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3 ユハリオの持つ善悪の把握

 魔法使いのミミハポに疑いの目を向けたヒーラーのパレンタは、パーティメンバーと合流してからというもの、その目は彼女に釘付けになっていた。

 勇者ユハリオ、ガーディアンのルック、魔女ナッツン、それぞれと会話する度に盗み聞きしようと耳が大きくなるも、雑踏と雑談が混ざり合う道中では平静を装うのに必死だった。彼ら勇者パーティ一行は秘境の洞窟に向かっていたが、それを前にして腕を組んだ。

「これは洞窟っていうより」勇者ユハリオがうなる。「……崖だね」

 森林を歩いて抜けた先に洞窟と記されたそれはあった。何かの間違いかと首を捻る前には地平線を境に世界が変わったような真っ暗闇が永遠と続いているように見える。

「しかし小さいな、これじゃ俺は入れねえ」

 腰に手を置いたのはルック。彼の筋骨隆々とした図体ではつっかえてしまうほど小さい穴でもあった。

「先が見えないのも気になるな。よし、今日は僕とナッツンのふたりで行こう」

「げえー、なんで私だけなのよ……ッぐ、酒が足んないわね」

「ルックは通れないし、ミミハポとパレンタには危険だからね。ナッツンはどうとでもなるだろう、この前浮いてたよね?」

 それはテンペストシープスとの一戦、ナッツンは地に足ついた状態で不可避の攻撃を飛行によって回避したのだ。

「それにテレポートも使えるね、ミミハポと魔法陣の接続を確認して、中の安全が確保出来たらみんなで行動する」

「私も魔女とはいえ乙女であるぞ、それでも先の見えない暗闇に連れ去るか?」

「魔女、だからだよ。行こう」

 言われるがままにユハリオに手を引かれたナッツンは酒瓶を離さず、一滴の無駄も許さないで洞窟に吸い込まれていった。彼女の帯回しを受けたような悲鳴が中からこだまして聞こえた。取り残された三人は木陰に座り込むと、ミミハポは魔法陣を地面に書き始めた。

「はー、洞窟っていうから楽しみにしてたのによ、穴が小さくて入れねえなんて始末だとは思わなかった」

 ルックは足を三角におると腕で囲むようにして出来た溝に顔を埋めた。

「落ち込まないでくださいよ、ユハリオとナッツンが先遣隊として危険を買って出てくれたんですから。テレポートの合図まで気長に待ちましょう」

「ルックは冒険好きだからねー、悔しいんだよー」

 悪意なき甘い声のミミハポは黙々と魔法陣を映し出している。人一人が立つと溢れるほどの小さい絵柄に合わせて、草をむしり木の枝を使って砂に影を宿す。

「命が懸かってる緊張感がたまらないんだよねーって、前いってたもんね」

「え、そんな癖があるんですか?」

 ミミハポのルック小情報に顔をひきつらせるパレンタ。

「そうだな、あながち間違ってはいないな」

 頷くルック、それを見たパレンタは少し距離を置いた。

「ユハリオとナッツンにはいえないが、ちょっとハマってしまってな」

 ルックは親指と人差し指の腹を合わせた円を作った。それはお金を表すハンドサインであった。

「むぎぇ、もしかしてギャンブルですか?」

 更に距離を置くパレンタ、隣で魔法陣を完成させたミミハポと肩がぶつかった。ルックの無関心に地面に視線をやる顔を見ていたパレンタは、背後で漏れた甘い喘ぎ声に今朝を思い出し立ち上がった。二人を前に向き合うと腕を腰に当てた。ミミハポに表情が強ばるのを悟られないよう取り繕った。

「行きつけの酒場で勧められてな、負け額はそう大したことはないが、ギャンブル体質が目覚めてしまったみたいで、命が懸かってると興奮するんだ」

 それはそれは危なっかしい眼に驚きを隠せないパレンタ、ミミハポの方に目をやると事前に聞いていたからか反応は薄い。

「や、やめた方がいいですよそれ。何か危ないにおいがします」

「俺も感じてるが辞められない、別に金が無くなってるわけじゃねえからな。自分の心の持ちようだからよ」

「娘さんが悲しみますよ?」

「娘なあ」

 愛娘が気にすると伝えれば気を引き締めると踏んだパレンタだったが、ルックは首にぶら下げたペンダントを優しく握ると慣れた手つきで開けて見せた。中には愛娘の写真が貼り付けられており、幾度と指でなぞったのか、年季が入っているように見えた。

「シュタハ……俺は駄目な人間なのか……」

 シュタハ、それは愛娘の名前だ。

「私、そこまでいってませんよ」

「シュタハを見れば少し心が落ち着くんだ。ギャンブル依存も和らぐ気がするが、気がするだけで芯の熱は冷めやらない。俺は根っからのギャンブラーなんだ」

「そこまで自己分析が出来ても辞められないものですか」

「あ、来たよー」

 パレンタ、ルック、ミミハポは魔法陣に向かって集まると下に描かれたそれを見つめた。やがて発光した魔法陣の文字は生き物のように回り始め、範囲が拡大されると三人を取り囲んだ。次の瞬間にはそこには何もなく、木の葉が散った。

 暗順応するように目が慣れていくと、ユハリオとナッツンが肩を組んで揺れていた。歓迎ムードだった。

「ありがとございます、ユハリオ、ナッツン」

「ありがとー」

「助かったぜ、にしても暗いな。なのに目が冴えてるのはなんでだ」

 ルックは辺りを見渡すと灯火がないことに気がついた。

「私がテレポートの魔法陣に属性を付与しておいた。暗闇でも問題なく目が効くようにな」

「僕にも魔法かけてくれたらいいのに」

 ユハリオは自力で暗闇に慣れた。

「それじゃあ行こうか。洞窟の奥の秘宝調査」

「秘境の秘宝を探訪ってねー」

 このあたりからミミハポの口数が少なくなった。

「秘宝調査なんて初めてじゃないですか?」

「そうだね、いつもは分かりやすい討伐クエストばかりだから、たまにはいいかなって」

 ユハリオ、パレンタは並んで先頭を歩いた。後方でミミハポを囲う酒癖の悪い連中がだる絡みしている。

 暗闇、足場の悪い不整備な岩の上では目が馴染んでいるとはいえ、まともに歩くことが出来ない。回復職であることから日頃のクエストでも活発に動く機会のないパレンタには精一杯な道程であった。

「ほら、手を貸すよ。パレンタも気晴らしにアスレチックなのどうかなって思ったんだ」

「ありがとうございま、す、あ、私のために?」

「みんなのため、の中にパレンタも入ってるんだよ」

 パレンタは手を引かれて歩いた。しなやかで強かな指先が絡まって、もう一度手を取って欲しいと心の中で呟いた。

「んあ、あれは財宝か、財宝だろ!」

 目を垂らせ頬を赤くした大酒飲みルックが指さした。その先には埃を被った宝箱が影に隠れていた。我先にと組んでいた肩を外して近寄ると、危険物を取り扱うように慎重に指の腹でつついた。

「重い、これなんか入ってんなあ!? 重い、これなんか入ってんなあ!?」

「デトキシー」

「んああ。眠たくなっちゃって」

 豪快な勢いのルックを止めるべく解毒魔法を唱えたパレンタ、その場に横たわった巨漢に加えて睡眠魔法を合わせると、いびきをかいて寝てしまった。

「あったあった、今日はこれを持って帰るクエストなんだ」

「そうなのですか、秘境と言いますからてっきり危なっかしい場所かと」

「依頼主がそう思わせたんだろうね。掲示板には、わかる人にだけわかるようにこの宝箱を持ち運ぶクエストである事を示していたから」

「それなら中身は……」

「僕も中は知らないな。どうだろ、ルックが重いって言う程だけど、何が入ってるのかな」

 その宝箱はあまりの重さからか、岩を削るように引きずられたあとが残っていた。そばにはちぎれたロープが置かれ、この地点に隠している程のものであると伺える。

(見えるかもしれない)

 パレンタの胸中はこの時、成果を発揮するべく設けられたステージの壇上に登ったかのような興奮を感じていた。役に立つ、その考えが彼女の使命感を煽った。

(さあ、透視魔法――!)

「はは、押してもびくともしないや」

「はっ、本当ですか……重たいですか」

 無邪気なユハリオへの対応をよそに、パレンタの透視魔法は発動しなかった。

(れ、練習の成果め……)

 パレンタはひとり涙を堪えた。

「何事もなかったね、僕の仕事はもうおしまいっ。後はミミハポとナッツンに魔法陣を書いてもらって、テレポートしてギルドに帰ろうっ……て、順調すぎる甘い見通しだね」

 ユハリオが振り返ると酒に溺れたミミハポとナッツンがいた。成人していて酒に弱いミミハポがナッツンのさらけ出されたお腹を枕にして寝ていた。ナッツンはルックの腹に頭を置いていた。

「ま、気長に待とうか」

「そうですね」

 ユハリオとパレンタが談話して一刻を過ぎ、勇者パーティは無事にギルドへと宝箱を運んだ。報酬を片手に解散すると、ユハリオは帰り道、路地裏でうずくまる少女を見つけた。

「どうかしたの」

「あ……勇者様ですか、わたし」

 少女はユハリオに背中を向けている。彼は勇者であるが故によく顔を刺されるが、彼女は怪訝な面持ちであった。

「いや、何もないです。お疲れ様です、家に帰って、お休みください!」

 という少女は壁に向かってユハリオが過ぎ去るのを待つ素振りを見せたが、勇者はそれを見過ごせなかった。

「なら勇者の私は帰ろう。その代わりに、通りすがりの一人の男として君の話を聞かせてくれないか?」

「やです」

「そんなあー」

 ユハリオは落胆した。彼は少女が何かを隠しているのを見透していた。それは彼女が抱えているつもりの何かが、小さな体躯からはみ出して揺れていたからだ。淡黄色の透けたシアーのような素材がゆらめいていた。ユハリオは勘づいていた。

「それはお嬢ちゃんが世話をするには大変だよ」

「……だってだって、冷たくて弱ってて可哀想なんだもん」

「うーん、見せてくれる? 僕はそれを知ってるから、何かわかるかもしれない」

「ほんと?」

「ほんとう」

 少女は体をひるがえすと立ち上がった。しゃがみ込んだユハリオと目線が合う。腕に抱えていたものがよく見えた。

「これは天魔精霊っていってね」

 クリオネのような形をした紫色の体に淡黄色の羽衣を纏う天魔精霊であった。

 天魔精霊とは魔界を彷徨う精霊の一種であり、人間の善意に漬け込む。

「弱っているね」

「そうなの」

「弱っている姿を見せつけて人間の身体を乗っ取るんだ」

「え」少女は息を飲んだ。

「だから僕は君を助けるためにも天魔精霊を預かりたい」

 ユハリオの真っ直ぐな目に少女は天魔精霊と彼とを交互に見た。そして抱える腕に力を込めると、それを渡す気は無いと見せつけんばかりに半身引いた。

「勇者様もこの子をいじめるんだ!」

「……虐めないよ?」

「大人はみんなこの子を悪者だって決めつけて、弱いものいじめするんだ! 弱者に痛みを与えて気分を晴らすんだ!」

「その子、いい子なの?」

「そうだよ、だってみんながいじめるからこんなんになっちゃったんだよ」

 天魔精霊は酷く疲弊した様子だった。体の芯の力が抜けたように少女の腕に収まっている。それだけを見るならば弱った魔族だと判断できた。しかし相手は人間を欺き善意を弄ぶ天魔精霊、ユハリオは考える間を置いて唇を離した。

「いい子なんだね?」

「そうに決まってるじゃん」

「なら見逃そうかな。いつもなら悪い子悪魔はやっつけないといけないんだけど、君の話を聞いているとその子は悪い子ではなさそうだから」

「だよねっ!」

 ユハリオは踵を返した。少女が笑顔で大きく手を振るのを見て、颯爽とその場を後にした。裏路地を抜けると雑踏が耳を支配した。夕刻の路地は商売を盛んに声を張る音で埋め尽くされる。例え取り残された少女が天魔精霊に襲われようとも、声が届かないほどに。

 ユハリオの姿は日に当たらなかった。

 若干秒針がズレた隙、少女が天魔精霊から向けられた悪意に染み込む直前、弱冠五歳の少女の目の前で悪魔の惨殺が行われた。

「怪我はないね」

 少女が唖然と尻もちを着くと、親が心配しないよう早く家に帰ることを勧めた。

 天魔精霊の常套手段、自身を犠牲にしてでも人間の善悪に付け入ろうとするその手段は大人には見え透いていた。本来気をつけなければならないのは、善悪の定かではない子供が、罪を犯していない天魔精霊が一方的に怪我を負う場面を目撃し庇ってしまうことである。

 大人の立場から、子供が騙された環境において絶望や恐怖が植え付けられる体験をすんでのところで回避し悪意を感じさせる善意で救い出すこと。それこそが、ユハリオの持つ善悪の把握であった。

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