6、エヴァンとのお茶会
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「立ち話も何ですし、こちらへどうぞ」
エヴァンに促されるまま移動する。
訓練している姿がよく見える木陰に、ガーデンテーブルが用意されて、お茶が出来るように準備がされていた。
エヴァンに椅子を引いてもらい、席に着く。
誰がお茶を入れるのかと思えば、エヴァンが手ずから準備してくれた。
「仲がよろしいのですね」
「ルークは昔から優しいですから。姉と慕って下さいます」
不仲だったら、中継ぎに選ばれた時点で背後を気にしなければならなかっただろう。そうならなくて本当に良かった。
「それより、アンドラダイト卿が入れて下さるお茶を飲めるなんて、光栄ですわ」
エヴァンとは何度か話をした事があるが、こうしてお茶をするのは初めてだ。
しかも攻略対象がお茶を入れてくれるだなんて、贅沢の極み。聖地巡礼している並に心が踊る。
「寮にはメイドがおりますが、わざわざ呼ぶのも面倒で、入れ方を覚えたのですよ。お口に合うと良いのですが」
普段からよく飲んでいるのだろう。その手つきは手馴れていた。
どうぞ、と差し出された紅茶はとても色の薄い種類のようで、華やかな花の香りがする。
よく覚ましてから一口飲めば、少し甘い紅茶の味が広がった。
「まぁ、とても美味しい! なんて種類の紅茶なのかしら」
「女性が好む紅茶の種類を聞いたら、これを渡されました。姉が好きな茶葉だそうで」
「お姉様、というと……」
エヴァンには三人の姉がいる。エヴァンは一番下の子で、年の離れた一番上が側妃だ。姉達はみんな既に結婚していて、家を出ていたはず。
「一番上です。もう姉だなんて言えば不敬に当たるのですが、せっかく近くにいるのだからと、度々お茶に呼ばれるのですよ」
「ふふ、仲がよろしいのね」
先程エヴァンに言われた言葉を返せば、エヴァンは微笑んだ。
「八つも違うと、喧嘩にもならないのですよ」
騎士団長としての職務中は熱血って感じだったけれど、こうして話していると最年長キャラというだけあって、落ち着きのある大人な男性だ。
気遣いも出来る優しい人だし、諸々の背景がなければ、さぞモテた事だろうに。もったいない。
ふとルークに視線を移せば、模擬戦を行っている最中だった。
普段はあまり喜怒哀楽を表に出さないルークだが、今はとても楽しそうだ。
ゲームでは義姉に家を乗っ取られるかもしれないと不安になっていたので、当主になりたいという気持ちはあるのだろう。けれどこうして楽しそうな姿を見ると、本当は騎士団に入りたかったのではないのかと考えてしまう。
私がどうこう言うことではないので、口には出さないけれど。当主を譲る気がないと思われても困る。
「ルーク殿は強いですよ。うちの隊でも勝てる者は少ないと思います」
私がルークを見ている事に気づいたエヴァンが、話を振ってくれた。
「それでも、まだまだアンドラダイト卿の足元にも及ばないのでは?」
「これでも騎士団長ですから。簡単に負ける訳にはいきません」
笑い声が響く和やかな雰囲気のお茶会だなんて久しぶりだ。
一周目で死ぬ間際はあれこれとやる事が多く、ゆっくりお茶する時間なんてなかったから。
これからまた忙しくなるので、ゆっくり出来るのも今日くらいなものだろう。
「当主殿。私の事は、名前で呼んでくださいませんか?」
異性を名前で呼ぶのは、家族や婚約者くらいのもの。
「アンドラダイトの名は長いですし。侯爵となった今、騎士団長の私とは親しい間柄と言って差し支えないでしょう」
心の中ではエヴァンと呼んでいるけれど、それを口に出してしまえば、深い仲かと疑われる場合もある。
義父もエヴァンと呼んでいたが、異性となるれば話が違ってくるのだ。
ルークが早々に婚約破棄の手続きを済ませたとはいえ、あまり余計な推測はされたくない。
「ですが、関係を邪推されても困るでしょう?」
お互いに。
エヴァンだって、婚約者選びに差し支えるだろう。
「婚約者に悪いから、とは言わないのですね」
その言葉に、笑顔が固まる。
悪意を持ってばら撒かれた嫌な噂は、既にここまで届いていたようだ。
当然といえば当然か。ここは平民も多く所属する騎士団。
噂は城下町にもすぐに広まっていたようだから、すぐに耳に入ったのだろう。
「一応言っておきますが、悪い意味ではないですよ」
当主になった途端、婚約者を捨てたタンザナイト女侯爵。
事実なので否定はしないが、悪い印象を持つよう広められている。そもそも浮気をしていたあちらが悪いのに、そんな話は一切流れていない。
その噂の何処が悪い意味では無いのだろう。
「噂をご存知でしたのね」
「半信半疑でしたが。そのご様子ですと、本当のようですね」
本当ですとも。せいせいしたわ。
そう言いたいけれど、言えない。
「でしたら、私はいかがでしょう」
「……は?」
思ってもいなかった言葉に、思わず素が出てしまった。
令嬢の仮面を被り直し、微笑みを返す。
「嫌ですわ、ご冗談を」
「本気ですよ。婚約破棄の話を聞きつけた私が、熱烈なプロポーズをした。そんな話が流れれば、嫌な噂はすぐに消えるでしょう」
それは確かにそうだろう。
大衆が好きそうなラブロマンスは、少し噂を流せば、意図せずたちまち広まっていく。
「ですが、アンドラダイト卿にメリットはないのでは?」
自分では特に気にしていないが、世間で言う私はタンザナイト家の私生児だ。父親が誰か明らかにならない限り、この話は一生ついて回る。
「こんなにも魅力的な女性の隣に立てるのでしたら、それだけで幸せですよ。私が夫では、役不足でしょうか?」
攻略対象からの熱烈なプロポーズ。
これがゲームの中でだったら『まさかこんな展開が!?』と舞い上がっていた事だろう。
けれど現実には、なんの裏があるのだろうと疑ってしまう。
侯爵になったタイミングだから、尚更だ。
嫌な性格なってしまった。ある意味貴族社会に染まったとも言えるが。
もっとフワフワしたらお嬢様だったら『わぁ、嬉しい、こんな事があるなんて!』とか思うのかもしれないけれど。
「私と結婚を前提にお付き合いしませんか?」
攻略対象の笑顔が眩しい。
こんなにも美味しい……もとい、素敵な話を断らなきゃいけないなんて。
けれど今この話を受ける訳にはいかない。
結婚について考えるのは当主を引き継いでからが望ましいし、何より婚約破棄した昨日の今日で新しい婚約者が出来るとか、問題がある。
「そこまでです」
断りの返事をしようとした瞬間、影がさした。
エヴァンと私の間に入るようにして立ったルークは、何処から話を聞いていたのか、少し不機嫌だ。
「我が家の当主を誘惑しないでいただけますか」
「婚約を破棄したと聞いたので。二度もチャンスを逃せないだろ?」
一度目のチャンスはいつあったのだろう。聞いてみたいが、聞ける雰囲気ではない。
「姉上は馬鹿な男に浮気をされて傷心中だ」
「浮気ぃ? それはまた、馬鹿な事を」
「当主でいる間は、結婚を考えない事にしている」
「彼女は今が適齢期だろう? それに、それは君が決めることか?」
「それは、わたくしが先に言っていたのです」
いがみ合う、という程でもないが、ちょっぴり険悪な雰囲気だったので、口を挟んだ。
二人の視線が私に移り、少しは雰囲気が和らいだので、言葉を続ける。
「アンドラダイト卿の申し出は嬉しく思うのですが、ルークに当主を引き継ぐまでは、結婚のお相手については考えないと決めましたの。それに、婚約破棄したばかりですし、お受けできませんわ」
「では、いつまで待てばよろしいでしょう?」
引き下がると思っていたので、すぐに返ってきた言葉を理解するのに少し時間がかかってしまった。
「……わたくしを、選ぶ、メリットが……わからないのですが……」
なんたって、私は単なるモブだ。エヴァンのシナリオにルークの義姉は名前すら出てこない。
一周目だって、そんなそぶりはなかったのに。
貴族の結婚は家と家を繋ぐ契約だ。
恋愛結婚もなくはないが少数派で、それだって双方の家にメリットがなければ認められない。
エヴァンと関わったのはほんの数回、義父と共に言葉を交わしただけ。
それだけの関係で恋愛に発展するなんて考えられないし、エヴァン程の男なら誰だって選り取りみどり……。
そこまで考え、はたと思いつく。
エヴァンに恋人がいない理由。
騒乱の種にならないお相手選び。
「……もしかして、風よけ?」
エヴァンの妻になりたいと近づく人間のほとんどは側妃派で、だからこそ簡単に縁を繋げない。
王妃にも側妃にも肩入れしていない中立の家紋で、アンドラダイト伯爵家とも関係性の深い家柄であるタンザナイト侯爵家。
私と婚約という形を取れば、求婚者の数は減るだろう。
「貴女は年頃の令嬢とは思えない程に貴族的な考えをするのですね」
呆れを含んだエヴァンの声に、違ったのかと首を傾げる。
「この人は昔からこうですよ」
「それは苦労するな……当主には向いてるかも知れないが」
「あまり当主に向いていても困るんです。この人を利用しようとする奴が後を絶たない」
「あぁ、それで。自衛できるのは良いが、口説くのが難しいな」
「諦めてください。渡しませんよ」
険悪だったとは思えない程意気投合し始めた二人に、何だか解せない。
そして話している内容もイマイチ理解できない。
エヴァン立ち上がってこちらへ来ると、私の足元に跪く。
「アンドラダイト卿……?」
「風よけでしたら、結婚を前提になんて申し上げません。貴女はもう少し自分の容姿を自覚した方が良い」
自覚と言われても、愛らしいヒロインに比べればモブ顔だ。
珍しいピンク味の銀髪はいかにもアニメやゲームって感じで気に入っているが、私生児だという象徴でもあるので、あまり堂々と言えることでもない。
「すぐに返事は要りません。ですが、私が貴女に求婚する事はお許しください」
エヴァンは私の手を取ると、手袋越しにそっと触れるだけのキスを落とす。
その姿は、忠誠を誓う騎士のようで。
絶対スチルになる一枚。
それなのに何故その相手が私なんだろう。絶対おかしい。ヒロインどこ行った!?
助けを求めるようにルークを見上げると、ルークはポーカーフェイスで何を考えているのかわからなかった。