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第四章(4)

 外光を取り込む大きな窓に白い壁、明るい色調で調えられた調度品は、気持ちも明るくしてくれる。

 うながされ、エレオノーラはジルベルトと共にふかふかのソファに座る。


「本当は夕食を一緒に、と思ったんだけど。こっちの方が話はしやすいだろ」


 目尻を下げた男の口調はくだけている。


「私としてはさっさと帰りたいのだが」


 ジルベルトは見るからに不機嫌そうだ。


「冷たい。せっかく久しぶりに会えたというのに、どうせならゆっくりしていけよ」


 顔を手の甲で覆い、泣き真似をする目の前の男が、どう見ても国王には見えなかった。


 エレオノーラは騎士団に所属していながらも、国王と顔を合わせたことはない。それはもちろん、特殊な任務のせいだ。潜入調査を主に行っている彼女は、仕事で王城を訪れる機会もなかった。


 とにかくエレオノーラは目の前の国王をじっくりと観察した。デビュタントの時に会ったはずなのに、よく覚えていない。


「お前の目的は、彼女だろう。もう会ったんだから、充分だろう。むしろ、チラ見で充分だ。これ以上同じ空気を吸わなくていい」


 ジルベルトの声で、エレオノーラははっと我に返る。今は、彼の婚約者を演じているのだ。騎士団の仕事ではない。


「もう少し、話がしたい。ね、エレオノーラ嬢」


 急に話を振られたエレオノーラは「え、そうですね」と思わず返してしまった。だが、ジルベルトが、口元を歪ませている。


「ほらね、彼女もそう言っていることだし。遠慮するなよ」

「遠慮なんかしておらん」

「あの……」


 そこでエレオノーラは口を挟んだ。勝手に答えてしまった手前、この場を盛り上げる必要があるとも思っていた。ジルベルトの婚約者として。


「お二人はどのようなご関係ですか?」


 ジルベルトと国王の顔を交互に見るエレオノーラはまるで首振り人形のようだ。


「え、ジル。言ってないの?」


 驚いたような国王の口調である。


「わざわざ言う必要もないだろう?」


 まるで二人は阿吽の呼吸のようなテンポの良さでやり取りをしている。さらに、国王はジルベルトを「ジル」呼ばわりしている間柄だ。


「学院時代からの友人でね。ジルとは」


 片目を瞑って国王は答えた。


「まあ、そうだったんですか」


 エレオノーラはちょっと大げさに驚いてみた。いや、驚いたのは事実である。まさかジルベルトが国王とそのような関係にあるとは思っていなかった。


「それでさ。聞きたかったんだけど。二人はどうやって出会ったわけ?」


 国王は組んだ足の上に右肘をついて、さらに頬杖をついた。その目は楽しそうに笑っている。むしろ、楽しさしか感じられない。


 どちらが話しましょうか、という視線を、エレオノーラはジルベルトに送った。彼の目は「頼む」と言っているように見えた。言葉が無くても、彼の考えがわかるようになったのは進歩と呼べるのかもしれない。むしろ、進展だろうか。


「あ、はい。兄からの紹介です」


 そこでエレオノーラは上品に笑んだ。ジルベルトの婚約者は知的で余裕のある大人の女性でなければならない。だから、あたふたしてはならない、余裕をもたなければならない、と思っているからだ。


「エレオノーラ嬢の兄? ああ、もしかして第零騎士団の?」

「はい。陛下もご存知でしたか?」

「第零騎士団のフランシア家と言えば、有名だからね。あそこには三人息子がいたね。全員、第零騎士団だ」

「はい、兄は三人おります」


 どうやら、エレオノーラのことは知られていないようだ。それがフランシア家の狙いであるため、国王にも知られていないというのであれば、それはうまくいったということだ。


「一番上の兄が、ジル様と仲が良いので」


 厳密に言えば、今は仲が良い。だが嘘ではない。


 そのとき――。

 勢いよくサロンの扉が開いた。


「ちょっと、あなた。ジルが……。あのジルが女の子を連れてきてるって聞いたんだけど」


 赤ん坊を器用に片手で抱きかかえた女性が現れた。


 ジルベルトは、そっとエレオノーラの耳元で「王妃殿下だ」と囁く。

 その言葉を耳にしたエレオノーラは、また仮面を落としそうになってしまった。危うく、ジルベルトの婚約者から、ただのエレオノーラに戻るところであった。


「お初にお目にかかります。エレオノーラ・フランシアです」


 エレオノーラはすっと立ち上がり、挨拶をした。


「まあ、あなたが」


 王妃はゆっくりとエレオノーラに近づいてくる。彼女の腕の中の赤ん坊は機嫌がいいのか、あぶあぶと言いながら、涎の泡を口元に浮かべていた。


「ジルったら、団長になってから私たちの護衛から外れるし」


 言うと、王妃は一歩エレオノーラに近づく。


「それは、団員たちをとりまとめて指示を出す必要があるからだ」


 ジルベルトの言い訳のようにも聞こえるが正論である。


「この子が生まれても顔を見せにこないし」


 また一歩、近づいてくる。


「警備があるからだ」


 彼の言い訳のようにも聞こえるが正論だろうか?


「とにかく、そうやって言い訳ばかりして、会いにきてくれないわよね」


 さらに一歩、近づく。


「なぜ、一介の騎士が仕事でもないのに王族に会いにいかねばならない」


 正論、かもしれない。ジルベルトも負けてはいない。


「だって、友達でしょ」


 王妃の声が響くと、腕の中の赤ん坊がピクリと震え、目をくりくりと広げた。


「彼女と私とジルは、学院の頃からの友人でね」


 国王はこっそりとエレオノーラに囁いた。

 そういえば、国王と王妃出会いについては聞いたことがある。確か、王立学院時代に出会ったとか。そこにジルベルトも関わっていた、というのか。


「とにかく、今日はジルが来るっていうし」


 また一歩、彼女は近づいた。


「こいつに無理やり呼び出されただけだ」


 ジルベルトが答えると、目の前の国王は「あ?」と声をあげる。


「無理やりって酷くないか? 正攻法でいったら断るくせに」


 二人の会話に国王までが混ざり出したため、ややこしくなり始めた。


「この娘はジルと会ったことがないし。ってことで急いで来ちゃった」


 来ちゃったじゃないよ、とジルベルトの声が、エレオノーラにも聞こえたような気がした。彼が、困ったように眉根を寄せているためだ。きっと、また面倒くさいのが増えた、とでも思っているのだろう。


「ちょっと、ジル。今、面倒くさいって思ったでしょ」


 彼女がぐいぐいとジルベルトに迫っている。もちろん、ジルベルトは困っている。その様子を見ていたエレオノーラは勇気を振り絞って、声を出してみた。


「第二王女殿下ですね」


 エレオノーラは上品に笑んだ。


「抱いてみる?」


 王妃はパッと顔を輝かせて、エレオノーラに尋ねた。


「そんな、恐れ多いです」


 胸の前で両手を振るエレオノーラであるが、王妃はぐいぐいと攻めてくる。


「いいのよ。この子、人見知りしないから」


 エレオノーラは振っていたその両手でそっと赤ん坊を受け取った。


「こことここを支えてね」


 柔らかいのに、重い。あぶあぶと、赤ん坊は小さな右手をぐーにしてエレオノーラの方に突き出している。エレオノーラは、腕の中の赤ん坊に泣かれなかったことに安堵する。


「まあ、あなたのことが気に入ったみたい。私、いいこと考えちゃったんだけど」


 王妃が妖艶で不吉な笑みを浮かべている。


「やめてくれ、君のいいことなんていいことになった試しがない」


 ジルベルトは右手で額を押さえた。


「ねえ、エレオノーラをこの娘付きの侍女にどう?」


 ほらみたことか、とジルベルトが呟いた。


「おい、ソフィア」


 突然、ジルベルトが立ち上がった。ソフィアとは王妃の名前である。つまり、ジルベルトと王妃は、名を呼び合うくらいの仲の良さということだ。


「悪いが、彼女はあまり身体が丈夫ではない。だから、そういった無理な話をするな」


 フランシア家の令嬢であるエレオノーラはそういう設定だったことに、エレオノーラ自身も思い出した。


「まあ、ジルが怒った。珍しい」


 ソフィアは娘をエレオノーラから受け取り、口元だけで笑う。

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