったかと思うと、俺の視界は大きくブレ、次の瞬間身体中に激痛が走った。
「──ってぇ」
何が起きた……分からない。
耳がキーンとし、口の中に異物が溜まる感覚。
「なんだこれ……血?」
口を開けば、だばーっと赤黒い液体が溢れた。
鼻をツンと襲う血生臭さ。俺の血だと気付くまで、どれくらいかかっただろう。
「──ミ……キミしっかりして!」
「……あ、何が、どうなって」
頭上から呼びかけられ、顔をあげれば心配そうにこちらを見つめる彼女の姿が。
「キミはここで少し休んでて、私がなんとかするからさ」
「何をっ……」
駄目だ、激痛で声が上手く出せない。背中も強く打ったのだろう、呼吸が苦しい。
救いなのは、思考がはっきりしていることくらい。
今の自分の状況は恐らく、さっき彼女を吹っ飛ばしたのと同じ。
となれば、その原因はそこにいる二人のどちらか。
「キミ。ずいぶんと、面白い能力持ってるね」
「ふん、小娘ごときが馴れ馴れしいぞ」
「不意打ちしないと攻撃できないおじいちゃんには言われたくないかな」
「ちっ、口だけは達者なようだな」
何言ってんだこいつは! 今の状況分かってるのかよ。
声を出して叫びたいが、激痛が許してくれない。
「隣を見ろ小娘、そこで這いつくばっている小童は状況を把握しているようじゃぞ」
細身の男が俺を見る。
口を開いて何かを話しているようだが、耳鳴りでほとんど何も聞こえない。
傍に居る彼女の声が何とか聞こえるくらいだ。
「それはこの子がアナタより弱いからだよ。私は違う」
……正気かこの女。
「ほう、なら貴様はワシより強いと言うのか?」
不敵な笑みを浮かべているが、その額にはしわが寄っている。
絶対怒ってるぞ、あの人。
そんな中彼女は笑顔で手を合わせながら、
「もっちろん、不意打ちなんて無くても勝てるくらいにはね」
と返答する。
その一言が合図だったようで、細身の男から笑みが消えた。
「そうか、死ね」
無表情で放たれた言葉は鋭く、耳を冷やす。
左手を前に伸ばした直後、強風が襲った。
だが、先程の衝撃は無く、代わりに。
「ちょっとごめんね」
「へ?」
一瞬視界がブレたかと思えば、吹き飛ばされた壁の反対側にいた。
「何をした?」
男が聞いて来る。
俺同様に事態に追い付いていないのだろう。
「うん? ちょっと移動しただけだよ」
軽く答える。
まるで道端にある小石を無意識に蹴りましたとでも言うように。
ただ当然だと、当たり前の行動だぞと。
「それじゃあ、次は私の番だね」
直後、細身の男が吹き飛んだ。
自身で作った壁穴に突っ込み、埃を巻き上げる。
「ワシの反応速度はそこいらの奴よりも上だぞ。そのワシが捉えられない速さで攻撃じゃと……」
埃が晴れるよりも先に、男の生み出した風が彼の視界を開く。
額には汗が浮かび、驚愕の表情を浮かべていた。
「あれ、もしかしてそんなに強くないのかな?」
明らかに命の危機なのに何だこの余裕は、お前もさっき吹っ飛ばされてただろ。
二体一だと圧倒的に彼女の方が不利と思っていたが、何とかなるのか?
後で聞かねば……まて、二体一?
「もう一人……」
俺の口からはこれが限界だった。
だがそれは彼女の耳に届く。
「あ、やっば──」
同時に、気付いたようだ。
もう一人が傍に居ないことに。
「おそーい!」
突如視界の端から飛び出してくる丸い物体は、彼女の右横腹に深く入る。
もう一人の小太りの男だ。
「──くはっ!」
弾かれるように彼女は再び壁にめり込んだ。
今度は壁の前に柱を一つ貫通してからなので、その衝撃はすさまじいだろう。
「おい、大丈夫か……」
反応が無い。
まだ少しふらつくが、なんとか立ち上がり未だ舞っている土煙目掛けて歩く。
「逃がさないよー!」
直後背後を衝撃が襲う。
先の風以上に強く重い。
俺は成す術もなく壁に突っ込んだ。
「……背中からだったら、死んでたかもな」
さっきより、ダメージは少ないらしい。
今度は正面からなので腕でとっさに顔を守れたのがよかった。
腕はめちゃくちゃ痛いけどな。
こちとらただの高校生だぞ……
「あはは、キミもやられちゃったか」
隣に、足を上にして寝転んでいる彼女がいた。
声も表情も明るいが、背中から血が出ているのだろう、周囲が赤い。
「今下手に動くと、私は消える。その後はキミも殺されて終わりかな」
「……何縁起の悪いことを」
「よかったんじゃない? 死にたかったんでしょ」
死にかけているはずなのに、その表情はどこか穏やかで、俺は息を呑む。
「……」
確かに、俺は死にたかった。
でも、こんな意味の分からないやつに殺されたくはない。
脳裏に過るは、過去の記憶。走馬灯みたいなものだろうか。
『お前みたいなやつをなんていうか知ってるか?』
『物事を成し遂げるために人は、命を燃やす義務がある。お前にも、いつか分かる時が来る』
周囲の罵倒と、祖父の一言。
「……死神、か」
ふっと、走馬灯を鼻で笑う。
流れて来るのが、嫌いな言葉と、幼き日の忘れかけていた言葉とは……
「へっ?」
彼女が驚いたような表情で俺を見る。
「いや、気にしないでくれ。ちょっと走馬灯が見えたもんでな」
死にたいのは事実だ。だが、今じゃない。
「理由が出来た」
勢いに任せて死のうとしたが、思い切り邪魔されてしまった。
それもこれも、全部この女が悪い。
「今ここでお前に死なれたら、俺が気持ちよくあの世に行けない」
だから──
「助けてくれ。あいつらの事知ってるみたいだし、何か対抗策とかあるんじゃないのか?」
「……」
鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をされる。
何かおかしなこと言ったかな……
「あ、あはは」
彼女がふにゃりと笑った。
目に少し涙が浮かんでいる。
そして、
「あるよ」
と一言。
「それはなんだ? 何をすればいい」
彼女は一拍を置き、策を口にした。
「……キミの魂を、私にちょうだい」
「は?」
笑顔で、口から血を流しながら。
……正気じゃない。意味が分からない。
いくら何でも、ふざけすぎだろ。
なんたって今。
「俺たち、死にかけてんだぞ……」
俺の焦りはこれっぽっちも伝わらないようで、彼女はにへらと笑って見せた。
「ふふっ、だいじょーぶ。私たちは死なないよ、キミを今ここで死なせはしない」
少しドキッとする。
異性から言われたら惚れること間違いなさそうなセリフを添えて。
「どこからそんな余裕出てくるんだよ」
強がっているようにしか見えないその表情は、身体中の痛みを我慢しているのか。
なんにせよ、彼女の笑顔が消えることは無い。
「それに、全部じゃない」
死なせないって言ったでしょ? と寝ころんだまま言う。
「半分、キミの魂半分ちょうだい」
「そうすれば、俺たちは生き残れるんだな?」
確認を取るために聞けば、コクリと頷きで返してくれた。
なら、答えは一つ。
「分かった。俺の魂半分、持ってけ」
伸ばされた彼女の手を握る。
すっと身体から力が抜けるような感覚に襲われ手を放しそうになるが、彼女にまだ離すなと止められる。
表情や態度には出ていないはずなので、この倦怠感の原因はこいつなんだろう。
「作戦会議はそろそろ終わりか?」
直後、細身の男が口を開く。
俺等の事なんぞいつでも殺せるんだぞ、と言わんばかりの余裕な表情を浮かべながらこちらを見ている。
「わざわざ待ってくれるなんて、キミたちは優しいね~」
手を握ったまま話し始めるが、こいつは倦怠感とか無いのだろうか。
仮にあったとしても、彼女は寝転んだままだし問題ないのだろうか。
なんてどうでもいいことを考えつつ、二人の様子を見守る。
こんな非現実的な出来事のはずなのに、どうして俺は飲み込めているんだろう。
違うな。夢だと思ってる。
背中から全身に広がる痛みと倦怠感。
彼女の手の温もり。
頬を撫でる空気の感触。
すべてがリアルだけれど、何かの悪い夢に違いない。
手を握って任せてしまえば、目を閉じた先にあるのは平凡以下の毎日。
……こっちが現実ならいいのにな。
ふとそう思った。こんないつ死ぬかも分からなそうな非現実的な毎日なんて、普通の人なら嫌だろう。
でも、俺みたいな普通じゃない人間からしたら、非現実こそが、現実なのかもしれない。
そう思いながら襲い掛かる睡魔を受け入れ、瞳を閉じる。
この夢は直ぐに終わる──信じて疑わずに。
「あっ、が……!」
だが、夢から覚めることは無かった。
全身を尋常じゃない痛みが走る。
壁に吹き飛ばされた時と同等か、それ以上の。
「ごめんね、少し我慢してほしい」
無理なら私たちはそれまでだよ。と彼女の謝罪と死ぬかもしれない一言を頂く。
飛びそうだった意識が、激痛で引き戻される。
落ちそうになっては戻り、それの繰り返し。
「まさか小娘貴様! 〈同化〉しようとしているのか!」
「……だと言ったら?」
余裕そうだった表情は一瞬で消え去り、焦りに変わる。
彼女も少し苦しそうに返していた。
声は出せないし、呼吸もまともに出来ない。
なのに、意識だけはハッキリとしているので、二人の会話がよく聞こえた。
「……阿呆め。終わったな、貴様らに待っているのは確実な死だ。我々同士ならまだ分かる。だが、人間とだと? 冗談も大概にしろ」
この行動が何なのかを理解しているのか。
細身の男が呆れた声を出す。
そこに小太りの男が口を挟んだ。
「なあなあ、オレたちの獲物どうなるんだ? せっかく美味そうなのに……」
自身の人差し指を口に挟み、よだれを垂らしながら片方に問うている。
その表情は目の前に出されたおやつを取り上げられた少年のようで、少し可哀そうだなと思った。
──いや、美味しそうって……俺たちの事食べるつもりだったのかよ。
ますます意味が分からない。でも、この痛みが終われば、きっと夢も覚めるだろう。
やがて、痛みが引いて来る。
「一生に一度。いや、十生に一度できるかすら怪しい代物だ、ここで亡くすのは惜しい。勝手に死なれる前に殺そう」
「じゃあオレが殺る!」
そう言うや否や、小太りの男が突っ込んでくる。
同時に、身体を走る激痛が消えた。
「ありがとう」
一言、彼女が小さく感謝を述べる。
続けて、
「これで、キミと私は死なないよ」
聞こえると同時に、小太りの男が彼女に一撃を与える。
衝撃に備えて身を固めるが、何も来ない。
恐る恐る目を開くとそこには……
「う~ん、三割って所かな」
立ち上がり、自身の拳を見つめる彼女が居た。
握ったり開いたりを繰り返しながら、身体の調子を確かめるように。
小太りの男はというと……
「……」
壁に頭から突っ込みピクリともしない。
「あれ、キミもう終わり? お腹出しながら眠ると風邪ひくぞ~」
お腹は元から出ていたと思うし、やったのお前だろ。
という突っ込みは置いておいて、彼女の方を見る。
「……成功させた、だと」
細身の男の額には汗が浮かんでいる。
何にも分からないが、きっと本人にとってまずいことになっているんだろう。
「本来なら、こいつら程度一人でどうにかなるんだけど」
今回はキミに感謝だね。と彼女はこちらを見て笑う。
その表情は優しい、少しの間我を忘れるほどに。
「ほんとタイミングが悪い」
細身の男へ視線を向け睨む彼女。
男は少し呻き声を上げ、一歩後ずさる。
「あれ、キミは来ないの?」
「っく」
一歩、こちら側が近づくと、あちら側が一歩後ずさる。
これは勝ったのでは? 俺は思った。
暫しの沈黙……勝負は一瞬だった。
「ふぁああっ!」
男が左手を大きく振る。
と合わせて、強風が俺らを襲う。
だが、さっき程の脅威は感じない。
「右ががら空き……だよっ!」
男の身体が九の字を描いて壁に突っ込んだ。
代わりに男が立っていた場所に、彼女が右手をぶらぶらさせている。
「やってみると、結構呆気ないもんだね~」
彼女がいることに大きな安心感を抱いた。
俺たちの命を脅かしていた脅威は、一瞬で消え去った。
俺は部屋の隅で体育座りをして待っていた。
「さ、帰ろっか」
しばらくして、伸びている男たちの服を物色し終えた彼女が声をかけて来る。
「……あいつらはそのままでいいのか?」
男たちを指さして問う。
曰く、力の差を見せつけたので襲ってくることは無いだろうとのこと。
もしもう一回来たら? と不安を投げると、「その時は容赦しない」とのことだった。
外に出た。
台風の中だと言うのに雨風は一切なく静かな景色が広がり、月明かりが俺たちを照らす。
丁度目の中にいるのだろう。
さっきまで死にかけていたのが嘘のようだ。
彼女は伸びをしながら前を歩いている。
少し後ろを歩きながら、俺はそんなことを考えていた。
「教えてくれよ」
呼び止める。彼女はゆっくりとこちらを振り返り。
「何をかな?」
と返答をよこす。
何を聞かれるのか、分かっているだろうに。
「さっきの連中のこと、俺とお前になにが起きたのか、全部だ」
質問と疑問を口にする。
俺は先程、壁に背中からぶつかり頭から出血するほどの大怪我を負った。
なのに今、何もなかったかのように歩けている。
実際、身体のどこにも痛みは無いし、あちこちにあった切り傷なども最初から無かったかのように消えている。
むしろ、元気なくらいだ。
「……そうだね、キミには話す義務ができちゃったし、説明しないとね」
そう言って彼女は俺の数歩前に来て、見つめる。
二、三秒の間をおいて、口を開いた。
「私は、私たちは、死神と呼ばれているわ」
彼女の言葉を皮切りに、再び雨が降り始めた。
台風の目は、俺たちを残して行ってしまったらしい。
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