第四章(6)
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あのまま王と王妃が二人を放っておくとは思えなかった。ジルベルトとしてはできるだけあの二人と関わりたくないのだが――。
「建国記念パーティが開かれます。警備の計画をお願いします」
サニエラがすっと一枚の紙を差し出した。
建国記念パーティとは、この国が国として成り立った日を、盛大に祝うパーティのことである。年に一度、近隣諸国の関係者なども呼び、盛大に開かれる。
「それから団長は、この警備から外れるようにと、陛下から直々の命が出ておりますので」
もう一枚、別な紙を差し出された。それは封書。見るからに招待状である。
「わかっていますよね? くれぐれも警備責任者とかにならないように。わかっていますよね? 大事なことだから二回言いますよ。くれぐれも警備責任者にならないように」
サニエラの眼鏡が今日もキラリと怪しく光った。
「ああ、わかっている。警備責任者はサニエラ、お前に任せる」
「わかってくださり、感謝いたします。では、当日の配置表もお待ちしております」
言い、サニエラは頭を下げて団長室を出ていく。
ジルベルトは机の上に肘をつき、手の甲の上に頬を乗せた。ため息しか出てこない。それでも、サニエラを責任者にした場合の配置について考え始めてしまう自分がいる。根っからの仕事人間である。
だがすぐに、ジルベルトは両手で頭を抱え込んでしまう。
警備配置は何とかなる。何とかならないのはこの招待状の方だ。
建国記念パーティでありこうやって国王直々から招待状がきてしまった以上、エレオノーラを連れて参加しなければならないのはわかっているのだが、なんとも表現し難い気持ちが、ジルベルトの心の中に沸々と沸いていた。
というのも、あのような社交の場で、彼女を他の人むしろ他の男性に会わせたくないという思いがあるのだ。彼女のことだから、社交界用の女性を演じると言ってくれるだろう。だが、それでも嫌だった。この気持ちをどのように表現したらよいのかがさっぱりわからない。
顔をあげ、憎らしい招待状に視線をうつす。リガウン家に送らず、この第一騎士団宛てに送ってくるところが憎らしい。サニエラに知られてしまった以上、どうにもこうにも逃げられない。
あきらめるしかない、と腹を括り、ジルベルトは立ち上がった。
まずはダニエルに相談しよう。
怪しまれずにダニエルと連絡をとるためには、広報部にいるドミニクに連絡をとるのがいい、とそのダニエル本人から言われているため、第零騎士団の広報部へと足を向ける。広報部の部屋へ入ると、ドミニクが目ざとくジルベルトを見つけて、そっと近づいてきてくれた
「今日はどのようなご用件でしょうか」
人目につかないように、間仕切りのある場所にそれとなく誘導された。
「ああ、すまない。ダニエル殿と連絡を取りたいのだが、昼食か夕食を一緒にとることは可能だろうか」
「ええ、その時間でしたら兄は空いていると思います。どちらでもよろしいですか? 食堂の個室が空いている時間を押さえますので」
「ああ、助かる」
フランシア家の者は機転が利く、と思いながら、ジルベルトは大きく頷いた。
「リガウン団長が兄に連絡をとりたいということは、妹のことで何かしらあると思ってもよろしいでしょうか。さしずめ、建国記念パーティの件かと」
「その通りだ。さすが広報部だな」
機転が利くだけでなく、情報も早い。
「第一のみなさまは、警備に駆り出されるのでしょうね。しかし、リガウン団長はどうやらそうではないらしい」
「その通りだ」
さらに、頭の回転も速いようだ。
「となると、妹も」
「まあ、そういうことだ。陛下直々、招待状を送りつけてきやがった」
ジルベルトの少しくだけた口調に、ドミニクも口の端が緩んだ。恐らく、ジルベルトがそこまでその招待状を憎々しく思っていることが伝わったのだろう。
「では、時間が決まりましたら連絡いたします。こういった関係者との食事等のセッティングも我々広報部の仕事ですから、遠慮なさらずにご用命ください」
「ああ、助かる」
ドミニクの仕事は早かった。その日すぐ、昼食の時間にダニエルと会うことができた。
「また、お呼び出ししてしまって申し訳ない」
ジルベルトが深く頭を下げる。
「いえ」
「今日は、一緒ではないのだな」
もしかしたら、ダニエルと一緒に彼女が来てくれるかもしれない、というそんな淡い期待を抱いていた。
「ええ、妹は最近、こちらに来ていないのですよ。何やら翻訳の仕事が入ったとかで」
ダニエルは苦笑して答える。
「それも重ね重ね申し訳ない」
ジルベルトは、上げた頭を再び下げた。
「いえ、リガウン団長がなんとか交渉してくださったおかげで、翻訳だけですんでいると本人は言っておりましたので、団長には感謝しかありません。ただ、陛下と友人だったというのが意外でした。まあ、家柄的に、何かしらつながりがあってもおかしくはないのですが」
「政治的なつながりの方が、まだ事務的に処理できるからよかったのだが。どうも、向こうは個人的なつながりを求めてきているから、それが非常に面倒だ」
瞬間的にジルベルトの表情が崩れたのをダニエルは見逃さなかった。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか」
「その、個人的なつながりにまた巻き込んでしまった、ということだ」
ジルベルトはそっと招待状をテーブルの上に置いた。
「これは?」
ダニエルの視線が招待状に向かう。
「陛下直々の招待状」
「私が見ても?」
問題ない、とジルベルトは答えた。
ダニエルがそれを見ている間、ジルベルトは事務的にフォークを口元まで運んでいた。味気のない料理に感じられるのは、料理のせいなのか、ジルベルトの心境のせいなのか。
「いや。これは、なんとも……」
ダニエルも唸ることしかできなかった。
「公私混同と言われないような絶妙なラインを攻めてきていますね」
「だが、そこまで書かれてしまったら、私はエレオノーラ嬢を連れて参加せねばならない」
口の中に入っていた料理を飲み込んでから、ジルベルトは答えた。
「そうですね。まさか、エレオノーラ・フランシアの噂が陛下たちの耳にまで届いていたとは。もう少し、情報統制をすべきでした」
「ただ、レオンの件は漏れていない」
「それは、第零騎士団の中でも重要機密事項ですからね。陛下にも伝えておりません。ですから、そちらの副団長の耳に入ったことがどうしても解せないのです。どうやら、第零騎士団に口の軽い者がいるようですね」
そこでジルベルトは困った様に目を細めた。
「まあ、それは。その件に関しては私にも非がある」
「冗談です」
ダニエルは真顔で答えた。だから、ジルベルトにはそれが冗談には聞こえなかった。
◇◆◇◆
エレオノーラの元に、本当に翻訳の仕事がやってきた。あれは社交辞令ではなかったのか、とエレオノーラは思っていたのだが。それでも通訳をやらされるよりは何倍もマシだ、と思うことにした。ただ、騎士団としての潜入捜査の一つとして、通訳として潜入するのも悪くはないかもしれない。それはそのタイミングがきたときに、ジルベルトを通して国王に打診すればいいだろう。
両手を重ね、頭の上で伸ばした。首を左右に倒すと、身体がミシミシと音を立てる。
そのタイミングで扉を叩く音がする。
――コンコンコン。
「あら、ダンお兄さま。どうかされましたか?」
扉を開け、姿を見せたダニエルであるが、仕事から帰ってきてそのままここに向かってきたのだろう。着替えもせずに騎士団の騎士服のままである。それだけでも珍しいというのに。
「いや……、その……」
さらに歯切れまでも悪い。ダニエルらしくない。
「何か、潜入捜査ですか?」
そんな彼を不思議に思い、エレオノーラはゆっくりと立ち上がった。
「いや、そうではない」
「いつものダンお兄さまらしくないですね」
ゆっくりとダニエルに近づく。
「あ、ああ……。とにかく、落ち着いて聞け」
「私は落ち着いておりますよ。むしろ、落ち着いていないのはダンお兄さまのほうではありませんか。何か、任務のほうで問題でも?」
腕を組んで、エレオノーラはダニエルを見上げた。