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第四章(1)

「団長、ご婚約おめでとうございます」


 お茶をコトリと執務席の机の上に置きながら、副団長であるサニエラから事務的に声をかけられた。


 正式に婚約届を出したのは、二日前。昨日は何事も無かったのに、一晩明けたら部下が知っている、ということは何があったのだろうか。


「サニエラ、なぜそれを?」

「騎士団の広報部からの正式発表です」

「広報部」


 第零騎士団には確か広報部もあったはずだ。


「団長。我ら騎士団は昇進、婚約、結婚、出産等、冠婚があった場合は広報部より正式な通達が出されることをご存知ないのですか」


 ジルベルトはそこでカップを手にする。知らなかった、ということを隠すための行為である。

 何しろ今までそういった冠婚は何年か前に団長に昇進したときくらいしか縁が無かった。そのときも通達があったのかどうかなんて覚えていない。


「ただ、不思議なことに。団長の相手の方のお名前は公表されていないんですよね。どのような相手なんでしょうか?」


 サニエラは右手の中指で眼鏡を押し上げた。これは何か企んでいるときの仕草。むしろ、探りを入れているのだろう。もちろん、ジルベルトの婚約に対して、むしろ、婚約した相手に対してだ。


「広報部の方で公表しないと判断したのであれば、私の方から言うことは何もない」

「そうですね。つまり、公にできない方が相手だということですね。まさか、団長の独りよがりということはないですよね? きちんと相手に承諾をもらったんですよね? むしろ団長の妄想とか、そういったことではないですよね?」


 いつも冷静なサニエラが今日は食いついてくる。ジルベルトの婚約はそれほどまでも衝撃的だったのだろうか。執務席の向こう側から、身を乗り出してきた。


「まったく、団長は知らないかもしれませんが。このまま三十二まで独身でしたら危うく団長の座から引きずり落とされるところでしたよ。我が国では結婚も昇進の条件ですからね。このままでは私が団長の後を継いで、馬車馬の如く働くところでしたよ。本当にこのタイミングで婚約発表をされて、非常に助かりました。まあ、そのうち、団長が婚約者をお披露目してくれることを心待ちにしております。早かれ遅かれ、今まで団長がことごとく仕事を理由に断っていた社交界ですが、それには婚約者殿を連れての出席が求められますね。先に、陛下からの呼び出しがかかるかもしれませんね」


 サニエラが一気に言葉を放ったのは、今までのジルベルトに対する不安の表れなのだろうか。それとも純粋にジルベルトを心配していたからなのだろうか。むしろ、サニエラ自身が自分の身を心配していただけだろう、とも思う。


「そういうわけでして、この後、第零騎士団から呼び出しがかかっております」


 そういうわけ、の意味がわからない。まったくわからない。


「何?」


 ジルベルトは眉をピクリと動かした。そもそも呼出なのだ。呼び出されたということはそちらに向かう必要がある。


「約束の時間は十分後です。場所は、第零騎士団団長室」

「そういうことは早く言え」


 第零騎士団のだけはその存在が特殊であるため、この建物とは別の建物で仕事をしている。そして、ここから第零騎士団団長室に移動するとなると、それは軽く十分はかかる。さらに、廊下は走ってはいけないとまで言われている。有事の際は除く。


「ですから、今、言いました。団長でしたら、十分もあれば充分かと思いますが」


 いや、これは絶対に嫌がらせだ。婚約したことを事前にサニエラに相談しなかった報復に違いない。


 ジルベルトは席から立ち上がり「後を任せる」と言って、呼び出された先へと向かう。だから、遠い。走らないギリギリの程度で、つまり競歩並みの速度で第零騎士団団長室へと向かった。


 その扉の前で軽く息を整える。


 ノックをしてその第零騎士団の団長室へと入ると、それなりの人物たちがすでに待機していた。


 第零騎士団団長のショーン。そして、第零騎士団諜報部長のダニエル。残りの二人は情報部と広報部の部長であったと記憶している。


「悪いな、呼び出して。まあ、座れ」


 ショーンのその言葉に従い、ジルベルトはソファに座った。


「まあ、広報部の方でも公に発表した後での確認であれなんだが……。その、婚約したというのは本当でいいんだよな?」


 いつものショーンらしくなく、歯切れが悪い。


「まあ、届け出がダニエルの方からあったからな」

「その。やっぱり、届け出をしなきゃいけなかったのか」


 ジルベルトはいたって冷静に言葉を発した。


「うん、まあ、そうだな」


 歯切れの悪い者同士の会話である。聞いている方がもどかしい。


「それで、相手が……。我が諜報部のレオン、つまりエレオノーラ・フランシアで間違いはないよな」

「まあ、そうだが」


 ジルベルトの答えに、「ウオッホン」とショーンは大げさに咳払いをした。


「まあ、そのあれだ。悪いが、エレオノーラ・フランシアと我が諜報部のレオンが同一人物であることは、伏せておいて欲しい。それは彼女の任務に係わることだから」


 恐らくそれが彼の言いたいことだったのだろう。


「はあ」


 ジルベルトは気の抜けた返事をした。


「ショーン団長」


 声をかけたのは情報部長とジルベルトが記憶している男だった。


「私の部下からは、第一のサニエラ副団長がエレオノーラ嬢についての調査をしていた、という情報を得ています」

「その情報は、情報部の情報の中でも機密事項であったはずだ。なぜ、たかが第一の副団長がそこまで調べることができたのだろうか?」


 ショーンが呟く。つまり『エレオノーラ・フランシアという女性が騎士団に所属している』という情報そのものが機密事項である、ということなのだ。


 だが、あのサニエラのことだ。情報部の女性騎士を誑し込んだに違いない。


「その件に関しては、私の方で様子を見ておこう。調査を依頼したのは私だから」


 ジルベルトのその発言に、ショーンの目が一回り大きく開かれた。


「まあ、そうだな。婚約者になるような人物の調査は必要だな。だが、そういうのは家の者に頼むのが通例だと思っていたが」


 一般的にはそうかもしれない。家の方から、そういった調査を専門に行っている者に頼むのだ。


 ジルベルトがジロリとショーンを睨んだ。


「家に帰れない理由があったんだ」


 ぷっと吹き出したのは、広報部長である。第一の団長が、侯爵とその夫人が怖くて邸宅に帰ることができない、というのは情報部や広報部にとっては周知の事実である。


「まあ、ともかく。婚約、おめでとう」

「ありがとう」

「リガウン団長」


 女性の声がジルベルトの耳に届いた。声の主は、第零騎士団の彼らの後ろに控えている侍女であった。


「ここでは、私のことはどうぞレオンとお呼びください」


 その言葉でこの侍女がエレオノーラであったことに、ジルベルトは気づいた。


「エレン、なのか?」


 ジルベルトが尋ねる。


「レオンです」


 女性の声で返ってきた。


「どうやら、リガウン団長は自分の婚約者の顔も忘れてしまったようですね」


 ダニエルは笑いをこらえるために、下を向いていた。

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