表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/31

第五章(3)

「ジルベルト、悪いがエレオノーラ嬢を貸してほしい」


 その二人を目ざとく見つけたのは、国王である。


「陛下、あちらにいらっしゃらなくてよろしいのですか?」


 目を細め、面倒くさそうにジルベルトは彼を見た。


「だから、エレオノーラ嬢を貸してくれ。今日は、近隣諸国からも人が集まっているからな」

「陛下、ですからなおさらです。あちらにいらっしゃったほうがよろしいのではないですか?」


 今日は建国祭であり、国王が言った通り、近隣諸国の重鎮たちも集まっている。だから、国王である彼には、そういった人たちの相手をする必要があると、ジルベルトは言っているのだ。


「ジルベルト。すまんが、エレオノーラ嬢に通訳を頼みたいのだ。こちらで準備した通訳では、力不足なところがあってだな」

「陛下たるもの。近隣諸国の言語など、使えて当然ですよね」


 ジルベルトの指摘はもっともである。


「日常的な会話はできるが。深い話は無理だ」

「自信満々に無理だ、とおっしゃられても」

「ジル様」


 ジルベルトの腕をしっかりと握りしめていたエレオノーラが声を発した。


「私なら大丈夫ですよ」


 エレオノーラが大丈夫と言っても、ジルベルトが大丈夫ではない。

 ジルベルトは、深いため息をつくと共に、首を横に振った。だが、エレオノーラが引き受けると言っている以上は、彼女のやりたいようにやらせたいという思いもある。


「私も同行していいだろうか」


 それがジルベルトの出した答えである。つまり、エレオノーラの側にいること。


「それは問題ない」


 国王の後ろをジルベルトとエレオノーラは並んでついていく。案内された先には、近隣諸国の偉い人がたくさん集まっていた。そこにくわえて、この国の偉い人たちも。


「エレオノーラ嬢、こちらへ」


 国王に促されたエレオノーラは、一人の年配の女性の前に立たされた。ジルベルトは少し離れた場所から、その様子をうかがっている。


 ジルベルトの突き刺さるような視線を、エレオノーラは背中で感じた。エレオノーラもすぐさまジルベルトの隣に戻りたいけれど、今はやるべきことがある。


 通訳を引き受けたのは、ジルベルトの隣にいるのに相応しい女性と思われたいためだ。


「アークエット王妃、彼女です」


 隣国アークエットの王妃。名前はファニタ。エレオノーラは近隣諸国のデータを全て網羅している。


「アークエット王妃は、エレオノーラ嬢が書いてくれた招待状を非常に気に入ってくれてね。それで、どうしても会いたいとおっしゃってくれた」


 国王が説明する。


(会いたいってどういうこと? 通訳が足りないのではなかったの?)


 エレオノーラの心の中には疑問が生まれつつも、アークエットの言葉で挨拶をした。

 すると、ファニタは彼女がわざわざアークエットの言葉で挨拶をしてくれたことに喜んだようだ。


「あなたが書いたという招待状を手にして、今日という日がとても楽しみだったの」


 その言葉はファニタの本心だろう。深く皺を刻みながら、微笑んでいる。


「とても光栄です」

「アークエットの言葉もとてもよく勉強してくださっているのね」


 エレオノーラが近隣諸国の言葉を勉強していたのは、もちろん潜入調査のためだ。だからといって、それをそのままファニタに伝えることなどできない。


「異文化は自分の世界を広げてくれます。異文化を学ぶことは、自分の成長にも繋がりますから」

「そうですね。勉学は何事も成長に通ずる道ですね」


 エレオノーラの今の気分はアークエットの潜入調査員だった。だが、心の準備とか下調べとか、そういうのを全部省いているため、いつボロが出るかわからない。ジルベルトの婚約者の仮面の上に、アークエット潜入調査員(実際は、どこからも依頼はきていない)という仮面をつけ始めた。


 その偽の仮面をつけたまま、適当に会話を弾ませるが、それもファニタは非常に喜んだようだ。とにかくアークエットの言葉を不自由なく使いこなし、アークエットという国に対しても好感を持って話をしている、というところが高評価だったようだ。


「エレオノーラ。私には息子が二人いるの。紹介してもいいかしら」


 気分を良くしたファニタは突然、そのようなことを口にした。近くにいる国王はニヤニヤと笑っているし、むしろ背後からの視線が痛い。その視線の主はジルベルトに違いないだろう。


 ファニタからはアークエットの二人の王子を紹介された。二人とも年齢はエレオノーラより少し上くらいのようだ。


 エレオノーラは先ほどから、背中に鋭い視線を感じていた。目の前の国王はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている。この人はこうなることをわかっていて、エレオノーラをこの場に呼んだに違いない。


(もしかして……。私が婚約していることを伝えていないのかしら? それともただの社交辞令?)


 エレオノーラが考える暇もなく、その一人の王子がすっと手を差し出してきた。つまり、一曲踊りませんか、という誘いだ。


 ジルベルト以外の男性とは踊らない。そう、エレオノーラはジルベルトに伝えた。


 この手を取ってしまったら、彼との約束を破ってしまうことになる。

 だが、相手はアークエットの王子。この手を取らなければ失礼だろう。

 少し離れたところにいるジルベルトが動く気配がした。


(あっ……)


 エレオノーラは答えを見つけた。


(そうよ。私は病弱なのよ)


 王子が誘い言葉を口にする前に、エレオノーラは身体を傾ける。後ろには絶対ジルベルトが控えているはず。倒れても、彼が絶対に支えてくれる。


「申し訳ありません。彼女は気分が優れないようです」


 ジルベルトはエレオノーラの身体を支えて、謝罪の言葉を口にした。ジルベルトの言葉が通じたのかどうかはわからない。


「まあ、大丈夫かしら」


 ファニタが、心配そうな表情を浮かべている。

 身体をジルベルトに預けたエレオノーラは、全てをジルベルトに任せようと思った。どうやら彼は、エレオノーラを抱きかかえながら「この場をなんとかしろ」という視線を国王に向けていたようだ。


 国王はやはりニヤニヤとしている。


「どうやら人の多さに当たってしまったようですね」


 それでも言葉を続けてくれたのも国王だった。


「彼女を奥の部屋に連れて行きなさい」


 先の言葉をアークエットの言葉でファニタに言い、後の言葉はジルベルトに言う。誤魔化そうとしてくれたのを感じるが、そこまで機転が利くということは、このような展開を期待していたにちがいない。

 ジルベルトはエレオノーラを抱いたまま、別室へと向かった。




 そんなジルベルトとエレオノーラをじっと見つめている男が二人いたことに、もちろん彼らは気づいていない。


 二人の男のうちの一人は国王である。ファニタと話をしながら、楽しそうにジルベルトの様子を見ている。この男は完全にジルベルトで楽しんでいるのだ。


 そしてもう一人はグリフィン公爵。じっとりとまとわりつく視線は、ジルベルトとその婚約者を観察しているように見えなくもない。


 グリフィン公爵は、前王の弟の息子。つまり、現国王とは従兄弟同士にあたる関係である。

 彼はジルベルトたちが大広間を出ていくまで、じっとその視線を外すことはしなかった。それはまるで、獲物を狩るかのような、とても執拗な視線だった。




「やられたな」


 エレオノーラを抱いているジルベルトが彼女に向かって口を開いた。


「どういう意味ですか?」


 薄目を開けて、エレオノーラは静かに尋ねた。


「あいつだ。クラレンスだ」


 ジルベルトの口から出た名前が、国王の名前であると認識するまでに五秒かかった。


「陛下が何か?」

「あれは、完全に私たちで楽しんでいる」


 別室のソファにエレオノーラをおろしたジルベルトは、その隣に座った。二人分の重みが加わり、ソファもぎしりと沈む。


「あなたを他の男と踊らせようとしていた、くそ」


 ジルベルトから、悔しさが滲み出るような言葉がこぼれた。


「どこもかしこも、私とあなたの仲を邪魔する奴ばかりだ」


 膝の上のジルベルトの拳が、ふるふると震えている。


「では、ジル様。デートに誘ってください。できれば、あまり人のいないところがいいです。人の目が少なければ、私もこのような変装をすることもないので」


 ジルベルトの震える拳を両手で包んだエレオノーラによって、ジルベルトの口元は少し綻んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ