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2、寝覚めたらベッドの上で


 そんなこんなで。


 前世の人生が終了し、殺されたのを二度目の一周目の人生とすれば、現在は二度目の二周目だ。ややこしい。


 侍女のララによれば、私は葬儀が終わった後にぶっ倒れ、そのまま丸一日眠っていたらしい。


 たしかに一周目でもそうだった。

 倒れて目覚めたところに戻ってきた、と言うことだろう。


 私、こと、コーネリア・タンザナイトは、攻略対象の一人であるルーク・タンザナイトの義姉となっているが、正確には従姉(いとこ)に当たる。


 その生い立ちは、ゲームで語られていたものよりも少々複雑だ。


 タンザナイト侯爵の妹であった母は未婚で私を身ごもり、父親が誰かを明かさないままに私を出産した。


 当時、母の両親は既に他界しており、母の兄は唯一の血縁者である妹を見捨てる事が出来なかった。


 妻である侯爵夫人も義妹の事を可愛がっていた事から、未婚のまま侯爵家で生活を送った。


 二年後に侯爵夫人がルークを出産。コーネリアとルークは姉弟のように育てられた。


 しかしコーネリアが五歳の時に母が亡くなり孤児となるも、そのままタンザナイト侯爵夫婦の子供同然に育てられたのだった。


 コーネリアは、タンザナイトの血を引くものの、父親が誰かもわからない私生児だ。


 それは当事者になってみて、ゲームのように単なる攻略対象の義姉というだけでは終わらない、様々な事情が隠れている。


 タンザナイト侯爵夫婦が生きていた頃は、二人が後ろ盾となってくれた為、面と向かってコーネリアを悪く言うような人はいなかった。


 侯爵家を敵に回そうなんていう人間はほとんどいないからだ。

 けれど水面下では、良く思っている人などいないも同然だった。


 いくらコーネリアが青紫色(タンザナイト)の瞳を持っていても、ピンク味の強い銀(シルバーローズ)の髪はタンザナイト家の色では無く、どの貴族家の色にも当てはまらない珍しい色。


 未婚の母から産まれ父親が誰かわからないというのは、大きなデメリットだった。


 それをわかっていながらも、母が頑なに父親の名を明かさなかったことから、相手は平民だったのだろうと蔑んでいる人は多い。


 侯爵令嬢とは名ばかりの私生児。そう思っている人は多い。



 侯爵家で働く使用人の中にも、そういった人間が実は隠れている。

 特に何かをされたわけではないが、態度や視線から察する事はできた。


 だから私は、一周目で使用人達に、今後もここで働く気はあるのかと問いかけたのだ。


 タンザナイト侯爵夫婦が亡くなり、けれどルークはまだ正式に社交界デビューをしていない。ルークが十八歳の成人を迎え当主となるまでの、中継ぎの当主を務める事になったコーネリア()の下で働く気はあるのか、と。


 そうして何人かの使用人は職を辞し、新しく雇い入れたうちの一人のメイドがヒロインのルナだった、という訳だ。



「お嬢様」


 控えめなノックの後僅かに開けられた扉から、侍女が私を呼ぶ。


「起きているわ。入って」

 

 入ってきたのは、私付きの侍女であるララだった。


「グレースは?」


「侍女長はお客様の方を……」


「あぁ、そうよね」


 私が倒れたのは葬儀が終わった直後だった。

 まだお客様が帰る前だったから、本来なら私が取り仕切らなければならなかったのに。


 泊まっていった人もいたはずだし、親族は私が中継ぎになる事に反対したりルークに取り入ろうとしたりと好き勝手な事を言って、面倒な事になっていたのだろうと簡単に想像がつく。


 ルークだけでは手が回らない所の補助に回っているはずだ。


「お加減はいかがですか? 頭痛や、目眩などは……」


「大丈夫」


 水の入ったグラスを差し出され、それを受け取る。

 平然としているようでいて、ララの手は少し震えていた。


「心配かけたわね」


「本当に、心配いたしました。ずっと、眠っていらっしゃったので……。何かご入用なものなどは御座いませんか?」


「平気よ。私より、貴女の顔色の方が悪そうだわ。しっかり休みなさい」


 苦笑すれば、ララは少し涙を浮かべながら微笑んだ。


「あの、若君がいらっしゃっておりますが……」


 そういえば、そうだった。

 倒れた私をルークが見舞ってくれたのだった。


 それはやはり二周目も同じようだ。


「入れてちょうだい」


「では、着替えを」


「このままでいいわ。あまり待たせるのも申し訳ないから」


 寝ている間に喪服からネグリジェに変わっていた。一周目でのルークは少し会話をした後すぐに部屋を出ていったから、はしたないかもしれないが、このままで良いだろう。


「では、呼んで参ります」


 ララは早足で扉へと戻り、ルークが入ってくると扉の前で待機する。


「姉上」


「ルーク。心配かけてごめんなさい」


「突然倒れるのはやめてください」


 ルークはベットの横に置いてある一人がけのソファに座り、深く息を吐いた。


 随分お疲れのようだ。無理もない。後始末を押し付けてしまったも同然なのだから。


「お客様は?」


「丁重にお帰り頂きました」


 一周目では、私が中継ぎの当主になる事に文句をいう親族を追い返したと言っていた。たぶん今回も同じなのだろう。


「キースは?」


「そちらもお帰り頂きました」


 返答はわかっていたが、仮にも婚約者だ。ここで聞かない方がおかしいので、一周目での会話を繰り返しておく。


「そう。今この屋敷にはうちのものだけね?」


「そうです」


「では、今後の事を少し話しましょう」


 私は中継ぎの当主でしかない事。

 ルークが成人したら当主の座を明け渡すと言う事。

 使用人達の入れ替え。

 騎士団への出資は変わらず行うかの確認。


 ルークとは、そんな話を簡単にした。

 今回もこの会話は必要な事だ。


 特に、当主は明け渡すと言う事。


 もしも何らかの誤解があり、それが原因で殺されたのだとすれば、それはきっちりと伝えて起きたい。


「そんな事より、本当に大丈夫なんですか? 丸一日眠っていたんですよ」


「大丈夫よ、本当に。疲れが出たんだと思う」


 長時間、悪意に晒され続けたのだ。


 葬儀の手配等で忙しかったのも本当だし、散々泣いて寝不足だった。そして些細なミスにチクチク言ってくる親族達からのストレスに体が限界を迎え、倒れた。


「最後、貴方に任せちゃって。ごめんね」


「構いませんよ。あの人達は、私には強く言えませんから」


「まぁ、そうだろうけど」


 正統たる次期当主に真っ向から歯向かおうとする奴などいない。


 ただ私が、中継ぎとはいえ『当主に相応しくない』と、糾弾する種を与えてしまっただけだ。


 これには後々苦労させられるだろうが、倒れた後に二周目が始まっているのでどうしようもない。


 ……そもそも、確実に殺されたはずなのに、なぜ逆行しているのかがわからないのだが。今はそれを考えるのはやめておこう。


 どうせ考えたところで答えは出ない。

 それよりも、同じ事が繰り返さないように行動するべきだ。


「熱は?」


 ルークの指先がそっと額に触れる。暖かい。


「少し低いくらいか。寒いですか?」


「ルークの手があったかいだけよ。大丈夫だから、私より家の心配をして」


「姉上が当主にならなかった場合の方が面倒なんですよ。もっと自分を大切にしてください」


 なんだか素直に喜べないような言い方だが、ルークなりに心配してくれているのだと思う。


 ルークは着ていたジャケットを脱いで私の肩に掛けてくれた。


「臨時当主は、なんとかするから」


 事実なんとかしてきた。二度目はもっと上手くやれるだろう。

 問題はパーティーの場で殺された事。


「それより確認したいんだけど」


 犯人はたぶん、ルークではない。ルークが指示したのではない。

 そう思いたいだけかもしれないが、あの時何故か確信めいたものがあった。


「私の事は邪魔? 中継ぎの当主が終わったら、消えて欲しいと思ってる?」

「何を馬鹿なことを」


 即答だった。


「邪魔だと思っているのは、姉上の方ではないですか? 私が居なくなれば、タンザナイト侯爵家は姉上のものです」


「爵位が欲しいと思った事なんて無いわよ」


「しかしこのままでは、貴女は伯爵家に嫁ぐ事になる。あの家は伯爵家の中では裕福な方ではあるけれど、我が家程ではない」


 私の将来を心配したタンザナイト侯爵夫婦が縁を結んでくれた婚約者は、伯爵家の長男であるキース・アウイナイトだった。


 キース自身は可もなく不可もない。

 優しくしてくれる、ちょっと年上の婚約者。


 彼の両親は平民の子かもしれない私に対しても、蔑む事無く普通に接してくれるし、暖かい家庭だと感じた。


 伯爵家としては侯爵家と縁を繋ぐ事が大切で、私がタンザナイト家の血筋である事は間違いないのだから、私生児であるとかは二の次なのだろう。

 いわゆる政略結婚だが、伯爵夫婦の優しさは本物だった。少なくともそう感じた。


 おそらく両親も、そんな家だからこそ、アウイナイト伯爵家を選んだのだろうとわかる。


 けれどルークは、昔からこの婚約者の事が嫌いらしい。


「ルークに当主を引き継いだら、結婚して、この家から出ていった方が良いと思っているんだけど」


「あの男が姉上を幸せに出来るとは思えません」


 即答で、言葉に棘のある言い方だ。

 その言葉に心の中で同意する。


 一周目で後に知った事だが、実はキースには今現在愛人がいる。


 ルークが成人を迎える頃にはその愛人がひっそりと彼の子供身ごもっていて、破談を考えるも引き継ぎの事やルークの当主就任パーティーの事等で忙しく、対応が後回しになってしまっていた。


 けれど今のうちから証拠を集めておいて、愛人が子供を産んだ頃に、それを理由に破談をつきつければいいんじゃないかと思っている。


 前もって準備をしていれば、忙しい最中でもなんとかなるだろう。二周目だからこそできる力技だ。


 キースと出会った頃は、この人と家族になるのも悪くないか

なぁとか思っていたが、愛人が居ると知ってから急に冷めた。


 浮気とか普通にない。


 それに年上の優しい人なら、ちょっと歳は離れているが、断然騎士団長の方がイケメンだし、優しいし、おまけに家柄も良い。

 攻略対象だから当たり前だけど。モブと比べるものじゃない。


 騎士団長は攻略対象の中で頼れるお兄ちゃん枠なのだ。

 騎士団長という立場上熱血っぽい一面もあり、正直さほど好みでは無かったが、実際の騎士団長は面倒見の良い優しい大人な雰囲気で全然アリだった。


 話がズレたが、とりあえずキースとの婚約はいずれ破棄するの一択である。


 ただ、その時期をいつにするか、というだけだ。


「せっかくお父様とお母様が縁を繋いでくださった婚約なのに、ルークは反対なの?」


「昔からあの男は気に食わないと言っています」


 それは幼心に姉を取られたくない、みたいな可愛いらしい感情だと思っていたのだけど。


「それ言ってたの、最初だけじゃない」


「言っても無駄だったでしょう」


「両親が乗り気だったからねぇ」


 母を亡くした私を実子のように育ててくれた義両親には感謝している。だからこそ、二人が用意してくれた婚約に否やというのははばかられた。


「でも、そうね。ルークがそう言うなら、一度向こうに婚約を続ける意思があるのか確認しましょう」


 そう言うと、ルークが眉を寄せた。

 ルークの整った顔立ちがわずかに歪むが、変わらずイケメンだ。


「私はタンザナイトの血を引くとはいえ、所詮は父親が誰かもわからない私生児。タンザナイト侯爵家の後ろ盾もない私を娶る意思は変わらないのか、と。確認をしましょう」


 これは一周目ではやらなかった事だ。


 ルークは不可解なものを見るかのような目で私を見る。


「あと、同じように使用人にも意思確認をする。両親亡き今、出自がどうであれ、当主は私。私の意に沿わない使用人なんていらないわ」


 私の事を蔑んでいながらも、一周目で辞めなかった何人かも、ここで切り捨てておきたい。


 非道かもしれないが、後々苦労する事になるとわかっていながら置いておく理由もない。


 切り捨てるといっても何も放り出す訳では無く、ちゃんと侯爵家からの紹介状も持たせるので、次の就職先に困ることもないだろう。


「……姉さん」


 ルークは公的な場や人目がある時は姉上と呼ぶ。姉さんと呼ぶのは、プライベートな時だけだ。


「俺は、姉さんが思っている以上に、姉さんの事を大切だと思ってるよ」


「……うん?」


 突然の告白に、首を傾げる。


従姉(いとこ)の事を、出自がどうとか思ってないし、くだらない男に嫁いでまで、家を出てって欲しいとも思っていないから」


 どうやら、本当にキースの事が気に入らないらしい。

 そこまで言うなら、早いうちに破談にしても良いかもしれない。


「わかった。とにかく、キースとの婚約は考え直す方向にするから」


「そうして」


 一周目よりだいぶ話し込んでしまったが、一周目では聞けなかったルークの本音が聞けたので良しとする。

 肝心の本題が全く話せていないので、そろそろ軌道修正しなければ。


「それで、今後の事なんだけど」


「それは明日にしましょう。顔色が悪い」


「大丈夫だから。それに、全然話せてないし」


 肝心の話は、使用人の話しかしていない。

 でも爵位は要らないって話はしたのか。ちゃんと譲るからと、念を押した方が良いだろうか。


 後は、騎士団の話をしておきたいのだけれど。


「使用人への話は私がしておきますから」


 有無を言わさずベッドに寝かしつけられる。

 慌てて、掛けてくれた上着をルークに手渡した。


「上着、ありがとう」


「話は明日聞きますから。ゆっくり休んでください」


「わかった。あのね、当主はルークだから。それは、忘れないでいて」

「……おやすみなさい」


 ルークは私の手を取ると指先にキスを落とした。


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