5 観察・疑惑・釈明
クエストの帰り道、普段なら気にしない雑草に目がいくほどパレンタは考え込んでいた。後方から皆と歩幅を合わせるのは無意識で、思考は上の空。
(誰かわからない……誰がルダンカルガーツを匿うの……?)
勇者パーティとなった転換点である第一魔王ルダンカルガーツの討伐は、パレンタの透視魔法により未遂であったと、彼女自身は考えていた。パーティメンバーの誰かがルダンカルガーツを生かしているという思考を読み取ったあの日から、不本意に仲間を疑い続けている。
(頭がおかしくなりそう)
視界にモヤがかかったかのように、考え込むほど白く煮詰る他人の悪事。
(私、勇者様の裸が見たかっただけなのに……)
パレンタは日常の中で透視魔法を鍛え、いつか勇者ユハリオの服を透かそうと企んでいたが、天は彼女から目を離していなかったようだ。
「新調したんだよ」
前方ではユハリオがおろしたての剣について熱く語っている。その光景を見ればまさに勇者の立ち振る舞いであるが、パレンタの目には相反して映っていた。
(新しいダサT着てる)
真っ白な生地に利き手を封じて書いたような蛇が描かれていた。パレンタはそれが気になって仕方がなく、空を見ると色が変わっていた。
「しばらく休みだね。ルック、遊びは程々に。ナッツンは時計を見るようにね。ミミハポは裁縫にハマってるをだってね、いつか見せてよ」
(それ私の下着なのかな……)
「パレンタは……」
ユハリオは彼女を見ると息を飲んだ、どこか寂しい様子を見せて、絞り出したように成長したことを伝えると各々が帰路に向かった。
「ユハリオ、よければ」
その言葉は勇者を引き付けた。パレンタは見えていたのだ。
「ディナーをご一緒して頂けますか」
見えてしまった。
「そういってくれて嬉しいな」
視覚だけではない、思考を。
街灯の橙が夜と手を繋いでいる。浮雲が漂うも目に捉えられないのは恥ずかしさに身を隠しているからだろうか。
「今日で一年だ、ルダンカルガーツ、魔王を倒して僕たちは勇者と呼ばれるようになった」
背を合わせて二人がやっと通れるかという幅にハイスツールが何台も並んでいる。こじんまりとしたバーテンダー。
「この一年、称賛も罵声も浴びてきた。魔王を倒した功績とそれによって引き起こされた魔王軍の侵略、どちらも受け入れる覚悟はしていたが、僕にはどちらも荷が重いな」
背中が弱々しく薄暗い光の影に仕立てあげられた。パレンタはまた、珍しく落ち込んでいるユハリオを見て、酒のせいか、あるいは本音を吐露しているのかその両方を兼ね備えたように見えた。
(勇者様が飲みに行きたそうだから誘ってみたけど……私には励ますことが出来ない)
パレンタは肩を組まれたように俯くと手元の飲み物を飲み干した。
「魔王なんて倒さなければよかったのかな」
「そんな事ないです、救われた人の方が多いのですから」
「だけど、魔王を倒さないでいれば幸せが続いた人もいただろう。そういう人の声がよく聞こえるんだ。いつも見る夢は栄光じゃない……過ちなんだ」
「ルダンカルガーツが生きていれば」
「やめてください!」パレンタの拳に爪がくい込んだ。「魔王は私たちに言えない傷を残したんです。中には善良な魔王もいるかもしれません、でも、そんなのがいるなら私たちは傷つかなかった。止めてくれなかったんなら、いないってことなんです」
「ルダンカルガーツは違ったかもしれない」
「ならハッキリいいますよ!」彼女は立ち上がると、ユハリオに面と向かった。「魔王ルダンカルガーツは生きてる! それも、私たちパーティメンバーの誰かが匿ってます……!」
「落ち着くんだ、僕たちの中に魔王を匿ってる奴がいるはずないだろう」
「私、回復術師だけじゃないんです。透視魔法を覚えました、それで見てしまったんです」
「……仲間を疑うのか?」
「疑いたくないですよ」
「幻覚でも見ているのか、透視魔法なんて見たことがない」
「今見せますよ」
パレンタは眉間に力を入れユハリオの服を見ようとした。しかしそれは叶わなかった。
「なんで……」
「今日のことは他言しないでおく、頭を冷やそう、互いに、僕も今日は飲みすぎた、君に甘えてしまった」
ユハリオは十分な金貨を机に置くと店を後にした。
「……絶対に突き止める……それしかない……」
パレンタは誓う。