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7、一週目にはなかった交流


 思わぬプロポーズに、しかも返事はいらないと言われてしまい、どうしたら良いのかわからずにオロオロしていると、突然第三者の声が聞こえてきた。


「エヴァンがタンザナイト女侯爵を望んでいたとは、知らなかったな」


 姿を表したのは、なんと皇太子だった。


 ギョッとして慌てて立ち上がり、腰を深く落として最敬礼を取れば、ルークもさっと後に続く。


 エヴァンも一度立ち上がると、王族に対する騎士の礼を取るためにもう一度跪いた。


「今日は公式の場じゃないから、楽にして良いよ。少し話しに来ただけなんだ」


 顔を上げれば、皇子の後ろには王室騎士団の人間が二人。

 白の騎士服の胸元に赤薔薇の刺繍が入っているので、赤薔薇の騎士とも呼ばれる王家の護衛騎士だ。


 公式の場でないと言っているが、護衛騎士がいる以上、仮に失礼な態度を取ればたちまち報告されるので、プライベートという程でもない。


「この度はお悔やみ申し上げる」


「皇太子殿下からお言葉を賜る事ができるなんて、光栄にございます。亡き両親も喜んで居るかと存じます」


「そんなに堅苦しくならないで。お前達、少し下がっていろ」


 皇子は護衛の二人に声をかける。

 二人は「ですが……」とすぐには動かず、皇子が再度命令を下した。


「見える所に居れば良い。その間、エヴァンが護衛しろ。それで良いだろう?」


 護衛騎士は渋々納得し、声が聞こえない程度の場所まで下がって行った。


 皇子はエヴァンが座っていた椅子に着くと、私に座るよう勧める。


 それを断るのも不敬にあたるかと思い椅子に座ると、ルークが私の斜め後ろに立った。

 一見すると皇子の護衛をエヴァンが、私の護衛をルークがしているかのようだ。


「それで、侯爵が婚約破棄したのは事実なのかな」


「皇太子殿下もご存知だとは思いませんでしたわ」


「貴殿は昔から噂の的になりやすいから。それだけ注目しているという事なのだろうけれど」


 皇太子殿下、クリスティアン・スファレライトは輝く金の髪に太陽のようなオレンジ色の瞳をしている第一皇子だ。

 誕生日は八月一三日で、担当カラーはオレンジ。通称クリスの名で親しまれる。


 彼のシナリオはいくつか枝分かれし、暗殺を阻止するルート、腹違いの弟との仲を取り持つルートと、この二つが大まかな分岐となるのだが、どちらもクリスを皇太子の座から引きずり下ろしたい奴が黒幕となっていて、そいつを見つけ出せればハッピーエンドとなる。


 途中のシナリオが分岐するのはクリスだけで、メインヒーローならではの待遇だ。


 ヒロインは王宮のメイドとして潜入してその黒幕を見つける事が目的となり、もしも見つけられなかった場合、クリスは暗殺され、側妃の子供である第二王子が王位を継ぐ事になる。


 第二王子は担ぎあげられただけで、実は兄弟仲は悪くない。

 七つも年の差があれば簡単に王位継承者は覆らないし、そもそも側妃も第二王子も国王の座を求めてはいない。


 だからなのか、攻略対象ではないにも関わらず、第二王子は弟属性好きからの人気が高かった。


「そろそろ帰る頃かと思い急いで来たのだが、面白いものが見れた」


 言われて思い出す。


 一週目では帰り際に皇子に声を掛けられて、お悔やみの言葉をかけてもらい、少しだけ話をした。


 今回は一週目よりも長く話し込んでいたので、帰り際ではなくここで会うことになったのだろう。


「倒れたと聞いたのだが、思ったよりも元気そうだな」


「お陰様で、体調は戻りました。本来ならば、昨日訪問する予定でしたのに。予定をズラしてしまい、申し訳ありません」


「そんな事は良い。病み上がりの体でこんな所までやってきては、エヴァンが心配するだろうからな」


 皇子がからかうように言えば、エヴァンは「殿下」と困ったように窘める。

 意外と二人の仲は良好なようだ。だからこそエヴァンは派閥が対立するのを避けたいのかもしれない。


「アンドラダイト卿と、仲が良いのですね」


「あぁ。ルベウスは外敵を、デマントイドは王族の護衛を、という時代があったんだよ。その関係で、公爵家や騎士志望の分家の子とは昔から顔馴染みなんだ」


 ルベウス公爵家が代々王室騎士団長を拝命している家系である事は周知の事実だが、デマントイド公爵家も王室騎士団と関わりがあるとは知らなかった。


 エヴァンの家紋であるアンドラダイト伯爵家は、デマントイド公爵家の分家。なので皇子と昔から交流があったのだろう。


 もしかしたら、そういう背景があって、エヴァンの姉と国王は顔見知りとなり恋に落ちたのかもしれない。


「エヴァンはオススメだぞ。腕は立つし、顔も良い。性格もそう悪くないだろう」


 顔が良いのは貴方もです。


 よくよく考えてみれば、貴族サイドの攻略対象が三人揃い踏みだ。


 是非とも三人横一列に並んでもらって、その姿を心のフィルムに収めたい。

 できれば画家を呼んで姿絵を……あぁ写真が恋しいっ。


 余談だが、残る二人のギルド組とは一週目でも会っていない。暗殺されたけど、言葉も交わしていないのでノーカウントの方向だ。


「わたくしには勿体ないお方です」


「求婚を受けないのか? そう悪い話ではないだろう。エヴァンが相手なら、デマントイドの後ろ盾がつく」


 侯爵夫婦が亡くなった事で庇護を亡くした今、新たにデマントイド公爵家の後ろ盾がつけば、社交界での立場が変わる。


 エヴァンを利用するようだが、今後の事を考えれば、求婚を受けた方が生きやすくなる事は確か。


 けれど。それは私個人の後ろ盾となってしまい、タンザナイト侯爵よりも上にあたる、デマントイド公爵家が背後に付くのは、力を持ちすぎてしまう……と思うのは、考えすぎだろうか。


 力を持ちすぎても敵を作ってしまう。

 また殺される未来が繰り返されそうで怖い。


「今はまだ婚約を破棄したばかりですし。当主としての仕事もありますから、結婚の事はルークに当主を譲ってから、と思っておりまして。ですので、お受けできません」


「そうなのか。では、私が申し込んでも同じ返答かな?」


「殿下!」

「殿下!?」


 すぐさま反応したエヴァンやルークとは違い、ポカンとしてしまった。

 今日は令嬢の仮面を被り続けるのが難しい。


「殿下のお相手に、わたくしは相応しくありません」


「侯爵家の令嬢が相応しくないとなると、相手はかなり絞られてしまうな」


 それは両親共に貴族である場合の話だ。血統主義の臣下たちが、私を皇太子妃になど許すはずがない。

 笑みを浮かべている皇子は、わかっていて言っているのだろう。


「今度、王宮で大規模なパーティーがあるだろう?」


 近く皇太子の婚約者を決めると噂のパーティーがある。既に招待状は配られており、伯爵家以上の未婚の男女が呼ばれている。


 もちろんタンザナイト侯爵家も招待されており、けれどルークはまだ成人を迎えていない為、呼ばれているのは私だけだ。


「そのパーティーで、私のパートナーを務めて貰いたかったんだ」


「それは何の目的で、と。お伺いしてもよろしいのでしょうか」


 皇子の言い方的に、愛の告白という感じではなく、都合が良いから選んだという印象が強い。

 先程エヴァンからの求婚を受けた後だから、その熱量の違いがよくわかる。


「そういう所が、適任だと思ったのだけどね」


 皇子は苦笑しながら詳細を語ってくれた。


 王宮で開かれるパーティーには、友好国である隣国の皇太子と妹姫も呼ばれている。

 二人とも未婚で、婚約者も居ないそうだ。


 表向きは両国の友好を深める為とされているが、本当の目的はクリス皇子と妹姫との顔合わせ。二人の結婚を考えているらしい。

 皇子はその結婚に反対してはいないが、それを公にできない事情があった。


「裏で誰が何をしているかわからない。万一、姫に何かがあったら、国際問題になってしまう」


 明言を避けたが、側妃派の横槍が怖いという意味だ。

 このパーティーはクリスのシナリオにもあった事。


 一週目では顔を出してすぐに帰ってしまったし、何かがあったとは聞いていないけれど、皇子には警戒する理由があるのだろう。


「では、私を目くらましに?」


「婚約の打診をされた時、想い人が居るのなら言ってくれと言われてね。言ったところで、出自のわからない人間は反対するのだろう、と言ってみたんだ」


「何故そんな事を……」


 それはクリスのシナリオでもあった台詞だ。


 まだ平民だと思っていたヒロインを妃に望んでも、周りを説得出来ないというジレンマ。

 最終的にヒロインは伯爵家令嬢だと判明し障害がなくなるのだが、現在ゲームシナリオは始まっていない段階で、皇子はまだヒロインと出会っていない。


「反応を見てみたかったんだけど、普通に貴族家の女性でなければ認められません、て言われただけだった」


 皇子なりに色々探っている段階なのだろうか。

 けれど気になる反応ではなかった、と。


「殿下。まさか、その相手がコーネリア嬢だと思われたわけではないですよね?」


「……ところで侯爵。不躾な話だが、父親が誰だか探そうとは思わないのか?」


 皇子はエヴァンの言葉を華麗に無視して話を変えた。

 流石にエヴァンも皇子を相手に強く出られず、胡乱げに見ながらも口を閉ざす。


「平民の父をどのように探せば良いかわかりませんもの」


「父親はわからないと聞いているが、平民だという確証があるのか?」


「いいえ。ですが、ご存知の通り、この髪色はどの貴族家の色にも当てはまりません。それに父娘(おやこ)だと証明する手立てもありませんし」


「手立てはある。協力してくれたら見返りに父親を探す手伝いを申し出ようと思っていたんだ」


 ただ利用しようとしていた訳では無いらしい。けれど正直、父親が誰かとかさほど興味は無い。


「産みの母がどれだけ諭されても相手を明かさなかったのには、何か理由があるのでしょう。それに、家督を譲った後は、市井で暮らすのも良いかと思っていまして」


「姉上、まだそんな事を言っているのですか」


「あら。本気にしていなかったの?」


 お嬢様の仮面を被るのも大変だと、今日はものすごく痛感した。そのうちボロが出かねない。

 気を張りながら貴族の令嬢でいるよりも、市井の方が伸び伸び暮らせる気がする。


「まさかそんな事を考えていたとは……」


 皇子は組んだ手に顎を乗っけながら思案顔になり、


「身なりの良い女性が一人、市井で暮らせるほど治安が良くはありません。それでしたら、我が家に来てください。ある程度の自由は保証します」


 エヴァンはさりげなく口説いてくる。


「姉上を追い出す事はありませんので、余計な心配です」


(ルークが追い出す気がなくても、周りが何をするかわからないのよ)


 何で暗殺されたのか理由がわからないので、安心はできない。


 その点は少し皇子と共通する部分がある。

 周りに振り回され、命の危険を感じる日々は、色々と探る事や考える事が多い。


「わたくしに出来ることがあるのでしたら、微力ながら喜んで協力させて頂きます」


「そう言って貰えると嬉しいよ。パーティーではエヴァンの傍にいて欲しい。私の傍にいれば勘違いで巻き込まれても守れると思ったのだが、エヴァンの想い人を横取りする趣味はないからね」


 どうやら先の発言で巻き込んでしまう心配をしてくれたらしい。


「殿下が本気で望んだら私に勝ち目はありませんから。有難いことです」


「望むのなら、まずは彼女の父親が貴族であるとでっち上げなければならないな」


「お戯れはおやめください。殿下を慕うご令嬢の視線に耐えられそうもありませんわ」


 笑い声が広がり、ようやく場の雰囲気が和む。


「では、私はそろそろ行くよ。パーティーでは是非エヴァンと踊ってやってくれ」


「殿下のご命令とあれば、喜んで」


 念を押すあたり、皇子は本気でエヴァンを推しているらしい。 


「あの、殿下。宜しければ、一つだけお伺いしたいのですが」


 ルークが躊躇いがちに口を開けば、皇子は快く許可してくれる。


「親子だと証明する手立てがある、と。具体的にどのような方法なのか、聞いても差し支えないでしょうか」


「ああ、その事か。魔法だよ」

「魔法……?」


 この国に魔法は存在しない。


 ゲームはあくまでも西洋風の恋愛ゲームであり、ファンタジー要素はなかった。

 だから魔法が存在するとは思いもしなかったし、今まで聞いたこともない。


 憧れの魔法が、意外な所に存在した。


「隣国の王族だけが使える、秘術のようなものかな。魔法は一部の者しか使えないから、滅多にお目にかかれない。」


 一瞬隣国へ渡ろうかと考えたのだが、誰もが使えるものでないのなら意味が無い。

 魔法……。せっかく転生したのだから、使えるのなら使ってみたかったのに、残念だ。


「君は、彼女の父親に心当たりが?」


「いいえ、存じ上げません。ですが、万が一父親を名乗る人物が現れた場合、証明する手立ては無いと思っていたものですから」


 なるほど、それは考えてもみなかった。

 とりあえず向こう二年ほど父を名乗る男は現れなかったから心配する必要はない。


「もしそんな奴が現れたら、私に連絡をして。余計な事を言ってしまったお詫びに、手を貸すよ」


「お心遣い、痛み入ります」


 ルークは深々と頭を下げた。


「では、これで。楽しい時間だった」


 私は立ち上がると、淑女の礼でもって皇子を見送る。

 エヴァンは護衛騎士がいる所まで皇子の後ろを着いて行った。


「ねぇ、ルーク」


「なんですか」


「帰ったら、ダンスの練習付き合って」


 踊れる事は踊れる。けれど、最後に踊ったのはいつの話だったか。

 まだ義父が生きていた頃だった。たぶんデビュタントの時とか、とにかくはるか昔の話。


「まだ苦手なのですか?」


 ルークとは家庭教師に教わっていた頃に少し踊った程度。あの頃はまだ習っている最中だったので上手く踊れなかった。

 その時よりは多少マシになっている。


「踊れるよ? 踊れるけどさ」


「女侯爵が踊れないでは、タンザナイト侯爵家の威信に関わります。家庭教師を呼びましょう」


「だから、とりあえず付き合って。踊ってみないと、踊れるかわからない……」


 パーティーでは壁の花でいるか、すぐに帰る事がほとんどで、踊った相手は義父くらいなもの。


 キースとは息が合わず段々踊らなくなっていった。浮気の原因はこういう所にもあったのかもしれないが、今となってはどうでもいい。


「いくらでも付き合いますよ。私がデビュタントを迎えたら、一曲踊ってください」

「ええ、そうね。練習しておくわ」


 こうして私のダンスレッスンが決まったのだった。


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