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第一章(3)

   ◇◆◇◆


 エレオノーラ・フランシア。彼女はフランシア子爵家の長女であり、今年で十八を迎えた。兄は三人いる。学院はなんとか卒業した。なんとか、というのには理由がある。エレオノーラは学院に通わずに卒業をしたという、特別な学生だったのだ。勉強はした。試験も受けた。学院に通わずに自宅で。それでも卒業に変わりはない。卒業証書もきちんと授与してもらった。


 その卒業後は三人の兄たちが所属する第零騎士団へと入団した。


 この第零騎士団の入団は、通常ルートではなく特殊ルートでしか受け付けていないという特殊部隊である。その第零騎士団は【広報】【諜報】【情報】の三部門から成り、この部隊の任務は通常の騎士団の任務からも、ものすごくかけ離れている。


 エレオノーラがこの第零騎士団に入団したのも、兄ダニエルからの推薦によるものだった。むしろ、推薦というよりも、どちらかというとダニエルの脅し、いや泣き落としに近いものがあった。


 とにかく『妹の変装術が素晴らしいから、諜報部に入れてくれ』というストレートな理由で第零騎士団の団長に言い寄ったらしい。


 そんな理由がまかり通ってしまい、エレオノーラは入団試験を受けることになった。そもそもフランシア家は、第零騎士団と縁のある家柄。その長男が推薦する妹とあればどのような人物なのかと、関係者一同興味を持った。


 そしてエレオノーラは、この入団試験のときに男装して行った(これもダニエルからの提案によるものである)。そこにいた試験官の誰もが、エレオノーラ本人と気付かない状況において、面接時に彼女の名前が呼ばれ、返事をしたのは男装のエレオノーラであれば、面接官である第零騎士団及び他の騎士団の偉い人たちも五度見したくらいだった。声色も変えていたから、女性であることさえも見抜かれなかった。


 そんなわけで、入団試験は見事合格し、現在に至る。


 もちろん変装が得意である彼女の任務は専ら潜入捜査だ。あるときは娼館の娼婦、あるときは賭博場の鴨、あるときは酒場の店員。そうやって至るところに潜入し、この国にとって不利益となりそうな情報を仕入れてくる。その情報を騎士団内に展開するのが彼女の役目。


 今回の仕事は、窃盗団の密売の摘発である。彼らは盗んだものを密売して金を手に入れようとしていた。

 エレオノーラは騎士団員でありながらも、男性店員としてあの後宮酒場に潜入し任務をこなしていた。あの店での任務は普通に客に酒を提供するだけだ。たまに女性客から口説かれることもあったが、それを笑顔で流す。とにかく目をはなしていけない相手は窃盗団たちである。

 その目のはなすことのできない窃盗団が、盗品の密売についてやっと動き出したのだ。とにかく今回は長かった。酒場に潜入して一か月。もしかしたら一生このままここで、この酒場の店員になるのではないかと不安に思い始めたころ。彼らは二階にあるちょっといい個室で、取引を行うために動き始めたのである。


 待った甲斐があった。だが、エレオノーラがそれに気づいたということを彼らに気づかれないように、店員として振舞い続けていた。そして情報だけは、騎士団のほうへ流すことを忘れてはならない。


 第一騎士団が踏み込んだのは、まさしく満を持してと言えるような、絶妙なタイミングであった。窃盗団たちの大半は拘束されたが、勘のいい親玉が逃げた。その親玉を追っていたのがエレオノーラと第一騎士団の団長であるジルベルト。同じ獲物を狙っていたためか、ものの見事に正面からぶつかった。そして体力的に負けてしまったエレオノーラは、ジルベルトに押し倒される、という構図になってしまったというわけだ。


 何しろジルベルトの身長は百八十センチを超えている。それに引き換えエレオノーラの元の身長は百六十センチあるかないか。変装のために身長を十センチほど高く見えるように誤魔化してはいたが、そんなごまかしが通用する相手でもなかった。


 そのぶつかってから押し倒された直後は、場所が良かったのかタイミングが良かったのかわからないが、気付いたらお互いの唇が触れ合っている状態だった。


『すまない』


 そう言って、少し頬を赤くしたジルベルトは彼女から離れようとしたのだが、そのときに突いた左手の先にあったのがエレオノーラの右胸だった。エレオノーラの前世の言葉で言うと、『ラッキースケ』ベというものに分類されるかもしれない。




「この流れにリガウン団長が責任を取る流れがありますか? ありませんよね?」


 エレオノーラは兄に向って身を乗り出した。


 ダニエルは右足を上にして足を組み、その右足の上に右肘をついたうえで、右手で顎を触れた。どうやら何かを難しく考えている。


「一般的には無い、と判断される」


 ダニエルの表情は硬い。


「ですよね」


 兄の言葉にエレオノーラは顔を緩めて、ほっと息を吐く。


「だが、相手が悪い」

「どういう意味ですか?」


 彼女は再び身を乗り出した。


「相手があのリガウン団長だ、ということだ。ということで、有るものと判断する」


(ダンお兄さまのおっしゃっている意味がよくわからないわ……)


 エレオノーラは首を傾げる。


「ちょっとダンお兄さま。なぜ相手によって判断結果がかわるのです。無いというのであれば無いでよろしいではありませんか。責任を取る必要は無い、と。ダンお兄さまがリガウン団長に伝えてくれればよろしいのですよ」


 エレオノーラの言葉に、ダニエルは「うーん」と眉根を寄せて唸っている。


「リガウン団長が堅物でクソが付くほどの真面目人間だからだ。仮に、その相手が第一のサニエラ副団長だったとしたら、問題はなかった」


 団長がクソ真面目であれば、そのサニエラ副団長は反対の不真面目というやつのように聞こえるのだが、間違いはないのだろうか。


「ええと、つまり、今回は相手がリガウン団長だったから、と。それが理由であるとおっしゃるのですか?」

「そういうことだ」


(えぇっ? それって理由になるの?)


 エレオノーラは考える。彼はそんな偶然の事故でエレオノーラを妻に娶りたいと言い出しているのだ。そんな理由で生涯の相手を決めてよいのだろうか。いや、本人がよければいいのかもしれない。そもそも彼は本当にエレオノーラを妻として望んでいるのだろうか。


 考えれば考えるほど、わけがわからない。そもそも彼が『妻に娶りたい』と言い出したこともわけがわからない。


「ええと。リガウン団長は、私で本当に良いのでしょうかね?」


 エレオノーラは尋ねた。そもそも、一番の問題はそこだ。

 だが兄から返ってきた言葉はもちろん「わからん」だった。


「そもそも、あの状況でリガウン団長と出会ったということは、リガウン団長はレオンという男性店員の顔は見たが、エレンの素顔を知らない、ということだ」


 ダニエルが難しい顔をしていた。


「あ、言われてみればそうですね。ということは、リガウン団長が私の素顔を見てがっかりするパターンもあるというわけですね」


 エレオノーラが一人納得する。


「そうなった場合、オレ達が許さない」


 少々不穏な言葉が聞こえたような気もする。三人の兄と父親は末っ子のエレオノーラのことをいろんな意味で溺愛している。彼らの言葉は、ときどきエレオノーラをけなすように聞こえるときもあるが、それでもその言葉には溺愛が込められている。


「まあ、それよりもだ」


 そこでダニエルは足を組み替えた。


「まず、エレンには幸いなことに婚約者がいない」


 それはダニエルの言う通りである。なぜかこのような年頃になっても婚約者がいない。だからといってエレオノーラが不格好であるとか、見目が整っていないとか、そういう理由ではない。何しろ兄たちが言うには豊穣の女神のような容姿をしているのだから。


「えっと。それは、変装に支障が出るからという理由で、超病弱な設定にされて、社交界とかそういったものから遠ざけられているせいですよね」


 それがエレオノーラに婚約者がいない理由だった。しかも家族ぐるみでそう仕向けている。

 そこでニヤリとダニエルが笑んだ。


「そして相手は侯爵家だ。さらに同じ騎士団の人間。さらにさらに第一騎士団の団長という立場にある。むしろ騎士団の幹部だ。今後の任務に支障が出るとも思えない。つまり、断る理由が一つも見つからない」


(ダンお兄さまったら、自分の都合が良いように解釈していないかしら……)


 ダニエルの話を聞いているエレオノーラに襲い掛かってくるのは不安しかない。


「いやいや、そこはお断りする理由を考えてくださいよ。むしろ、リガウン団長とお会いするときに、団長の好みでないようなとっても不細工変装をしてがっかりさせた方がよろしいでしょうか。それとなく振られるように」

「あのタイプは見た目では判断しない。むしろより一層責任を取ろうとするだろう。どうあがいても無駄だ。嫌われるのはあきらめろ。むしろ、リガウン団長に好かれるように努力した方がいい」

「えっと、つまり。それはリガウン団長からの求婚を受け入れる大前提ってことですか?」


 ダニエルは大きく頷く。


「そうだ。あのリガウン侯爵家と繋がりが持てるという機会を逃すわけにはいかないだろう」


 ダニエルはいたって真面目だった。真面目な顔をしてそんなことを言っている。


「可愛い妹を犠牲にしてでも?」


 エレオノーラは尋ねる。


「可愛い妹だからこそ、だ。可愛い妹の嫁ぎ先がリガウン侯爵家となると、オレ達が反対する理由は無い」


 もうこの兄に期待はできないとエレオノーラは思った。それよりもむしろ『オレ達』と言ったことが気になった。つまりダニエルの他の二人の兄たちも、この話には賛成するだろうということなのだ。いや、きっとそれは兄たちだけではないだろう。もしかしたら、両親も喜んでこの話を受け入れるかもしれない。

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