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03-40:昏き地の底から


 やぁ、ボクだよ。真宵ちゃんだよ。こーねちゃんに病気扱いされるまでSAN値ピンチになって憎悪と羨望マシマシだった魔王その人だよ。

 今は正気に戻ってるから大丈夫……うん、大丈夫。

 いやさ、わかるでしょ? 顔見知りが羨ましい死に方見せてきたんだぜ? 死を望むモノとしては発狂以外に道は無いよ。

 あーあ、早く殺してくれないかなぁ。ねぇ、ひーまちゃん?


 ……ヌーブは強かった。本人は模造品だのなんだの卑下てたけど、そんなこと気にならないぐらい強かな武人だったとボクは思っている。

 そうじゃなかったら“神技”なんて異名あげないよ。

 目指す目標が〈昏喰(こんじき)〉なのはどうかと思うけど……アイツは別次元だろ。


 ま、それを現地人の鳥姉が斃すだなんて、一欠片も思っちゃいなかったが。

 人間の成長ってのは早いなぁ……本当、感慨深い。


「……雑兵は全滅。残るは“月噛”と“魔本”……アレは死にそうな気配がないね。世渡り上手と魔界最年長。そう簡単には負けてくれないはず」

「ちりあい?」

「うん。オプスは兎も角、ヴィト爺はね……ほんと、アイツ何歳だよ。生きてるのびっくりなんだけど」


 流石はドミィの魔法の師匠。今のところ近距離戦において敵無しの弥勒先輩を軽くあしらうとは……流石じいじと言ったところか。

 いや、追いつけてる弥勒先輩を褒めるべきか。つかじいじ安静にしててくんない? その歳でビュンビュン飛び回られるのイヤなんだけど。年齢差別ではない。純粋に心配している。

 ボクってば優しくね? でも心配になるじゃん? 普通あの歳なら腰とかやると思うんだよね。この上なく、もうすっっっっごい不安なんだけど。昔世話になった身としては心配しかない。


 オプス? アイツは……死ぬんじゃないかなぁ?

 なんでか知らんけど日葵からの殺意MAXっぽいし。多分未来はない。

 新しい種族長は誰かな……それっぽいの瞬殺されていなくなったけど。

 あの捜査官、結構容赦ないよね。あー怖い怖い。

 二重の意味で怖い怖い。是非とも近付かないでくれ頼むから。


「……あっ」


 その時、博物館の壁に巨大なクレーターができた。よーく見てみれば、クレーターの中に見知った人の形があるのをボクの目は捉えた。


 それはうちの部長……神室玲華の形をしていた。


「あーあ。負けちゃったか」


 とうとう玲華先輩が吹き飛ばされた。だいぶ善戦はできてたけど、やっぱ無理だったか……まぁ、うん。頑張った方なんじゃないかな?

 魔王軍一の戦闘狂、最強の狂戦士。魔法を使えない武力だけが取り柄の暴走特攻兵。


 死徒〈昏喰〉のザボーの<骨砕き>により、うちの部長が敗れた。


 ……あっ、死んでないのか。もっとびっくり。よく受け身取れたな……

 雫ちゃんもやられちゃって戦線離脱か。乙様。


「んー、アイツどんだけ暴れるつもりなんかなぁ……異能部全滅は流石に無い……いやでも、今負傷者多めだからな……無為に死なせるのも目覚めに悪いか」

「たすけりゅー?」

「うーんと、助けたい気持ちは山々なんだけども……助太刀すんのはなぁ……」


 悩む。ここでvsゴブリンの死徒戦クライマックスに混ざるべきか否か。

 懸念すべきはアイツの動物的察知能力。

 丁嵐涼偉と繋がる神獣ラオフェンや人工魔獣である魔造生命体のこーねちゃんなど、そういった動物にはボクの権能【否定虚法(ネガ・オーダー)】による認識干渉が効きづらいことに最近気付いたんだよね。

 本能でボクが誰だかわかるって言うか……なんだ、最近になって欠陥要素が増えてきたわけだが。

 これから対峙する相手、直感でおまえアレだなって当ててくる可能性が高いんだよね。

 黙らせようにも実際はボクの敵だから、律儀に黙る未来が見えない。元は〈崩界(ほうかい)〉配下の魔族で、ボクと敵対関係にあったヤツだからな……魔王になりたいで暴論ぶつけてくるあのロリババアに従う男のことだ。ボクを貶められると気付けば嬉々として攻撃してくる未来が見える。


 ……信用がない? そんなもんだろ。配下全員が味方なんて言えないだろう?

 そもそも死徒なんて魔王と四天王配下の集団だ。

 〈黒穹(こっきゅう)〉、〈崩界(ほうかい)〉、〈紅極(こうきょく)〉、〈魂濁(こんだく)〉の配下の寄せ集め。〈星杯(せいはい)〉はボクの眷属だから配下いないし除外するとしても……うん、よく纏まってたな?


 アイツら内心どんな想いで陛下陛下言ってたんだ。不安で気になって夜しか眠れないが。


 閑話休題。どうしよっか。こーねちゃんの子守りを盾に観戦してるわけだが……


 …………もう、この際どうでもいいか。口封じなど幾らでもできるし。


 アイツは単純だからな。言いくるめも簡単か。


「こーねちゃん」

「あぃ?」

「───いや、クラウバード。私と共に戦う意思は、死にに行く覚悟はあるか?」


 創造主にして造物主。太古の時代から悠久を生きた魔界の女主人───それがボクだ。

 そして、曲がりなりにもこの子の親なのである。

 本人の意思を無碍にして動くのは得策ではない。

 イエスマンはいらない。否定しろ、欺け、逆らえ。それがボクが求める理想───少なくとも配下連中の反逆なんかは今でも許している。

 イヤならイヤでいい。逃げていい、抗ってもいい。四天王共と違って、ボクって優しいんだぜ?

 ……たまに根を持つこともあるけどね?


 さて、それでどうする? 我が娘よ。未だ認めるのに覚悟がいるけど、これでもキミのことを大事にする、大切にしようなんて思いがあるのは事実なのだ。

 こう見えて面倒見のいい女を自負している。

 例えば一絆くん。邪神の被害者同盟を本人の知らぬところで結成しているぐらいには意識を配っている。

 そんで鳥姉。神話を打ち砕いた生意気な義理の姉。

 アレも元は取るに足らない部外者だったけど、過去異能結社関係のあれこれでボクが対応せざるを得ない状況があってさ。その時に瀕死の飛鳥を拾って、あ、これボクらが対処しないと死ぬなコイツってなって。

 日葵の助言もあって、仕方なく居候させた。または療養。


 お陰で今や異能特務局のエース。ホント出会いって馬鹿にならないよね。


 おじさん? あの人もまぁ……変な悪影響を及ぼしてヤバくした自覚はある。

 っと、そんなことはどうでもいいのだ。

 で? で? どーするんだいこーねちゃん。これから、戦場に降り立つわけだが。


 まだ幼子だから無理させるな? 馬鹿言うな。これがその程度の枷で怯むガキかよ。

 自分を滅ぼせる四天王を容赦なく咥えた鴉だぞ?


 こんな子供のままごとみたいな催しに、参加しないわけがない。


「そりぇ、たのしぃー?」

「勿論だとも。泥臭いのが相手だけど、楽しめるのは確定さ」

「ん! あそぶっ!」

「……その言葉が聞きたかった! そんじゃ行こう! 時は金なり、時間は有限! 張り切って行こうか───楽しい楽しいお遊戯場へと!」

「ぉー!」


 キミにとって、未だに戦場は遊び場なんだね。


 なにも悪いことじゃない。魔王とかいう人並みから外れた上位者としては歓迎すべき異常性だ。

 魔族ってのはおかしくてなんぼ。

 従来の生態系から明らかに外れた異形が闊歩する、それが魔界の当たり前なのだ。

 故に改善する必要もない。意味もない。理由なんて以ての外だ。


 ……んまぁ、お互い好きに生きようぜって話。今は異能部と異能結社に縛られてるボクだけど、いつかは自由になるつもりだからね。


 その時は……そうだね。この子の小さな背に乗って飛び立つとしようか。


 あ、日葵が斬られた。おいおい、そういうことか?


「ったくさぁ……しゃーない。行こか。なにもかもが手遅れになる前に、ね」

「あぃ!」


 手始めに───叩っ切られそうな一絆くんを助けに行こうか。






◆◇◆◇◆






 その衝撃は突然だった。


 異能部部長、神室玲華の最強伝説───異世界より襲来した黒龍を単身で打ち倒した戦績から始まった、彼女を讃える強者の証。

 言伝に聞いただけでも、その偉大さは理解できる。並行世界を勉強する傍らに調べた所属先の軌跡───それは、望橋一絆をもってしても驚嘆に値する偉業の数々であった。

 異能災害と呼ばれる異能力の暴走の阻止、迫り来る空想の化け物たちとの一日戦争、異国のスパイからの工作阻止、異能結社準幹部の討伐など。

 相手は人や空想問わず、たった三年で数多くの敵を下してきた女傑。


 たった1ヶ月の異世界生活───その期間、一絆は伝聞だけでなく、その身をもって神室玲華の強さを、大人顔負けの強かさを知った。


 だから、驚いたのだ。

 ───尊敬すべき先達が、異能部で一番強いなんて謳われる部長が。


 博物館の壁にクレーターを作って沈黙するなんて。


「ッ───部長!?」


 一絆が声を飛ばすよりも早く、その身体が崩れる。地上に落下するその姿を見て咄嗟に駆け出して───墜落するよりも早く、日葵がその背を受け止めた。


「……酷い怪我」


 気絶する玲華の様態は最悪といったところ。

 右腕は骨折、頭部からは絶え間なく血を流して……愛用していた日本刀は、半ばで折れてしまっている。足なんかも折れて変な方向に曲がっているし、内臓も幾つかやられているだろう。

 素人目で見るだけでわかるぐらい重傷の姿で、誰も負けると思っていなかった最強が下された。


「うっ、うそ。嘘です嘘です嘘です……! ありえないありえない、そんなの絶対ッ……」

「……悪夢じゃん」


 付き合いが長い故多世と姫叶の動揺は無理もない。絶対にありえるわけがない───そう信じてやまない伝説が、目の前で崩れたのだから。

 絶句する二人を他所に、日葵と一絆は新手の追撃を警戒して周囲に視線を配る。


 いつの間にか、さっきまで戦っていたオプスの姿は消えていた。小賢しくも生き延び、今も何処か近くで息を潜めているのだろう。

 それが隙を狙っているのか、なにか強大な存在から逃げているだけなのかもわからない。


 ただ、今は……いない敵にまで意識を裂く余裕が、二人にはなかった。


 ───その敵は、直ぐに現れた。神室姉妹が調査に赴いていた駐車場の方向から、山のように尖った頭をもった、灰色の魔族が姿を見せる。

 その肩に、血塗れの雫を担いだまま。


「ッ、雫ちゃん!」

「───おうおう、そう喚くな。殺しちゃいねーよ。勿体ねぇ」


 腰蓑一着、ボサボサで不潔な灰色の髪……人間には到底見えない異形の体躯を持つその魔族は、背負った雫を日葵たちの方へ放り捨てながら、愉快気に笑う。

 咄嗟に雫を受け止めた一絆は、半ば液体化したまま意識を手放した同級生の姿に心を痛める。


 同時に、目の前の敵が、今回の事件の首謀者───エーテル博物館に侵入した魔族であると理解する。


「お前……」

「ん、悪ぃな。そこの液体娘は兎も角、雷使いの娘は結構楽しめたんでな……今後の成長を期待して、両方生かしてやった」

「……驚いた。問答無用で殺すものかと思ってたよ」

「そりゃあつまんねーのだったら殺すさ。弱いなりにちゃんと抗ってなきゃ、今頃お陀仏にしてたぜ?」

「ッ……」


 角頭の魔族は、魔戦斧シシメツを肩に担ぎながら、なんでもないように姉妹を評価する。己という強者と張り合えた女は、より圧倒的な武力で打ちのめした。己の弱さを自覚しながらも応戦した女には、期待値を込めて一方的に叩きのめした。

 どちらも蹂躙。少々手こずったものの、男は無傷で二人を完封したのだ。


「……お前、誰だ? その斧も、博物館に展示されてたものなんだけど……魔族? でも泥棒は犯罪だぜ?」

「あ? 何言ってんだお前……こいつは俺の武器だ」

「……マジで? あー、なぁ日葵。あのさ、嫌な予感がプンプンするんだが……助けてくれ」

「多分、思ってる通りの相手だと思うよ?」

「マジか……」


 さも当然かのように首を傾げる魔族に一絆は思わず現実逃避を挟みながら、過去の記憶を引っ張り出す。

 宝条くるみの誘いでエーテル博物館に来た時。

 魔戦斧シシメツの紹介で、その持ち主は館長はどう呼んでいたか───


「……なぁ、アンタ。〈闘神〉って呼ばれてたか?」


 魔王軍にいたという狂戦士の異名を、確信をもって問う。


 その質問に、魔族は顎に手を添えながら答えた。


「それは確かに俺の通り名だ。人間共が勝手に呼んで定着した名だがな……あー、そういや三百年経ってんだっけか? なら、名乗り直す必要があるか」

「ッ」

「そこの女二人は会話せずに嬲っちまったからな……悪かったよ、今度はちゃんと名乗るぜ」


 魔戦斧をアスファルトに叩きつけ、亀裂を入れる。そのまま魔族は仰々しく、相手を敬うように一礼してから───王より賜った名を名乗る。


「魔王軍死徒十架兵が一人───〈昏喰〉のザボー。それが俺の名だ」


 魔界種族最下層から這い上がった伝説の狂戦士。


 四天王〈崩界〉のヴィーニャの懐刀にして、最強の英雄殺しが、その名を世界に再び刻む。


「荷が重すぎねぇーか、これ」

「大丈夫大丈夫。私が教えた通りに動けば……うん、まず死なないと思うよ?」

「負ける前提ではあるんだな。当たり前だけど」

「かーくんが勝てる見込みはないかなぁ……だって、相手は最強のゴブリンだもん」


 冷や汗をかき戦慄するしかない一絆とは対照的に、日葵はどこまでも冷静なまま。全盛期とは程遠い己の実力を冷酷に計算しながら、さりげなく一絆を戦力に加える。

 勿論肉盾などではない───日葵はこの戦闘すらも弟子の成長に繋げるつもりでいた。


 ……そんな弟子は、漠然と理解し始めた強者特有のオーラを放つ相手の種族を聞いて固まった。

 

「……ぇ、ゴブリン? 全然見た目違くね?」

「……物知りだな、小娘。その小娘の言う通り、俺はゴブリンだ。突然変異だとかなんだか知らねぇーが、まぁ……枠組みは同じだな?」

「同じにしたかねぇーよ。つーかゴブリンってもっと弱いイメージだったんだけど。さっきから俺の知識が役に立たねぇんだけど」

「並のゴブリンと比較するのは逆に失礼だよ」

「……それもそうか。すいませんでした」

「? ………よくわからねぇーが……礼節のある男だ。素直に受け取っておこう」


 狂戦士と謳われる割には会話の成立するゴブリン。逆に不安になってきた一絆の期待に応えるよう、日葵はにこやかに微笑んでいる。

 あっ、コイツ本格的にヤバいやつだ。あの日葵が、本気の笑みを浮かべてやがる……


 戦々恐々する一絆の受難は始まったばかりである。


「同種が弱くて悪かったな───こっからは、本当の闘争ってのを見せてやる。是非とも楽しんでくれ……そんで、お前らも俺を楽しませてくれ」

「そうだね。やろっか」

「めっちゃ乗り気だな」

「実力を計るいい機会だもん───あっ、そだった。姫叶くん、二人をよろしく」

「ッ、うん!」


 肩を回すザボーを前にして、日葵は獰猛に笑う。

 同時に、なかなか現実を直視できない姫叶に重傷の神室姉妹を任せて、戦線に出る。


 姫叶は兎も角、未だ多世は恐慌に支配されたまま。立ち直るのには時間がいる。

 仕方の無いことだ。今まで信じていたのだ。

 甘えていたのだ───玲華は絶対、絶対に負けない英雄なのだと。


「……懐かしい圧」


 ボソッと呟いた一言は、風に吹かれて溶けていく。


 相手するのは歴戦の死徒。負傷者を庇いながらなど不利でしかない。

 流石の日葵も荷物を抱えたまま戦うのは無理だ。

 万全に勝ちを狙うには、頼める相手に命を託すしか未来はない───例え弱い仲間でも、日葵にとってはかけがえのない、取り替えの効かない仲間である。

 何者にも負けない信頼をもって、日葵は姫叶一人に三人の命を託す。


「あ、ありえません……でも、これが現実……うっ、うぅ……玲華、ちゃん……」

「……姫叶、多世先輩のことも守ってやれ」

「ッ、わかってる……それと、ごめん」

「ううん。こっちは任せて───いくよ、かーくん。死ぬ覚悟はある?」

「ねーよ。生きる覚悟しかな」

「よろしい」


 確かな覚悟を、砕けぬ想いを胸に一絆は杖を握る。


 最強の戦い───死を退けんと立ち向かう人間と、戦場の蹂躙者が激突した。






◆◇◆◇◆






「なるべく接近は避けて。今のかーくんじゃ、絶対に敵わないから。あのぶちょーが、火力も速度も上澄みだったぶちょーが負けたんだ。かーくんの並しかない棒術じゃあんまし有効打にならない」

「わーってるよ。めっちゃグサグサ刺すじゃねぇか」

「事実だもん」

「泣きてぇ」


 そう言い残して、日葵はザボーへ吶喊。再顕現させ欠けやヒビを修復した光の剣を両手に持って、先手を譲ったザボーに切りかかる。

 容赦のないクロス斬撃は意図も容易く刻まれる……ことはなく。


「かった」


 分厚い表皮に阻まれて───鋼鉄の如き灰色の壁に天使の刃は敵わない。


「ふむ───成程なァ。お前、天使の血筋だな? あの種族は一人を除いて消えちまった筈だが……まさか、生き残りがいたとは……」

「その疑問に敢えて答えるなら───不正解、かな」

「なに?」


 所属を三転した天使の鬱々とした顔を思い浮かべたザボーだったが、確かに日葵に天使にある“無感動”の属性を感じられないことに気付く。

 抱いた確信が崩れ去り、ならばお前は何者なのかと首を傾げる。


 ザボーが知る限り、光の剣を扱えるのは天使以外に存在しない。

 物質化した光の武器など神の尖兵の常套句な筈。

 ……だが、ザボーはそこで疑問解消を止めた。別に探る必要性はない。気になりはするが、わざわざその追求をする意味もない。

 闘争心を高めてくれる相手───強者弱者問わず、己と戦う相手にのみ関心を向けるのがこの男。

 戦うことにのみ興味を、生き甲斐を抱く死徒だ。

 わざわざプライベートに踏み込む必要もない。その言葉の刃で敵を怯ませるなら兎も角、わざわざ使わずともザボーは勝てる。


 そう、例え相手が天使の力を宿した少女でも───相手が勇者であろうと、ザボーは勝てる。


 かつて勇者に勝利したという実績が昏喰にはある。


「そうか、違うのか───なら、是非ともその違いを見せてくれ」

「ッ、回避!!」

「応!」


 魔戦斧シシメツを軽く振るった一撃。

 当たり前のように飛来する飛ぶ斬撃に対処しようと構えるよりも早く、日葵は危機を察知して回避を選択する。

 それを迎え撃つのは愚策も愚策。

 放たれた破壊の極地を突破するには、今の日葵には相当な前準備が必要な程。


 そう───<死獅怒羅(ししどら)>という、世界を断つ斬撃が素振りのような剣閃で放たれた。


「ほっ!」


 世界を断つ斬撃は軽い一撃にも関わらずその速度は目を見張るモノで、至近距離にいた日葵が必要最低限の動きで回避せざるを得ない程に速かった。

 初速で既にレーザー規模である。

 日葵だから避けれたが、一絆や姫叶といった普通の人間であれば即裁断されていた。


「あぶねっ!」

『ー!?』


 一絆は多少距離が離れていた為容易く回避……とは行かず、瞬きすら致命になる斬撃の速さに慌てながら地面に飛び込むように回避。

 精霊たちも斬られれば無傷では済まない為、一絆の背に捕まって逃げる。


 衝撃が止み、うつ伏せになった一絆が目線を後方にやれば……地面を走る底の見えない通過痕と、綺麗に縦に裂かれたエーテル博物館の姿があった。

 軽い一撃でこれ程の威力。

 魔王軍の恐ろしさをこれでもかと体感させられる。手抜きにしか見えない斬撃で、空間そのものと空間に置かれた全てを破壊するのだから。


 同じく斬撃痕を目にした日葵は、感嘆としたように笑みを深める。


 獰猛に、強者を前にした戦士の笑みを。


「初っ端からアクセル踏んでんね……!」

「目もいいな。判断力も良好。無謀な正面突破を選ぶ力無き初心者でもない。小僧の動きも粗は多いが……申し分ねぇなぁ……ケヒッ、最高かぁ?」

「第二波、来るよ!!」

「回避連発!」


 一直線に侵攻する極太の斬撃を無事回避する二人に賞賛を送る。追加で叩き込まれる死獅怒羅も完璧に、若しくは危機一髪スレスレで二人は回避に成功する。

 縦の斬撃だけでなく、横の斬撃も。

 状況判断能力に優れている───鍛えられたお陰で二人の回避能力には目を見張るモノがある。


「はっ! ───うーん、やっぱ硬いなぁ」

「微塵も効いてねぇーな! 認めたかねぇーけど、このステージ俺らに早すぎやしねぇーか!?」

「諦めちゃダメだよ?」

「諦められるかこんちくしょう! ノシュ、いい感じに岩ばら撒け!」

『ー!』


 日葵の斬撃、剣投擲も。一絆と契約する精霊たちの魔法も効果はいまひとつ……それでもめげず、僅かな傷を刻みながらも二人は応戦していく。


 ザボーは笑う。徐々に笑みを深めて攻撃を浴びる。


 あらゆる攻撃に不動の構えを見せながら、ザボーは確実に命を仕留めんと言わんばかりに斬撃を続行。


 どこまで二人が耐えられるのか、試すように斬撃を振るう。


「そう易々と潰れてくれるなよ?」

「上等! かーくん、カバーお願い!」

「応! ……ってなにする気だ!?」

「正面突破!」

「はぁ!?」


 脳筋戦法とでも言うべきか───日葵は前方向から次々と飛来する斬撃の隙間を掻い潜って吶喊。勘か、はたまた運が良いのか……日葵は一撃も被弾することなく前進。

 土の精霊ノシュコスの岩弾や水の精霊エナリアスの高水圧水鉄砲などの援護に背を押されながら、日葵は躊躇いもなく斬撃の嵐を突き進む。

 すわ自殺行為かと思われる吶喊も、日葵にとっては勝算のある、否、勝算しない行動の一つでしかない。


「勇猛か、ただの蛮勇か───オレは、そこに違いを見いだせねェ」


 その無謀な攻撃を見て、長年膨らみ続ける宛のない疑問をボヤく灰鬼。

 数多の戦場を駆け抜けた、蹂躙した魔王軍の戦士。魔王にではなく、己の闘争心を高め奮わす戦場にその心を預けた男。

 忠誠も畏怖も従属も、持ちうるべきあらゆる絶対を戦場に傾倒したザボーの哲学的な、他者からの答えを求めていない疑問を、日葵は剣閃と共に一蹴する。


「気にする暇なんてないよ───考え事なんて、今は無粋でしょ?」

「! ハハッ、そりゃそうだ───その通りだッ!!」


 場にそぐわぬ問など必要ない。そう言わんばかりの壮絶な笑みをお互いに浮かべ合って。

 加速した日葵が、ザボーの斧の間合いに入る。

 魔戦斧シシメツと天使の光剣が激突し───甲高い噪音を打ち鳴らした。


「むぅ……」

「───まだ耐えるか。ケヒッ、キシシッ……世界の垣根を越えた先で、こんな上等品に出会えるとはな。どうやらオレはまだついてるようだ」

「上等品? ……ふふっ、ちょっとさぁ……私のこと、舐めすぎだよ?」

「ほう?」

「それと、さっきから───あなたの癖のある性格、ちょいちょい漏れてる、よッ!」


 ザボーの称賛と自賛への返答は、更なる力押し。

 交叉する武器が軋み、金属が擦り合うような悲鳴を鳴らす。徐々に跳ね上がる日葵の押し込みは、秒数が重なるごとにザボーの身体を反らせていく。

 細身の腕から捻出された膂力にザボーは目を見張り笑みを深める。


 お返しとばかりにザボーも筋肉を引き締め、自慢の膂力をシシメツに込める。


 埒外な膂力の押し付け合い───勝ったのは。


「───ッ、コイツは……ぐッ、おぉッ!?」


 日葵が、単純な膂力だけをもって───シシメツを正面から押し退けた。


 反動で大きく後退するザボーに、日葵は容赦のない追撃を食らわす。光剣をくるっと縦に回転させ、剣の切っ先をザボーに向けて。

 一切の容赦も躊躇いもなく、まっすぐザボーの腹に突き落とす。


 光剣の刺突は、ザボーの腹部を───


「キヒッ、良い突きだ───惚れ惚れするぜ、青空(・・)の系譜を継ぐ女ッ!!」

「───はぁ、少しは傷つく素振りを見せなよ」

「面倒」

「憤怒」


 突き刺すこともできず。魔力が染み渡り常に異常な硬度を誇る鋼の如き身体には、天使由来の剣といえど歯は立たず。

 出血も皮切れもなく、日葵はただザボーを押し倒すことに成功しただけ。

 想定通り(・・・・)の結果に辟易としながら、日葵はザボーの肉体強度が全盛期と変わっていないことを再確認し、そのまま地面を蹴って離脱。ワンテンポ遅れて顔面ち振るわれた剛腕から逃げ、宙を一回転して着地する。


「内臓逝った?」

「逝ってねぇーなぁ。ククッ、つかオマエ……オレの頑丈さは身をもってわかってんだろうが」

「なんのことかにゃー???」

「ケヒッ、見ればわかる。ぶつかればわかる。戦えばわからないことはない───そうだろう?」

「……否定はしないよ。内緒にしてね?」

「ならオレを楽しませろ。オマエの全力を、今出せる全てを見せろッ!!」

「くっ!」


 明確に相手が何者なのかに気付いたザボーに、最早虚言は無駄だと日葵は諦め、薄らと額に冷や汗をかきながらも、努めて冷静に微笑みを湛えたまま再び光の剣を構築───これ以上よからぬことを言われる前に始末せんと、再び猛攻に出る。

 そう、ザボーは今の押し合いで、日葵がなんなのか理解ってしまった。

 筋力も魔力も武力も低下しているが……己に深手を負わせたあの女であると察知し、確証してしまった。


 ザボーは戦った相手のことを忘れない。


 例えそこに神に最も近い王からの干渉があろうと、ザボーは見つけるだろう。

 転生も隠蔽も工作も、戦闘狂の直感の前には───


 等しく全て、妨害たりえない。ただただ、ザボーを楽しませるスパイスになるだけである。


「真宵ちゃんになんて言お……や、ここは切り替えて巻き込んでいくべき?」


 たった一度の衝突で特定された。

 戦いになればとことん知的になる男である。魔王の絶対認識させないチートを使えないゴミに変えた瞬間であった。

 その事実に日葵は心底厄介だなと呻きながら、敵を穏便に地球から追い出す方法を模索する。


 ぶっ殺して現世からサヨナラ。

───聖剣とかいうリエラ・スカイハート専用のバフアイテムが無い今、あまりにもリスクがありすぎる。具体的に言うと不可能。天使如きの武器ではザボーを斃すのはまず無理である。


 時間を稼いで応援を待つルート。

───ゴブリン遠征部隊との戦闘で疲弊している為、あまり有効には思えない。回復させすれば燕祇飛鳥は即戦力、輪王紅車という見知らぬ捜査官も廻の通信を聞いた限り参加は可能だろう。若手すぎる朔間京平もサポートとして率先して参加して欲しいところ。

 ただ、彼らが間に合うかどうかは別として。

 ……異能部の皆に期待しないのか? 真宵は兎も角、他は難しい。露払いにはならない程度の期待はあるが即殺されかねない。


 ……いないよりもいた方が、戦場を引っ掻き回してザボーの動きを制限できるかもしれないが。


 そう、どっちにしろ増援は必要なのだ。弱いといえ足しにはなる。

 殺されないよう意識を割く必要はあるが……

 仲間を守る戦い方は、日葵の専売特許。決して無理難題なわけではない。


 故に選択すべきは、満足させて撤退させるルート。

───これが一番現実味がある方法だ。本気で何度もぶつかり合って、互いに落とし所を見つけて、今日はこれでいいかまた来るなと思考の矛先を捻じ曲げる。長期戦不可避だが異能部存続の為には仕方ない。

 ザボーの討伐は不可能。時間経過により興奮させて地球がめちゃくちゃになるのも大問題。

 異能部も特務局も、決め手にはなり得ないがいればなんとかなる。


 どちらにせよ、ザボーを楽しませる他にない。


 ザボーを満足させて、彼らにはまだ生かす余地が、未来で強くなった戦士と戦えるという実感をザボーに味合わせないといけない。

 そうでなくては無惨に殺されるだけ。

 玲華が生きているのも、ザボーの趣向が適応されたからに過ぎない。


 結局のところ、戦う他ないのだ。


「戦闘狂は、血を流させてナンボでしょ!」


 只管ぶつかって、ザボーを満足させる他ない。


 ……優先度的には、ザボーが余計なことを、他者に確信を抱かせるような発言をされないように頑張るという方が大きいが。

 戦闘云々よりもそちらの比重の方に傾いている。

 具体的には日葵の前世とか正体とか色々とか。

 現地民に聞かれてはたまったものではない。加えて異能結社で大幹部している元死徒がザボー襲来により監視している可能性もあるのだ。日葵は真宵の雲隠れ作戦に絶賛賛成中である。

 なにせ続々と前世関係者が周りに現れているのだ。突飛なことがない限り表に立つ気はない。


「エナ!」

『ーーー!!!』

「甘い。その程度の水圧じゃ、オレのクソかてぇ皮膚どころか、お嬢の肌も貫けねぇ───手本でも見せてやろうか?」

「結構だ! やられたらこっちが困るんだよ! つーかなんでそんな硬ぇの? 秘訣でもある?」

「身体を痛めつける。以上だ」

「異常だ! そんで律儀だな! ありがとう!! 参考程度にするわ!!」

「かーくんわざわざお礼言わないでいいんだよ?」

「少しでも心証よくして見逃してもらおっかなって。あわよくば強さを見て学ぶ」

「謀ってんねぇ〜」


 日葵を後方から援護射撃する一絆は、律儀に解答を返してくるザボーに内心はちゃめちゃビビりながらも焦らず、冷静に、決して臆病にならずに立ち向かう。

 無論愚直に同じことを繰り返すわけがない。

 ラプチャーの光の盾で進行方向を妨害、呆気もなく盾を破壊されても連続で切り込む日葵の殺陣を優位に進ませる為に邪魔を入れたり。エナリアスの水鉄砲を指摘通りに水圧を上げて表皮をちまちまと削ったり。

 更にはノシュコスのゴーレム操作で、擬似的な一対複数を再現したりなど。

 日葵の懸念、ザボーからの即斬を防ぐ為に遠巻きな戦闘になるが……一絆は見事サポーターとしての役を全うしていた。


 事実、ザボーは一絆と精霊のちまちまとした攻撃に注視せざるを得なくなっている。筋繊維まみれの肉には届いていないが、皮膚が破られるのは時間の問題。いくら硬いと言えども魔力で強化していない、ただの純粋な肉体防御だ。精霊という特異な存在の攻撃から身を守るには備えが足りない。

 ……まぁ、この戦闘で魔力操作を使わずに戦うなど制約を縛り付けたのはザボー本人なのだが。


「やり連れぇなぁ───」

「でも?」

「───ケヒッ、悪くはねェ」


 例え相手が弱体化していて、己に小さなダメージを連続で与えることしかできなくなっていても。自分の斬撃に対応できることしかできなくなっていたとしてとも。


 久方ぶりの長引く戦闘に、ザボーは心を踊らせる。


 強者である彼に並び立つ存在などひと握り。かつて己を退かせる原因となった英雄は、弱体化した身でも勝つ気で己に挑んでいる。

 補佐として立ち回る人間の少年も、的確にされたら嫌な位置に、タイミングに攻撃を加えてくる。


 それがどうしても……ザボーにとっては、楽しくて楽しくて堪らない気持ちになる。


 簡単に決まる戦闘など、今この場ではつまらない。創意工夫でどう対応してくるのかを、遥か格上にどう立ち向かうのかを、今のザボーは見たいのだ。

 上から目線の闘争心は、己を倒せる存在を……己の心臓に杭を打てる強者を追い求めている。


 今は弱くとも……いずれ強くなって、再び相見える未来を望んでいる。


 言葉を誘導されることに苛立ちを抱くわけもなく。

 ザボーは好戦的な笑みを絶やさず、唇のない外界に剥き出しの歯を見せる。牙のように鋭く尖り、それでいて噛み合わせに矯正の必要がない歯は、控えめに言わずとも異常である。

 魔族特有の鋭い歯は、鋼鉄すらも噛み砕く。そう、そんな武器を使わないザボーではない。


「ッ」

「避けるか。動きも鈍ってるわけじゃねぇ……身体が追いついてねぇのか」

「当たりっ!」


 ザボーの隙を突いた噛みつきで刀身を破壊されても日葵の猛攻は止まらない。


 日葵が生きた過去百年分の戦闘経験───そのうち七十年近くは真宵ことカーラとの勘を忘れないように始めた模擬戦のみだが、その蓄積は転生によって大分失われた。

 記憶はある。経験に基づいた行動はできる。

 ただ、身体が追いつかない。生まれたばかりで未だできあがっていない、最適化ができていない身体では勇者の戦績についていけるわけもなく。


 神々に造られた、特別ではない人間の器では───


「とったァ!」

「ッあっ!!」


 耐えられない。


 その時。シシメツの剛断が。日葵の右肩から胴体を斜めに滑るように───切り裂いた。

 隙と隙の間を縫うように、緻密に練られた策の牙。

 双剣となった光剣の猛攻を食い破り、一絆と精霊の容赦ない援護も打ち破り。


 ザボーは、ここで初めて日葵に明確な大ダメージを食らわせた。


 崩れる身体。両断されることはなくとも、素人でも見てわかるほどに重傷となった日葵は、魔戦斧の一撃で行動不能に。

 盛大に血飛沫を上げながら、緩慢な動作で地面へと崩れていく。


「ヤバっ……ホント、鈍ってるなぁ……」


 ……地面に膝をつく前に、再び生成した剣を地面に突き刺して支えとしたが。荒い息を吐く日葵に、先程までの余裕はない。


「日葵ッ!!」

『ーー!?』


 血飛沫を見て思わず叫ぶ一絆にも、ザボーの脅威は降りかかる。


「余所見していいのか?」

「───いつの、間に」

「ケヒッ、安心しろよ───オマエには見所がある。今度は直にぶつかってこい……生きて帰ってこれたらなっ!!」


 日葵に斬撃を食らわせたその一瞬に、一絆の背後に音もなく回っていたザボーは。信じられない者を見る目で振り向く一絆に、容赦なく斧を振り下ろす。

 ラプチャーが咄嗟に張った盾も意味はなく。

 無意識に一歩後退する身体も、その身に届く刃から逃げられることはなく。


 次に期待するといいながらも、殺意を緩めぬ一撃。


 この世界に飛ばされて、何度も死にかける不本意な経験を味わった一絆は、それでも、それでもまだ、と抗うように【架け橋の杖(アルクロッド)】を構えて。

 緩慢な動作で、ただでは負けんと言わんばかりに。たとえそれが無意識でも、止まることなく。


 無駄だとしても、一絆は立ち向かう。杖の先端すら斧の切っ先に届かずとも。


「ぉ、ぉぉおああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ───ッ!!!」


 獣のような雄叫びに込められた、ただでは負けないその戦意に。


 当てられた女が、また一人。




───もしここで、一絆の目が日葵を捉えていれば、なにかを疑問に抱いていただろう。


 相方が致命傷を負う寸前だと言うのに。


 狙い通りだと笑っている、深手でありながら不敵な笑みを浮かべる日葵の、その姿に。


 そして───日葵は予定通り、唯一この戦場で敵を退かせられる女を呼び寄せることに成功した。




「───あのさ、死にかけなら素直に死にかけなよ」

「無理っ♪ ここまでしないと、来てくれないかなっていう負の信頼がね?」

「背を押す理由にはなったよね」

「いたいいたい?」

「ううん。大丈夫だよ……この程度の斬撃なら、まだかすり傷判定なんだよね」

「認知の歪みぃ」


 ───まるで日常を送っているかのような会話が、一絆の目の前で行われていた。


 いつの間にか己の横に立っていて、伸ばした左手で魔戦斧を受け止めた女学生。背には手足が異形という不可思議な幼女を背負っている、見覚えしかない黒い非行少女。

 先程まで苦しげに歪んだ顔を見せていたもう一人の少女もまた、気付けば彼女の横に並んでいた。


「真宵……」

「かっこいい雄叫びだったよ? そこのわざとダメージ受けてボクを誘き寄せた女とは違って」

「おい」

「早く帰ってほしくて……このままジリ貧じゃ、被害もっと増えちゃうじゃん?」

「屁理屈こねんな。心配して損した気分なんだが」

「あはは……ごめんね? でも、ありがとう」

「……おう」


 洞月真宵、そしてこーね。宣言通り一絆を守って、異能部の一員として戦場に立つ。


 茫然と立ちすくむ一絆に称賛の声を。自傷を承知で最善を掴もうとする元宿敵には呆れの声をかけて。

 己の攻撃を防いだ真宵を無言で見つめるザボーには笑みを返して……


 左腕に食いこんだ魔戦斧を、真宵は膂力で無理矢理吹き飛ばした。


───ザボーごと。


「ぐおっ……ケヒッ、ケヒヒッ……なんだよ言えよ。危うく楽しみを逃すところだったじゃねぇーか。いい土産話ができた……あーダメだダメだ。こんなん我慢できねぇーだろうが」

「多弁だね。お口チャックしよっか?」

「ククッ、無理な相談な……なぁ、オマエよ……今、なんて名前なんだ?」

「……洞月真宵。忘れてくれていいよ」

「悪いな、物覚えはいい方なんだ」

「黙れ?」

「ケッ」


 追撃の振りをして一歩近付き、一絆には聞こえない声量で釘を刺す。

 舌打ちを同意と見て、再び蹴って真宵は後退する。

 状況が上手く呑み込めていない一絆と、駆け寄った日葵の横に立った。


 危なげなく着地したザボーは、腹底から湧き上がる狂喜を噛み殺しながら王の帰還を喜ぶ。

 たった一度の攻防で気付く辺り、やはりおかしい。

 かつての配下の、正確には執拗に王座を狙い続ける元破壊神系四天王直属の配下の危険度を数段階上げて真宵は立ち塞がる。


「あっ、これボクのペットのひまちゃとかじゅくん。やさしくしてあげてね」

「おい???」

「わんっ!」

「日葵???」

「わかった、殺せばいいんだな?」

「うん」

「やめろ???」


 軽口を叩きながらも、お互い睨み合って動かない。


 一絆を救うまでの経緯はこうだ。

 影移動からニョキっと一絆の真横に生えた真宵は、なんの躊躇いもなく左腕を突き出して斧を防ぎ、見事一絆が両断される未来を防いだのだ。

 流石に止める。日葵が鍛えているというのもあって守るのもやぶさかでない。

 予定にないタイミングで殺されるのはイヤなのだ。


 日葵がわざと大ダメージを受けて自分を誘き寄せ、前線に立たせようとしていると気付きながらも。すぐ気付かれるんだろうなとわかっていても。

 真宵は内心あれこれ否定しながら、対魔王軍残党の戦いに身を投じた。


 ……決して、茶番だとか言ってはいけない。真宵にとっては己の正体をバラされないよう接待するという大義ある瞬間なのだ。


 久しぶりに戦ってどんなもんか体感したいという、戦闘狂特有の考えも大部分だが。


「わっ、久々に血ぃ出た」

「真宵ちゃんも硬いよね……見てよ、私なんて一撃でこれだよ?」

「……いつもの空気に戻ってきたなぁ。うん、なんか勝てそうな気分になってきた」

「あとかーくんごめんね?」

「詫び石くれ」

「砂利でい?」

「ぶん殴るぞ」


 一絆のそれはただの気の迷い、気の所為である。


 真宵の身体も硬い。自殺目的で近付いた空想の牙に首を差し出しても噛みちぎられない程度には。日葵もそれなりに硬い。魔戦斧の一撃で袈裟斬りされたのにも関わらず動けている時点でおかしい。

 日葵は一絆に真宵呼び込みの為にわざと負傷した、巻き込んだと謝罪しながら剣を握り直す。

 尚、一絆は納得していない。毎回この人たちの手で弄ばれている気がする。今度仕返ししよう。


「ちぃー?」


 珍しく出血した腕を感嘆と眺める真宵に、背後から鳥脚で抱き着くこーねが顔を覗き込む。目線は鮮血が微量に流れる左腕。大好きな母親が出血している様をこーねは静かに眺めている。

 その様子に真宵は首を傾げながらも、特に止血することなく行動を再開。


 ……したのが不味かった。


「ぺろ」

「えっ」

「こーねちゃん!!? 羨まッ、じゃなくて! ぺっ! ぺっして! ばっちぃよ!」

「!?」


 突然こーねが真宵の背に掴まったまま首を伸ばして左腕を滴る血をぺろぺろも舐め始めたのだ。

 止血を目的とした動物的な本能か、それとも怪鳥の眷属的な意識なのか。

 理由はこーね本人にもわからないまま血を舐める。

 仰天していつも通り変なことを宣う日葵を無視する真宵は、無言でその行為を眺めている。びっくりして声も出ない一絆も、血を舐める幼女を前に固まっているだけだ。


 ザボーは静観している。相手が魔王と勇者であり、下手に動かず待ちの姿勢であればなにかしらの愉快な現象が起きると期待して。

 加えて、魔王が背負っている鴉の娘が見覚えのある気配を持っていることに気付き、「お、これは?」となっているというのもある。


 そんな周囲の奇異な目を無視して、こーねは魔王の血を嚥下する。


「……んぶ? ぴかぴか」


 その時、こーねの喉元が光った。

 妖しい紫色の輝き───見るからに人体に悪影響な魔力の奔流が、こーねの口から零れ出る。


「なっ、なんだ?!」

「ヤバそう───真宵ちゃん? 真宵ちゃん!」

「???」

「あっダメだ固まってる!!」

「おい大丈夫なのか!?」

「んぷっ───」


 慌てる日葵と一絆、硬直する真宵。三人の反応には意に介さず、不思議そうに首を傾げるこーね。徐々に魔力の奔流が口元に溜まり出したのか、リスのように口を膨らませている。

 ……見るからに口から放たれそうである。


 どうすべきかわからず、日葵は取り敢えずこーねの口の方向をザボーに向ける。頬を掴んで固定して……ギリギリ口内に溜まったエネルギーを刺激しない箇所を掴んで、日葵はこーねの身体を支える。

 なにが起きるのか、なにが始まるのか……かつての経験でその未来を感づきながら。


 ……そうして放たれたのは。


「───ぺっ!」ゴォッ!!

「わぁ」


 極太の破壊光線───暴力的な紫色の魔力の奔流が指向性をもって吐き出された。それは、万物の一切を破壊するという謳い文句で持たされた怪鳥の戦技。

 直線上の無機物全てを融解させ、生き物全てを蒸発させる───黒征怪鳥クラウバードの破壊光線。

 

 三百年の時を経て、滅紫の奔流が世界を震動する。


「危ねぇな。いや本当に」


 まぁ……ザボーには容易く避けられてしまったが。真っ直ぐ突き進むだけの破壊光線を目で見て回避したザボーは、融解した地面を見て頭のおかしい高火力が健在であることに懐かしさから来る溜息を吐く。

 当たりたくない。死徒として交友のあった翡翠色の全身鎧が再稼働するのに六時間もかかった破壊光線をわざわざ浴びるほどザボーは被虐趣味じゃない。

 それに、あの光線は過去に一度浴びている。つまり体験済みである故、二度目を食らう必要性がない。


 勿論ザボーが光線に当たりにいった側である。


 新たな戦力、それも自分を殺せる力をもった存在。方や偉大なる魔界のオウサマ、そんでもってオウサマ謹製のクソやば獣集団の筆頭クソカラス。

 どうも弱体化、というより本領発揮ができないくそ環境にいるようだが、ザボーは知ったこっちゃない。


 戦えればそれでいい。ハリーアップ、やろうぜ!


「さて、と……ケヒヒッ、こっからどーするか。どう楽しむべきか……」


 自分が覚えている限り、残弾無制限の無法技だった破壊光線だが……今はそんなことないらしい。


 ただ、魔王カーラの生き血を摂取するという条件が追加された───そこまでザボーは完璧に理解して、この戦いをより楽しめるやり方を模索する。


 ……いや、それよりも前に文句を言うべきだ。なに軽率に血ぃ飲ませてんだこんちくしょう。

 魔王の血だろ大事にしろ!! お嬢がキレんぞ!!


 そう決心して口を開いた瞬間、漸く状況を理解した真宵が凶行を犯す。


「成程ね───えいっ」ザクッ! ドパッ!

「ぅ?」

「こーねちゃん。飲み干せ。キミに格別な力を与えてあげよう」

「はい治癒治癒」

「やめろやめろ」


 血液大量摂取による破壊光線連発作戦、失敗ッ!


『クハッ、キヒヒ……やっぱ情緒やべーな。なんなら悪化してねぇーかオマエ』

『もっと敬え?』


 部外者の一絆たちの耳には届かない、念話を使った通信でそんなやり取りがあったとか。


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[一言] あの爺さんドミィの師匠ってまじか…。最弱の種族でこれとか魔界ってマジでヤバそう。
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