20.秘密の契約
馬車がガタガタと揺れる音だけが聞こえてくる。
王都から離れたのだろうか。砂利道をゆっくり走っているようだ。
「そういえば、この馬車どこに向かってるの」
「今更だな」
そう言うだけでブラッドは行き先を答えてはくれなかった。
もう随分長い間走っているような気がする。時間にしてどれくらいだろうか。まったくわからない。
(誘拐されたって連絡はとっくに行ってるよね、たぶん。心配してるだろうな……)
襲撃に誘拐にと、トラブルが多い。
当主がこれではルークも気苦労がたえないだろう。
私に何かあったら、まだ当主になれないルークの立場が危ういのに。
トラブルはどちらも不可抗力だし巻き込まれただけなのだが、しばらくは家に引きこもっていれば良いだろうか。
しばらくは騒動から離れて過ごしたいとは思うけれど、まずは家に帰れるかどうか。
「ねぇ、私はいつ帰してもらえるのかしら」
「ちょっと黙っとけよ。今考えてるから」
「何を?」
「お前との取り引き」
先程ブラッドが提示して来た取り引きは断った。新たな取り引きを考えている、と言う事だろう。
「こっちの条件は、私や私の知り合いに手を出さないこと。そっちの条件は、それの解読じゃないの?」
内容を教える気は無いので交渉決裂だ。
教えなきゃ殺すと脅されれば話が変わってくるが、ブラッドが再びナイフをチラつかせる様子はない。
「そうだったんだが、気が変わった」
「……ん?」
気が変わるような話をしただろうか。
思い返してみても心当たりは無い。というか、何を話していただろう。
暗号や取り引きの話の他には、過重労働だとか、平民になっても良いと思っているとか……なんだか雑談みたいな話しかしていないような気もする。
暗殺ギルドの長を相手に雑談とは。
それは変わってると言われても仕方ないかもしれない。
「俺も使用人として雇え」
しかしやはり、ブラッドも変なやつだった。
「理由を聞いても?」
「お前に興味がわいた。傍で監視したい」
監視と堂々と言われて、はいそうですか、と言う奴はそういないだろう。
「私は監視されたくない」
「間違えた。監察したい」
(私は動物とか植物か。監視も観察も一緒じゃない?)
生態を監察してどうする。私は珍獣じゃない。
「お前、貴族らしくないんだよ。そのくせ会議では堂々とした振る舞いで古参の親族言い負かしてるし。あのクソ爺、怒りで震えてたぞ。ああいう奴は何をしてくるかわからない。しばらく身辺に用心しろよ」
「あなたに心配されると思わなかったわ。というか、内部情報詳しいわね」
盗聴器でも仕掛けられているのだろうか。この世界に盗聴器があるのか知らないが。
氏族会議の内容を知っているとなると、かなり内部に食い込んできている。
あの場に使用人がいただろうかと思い返していると、ブラッドが話を続けた。
「俺は……貴族に恨みがある。けど、お前みたいな貴族がいる事も知ってる。……知って、いた」
ブラッドの両親は、貴族には珍しい心根の優しい人だった、らしい。ゲーム情報なので詳しくはわからないが、ブラッドの回想で出てきた妹も、とても純粋な女の子だった。
家族を失わなければ、ブラッドも妹思いな優しい人間になっていたに違いない。
「だから、お前や、お前の周りの人間を見てみたい。俺が恨むべきは誰なのか、何なのか……。お前の傍にいた方がわかる気がする」
「んー……じゃあとりあえず、この日記返してもらえる?」
「それはだめだ」
「なんでよ!」
ブラッドはごそごそと日記帳を袋の中へと戻す。
「一番は、こんなに複雑な暗号に興味がある。解読したい。あとはお前の弱みだから」
「読めないのに?」
「読めなくても、弱みには違いない。てかそんなに言うなら解いてやるよ!」
ブラッドは少し歳上のはずだが、こうしていると同年代の友達みたいな感覚だ。
つい暗殺者だと忘れそうになる。
「いつ背後から狙われるかわからない人を雇いたくはないんだけど」
「殺す気ならとっくに殺ってる、つーの。とりあえずお前の屋敷にいる者には手を出さねぇよ」
「私と関係がある人はやめて欲しいんだけど」
「お前が誰と関わりあるか、全員を知るわけないだろ。あと面倒な親族とかはよくねぇ?」
「それはどうでもいいわね」
将来的にルークに迷惑をかけるような親族は、ぶっちゃけどうなろうがかまわない。
「だろ。あぁ、王族に関わる気はねぇよ。面倒な事はしたくない。ついでにアンドラダイトの跡取りもターゲットにはならない。てかアイツって、結局お前の恋人なのか?」
「恋人ではないわ」
「じゃ、片思いか。ふーん……。それを間近で見るのも面白そうだ」
人の恋路を面白がる人が身近に多すぎやしないだろうか。
(恋ってそういうものだっけ? 面白がるものだったっけ?)
「そういう貴方は恋人とか、想い人はいないの?」
「俺か? 俺はなぁ……まぁ、俺は良いよ」
「ふぅん……。優しいミルクティー色の髪に天真爛漫で目が離せないような可愛い女の子とかには興味無いの?」
「随分と具体的だな。可愛い女の子は好きだが、どちらかというとスタイルの良い、美人なコの方が好みかなぁ」
ブラッドはニヤリと笑いながらそう言って、私の腕を掴むと引き寄せて膝の上に乗せた。
「ちょっと!」
「暴れんなって。雇ってくれるなら、ちゃんと家に帰してやるから」
(雇う、ねぇ……)
ブラッドが屋敷に来れば、一周目とはだいぶ流れが変わってくる。
これは良い事か、悪い事か。
判断がつかない。
ブラッドの実力はゲームでよく知っている。
もしもブラッドがルークと模擬試合をするとなれば、正攻法としての強さを持つルークが勝つに決まっている。
剣よりナイフを好むブラッドは、騎士として護衛をするのには向いていない。
けれど闇討ちとなればブラッド以上に秀でている者はいないだろう。
騎士ではなくただの付き人として、私の事を狙ってくる人間を排除できるのなら。
表立って護衛を連れて歩けないような場面でも守ってもらう事ができる。
「貴方、私のこと護衛できる?」
「同業かどうかは仕草でわかる。お前のとこの騎士の様にはいかないが、守るくらいはできるだろう。少なくとも暗器が仕込まれていないかくらいは判断できる」
「流石ね」
それなら暗殺を防ぐ事が出来る。
それに一周目で私を手にかけたのはセオドアだ。
どういう経緯でセオドアがうちの使用人に紛れ込んだのか、指示を出したのは本当にヒロインなのか、セオドアの上司であるブラッドだったのか。
そのあたりは不明だが、少なくともブラッドがいれば、その未来を阻止できる可能性が高くなる。
しかしそれは、裏切られなければの話。
「うちの者に手を出さないという言葉を信用出来るなら、雇うのもやぶさかでは無いんだけど」
「まぁ、簡単には信じられねぇだろうな。とはいえ、俺は嘘は言わない。人を騙すようなクズにはなりたくねぇからな」
貴族に騙されたブラッドが、憎んで止まない貴族と同じ事はしない。
この言葉は何よりも信じられる気がした。
「それとサービスで教えてやるよ。お前のその髪、シルバーローズって言われる色だろ?」
「そうね。そう言われているわ」
シルバーローズという品種があるわけではない。いわゆる桜色とか桃色みたいな、色の名前として使われる言葉だ。
「昔の話になるが、シルバーローズという異名を持つ令嬢がいたのを知ってるか?」
「え?」
聞いた事もない。シルバーローズとは、単なる色の名前であり、人を表す言葉ではない。
「その令嬢がいた家名は今は存在しない。元々は名家の伯爵家だったとはいえ、隣国だ。この国で知っている奴はほとんどいないだろう。知りたければ、後は自分で調べろ」
「……隣国。ジルコン、よね?」
「そうだ」
この国の貴族は調べた。けれど該当する家はなく、それなら平民だったのだろうと、これ以上調べても意味は無いと結論付けた。
まさか隣国だとは思いもしなかった。
「つまり父はそのシルバーローズの令嬢と同じ家門なのね」
「あぁ。子孫、だな」
「生きてるの?」
「生きてる」
「……そう、なの」
伯爵家、それも名家と言われるくらいなら、身分違いという程でもなく、母が嫁ぐ事も出来ただろう。
父がなんらかの事情で亡くなってしまったのなら、実家に帰って産む事になったというのもわかる。
けれど生きているのなら、父親の名を隠して一人で産む必要などなかったはず。
それなら何故、と思ってしまう。
考えられるのは、父は既に別の人と結婚していて、望まれない子だった、とか。
「一応言っとくが、お前の父親は未婚だぞ」
「……違うの!?」
それなら余計に、何故。
「没落、したから?」
名家が没落する理由がすぐには思い浮かばないが、今は存在しないという事は、そういう事だろう。
「没落、か。……ある意味では、そうかもな」
ブラッドは掴んでいた私の腕を離し、代わりに手のひらを合わせてきた。
まるで恋人のように指を絡めてぎゅっと握る。
ブラッドは没落した元貴族だった。
昔の事を思い出させてしまったかもしれない。
ブラッドの家は借金を背負わされて何もかも手放す事になり、それによって家族を失った。
その元凶となった貴族はブラッドが返報したが、失ったものは返って来ない。
「ま、知りたいのなら自分で聞け。おそらく、隣国の王子サマは気づいてるぞ」
クロヴィス殿下は私の髪の色を気にしていたし、気に入った、とも言っていた。
それにジルコンにはこの色を持った者がいる、と言っていたような気がする。
色々あってすっかり忘れていた。
それがつまり、私の父親ということか。
「というか。パーティーの事も知ってるってことは、襲撃してきたのって貴方なの?」
「俺じゃねーよ。俺が行かせたけどな」
「一緒じゃない」
「まーとにかく、お前を襲うことはしない。つか守ってやるよ」
だから雇えと。
「……わかった。じゃあとりあえず、降ろしてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」
ブラッドは私を抱えあげると隣の席へと移動させる。
ようやく膝から降りることができた。
「じゃ、交渉成立って事で」
「約束は守ってよ」
「取り引きを反故にする程腐ってねーから、安心しろ」
ブラッドが味方に付けば戦力になる。それは間違いないだろう。
けれどこの経緯をどうルークに説明したものか。
(すっかり忘れてたけど、誘拐されたんだった)
まずはそこから辻褄を合わせなければならない。
「私は誰に誘拐された事にすれば良いの? 正直に貴方に誘拐されたと言えば、ただじゃ済まないわよ」
「あ、それは大丈夫。組織を裏切ったバカに全部擦り付けるから」
良い笑顔だった。
こういう笑顔で報復してくるタイプは敵に回してはいけない、と本能が告げる。
「俺はそのバカからアンタを救った善良な国民、て事で。ブランステッドだ、よろしく」
そう言えば名乗られていなかった。
こちらはゲームの情報で名前を知っていたが、本来なら私が彼の名前など知る由もない。
それにしても、ブランステッドか。
聞きなれない名前だ。
おそらくは偽名だろう。
ブラッド・ブラックオパールの名前は貴族名鑑に載っていたので、ブラッドの方が本名。
似た名前にしているのかもしれない。
しかし彼の名前はブラッドだと思っているので、間違って呼んでしまいそうだ。
「ブラッド、て呼んでもいいかしら?」
そう言うばブラッドは一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに表情を和らげた。
「おう、いいぜ」
「ではよろしくね、ブラッド」
私達は握手を交わした。




