27.招かれざる客
後悔先に立たず。時既に遅し。
やはりフラグは立てるべきではなかった。
「こんなお時間に申し訳ありませんわ。先触れもギリギリの到着となってしまいましたわよね?」
「馬車に不具合が出たんだ、仕方ないだろう。とにかく早く屋敷に入れてくれ」
時間は少し前に遡る。
そろそろ寝ようかという遅い時間、デリック・ゾイサイトとルチル・クォーツの二人がやってくると、突如先触れがやってきた。
先触れとはいえもうすぐそこまできていると言われ、迎え入れる準備をする時間はほとんどない。
もう寝ようとしていたので、ネグリジェ姿だったが、当然このまま人前には出られない。
こんな事なら庭を散歩でもしていれば良かった。そうすればもう少しまともな格好をしていたというのに。
先触れが到着して慌てて用意をしようとしたが、着替えるとなると、ある程度時間がかかる。
この世界には伸縮性の良い生地も、使い勝手の良いファスナーもない。女性の貴族が好んで着るドレスは侍女の手が必要で、侯爵家の令嬢であるコーネリアの服も当然ながらそうである。
そもそも出迎えた後、長々と談笑を交わすわけではない。よく来たなと、言いたくは無いがそう言って、後は部屋に案内をするだけ。
出迎えをする為だけに、長々と待たせる訳には行かなかった。
時間がない中で、昼間のように完璧な装いで出迎えるなど、当然無理な話。
とはいえ着替えるのは必須。さっと着替えるとしたら、どうしたって簡素なワンピースくらいになってしまう。
ララが慌てて用意してくれたレースが美しいシンプルな黒いワンピースに着替え、その後うっすらとメイクを施してもらった。
そうして出迎えに行けば、既にルークが二人の対応をしてくれていた。
ルークは私に比べれば客人を迎えるに不足のない格好をしていた。
男性は丈の長いカチッとした雰囲気の上着を羽織ってしまえばそれなりに格好がつく。
女の着替えよりは余程早く出迎える事が出来たが、図々しくもやってきた二人をどうしようかと迷っている様子だった。
「ルーク」
ルークは私をさっと見ると、私の姿を隠すようにして二人の前に立ってくれた。
ストールを羽織っていて隠れてはいるが、簡素な黒服は使用人の服装と大差ない。
当主が客を迎えるにはあたり相応しいとは言えない服装であり、それを私が歯がゆく思っていると察してくれたようだ。
「おふたり共、出迎えが遅くなってしまい申し訳ありません。今しがた先触れが来たもので」
「ええ、そうですわよね。馬車は壊れ、雨にも降られるなんて。最悪でしたわ」
ルチルの言う通り、二人とも黒い服が雨に濡れているのが見てとれる。
微妙に会話が噛み合わないが、相手にするだけ無駄だ。
「すぐにお部屋へとご案内致します。ちょうど昼間に離れを掃除しておりましたので、快適にお使いいただけますわ」
一周目では、突然の訪問に本邸の客室へと案内する事になった。
けれど友好的とはいえない相手に本邸をうろうろされるのは都合が悪い。
それにデリックにお風呂上がりを待ち伏せされたり、ルチルが部屋に乱入してきたりと、散々だった。
かといって途中から離れにと、追い出すような事をするわけには行かなかった。
なので今回は来る事を想定して最初に離れを整えさせていたのだ。
「すぐにお風呂の準備をさせます。どうぞゆっくりお過ごしください」
にっこりと微笑めば、二人はなんともいえない顔をした。離れに案内されるとは思っていなかったのだろう。
二人がやって来た表向きの理由は、親睦を深める事。当然、本邸に滞在する気でいたはずだ。
手際がよすぎる。もしくは計算が狂った。そんな気持ちだろうか。
しかしながらルチルはすぐに笑顔を作った。やはり彼女は侮れない。
「ご配慮痛み入りますわ」
心底嬉しいと、ほっとしたような顔をするルチルは、世界が違えば名女優になれただろう。
案内を執事に任せ、離れに使用人を向かわせるように指示を出す。
その他の対応に追われた使用人達を解散させればとりあえずは終了だ。
「部屋まで送ります」
ルークの申し出を断る理由はないので頷いた。
とはいえルークの部屋とは階が違うだけで同じ方向なので、わざわざ言わずとも途中までは同じ道だ。
ルークは着ていた上着を脱いで私の肩に掛けてくれた。
「夜は冷えますから。その服じゃ寒いでしょう」
この世界は日本のように四季があり、もう秋も終わろうとしていている。日が出ていればまだ暖かいが、夜になれば冷え込む日も多くなってきた。
「ルークだって、上着脱いだら薄着でしょう。部屋まですぐだし、大丈夫よ?」
「それでも、です」
「ありがとう。でも、そんなに気を使わないで」
ルークはいつも優しい。両親が亡くなってからは特にそう感じる。
でもそれは両親を亡くし、家族が私一人になってしまったから。だから優しくしてくれている。
それだけなのに、時々接し方がまるで恋人を相手にしているようだと、勘違いしそうになる。
ルークのシナリオは、ルークがヒロインに徐々に心を開いていく展開だ。
はじめは素っ気ないルークが、やがてヒロインに笑顔を見せてくれるようになっていき、それにつれてどんどん優しく、甘い雰囲気でヒロインとの時間を過ごして行く事になる。
その優しい雰囲気が今のルークにとても近い。
けれど、ではいつからそうだったかといえば、昔からだ。
母を亡くした後、一人でひっそりと泣いていた私に「ずっといっしょ」と抱きしめてくれて、剣を握るようになってからは「俺が姉さんを守るから」と言ってくれた、優しい子。
血の繋がり的には従姉弟とはいえ、姉弟として育ってきた。
私に向けてくれている優しさは、つまりは家族愛なのだろう。
ルークは素っ気ないけれど根は優しい子だ。心を許した家族に優しいのは当たり前。
ゲームでのルークを知っているからといって、まるで恋人を相手にするようだなんて、勘違いをしてはいけない。
ゲームのルークは確かにイケメンで、攻略対象みんな大好きなキャラクターだ。
けれどそれは二次元の話で、今ここにいるのは、家族として一緒に育ってきた可愛い義弟。
……確かにドキッとする事はあるけれど。
でもそれはゲームのルークを知ってしまっているからなので、少しくらいは許して欲しい。
「デリックには十分気をつけてください」
少々思考が飛んでいた私に気づかずルークは話を続けるので、私も気を取り直して答える。
「ルチルじゃなくて?」
デリックよりもルチルの方が警戒するべき相手だと思う。
デリックは横暴な所もあるが、ルチルと比べればまだ話が通じる。
ルチルは名女優よろしく、本心を読み取れない。話が噛み合っているようでいて噛み合っていない事も多く、いつの間にかルチルのペースに乗せられるのだ。
「気づかなかったんですか? 嫌な目で貴女の事を見ていたでしょう」
と、言われても。あまりデリックの事は気にしていなかった。言い換えれば眼中に無かった。
ルチルに比べれば、デリックは小物だ。
確かに今の服装は、レースもフリルも少なくシンプルだが、腰元を帯のようなリボンで絞っていてウエストが細く見えるような服なので、身体のラインがわかりやすい。
デコルテは隠れているが、胸の大きさは強調されていて、扇情的とも言え無くはない。
「婚約者同伴で来ているとはいえ、連れ込まれたりしないでください。既成事実とか、冗談じゃない……」
「それは私も冗談じゃないわ」
一周目で、お風呂上がりを待ち伏せするという前科があるので、気にしすぎだとも言いきれない。
ララが傍に居たし何事もなかったが、それでも不快な思いはした。
「ちゃんと気をつけるわ。そもそも本邸をうろつかせる気もないし」
「私も気にかけますが、一人では行動しないでください」
元より一人で行動する事は少ないが、しっかりと頷いておく。
「従者に、ブランステッドをつけますから」
「ええええええぇぇ!?」
「驚きすぎです……」
そりゃ驚きもする。この前はなんだか険悪な雰囲気だったのに、どういう風の吹き回しだ。
「いや、だって……。この前は仲悪そうだったじゃない」
「守ろうとしている分、アイツよりはマシだから」
アイツはたぶん、デリックの事。という事は、守ろうとしてくれているのはブラッドと言うことになるが……本当に?
いつの間にそんな話をしたのだろう。
守ろうとしてくれているのだろうか。あの、ブラッドが。
真意はともかく、対立しないのは大歓迎。招かれざる客の二人がいる間くらいは、是非とも仲良くやって欲しい。
「ブラッドを信用してくれるのは嬉しい事だわ。とりあえず、明日はあの二人と夕食を共にする事になると思う。その前に……午前中に、少し話をしましょう」
「わかりました」
話しているうちに、私の部屋の前へと着いた。
「念の為、施錠はしっかりしてください。……窓もですよ」
「わかってるわ。ルークは最近、過保護すぎる……」
色々あったので言いたい気持ちもわかるが、完全に年齢が逆転している。
「過保護くらいでちょうど良いでしょう。あなたはーーーー」
「ん? 何?」
最後に何を言ったのか聞き取れなかったが、聞き返しても答えてくれなかった。
誤魔化すように「おやすみなさい」と、ルークは私の額にキスを落とし、扉を開いて私を部屋の中へ入るようにと促す。
「おやすみ」
何を言ったのか少し気になったが、大した事ではないのだろうと、ルークに挨拶をして部屋の中へと入っていった。
もちろんしっかりと施錠するのを忘れずに。
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