4 ルダンカルガーツとの戦闘記録
前略。
ユハリオパーティは魔界第二層にてルダンカルガーツを前に臨戦態勢を取っていた。第一層の魔獣、天魔精霊、魔草を掻き分けて進んだ先にて第一魔王は待ち構えていた。
前略の追求。ルダンカルガーツは人間界との接点を作ろうと王都に悪魔を使役し伝聞を寄越した。内容は魔界に人間の生活圏を作成する代わりに、人間界に悪魔を居住させる空間を用意するというもの。利点は悪魔と人間の友好関係の構築とされていたが、人間は欠点ばかりを考慮し第一魔王の要求を許諾しなかった。人間側の取った行動は、王都に招集できうる限りの最有力パーティを魔界へ派遣し第一魔王ルダンカルガーツ討伐の命令を下すことであった。
「ルダンカルガーツ、人間の命を弄んだことを後悔するんだ」
ユハリオは開口一番にそう告げた。対するルダンカルガーツは王座にて肘をつき困惑の表情を垣間見せた後、第一魔王として立ち上がった。
「そうか、つくづく人間は面白味のある生き物であろう。他の生き物を表面で捉え自種族に害をもたらす余地があれば徹底的に疑わない」
魔界の瘴気が濃く深く色味を増した。第一魔王が杖を着くと、まるで世界が一変したかのように魔界の空気に成る。
「行こうか」
ユハリオの掛け声に各々の体勢をとった。
この時、ユハリオパーティの一行が主に抱いていた感情は怒りだった。魔界へ招集された際、彼らが目の当たりにしたのは魔族によって惨殺されたと記された死者およそ五十名。頭部が破裂、胸が切り裂かれ、欠損部位のある故人らに布が被せらていた、場所は王都であった。彼らは弔われていた。
しかしそれらの遺体は魔族による行いではなく、第一魔王の本懐の裏を熟思した人間の手による生贄であった。聖職者の前で手を合わせられる眠り人達は、ユハリオパーティになんの思惑も悟らせず第一魔王ルダンカルガーツ討伐を遂行させるために命を奪われたのだ、国の最高権力によって。
それを露知らない。ユハリオパーティはルダンカルガーツとの戦闘記録を綴る。
「やるなれば受けて立つ。来い、『ルナ・メナ・デモン――メルズドアーグ』」
ルダンカルガーツは杖をユハリオに向けると、詠唱に呼応した先端の宝玉は忌々しい黒光を帯びた。ミミハポ、ナッツンが魔法に魔術にを唱え距離を置くと、ユハリオは注意を引くべく第一魔王に接近した。その距離はわずか手が届くほど。剣先が空を切り、悪魔の魔法がその剣筋と重なる。
重々しい金属音と共に魔法は散り散り、刃はこぼれた。ユハリオの手には柄だけが残り、ルダンカルガーツは次の詠唱を初め後ろに飛躍した。
「あちゃ、次の手がないや、まさか壊れるとは」
「ユハリオ、俺と変われよ!」
後方から飛ばされた野次の方にはルックがいた。回復職、戦闘不向きなパレンタの護衛に当たっていたが、魔王を前に待ちくたびれていた。
「ああ、そうだね」
ユハリオが了承する以前にルックは駆け出していた。
「増援しますー『アルト・ミス・レレナ――サイラード』」
ミミハポの詠唱から頭上に弓が浮かび上がると、彼女の姿勢に連動して矢が放たれた。光の閃光、それはルダンカルガーツの杖を弾き詠唱を止めた。しかし吸い寄せるように落ちた杖を手元に握ると、再び詠唱を始めた。
「ミミハポ、それではダメだ。狙いが、威力が、精度がなっていない。みていろ、魔術を。『メナホート』」
詠唱不要の魔術は即座に展開され、ミミハポの型を模した暗闇の矢を放った。ルダンカルガーツはナッツンの魔術を捉えきれなかったか、首元に定められたそれを間一髪のところで左腕で庇った。
「……! これは崩壊の魔術か」
「時期に腕は灰となり、侵食した末に体を蝕むであろう」
「ならば断ち切るまで……!」
ルダンカルガーツは腕を切り落とした。しかしその光景に、驚いた者はいなかった。
「不死の魔王」
パレンタはその光景を見て呟いた。みるみるうちに生えてゆく切断された腕、脅威の回復力にこそ驚きを露わにする。彼女はユハリオの負った切り傷を治し、懐に手を入れた。
「これ、使ってください」
「ナイフ?」
「護身用で小さいものですが、切れ味は嘘をつきません」
布に包まれた刃渡り十五センチのナイフ。ユハリオは手に馴染ませると刃先に指の腹を当てて鋭さを確認した。
「いいねこれ、いつも持ってるの?」
「はい、いざという時のために」
「パレンタは準備がいいね」
背中を押すような風が吹いた。風は一点に集められたように軌道を作り、ルダンカルガーツの元へと誘われた。腕を完治させて見せると、杖が折れるほど力強く握った。
「『マソウ・テンペシー・リヴァ――ミスゼポン』」
「『オルウォール』、『ローンソード』!」
攫った瘴気を一遍に放出したルダンカルガーツの広範囲攻撃は、ルックのガーディアンとしての盾を貫いた。離れた位置にいたパレンタでさえ、ユハリオに守られながら擦り傷を隅々に受けてしまった。
パレンタから声を張上げる距離にいたミミハポ、ナッツンは独自の防御魔法により致命傷を避けたが、暗雲立ちこめる中、ルックの状況を掴めないでいた。
「……ルック!」
ユハリオが自身の傷を顧みずに猛進した直後、光が切り裂いた。
「人間も捨てたものではない、が、所詮は魔王のひとつにも歯が立たない」
ルダンカルガーツは肩を貫かれたが、ルックは座り込んでいた、まるでなんの傷も受けていないかのように無傷であった。
その隙、ルックの背後の死角からユハリオの刃渡り十五センチの刀身がルダンカルガーツの心臓を切り刻んだ。呆気のない散り際、そう語られば語り部は何も理解出来ていない。ルダンカルガーツは力尽きて反撃の余地がなかったのである。
「……分かり合えると……甘く……」
ルダンカルガーツの肉体が地面と擦り合わされ、ユハリオパーティは勇者パーティとなった。