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第四章(3)

   ◇◆◇◆


「ダン兄さま。陛下からの呼び出し状ってなんですか。しかも明日って。急すぎませんか」


 ダニエルが屋敷に戻って来て早々、彼を見つけたエレオノーラはそう声をかけてきた。


「お前の相手が相手だからだろう」


 上着を脱ぎながら、ダニエルが答える。


「リガウン団長って、そんなにすごい人だったんですか?」


 目を大きく開け、驚いたように彼女は尋ねてきた。


「お前なぁ。一応、向こうは侯爵家の跡継ぎだ。しかも、第一騎士団の団長。すごい人に決まっているじゃないか」

「だって、お会いする相手はあの陛下ですよ。私がお会いしてもいいんですか?」


 エレオノーラが国王と会ったのは、デビュタントのときのみ。形式的な言葉のやり取りをしただけである。


「正確には、フランシア家のエレオノーラではなく、リガウン卿の婚約者のエレオノーラへの呼び出しだな」


 ダニエルはシャツを着替えた。


「やはり。ということは、リガウン団長の婚約者になればいい、ということですね」

「いや、そもそもお前はもう立派なリガウン卿の婚約者だから」


 そんなダニエルの言葉は、残念ながらエレオノーラの耳には届いていなかった。


「ここはやはり、知的美人かしら」

エレオノーラはぶつぶつと何やら呟いている。

「おい、エレン。明日、オレは仕事で付き添えないから、くれぐれもリガウン団長に粗相が無いようにな」

「わかっています」


 本当に大丈夫か? とダニエルの不安はつきない。しかもダニエルが着替えているときに部屋にまで入って来て、本当に年頃の娘か、と不安はつきない。


   ◇◆◇◆


 そして次の日。今日も知的美人な婚約者に変装したエレオノーラ。しかし、超病弱という設定があるため、儚げな知的美人というところを目指してみた。

 エメラルドグリーンの落ち着いたデザインのドレス。このドレスを選んだのは、エレオノーラの母親である。


「では、エレオノーラ嬢をお預かりします」


 ジルベルトの言葉に、エレオノーラの母親はニコニコと笑みを浮かべていた。

 エレオノーラにとっては、この母親の笑顔が少しだけ怖かった。「わかっているわよね」という、無言の圧力だ。


 フランシア子爵家の屋敷から王城までは、馬車で向かう。


 馬車の中にはエレオノーラとジルベルトの二人きり。よくよく考えてみたら、こうやって二人きりで話をするのは、ジルベルトがエレオノーラに求婚した時に、フランシア子爵家の屋敷を訪れた時以来ではないだろうか。


「こうやって、二人きりになるのは、変な感じがしますね」


 エレオノーラがそう口を開いた。何しろ、二人きりになったのは、あれ以降なかったのだ。


「そう言われると。あまり二人で何かをする、という機会はなかったかもしれないな」


 ジルベルトは腕を組んだ。多分、その機会を考え込んでいるのだろう。あまりにも真面目な表情に、エレオノーラはちょっとだけ笑みをこぼした。


 エレオノーラに微笑まれたジルベルトは、不思議に思ったのかもしれない。


「何か」


 彼は、少しだけ眉根を寄せていた。


「いえ、リガウン団長があまりにも真剣な顔をなさっていたので」


 もう一度、エレオノーラは微笑んだ。


「あなたは、そうやって笑っている方が、あなたらしい」


 ジルベルトの不意打ちに、エレオノーラは頬に熱を帯びていくのを感じた。しかも、ここはまだ馬車の中であるからと油断して、ジルベルトの婚約者という仮面をつけていなかったのだ。


 エレオノーラは恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆う。


 突然そのような行為をされたら、ジルベルトだって心配になったのだろう。彼が彼女の顔をのぞきこむ。

 と、馬車が跳ねた。

 その勢いで、なぜかすっぽりとジルベルトの腕の中にエレオノーラは収まっていた。本当に運よくすっぽりと。奇跡的としか言いようがないくらいである。


「申し訳ありません」


 御者から声が飛んできた。


「大丈夫だ。問題ない」


 エレオノーラをしっかりと抱きかかえたまま、ジルベルトは答えた。


 エレオノーラは、頬が真っ赤に染まっている自覚はあった。だから、顔は伏せたまま。


「あの、ごめんなさい」

「いや。問題ない。怪我はないか?」

「あ、はい。おかげさまで、どこも」

「そうか」


 言いながらもエレオノーラはジルベルトの腕の中にすっぽりとおさまったままである。


「あの」


 エレオノーラは顔を上げた。そこには難しい表情をしているジルベルトの顔がある。


「何か」

「恥ずかしいので、離していただいてもよろしいでしょうか」


 彼の茶色の目と合った。こんな至近距離でジルベルトの顔を見るのは押し倒された時以来。よく見ると、ジルベルトの耳が赤く染まっているような気もする。


「ああ、すまない」


 ジルベルトは、エレオノーラおろすと自分の隣に座らせた。


「あの、リガウン団長」


 エレオノーラはジルベルトの名前さえも呼べなかった。それだけ役になりきれていないのだ。彼の婚約者という役を演じられない。


「なんだ」

「あの。陛下の前ではきちんと婚約者を演じますので。今だけは……」


 恥ずかしすぎて仮面をつけることができなかった。だから、彼女は両手で顔を覆う。この顔はジルベルトにも見せることができない。なぜなら、婚約者を演じているのではなく、ただのエレオノーラという女性になっているのだから。


「エレン」


 ジルベルトは彼女の細い手首を掴んだ。


「無理して演じなくてもいい。そのままで問題ない」

「リガウン団長の前ではそれでいいかもしれませんが、陛下の前ではダメです。せっかく団長の婚約者になったのですから、婚約者らしく振舞わせてください。ですが、今は、少々お待ちを」


 エレオノーラのせいでジルベルトに迷惑をかけることなどできない。彼に相応しい婚約者であると、国王にも認められたいのだ。


 エレオノーラは口から息を吸った。そしてそれを胸いっぱいに広げてから、ゆっくりと吐き出す。

 馬車が止まった。


「エレン。着いたが、大丈夫か」

「はい、大丈夫です」


 そう言って、顔を上げたエレオノーラの表情は、先ほどまでの愛らしい顔とは違っていた。きりっと引き締まった目元と唇。彼に相応しい大人の女性を演じる、という彼女の意志が表情にも表れていた。


 馬車から降りたエレオノーラは、ジルベルトの腕をとる。馬車の中で赤くなっていたエレオノーラであるのに、『ジルベルトの婚約者』の仮面をつけた彼女は、堂々としていた。




 白亜の壁、左右にそびえ立つ塔。騎士団の建物のすぐ側にある王城であるが、仕事以外で足を踏み入れるのはエレオノーラにとって初めてのこと。よく知っている王城内であるはずなのに、どこか知らない空間のようにも思えるのが不思議だった。


 謁見の間へと続く通路。二人で歩いていると、ふと目の前に男がいることに気がついた。


「やあ、ジル。久しぶりだね。待っていたよ」


 男は陽気に右手をあげ、偉そうに挨拶をする。


「待っていたのであれば、こんなところではなくどうぞ謁見の間でお待ちください」


 ジルベルトは抑揚を押さえた声でそう言った。


「冷たいね、ジルは。君が婚約したって言うから、待ちくたびれてここまでのこのこ来てしまったというのに」

「のこのこ出歩かないで、どうぞ謁見の間でお待ちください」


 ジルベルとは語尾を荒げる。彼がこのように声を荒げるところを、エレオノーラは目にしたことがない。

 二人のやり取りを驚いた様子で見ているエレオノーラに、ジルベルトは気付いた。


「陛下だ」


 彼はこっそり囁く。


「堅苦しい挨拶は後でいいよ。では、五分後に」


 その男はそそくさと逃げていった。


「あの、本当に陛下ですか?」


 エレオノーラは恐る恐る尋ねた。


「間違いなく、陛下だ」


 彼女は驚きのあまり、ジルベルトの婚約者という仮面をポロリと落としそうになった。それだけ、彼の言葉は衝撃的だったのだ。


 エレオノーラは弾む心臓をおさえ、なんとか仮面をつけ直し、ジルベルトの婚約者を演じるように気合をいれた。


「お初にお目にかかります。エレオノーラ・フランシアです」


 ドレスの裾をつまみ、国王に向かって礼をする。目の前にいた人物は、先ほどひらひらと手を振っていた彼だった。


 謁見の間の見るからにきらびやかな椅子に座っている男はゆっくりと頷くと、ふと立ち上がった。なかなか行動の読めない男である。


「堅苦しい挨拶は終わり、でいいよな?」


 誰に許可を求めているのかはわからない。先ほどから謎過ぎるこの男。本当に国王なのかと疑いたくなってしまうほどでもある。


「とりあえず、移動」


 どこに? とエレオノーラはジルベルトの顔を見つめた。彼の顔には「黙ってついていくしかない」というあきらめの色が浮かんでいた。


 ジルベルトに手をとられながら、エレオノーラも彼の後をついていく。


 案内された場所はサロンであった。

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