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第五章(4)

   ◇◆◇◆


 彼女と会うときはいつもこの店だ。特に約束をしているわけでもない。なんとなく彼女に会いたいと思ったときに足を向けると、偶然か必然か、それとも運命なのか――。


 今日も彼は彼女に会うことができた。


 カランカランとベルを鳴らしながら、店の扉を開けると、彼に気づいた彼女は、必ずその名を口にする。


「あら、アンディ」


 今日もカウンターで一人、グラスを傾けていた。濃い青のドレスが、部屋の淡い明かりを反射して、艶やかに輝いている。


「やあ、マリー。君はあいかわらず素敵だね」


 このような言葉で彼女がなびくとも思っていない。ただの、挨拶のようなものだ。


「あなたもね」


 うふふ、と上品に笑みを浮かべる彼女の口元を、つい塞ぎたくなる衝動に駆られる。


「いつもの」


 カウンターの向こうのバーテンダーに声をかけ、アンディはマリーの隣に座った。


「それで、どうだった? 例のパーティは。参加したのでしょう?」


 彼女は言い、オレンジ色の液体を一口飲んだ。

 彼はその喉元についつい見入ってしまう。その液体と同じように、彼女の体中を駆け巡りたいという思いが生まれる。それだけ彼女は魅力的であり、彼にとって手に入れたい女性でもある。


 出された酒をアンディは手にした。彼女の質問に答える前に、それを一口飲む。喉に刺激を与える酒が心地よい。


「ここでは、あれだな。奥へ行こう」


 アンディはマリーへ視線を向ける。


「あら、珍しい。上じゃなくていいの?」


 だが、今日は彼女に大事な話がある。


「たまには私だって真摯なところを見せないとな」

「あなたはいつだって、ジェントルでしょ?」


 彼女の言葉に、アンディもゆっくりと笑みを浮かべる。マリーとのこういう言葉の駆け引きも悪くはない。


 彼女の腰に手を回して場所を移動する。移動した先は奥のボックス席。ここは、入口からは死角になって誰がいるのかもわからない席だ。ボックス席同士もそこそこ離れていて、隣に誰がいるかなんていうのは、座っているだけではわからない。わざわざ相手の席まで足を運ぶのであれば別だが。


 つまり、こういった密談とか、愛を囁くことに適している場所。ただ、最も適している場所は上の部屋ではあるのだが、そこでは下心が丸見えだし、その下心が邪魔をしてまともな会話もできなくなることが目に見えている。だから、紳士な話をするときにはこの場所が最適なのだ。


「それで、例のパーティは?」


 ソファに座るや否や、マリーが尋ねた。


「それが気になっているようだな」

「もちろん。焦らさないで教えてよ」


 少しだけ唇を尖らせる姿が、どこか幼く見える。


「いつも焦らされている私の気持ちがわかったかな?」


 そこでアンディは一口、薄い茶色の液体を飲んだ。氷がカコンと鳴る。


「まあ、私は焦らしてなんかいないけれど?」


 プイっとそっぽを向く彼女は、その妖艶な容姿と反しているにも関わらず、魅力的だった。


「マリー、拗ねないでくれ」


 だが、彼女に嫌われたくないと思っているのは、彼の方なのだ。これで機嫌を損なわれて、彼女から距離をとられてしまっても困るのは、彼だ。


「拗ねていないけれど?」


 結局、アンディはマリーにはかなわない。この一つ一つの動作が、彼を魅了するのだ。


「あの婚約者という女に会った。フランシア家の娘というのは本当だったようだな」 

「でしょ」


 嬉しそうにマリーはグラスを傾ける。自分の情報が正しかったということを誇示しているのだろう。


「それで?」


 先を促す。


「あの騎士団長はかなり婚約者に惚れこんでいるようだな。誰も近づけさせないように牽制していた」


 アンディはあのときのことを思い出し、笑みをこぼした。


「彼女が身体が丈夫ではないというのは、本当のようだな。具合が悪くなって途中退場だ」


 さも困ったかのように、アンディは肩をすくめた。


「あらあら、とんだお嬢様ね」

「ああ、あれならやりやすいな。こちらに抵抗するような力も無いだろう」


 彼が見たところ、彼女はあのような場にも慣れていない様子であった。


「あら。抵抗すればやっちゃえばいいのよ?」

「何を?」

「あなたの得意な、気持ちよくなれるお・く・す・り。やっちゃえばいいんじゃない? そしたら彼女はこちらの言いなりよね?」


 ふむ、とアンディは顎に手をあて、なでた。マリーの言うことも一理ある。薬を打ってしまえば、こちらに抵抗するようなことはないだろう。場合によっては洗脳することも可能だ。彼女があの男を裏切るように、と。


「さすがマリーだな」


 アンディもそこまでは考えていなかった。人質として利用することは考えていたのだが。


「だって。私、お嬢様って嫌いなんだもん。お高くとまっていて。たかが貴族に生まれただけのくせに。だからね、そんなお嬢様が堕ちていくところが見たいのよ。想像しただけでぞくぞくしちゃうの」


 首を傾けて笑むと、またグラスを口元に運んだ。彼女が口をつけたそこには、真っ赤な口紅がうつっている。それをそっと指で拭う。


 その仕草も、アンディにとっては刺激的だった。


「それがマリーの望みなら、叶えようか?」


 彼女はその唇を、自分にも這わせてくれないだろうか。そんな思いがアンディの中に込み上げる。


「ただし、一つ条件がある」

「何かしら?」

「そろそろ俺の女にならないか」

「まあ」


 マリーが驚いたように目を見開いた。

 アンディが彼女に気を寄せていることなど、とっくに気づいていただろう。

 そこで彼女は上品に笑んだ。


「そうね。そろそろそれも悪くはないかもしれないわね」


 マリーは首を傾け、隣に座っているアンディの肩に頭を預ける。

 アンディは肩にぐっと重みを感じた。それも悪くはないとさえ思えてくる。


「刺激のある生活を約束してくれるのかしら?」


 マリーは上目遣いにアンディを見つめる。


「もちろん」


 彼はマリーの腰に手を回した。細い腰。力を入れたら折れそうなくらい細い。この腰も他の誰にも触れさせたくない。


「約束するよ」


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