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第四章(7)

「リガウン団長がいらっしゃった」


 重力に負けたかのように、エレオノーラの口はポカンと開いてしまった。


「パメラ、パメラ」


 ふと我に返り、急いでパメラを呼びつける。


「ちょっと、おかしくない恰好にしてちょうだい」

「承知いたしました」


 パメラは力強く腰を折る。


「ダン兄さま。十分で行くわ。ジル様にはそうお伝えして」

「わかった。エレンがリガウン団長と会う気になってくれて助かったよ。断られたらどうしようかと思っていたからな」


 ダニエルの口調がいつものように戻ってきた。彼が心配したのはエレオノーラがジルベルトと会わないという選択肢を選ぶことだったのだろうか。


「お待たせしてしまって、申し訳ございません」


 パメラの手によって人前に出ることができるような恰好にしてもらったエレオノーラは、サロンでダニエルと話をしていたジルベルトに向かって頭を下げた。


「では、妹も来たことですので。私はこれで」


 ダニエルが立ち上がり、サロンを後にする。兄の姿を見送ったエレオノーラは、なぜかその場で立ち尽くしていた。


「エレン、座ったらどうだ?」

「あ、はい。すみません」

「いや、別に謝るようなことはしていない。むしろ謝らなければならないのはこちらの方だな。急に押しかけてしまって申し訳ない。ダニエル殿に聞いたら、しばらく向こうに行かないと言うことだったので」


 ジルベルトが言う向こうとは王城の敷地内にある第零騎士団の建物のことを指しているのだろう。


「ダニエル殿の帰宅に合わせて、共に来てしまった。すまない」


 ジルベルトが深く頭を下げた。


「いえ、突然のことで驚いただけです。今も、このような恰好で申し訳ありません」

「いや」


 ジルベルトは座っているソファの隣をポンポンと叩いた。もしかして、そこに座れということだろうか。いやいや、パメラもいると言うのに。


 助けて、という視線をパメラに向けると、彼女はニッコリと笑って、お茶とお菓子の準備をしようとしている。パメラの顔にはまるで「私には何も見えません、聞こえません」と書いてあるかのように見えた。


「し、失礼します」


 エレオノーラはあきらめてジルベルトの隣に座った。お茶とお菓子の準備を終えたパメラはペコリと頭を下げて、サロンを出ていった。


 つまり、いろんな人のいらぬ気遣いによって、この部屋にはジルベルトと二人きりにされてしまった、ということになる。


「エレン」


 ジルベルトは、肩から流れ落ちているエレオノーラの髪を一束すくった。


「その姿もよく似合っている」


 すくった一束に口づけを落とす。


「あなたに会いたかった」


 ジルベルトからのその一言で、エレオノーラの顔が火を吹いた。恥ずかしすぎて、両手で顔を覆ってしまう。


「エレン、顔を見せて」


 ジルベルトの声は優しい。


「無理です。恥ずかしすぎて。それに、今日は、急に来られたので顔も間に合っておりません」


 その言葉に、ジルベルトはふっと息を吐いた。


「いつも言っていることだが。エレンはエレンのままでいい。無理して私の婚約者を演じる必要は無い」

「ですが、本当にこの姿のままでは……。ジル様の隣に立つ資格はないのです」


 顔を覆っている彼女の手首を、ジルベルトは優しく捕らえた。


「久しぶりに会えたのだから、あなたのその顔をよく見せてくれないだろうか」


 ジルベルトの真剣な声が、耳元で優しく囁く。エレオノーラは恐る恐る手をどかした。

 目の前には柔らかい表情を浮かべた、ジルベルトの顔があった。目を細め、固く口を閉ざし、じっと彼女を見つめている。


「あの、私……。本当に顔が幼いと言いますか。そんなに年相応に見られないといいますか。それで……。この顔では、ジル様の隣には不釣り合いだと思うのです……」


 エレオノーラの声は震えている。ジルベルトは、ふぅと息を吐く。


「少し黙ってもらえるか? 黙らないならその口を塞ぐぞ」

「ひぇっ」


 さすが第一騎士団の団長だけある。そうやって凄みをきかせられると、エレオノーラも黙るしかない。

 ジルベルトの両手が、優しくエレオノーラの両頬を包んだ。これでは逃げられない。ジルベルトの顔が近づいてきたため、エレオノーラは思わず目を閉じた。


(顔が、近い……)


 コツン――。


 エレオノーラの額に何かがぶつかった。何かが何であるのかを確認するために、エレオノーラはゆっくりと目を開けると、目の前にはジルベルトの端正な顔があった。


「ふふふ……、あははは……」


 いきなりジルベルトが声をあげて笑い出す。


「どうかされましたか? ジル様」


 エレオノーラが尋ねる。ジルベルトは、彼女の眉間を人差し指でぐりぐりと衝いてきた。


「な、何をなさるんですか」


 慌ててエレオノーラは眉間をさすった。


「そんなに難しい顔をしなくてもいい。だから、いつも言っているだろう? あなたはあなたのままでいい、と」


 そんなことを言ってくれたのは、ジルベルトが初めてだった。


 だからエレオノーラは、彼の言う「自分のまま」がよくわからない。だけど、その言葉を聞いたとき、胸の奥が仄かに温かくなったような気がした。


 エレオノーラは、頬を膨らませる。


(ここまで言われてしまったのだから、ジル様と二人きりの時は、何も演じないようにしよう。子供っぽくても、年相応に見えなくても……)


 頬を膨らませたまま、エレオノーラは尋ねる。


「それで、今日はどのようなご用件ですか?」


 語尾が強くなってしまったのは、彼に対して少し悔しいという思いがあったからかもしれない。


「あなたに会いたいと思ったから来た。それは用件にはならないか?」

「会いたいと思ったからには、何かしら理由があるのではないのですか?」


 エレオノーラの言葉で、ジルベルトは何かを思い出したかのように、はっとする。


「ああ、そうだった。あまりにもあなたが可愛らしくて、肝心なことを忘れるところだった」


 ジルベルトの言葉で、エレオノーラの心臓は、ドキッと跳ねた。

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