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第四章(2)

   ◇◆◇◆


 それから十日が過ぎた。


 あれ以降ジルベルトはエレオノーラに会っていない。会えていない、ともいう。特段と会う理由も無いのだが、それでもなんとなくジルベルトは彼女のことが気になっていた。何しろ婚約した相手なのだから、気にならない方がおかしい。


 そうやって彼女のことが気になっていながらも、会うことができないもどかしさで葛藤しているときに、国王から呼び出し状が届いた。


 リガウン侯爵家に届いたのではなく、この第一騎士団団長宛てに届けてきたあたりが、裏を感じる。


「団長、陛下からの呼び出し状です」


 眼鏡をキラリと光らせながら、サニエラが手渡したのは一通の書簡であった。ジルベルトが乱暴に受け取り確認すると、国王の名前があった。



サニエラが言っていたにもかかわらず、国王の名前を見つけてしまうと、現実を突き付けられた感じがするし、逃げることもできないという思いが込み上げてくる。ものすごく深いため息をつきたくなった。いや、実際についていたのに、ジルベルト本人はそれにすら気づいていない。


 本音を言えば、行きたくない。どうにかして断る方法は無いものか。


「行きたくないとか、そういう駄々はこねないでくださいね。早速ですが、スケジュールの調整をいたします」


 心を読んだかのように、サニエラが事務的に答えた。どうせならば断わる方法を考えて欲しかった。スケジュール調整までされたら、断れない。だからといって、けして駄々をこねているわけでもない。


「ああ、明日の昼過ぎだ」


 仕方ないから、ジルベルトはしぶしぶと答えた。しかも指定してきた時間からして、一緒に夕食をという流れになる前に、さっさと帰ろうと思った。国王の手紙には「婚約者も一緒に」と書いてあったことから、彼らの本当の目的は彼女だということだ。


(ああダメだ、今から気が重い)


 それでも彼女の予定も聞かねばならないし、むしろ彼女にも調整してもらわねばならない。相手が相手なだけにそうする必要があるのだ。


 ジルベルトは軽く息を吐いた。


「悪いが、今日の昼食を諜報部のダニエル殿と一緒にとることができないか、調整してもらえないだろうか」


 エレオノーラを誘うには、ダニエルに連絡をいれるのが手っ取り早い。むしろ、ジルベルトが自力でこの騎士団の建物の中でエレオノーラと接触するのは難しいだろう。


「承知しました。最近、団長は諜報部がお気に入りのようですね」


 サニエラが眼鏡を押し上げた。相変わらずこの副官は鋭い。そのうち、婚約者がエレオノーラであることを知られてしまうのではないだろうか。いや、きっとすでに知っている。知っていながら、知らないような態度をとっているに違いない。


「ああ、サニエラ。諜報部で思い出した。先日頼んだ調査の件だが。諜報部の人間についての内容は機密事項だから、けして口外しないようにと。私が調査依頼したことが、すでに諜報部では把握済だった。先日の呼び出しは、その件だ」


 嘘ではない。サニエラがエレオノーラを調査していたことは指摘されたのだ。それ以外のことも言われた。だから、少々話を省略しているだけなのだ。


「その件でしたか。てっきり、婚約の件の確認かと。まあ、例の件につきましては承知しております。彼女からそのように言われましたので」


(彼女だと?)


 意味深な言葉が聞こえたが、深く突っ込むのはやめた。きっと誑し込んだ相手のことだろう。サニエラにはそういうところがあるのだ。ジルベルトとしては、騎士団の規律に反しない限りはとやかく言うつもりもない。むしろ、彼こそ第零騎士団の諜報部に相応しいのではないかと思えてしまうほどでもある。


 とりあえずジルベルトは、明日の件をどうやってダニエルに切り出そうかと考えていた。こちらもこちらで気が重い。


 エレオノーラは快く引き受けてくれるだろうか。彼女のことだから、にっこりと笑って「いいですよ」と言ってくれるに違いない。そんな明るい希望は持っている。



 昼食時。サニエラの手腕と広報部の調整により、ジルベルトはなんとかダニエルをつかまえることができた。王城内には食堂があるが、密談、商談等にも使えるように個室、半個室とさまざまな部屋が準備されていた。サニエラには個室を押さえるように指示しておいたため、彼はその希望を広報部にも伝えてくれたようだ。


「お呼び出ししてしまって申し訳ない」


 ジルベルトが頭を下げる。


「いえ。妹の件かと思いましたので、部下も連れてまいりましたが、問題なかったでしょうか」


 ダニエルの後ろに一人、騎士服に身を包む青年がいる。

 ジルベルトとしては、できれば他の人物には聞かれたくない内容である。だがなぜこの場にダニエルが関係ない人物を呼んだのか気になるところでもあった。


「十日ぶりですね、リガウン団長」


 その声を聞いて、ジルベルトはダニエルの意図を察した。


 男性騎士だと思っていたのに、その声の主はエレオノーラだったのだ。

 だが、何度見ても、目の前にいるのは男性騎士。あのふんわりとした体つきはどこへ消えたのだろう。


「部下のレオンです」


 ダニエルが紹介し、エレオノーラも頭を下げる。


「レオンです」


 再び発したその声は、女性のものとは思えないほど低い声だった。個室でよかったかもしれない。恐らくジルベルトは今、この人生で一番驚いている。


 彼女が『レオン』として騎士団に所属していることは、ショーンからも聞いていた。


 そしてエレオノーラは、常にレオンとして振舞っていた。食事の所作も、話し方も、女性には見えなかった。これが変装だとしたら、よくできているし、見破ることはできないだろう。彼女が潜入班として第零騎士団に所属していることにも納得ができる。


「それで、どのようなご用件でしたか」


 食事がある程度すすんだところで、ダニエルが口を開いた。


「ああ、陛下から呼び出し状が届いて。エレオノーラ嬢も一緒にという内容だったため、貴殿に相談をと思ったのだ」


 その場にエレオノーラがいるにも関わらず、彼女に触れてはいけないという思いがジルベルトの中にもあった。


「そうでしたか。では、妹には伝えておきます。日時は」

「明日の夕刻。そちらの屋敷まで迎えに行こうと思う」

「承知いたしました。妹にはそのように」


 そう、つまりここにいるダニエルの部下は『レオン』という男性騎士であって、『エレオノーラ』という妹ではない、ということなのだ。諜報部の徹底ぶりには頭が下がる思いだが、それでも『レオン』をここに連れてきてくれたのは、ダニエルなりの心遣いなのだろう。


「ダニエル殿」

「はい」

「その。エレオノーラ嬢に会いたいときは、貴殿に連絡をすればよろしいか」


 ダニエルの隣に座っているエレオノーラの眉がピクリと動いた。彼女は今、レオンであるにも関わらず。


 ダニエルはもちろんそれに気づいていないし、エレオノーラ自身も無意識だろう。じっと彼女の顔を観察していたジルベルトだから気づいたのだ。それだけ、彼女の顔を見ていた。視線を逸らすことができなかった。


「ええ。私に言っていただければ、妹には伝えます。もしくは、屋敷に使いを出していただければ」


 ダニエルの言葉を聞いたジルベルトは「わかった」と頷いた。


「そう、リガウン団長。一つ、相談事がありまして」


 そうダニエルが切り出したため、そこからは仕事の話になった。

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