03-38:戦 鬼 無 双
ゴブリン種族長オプス・トルマー。魔王存命時代の戦乱時より生きるそのゴブリンは、かつて慕っていた己の上官の呼びかけに応じて───応えてしまった。
突然集落に強襲したその怪物は、ただ一言……彼にこう告げた。
───おい陛下の股下に入って布覗いてたクソガキ。テメェ暇だろ……俺をあっちに連れて行け。ちょうどやりたいことがあってな? ……おい何黙ってやがる。
血族たちの前で黒歴史を堂々と曝露して告げられた要求に、彼が逆らえるわけもなく。
オプスは低姿勢のまま、男の言う通りに行動する。
「はいただいま! あとそれ若気の至りすなのでッ! もう揶揄すんのやめてください!! 許して!!!」
「オプスや……修業が必要なようですな?」
「待って爺ちゃん! ほんっとーに昔の話だからそれ! 魔王陛下には族長になる前に誠心誠意謝ってちゃんと解決した、とっくの昔に終わった話だからァ!!!」
「族長……」
「怖いもの知らずかよ……」
「すげぇ……」
「こんな尊敬の集め方やだァ!! なんで陛下はオレを種族長なんかにしたんだよクソがァァ!!」
「どうどう」
鬱憤を倒木に訴えながら怒鳴るオプスは、魔王軍で最も制御の効かない狂戦士とも言われる死徒が起こすであろう未来に戦々恐々としながら準備を終えて。
これ以上関わりたくない、関わらないようにしない気持ちの一心で男を地球に送った。
───異世界の扉、《洞哭門》に男が吸い込まれるその直前に、聞きたくない命令を聞かされながら。
───あっ、迎えもよろしくな!
「はぃぃ!?」
かくして、オプスの地球入りが決定。実は前々から準備だけはしていた遠征の準備───と言っても敵情視察程度の装備を血族一同にさせ、先に地球へ行った上官の後を追うように地球へやって来た。
連れてきた戦力はどれも集落の最高戦力たち。
戦士長である“神技”のヌーブ・テクニカを筆頭に、遠征部隊の筆頭戦力として任命した“赤鬼”のコロス・ブリードと“青鬼”のシナス・ブリードというゴブリンナイトの双子。
更に年齢不詳、遥か古の時代から生きている叡智を重ねた賢老、“魔本”のヴィト・グライトを。
集落には“不動”や“暴風”などの戦士を守護者として残して、彼らは地球遠征へと出発した。
そして今、彼らは偶然その場にいた───ある意味狂戦士のせいで近隣にいた異能部の若き戦士たちとの戦闘に入っていた。
赤鬼のコロスは闘骨剣バルファスを持って。
青鬼のシナスは破城鎚グラスバスターを背負って。
神技のヌーブは双玉刀アルス・ラスタを手に。
魔本のヴィトは自作の魔導書───724冊目の智を積み重ねた自慢の一冊を。
そして、種族長───“月噛”のオプスは、昔からの相棒であるブルーライザー、トトマックの背に乗り、魔法の短刀を手にして戦場へ躍り出た。
全ては世界に警鐘を鳴らす為に……この際だからと流れに身を任せて、兼ねてよりの悲願を達成する為に彼はここに立つ。
騒々しい鼓動を奏でる心音に身体を震わせながら、オプスは獰猛な笑みを地球の守護者に向ける。
勝つ為の笑みを。生き残って明日の月を拝む為に。
全てはいつの日か、かの王が戻ってくる時に───魔王の恐ろしさを知らぬ者がいないように。
そして、自分ができるだけ長生きできるように。
◆◇◆◇◆
ゴブリン遠征部隊───その指揮官として選ばれた戦士長、“神技”のヌーブ・テクニカ。かつて魔王軍の将軍として名を轟かせていた魔族の一人である。
あらゆる武技を見ただけで会得する“目”と、覚えた武技をすぐに操れる適応力を持ったゴブリン将軍。
今は血族を守る戦士団の頭目───どちらにせよ、一部を除き異能部には荷が重い相手である。
相対するは茉夏火恋と丁嵐涼偉。入部したばかりの新米部員である。
ここ数週間でありえない場数を踏んではいるが……
それにも限度がある。数百年前まで、英雄級の武が塵芥のように生まれて消えた戦争を戦い、五体満足で生き抜いた軍人を相手するには───
力不足である。
「がはっ!!」
「リョウ! ッ、テメェよくも───! <紅蓮獅>ィィ─────!!」
振り下ろされた直刀が涼偉の胴を袈裟斬りにする。痛みに悶えながら咄嗟に退くも、追撃に腹を蹴られて勢いよく吹き飛ぶ。
木々を薙ぎ倒して倒れる涼偉を見て激昂した火恋は脚に炎を纏った一撃をヌーブに食らわす。
惜しくもその蹴撃は左手の拳で防がれ、更に双刀の振るいで弾き返される。雑兵であるゴブリン兵たちは一通り薙ぎ払えたものの、その頭目であるヌーブのみ手足も出ずに……それこそ戦いにすらなっていない。
一方的に斬られ、物理を振られ、吹き飛ばされる。
既にこの時点で、二人は劣勢に立たされていた。
型に嵌らない自由自在の剣術で異能は切られ、技は容易くいなされる。
涼偉に至っては前回の戦闘の傷が癒えていない。
無数の手数に攻め立てられていれば隙を見て神獣を召喚できるわけもなく、こうして涼偉は先んじて命を狙われていた。
単純に風がウザかったのが最初に狙われた原因だ。
「ぐぁッ!」
……そして火恋は今、実質一人で戦いを強いられている状況であった。
「カハハッ、おいどうしたぁ? こんなんじゃ死合いになんねぇーぞ?」
「ぐっ……」
「この炎も新鮮味のねェ……オレが過去食らってきた業火には適わねェなァ!」
「ハッ! オレの炎はそれで終わりじゃねェよ!」
「あ゛ぁ?」
逆境の中でも獰猛な笑みを隠さない火恋は、蹴撃を食らわせたヌーブの左手に指を指す。その指摘に彼が疑問を抱いた瞬間……
ヌーブの左手が、勢いよく燃え上がった。
轟々と燃える手の甲は勢いよく燃え広がり、視界を紅く染め上げる。
「ぅおっ!?」
それは接触箇所を燃やす技。炎自体は腕の一振りで容易く鎮火できたものの、肉体へのダメージは決して無下にできなくなった。
それでもヌーブは笑みを絶やさない。想定外? 否、想定内。この程度の炎撃ならまだ見たことがある……
四天王の竜火、魔王の黒炎、魔女の極彩色の炎。
たった一人で世界を焼ける女たちの炎を、直接その目で見てきたヌーブにとっては、全てが下位互換。
だが、弱き者が負けまいと足掻く姿は、勝つという意志の強さは称賛している。
「……あ? あの人間共……何処行きやがった」
業火に視界を塞がれていた隙に、火恋と涼偉の姿が視界から消えていた。
林に紛れて姿を隠したらしい。
気配を極限まで薄くして……ヌーブの気配探知外へ時間稼ぎの逃げを選んだのだ。相手が自分よりも強い存在であると理解して、火恋は気絶した涼偉を連れて林に身を隠す選択をした。
「チッ、情けねぇ……おいリョウ、生きてるか? 意識あったら口開け」
「……死んでるッス」
「喋れんのかよ」
「ッス」
林の陰に隠れて息を潜める二人。求めるのは救援。通信機の向こう側にいる副部長には既に限界である旨を通達済み……
現地にいる異能特務局の誰かが助けに来るか、他の部員が助けに来てくれるかに賭ける。
無論ヌーブは二人を追っくる筈……その際は決して深追いせず、林の中を駆け回り、異能で攪乱しながら逃げを選択すると決めたのだ。
しかし。ヌーブの百通りにも及ぶ剣術が、本来なら賢い選択を取った二人に───更なる脅威を齎す。
「黒焦げだ。はぁ〜、この腕はもう使えねぇなぁ……捨てるか…………それっ」
焼けた左腕を見てそう呟いたヌーブは、右の直刀を左肩に添わせて───
「ッ……あの野郎、自分で斬りやがった……!?」
切断。切り落とされた黒焦げの左腕を足蹴にして、ヌーブは直刀を地面に刺し、空けた手を切り口に当て魔法を詠唱する。
「《儚き夢の星・朽ち百合の奏聞・天儀の抱擁》」
翠色の魔法陣が傷口を覆い、淡い光がヌーブの腕を包み込み……まるで肉が膨れ上がるように生え伸び、失った左腕が元の形へ再生する。
回復魔法<リリードロップス>───どんな佳境にあろうとも手足の欠損を治療できる魔法。
戦場を駆け抜ける上で必要な魔法は一通り会得したヌーブにとって、この程度の自傷は些細なモノ。故になんの障害にもならない。
復活させた左肩を回して、調子を確かめたヌーブは進行を開始する。
「さて、と。ククッ、あのガキ共、どこに行ったァ? 鬼ごっこ……いや隠れんぼってヤツか? いいぜェ……偶にはガキのお遊びに付き合ってやんよ……なァ?」
「ッ……」
「カハハッ!」
地面に刺していた直刀二本を手に取って、ヌーブは二人が隠れているであろう方向へと足を進める。
───その進行方向には、運が悪いのか火恋たちが息を潜めていた。
「ッ……リョウ、立てっか?」
「ギリッス。なんかこの雑木林、風通りが悪くて能力使いづらいし……不利すぎッスよ」
「わかる」
周囲の環境に気をつけて戦わなければ二人も多少はヌーブの相手をできただろうが……生憎、火恋の炎は延焼による同士討ちや範囲拡大による二次災害を想定すると二の足を踏んでしまう。
守るべき場所が破壊されてしまっては意味もない。
それに加え……敵は“神技”の名の通り、戦ってきた戦士たちの剣術を己のモノとした武人。
会得した剣術の数は───百通り。あらゆる剣技が彼のモノとなっているのだ。
───そして今、その剣の真価がここに披露される。
「みーつけたァ!!」
「ッ!」
「おわっ!」
二人の背後に迫っていたヌーブの直刀がバッサリと隠れていた樹木を切り裂き、その居所を暴く。二人は駆けるが、追っての足は止まらず。
盾として林を使おうにも全て切断され、鬱蒼とした林が光に照らされる。
「戦技───<累苦実>ッ」
二本揃ってその意味を成す双子の魔剣───双玉刀アルス・ラスタ。二つの剣は縦横無尽に敵を切り屠る斬殺の魔剣。
二刀流に一刀流、例えその型に嵌らぬ武技だろうと自分に最適な形に変える。大振りな大剣であろうと、短刀を使った手回しのいい技も全て己のモノにする。
───そう、剣の形を変え、伸ばし、削り、新たに作り直す。
重ねて合わせれば、一振りの両刃へと切り替わる。
この魔剣の真価は持ち主が思う形への最適化───元の刀身よりも長く伸び、太く分厚い大剣へと形状を変化させることなど……容易い話。
「オラァ!!」
大剣となった魔剣の一薙ぎが衝撃波を伴って大木を切り裂き───否、破壊していく。たったの一振りで雑木林の四割を削り取った。
火恋と涼偉は鼻先スレスレで回避。制服の裾や袖が余波で切られたのみで済む。
……それでも、目の前を過ぎ去った斬撃への衝撃は凄まじい。
「ヤベェ…!」
「ッ、でもこんだけ開ければ……ッ、火恋! なんとかやるッスよ!」
「任せろ!」
幾つもの切り株が並ぶ開けた空間───斬撃により生まれたその空間に勝機を見出し、二人はなんとしてでも怪物に食らいつこうと異能を発動する。
それはやぶれかぶれだったかもしれない。
衝撃波で広がった攻撃範囲が、逃げも隠れも意味が無いと思い知らせたからかもしれない。
攻撃を、反撃を選んだ二人の勇士に───ヌーブは歓喜の笑みを浮かべて叫ぶ。
「そうだッ、来いッ! このオレを……魔王軍将軍たるオレを死なせてみせろっ───オレはここだぜ!?」
「魔王軍……!?」
「なんっ……!?」
己を死に損ないだと断定するヌーブは、三百年もの期間死に場所を探している。それは楽園戦争を一人で生き残ったという苦痛から来るものもあるのだろう。
将軍でありながら、王に仕えるモノでありながら、王よりも先に戦死できていない───戦士として胸に残った苦い意地。
それを解決するには戦場しかない。対等なモノと、遥か強きモノと戯れ、その命を捧げる時以外にはありえない。
その想いに応えるかのように───無論そんな想い欠片もないのたが───火恋と涼偉は異能をヌーブに差し向けた。
それは、魔王軍を名乗る相手だからかもしれない。
二人は全力で、死力を灯して、目の前の強大な敵を屠らんと、己の魔力を爆発させる。
「燃えたら悪ぃ、館長のおっさん───【赫灼纏】、最大出力───!」
「合わせるッスよ───【風迅奔狼】───!」
渦巻く炎が大塊を作り、暴風がそれを拡散させる。
「「───<炎獄・牙狼破>ァッ!!」」
それはまるで一頭の狼のような───炎で象られた巨狼の頭部が進行方向の全てを焼き尽くす。その身の全てが炎でできた牙を剥き、その顎をもってヌーブの命を狙う。
火災旋風が横殴りに飛んでくるとでも言うべきか。
意思を持ったかのような炎の狼。獣の模した災害は二人が今できる最大の攻撃。
一人では無理、二人でも無理……ならば、こうして力を合わせてみれば?
迫り来る炎狼に、ヌーブは古傷で歪んだ口元を更に不気味な笑みで歪めて───正々堂々、真っ向勝負で挑みにかかる。
双玉刀を地面の土に突き刺して、両手を前に───鈍色の魔法陣を展開する。
「《壮亀の隕骨》───剛体魔法<ハードロック>! オレが持つ最高硬度の防御で、迎え撃ってやる───クハハッ、超えて見せろォ人間ンンッ!!」
簡易詠唱により魔法陣がヌーブの身体を通り過ぎ、全身を硬質化した鋼のような膜で覆い、あらゆる破壊攻撃への防御を固める。
死地を求める戦士として、出し惜しみはせず。
期待に胸を膨らませ、ヌーブは───業火の塊へとその身を投じた。
「───────────────!!!」
音にならない悲鳴が、咆哮が雑木林より響き渡る。
灼熱の炎が木々を焼き払い、立ち昇り、辺り一帯を炎の海へ包み込む。
着弾した瞬間には炎の竜巻が生まれて蹂躙をする。
凡そ現実では見られない自然災害の具現化。轟々と燃え上がる死の光景を視界に入れても、二人は決して警戒を解かない。
解けるわけがない。なにせ、まだ────…
「あ゛ぁー、焼けたゼ。こレは死ねる、シねルな……オレが弱かっタらの話だガ」
「うそだろ……」
「よく喋れるッスね……ったく、死にたがりってのはどうしてそんなに頑丈なんスか……!」
業火の着弾地点に浮かび上がる長身の影───その身体の大部分を焼き焦がしたヌーブが、感心した顔で生きた笑顔を見せていたから。
喉や肺も焼けたのか、漏れ出る声は酷く嗄れているものの……未だ健在、五体満足。
確かに、今の攻撃で周囲に残存していた一兵たちは焼き滅んだが……魔族の将軍を狩るには、もう一押し足りなかった。
それは単純に二人が未熟だから。場数が足りない、ヌーブよりも遥かに幼く、育ち盛りであったから。
「これデ仕舞いカ? なラ、つギはオレの番だな───構エな、ニンゲンのガキ共」
「ッ、火恋ッ、俺の後ろに……!」
「馬鹿言うんじゃねェよ一番重傷のアホ犬が! お前は黙ってオレに守られてろ……!」
「クハハッ」
ヌーブは再び双玉刀を手に取る。両刃から元の双刀形態へと変形させ……胸の中心で交差させ、トドメの剣技を二人へお見舞する。
それは彼が保有する最大最強の技。
見様見真似で収めて、死ぬ気になってでも会得した近接最強の剣撃。
その技を手にしたことで、彼は“神技”の名を名乗る許しを得た───魔王軍最強の狂戦士の模倣技。
あらゆる技を手にするゴブリンが放つ、神に牙むく豪鬼の最高火力。
「死死死死死死死死シ死死死ィィィ───セ界よッ、オレに斬られろッ───!
<死獅怒羅>ァァッ──────────!」
空間を歪ませ、万象を砕き、切り刻む至高の剣技。神話の英雄すらも地に伏す───否、肉体を残さずに散らせていった奥義。
天上の神々にすら届きうる最強の一撃。死徒候補に名を連ねた将軍が放つ、絶死の極致。
世界を断つ斬撃が、逃げ場のない二人に放たれた。
───パチンっ
◆◇◆◇◆
同時刻。エーテル博物館の庭園。庭師の手によって剪定された木々、管理された花々が美しく咲き誇る、紫芝万博自慢の庭園。
───そんな静寂閑雅とした庭は今。
戦士団から抜擢されたゴブリン、遠征部隊の青鬼の猛威により無惨な姿へと変わり果てていた。
「やっ、やめるのです! こんなに綺麗な場所をッ……許さないのです!」
「あーやだやだ。これ誰がお金出すんでござる?」
戦鎚を───破城鎚グラスバスターを回避するのは宝条くるみと影浦鶫。
正確には鶫に抱えられたくるみ、となるが……
乱立する色彩豊かな宝石柱を破壊し、死角から飛ぶ暗器を砕くゴブリン、“青鬼”のシナス・ブリードには彼女たちの嘆きは興味もない戯言でしかない。
己らの目的は地球への遠征であり威力偵察であり、血族ではないがその強さを辛抱している格上の同族の回収である。
その世界の施設がどうなると興味は無い。あるのは強者との戦闘、その渇望のみ。
「気にする事はない。いずれ消えて無くなるのだ……塵一つ残さず、影も残さず」
「ッ、そんなこと……させないのです!」
「くるみん殿! 落ち着くでござるよ! それでは彼奴の思うがままでござる!」
「ぅぬぬ……!」
衝動的な突貫を試みるくるみを止める鶫は、悠然と戦鎚片手に近付いてくる長身細身のゴブリンの脅威に目を細める。
シナスから浴びせられる静かな殺意もそうだが……最も脅威なのは、その手に握られた戦鎚。二人が放つ攻撃を全て無意味に変え、こちらを消耗させるだけの無駄な行為にしてしまう程の巨塊。
属性を秘めた宝石も呆気なく砕かれ、影からの隙をついた暗殺は純粋な暴力に防がれる。
己らの猛攻を破壊するその暴威、破壊の化身に慄き身を震わせる。
「悪いが、オマエたちに時間をかける暇は無い───これで死んでくれ」
「ッ───忍法<影伏舞>ッ!」
戦鎚を天へと掲げるシナス。その膨れ上がる殺気に対抗する為に、鶫は忍術を行使───低木にある影を伸ばして襖のように具現化。
壁のように設置した影で攻撃を防がんとする。
同時に襖から離れるよう後退して、予想攻撃範囲を避けようとして───…
「───<魔下凶壊>ッ!!」
藍色の魔力を纏って庭園に振り下ろされた戦鎚が、無慈悲にも破壊の波動を解き放つ。
まず衝突地点の地面に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
地面は勢いよく捲れ上がり、抉られ、浮かび、見る影もない崩壊を始め───爆発とも呼べる衝撃と共に庭園を伝播。
影の襖───中に木の板を仕込んでいた忍び道具も呆気なくその形を失って。
「きゃっ!?」
「なんっ───!!」
距離を取り続けていた少女二人を即座に追い抜き、破壊の衝撃波に巻き込んでいく。
破壊、破壊、破壊。怒涛の勢いで崩壊する世界。
砂塵に覆われた庭園。煙に閉ざされた視界は全てが崩壊する音のみを辺りに響かせて───晴れた時にはもう、なにも残っていなかった。
美しき庭園は一瞬で瓦礫の山へ。草一つない不毛の荒地へと変貌する。
「……こんなものか。やはり、師の技は素晴らしい。破壊という一点において、この戦技に勝る技は二つと存在しない」
戦鎚を担ぎ直して、凹んたクレーターの中央に立つシナスは、その惨状を見て満足気に頷く。
一つの芸術に終わりを齎したシナスは静かに嗤う。
遭遇した少女二人の呆気ない死には意識もやらず、現在捜索中の師の技に思いを馳せる。
いずれ己のモノにする、破城鎚を最大限に活かせる大技に。
「────なに?」
だがしかし……その高揚感はいつまでも続かない。
シナスの視界の奥の奥───なにも残されていない更地の一部が、突然、勢いよく捲れ上がった。
宙を舞うソレは───土に擬態した、一枚の布。
「───死っ、死ぬかと思ったでござる……いやはやまったく、ゴブリン恐るべし」
「ふっ、ふぇぇ……こわいっ、こわぃぃぃ……」
「くるみん殿生きてるでござるよー。誠に辛うじての生還でござるが……」
そこにいたのは、死んだと思われていた少女たち。
衝撃波に吹き飛ばされる最中、瓦礫に飲み込まれて圧死する寸前に影の中へと逃げた鶫は、くるみを胸に抱いたまま潜伏。影を維持する為に土の擬態シートを展開して、恐怖で高鳴る心臓をなんとか落ち着かせていた。
……影の中は無酸素空間の為、訓練などしていないくるみの息が続かず、落ち着く前に影から出る羽目になったが。
それでも局所的な窮地を脱したことに変わりない。
「……驚いた。まさか生還するとは」
「すごいでござろう?」
「……妙な術だ。そのような方法での回避は、流石のオレも見たことがない」
「忍法<影埜実>───つまり、隠れ身でござる」
「成程、流石はジャパニーズニンジャ。現実で見ると迫力が違うな」
「褒めても苦無しかでないでござるよ」
生還の種明かしをする鶫は、額から垂れる冷や汗をそのままに思考を巡らす。
(なんでござるかさっきの攻撃───さっきのをまた繰り出されたら、確実に死ねるッ。そも<影埜実>は確実に生還できるように一日一回の制約を設けた結果できた生存特化忍術……もう、次はないでござる…)
(……くるみん殿はさっきの攻撃で足が折れて、もう動けない……拙者がなんとかしないと……!)
(どうする? どうする!? 脳を回せ影浦鶫……ッ!)
忍術訓練で会得した高速思考をもって、シナスとの戦いをなんとかする打開策を考える……その思考は、敵が対話による時間稼ぎを取り止めたその時に───漸く閃いた。
本当にギリギリで……結局のところ時間稼ぎにしかならない打開策を。
下唇を無意識に噛んで、鶫はその手に打って出る。
「……詫びよう。お前たちは……特にそこのお前は、簡単に片付けてはいい敵ではないと認識した」
「それは困ったでござる……舐められてこそなのに」
「つ、つぐちゃん……」
「……くるみん殿、ちょーっと痛いの、耐えられるでござるか?」
「ぅ、うん」
悶絶したい程苦しいのか、脂汗を掻くくるみに鶫は声をかける。
力は無いが胆力はある───我慢ができる女の子。
友をそう認識している鶫は、友の傷が悪化する前に己ができる最大限の“嫌がらせ”をせんと立ち上がる。
地面にぺたんと座って……否、足の痛みを我慢して立ち上がろうとするくるみを制して、鶫は戦鎚を手に握り直したゴブリンに声を掛けた。
最早形振り構っていられない───非人道を貫き、心を鬼にして攻めかかる。
嫌そうな顔をする友を無視して、勝利を掴む為に。
「因みに青帽子殿? スピードに自慢はお在りで?」
「ん? なにを今更な……見ての通りオレはパワー型。戦闘スタイルは圧倒的質量による圧殺……無論お前も知ってのとおり、高速移動は習得している。先の攻防で見せた筈だが?」
「では、そのスピードを維持する為、貴殿は……常に目を開けていらっしゃるので?」
「……なにが言いたいんだ、お前は」
「ただの禅問答でござる」
なにせ、これが布石故に。
そう小さく零した鶫の声がシナスの耳に届いた……その瞬間。
───シナスの視界が、大きく爆ぜた。
「ぬっ!?」
爆風自体は微々たるモノで、大した損傷ではない。だが視界は塞がれ……そもそも、なにをされたかすらわからない。
破城鎚を振るって爆煙を蹴散らすが、鶫たちの姿を視認する前にまた顔面に爆風を浴びせられる。
「くくくっ、ほーら、目潰しの御時間でござるよー! 異能で生まれた魔法の宝石、その効果は千差万別……今のくるみん殿、怪我だらけ故採り放題でござる!」
「わぁー! わぁー! 高いのこわぃー!!」
「あっこらおばか! 場所バラしちゃダメでござろう! まぁ声の位置でわかるでしょうけどっ、と!!」
「チィッ……!」
それはくるみの体液から生まれる宝石を、シナスに向かってぶつけまくる……単純明快で、戦鎚の振るい一つで瓦解するような奇策。
ワイヤーを使った空中軌道、影に潜った奇襲などを巧みに使い合わせて、前後左右四方八方、更には上下からの攻撃で翻弄する。
先程までの攻防と違い、使用するのは全て爆風など直接的なダメージを与えない宝石ばかり。
流血するくるみの足から半永久的に溢れ落ちる光の石を転がして、投げつけて、弾き飛ばして……相手の視界を、聴覚を、あらゆる感覚を潰そうとする鶫。
閃光弾、音爆弾、火炎、氷水、麻痺煙……
多彩な宝石の効果をその身に浴びて、戦鎚の一撃でより被害が拡大する拡散型の宝石を受けて、シナスは段々と余裕がなくなっていく。
「くっ、このっ……小癪な……!」
「あれれー? 石って言ったの、忘れたんでござるか? まぁ、キラキラ輝く方の石なんでござるけど」
「ふれふれー! キラキラ石の、雨さんなのですっ!」
軽い混乱状態に陥ったシナスは、それでもこれ以上被害を受けまいと目を閉じ、意図的に思考を……脳の回転をリセットして、冷静に対処せんと動き出す。
三半規管は既に狂っているが、まだ挽回できる……
小娘二人の攪乱と嫌がらせに舌打ちを返しながら、シナスは破城鎚を地面に叩きつける。
「目障りだ!」
再び隆起する地面。更に深いクレーターを作って、更にその反動で勢いよく飛び上がる。視界を確保して調子に乗った小娘たちをその目に写す為に。
戦鎚を担いでいるとは思えない身軽さ、滞空時間を垣間見せながら───目を見開き、彼が見たのは。
「あっ、この帽子ばっち」
「わぁ……あんまり洗ってない感じなのです? わわ、ちょっと汚いかも……なのです」
「結構刺すでござるね……?」
「───」
いつの間にか地面に落ちていた、お気に入りの青い帽子を手に取って、よりによって汚いモノ扱いを……なんだったらシナスの方に視線を寄越さず、青帽子に全力でドン引きした目を向ける少女二人がいた。
思わぬ悪行にシナスの精神にクリティカルヒット。
一瞬だけ硬直してしまった彼は、怒りを胸に灯してそれを取り返そうと飛びかかるも……
「───がぁッ!?」
背中から叩きつけられるような衝撃を受け、地面へ真っ直ぐ落下する。
鶫が遠投した宝石が、弧を描いて着弾したのだ。
全て忍の技術が為せる一斉攻撃を浴びたシナスが、落下する際に見てしまったのは。
ちょうど己の落下地点に突き刺さった、無数の竹。
「ッ、こんなものッ……ァがッ!?」
目に見えてわかる罠に対して、破城鎚を振るおうと空中で構えたシナスの右手に激痛が走る。訓練によりある程度の痛みに耐性があっても響く痛み。
その正体は───手の甲に刺さった、紅い宝石。
爆発性を秘めた異能の塊は、鶫がハンドスナップで投げつけたモノ。
「「<柘榴石・爆粒>、なのです/でござる!」」
くるみの合図により、刺さった柘榴石が爆発した。
異能【宝晶華】は身体から宝石を生み出すだけ……生成された宝石の使用権は、異能の持ち主本人だけのモノではない。
故に、それは鶫でも魔力を込めれば起動できる。
───二人分の魔力を込めれば、より威力の高い、攻撃性の高い爆発が起こる。
「ガァッ───!?」
瞬間、青鬼の右手が弾け飛ぶ。手放された破城鎚は重力に従って緩やかに落ち、それでも大きな落下音を立てて刺さった。
同じくして、超近距離爆発を浴びたシナスも落下。
普通の人間でも、普通のゴブリンでも致命傷となる爆発をその身に受けたシナスだが……まだ、まだまだ倒れない。
落下寸前に喝を入れ、その足で地面を踏み締める。
片腕となった身体を、煤だらけのボロボロな身体を引きずって戦鎚の柄を握る。
「ハァ、ハァ……成程、これが……腕を失う痛みか。得難い経験だな……三百年前はこれが日常だった……これを、あの方々は耐え抜いたのか」
「……卑怯な手を使った手前、言えることではないでござるが……すぐに動ける貴殿もすごいでござるよ」
「慰めは要らん。結果が全てだ」
破城鎚を担ぎ直して、隻腕のゴブリンは暗い笑みを浮かべる。そこにあるのは称賛のみ───卑怯な手に対する殺意は欠片もない。
幼少期の頃から己を鍛えてくれた将軍、戦士長から教わった戦士の心得。
それを学んだシナスが敵を侮辱することは無い。
「えっ? えっ? つ、つぐちゃん……」
「どうしたでござる」
「あのゴブリンさん、なんで腕吹き飛んじゃってるのです?」
「え?」
「は?」
「え?」
その時、三人の頭に仲良く疑問符が浮かんだ。
「く、くるみん殿? どうしてそんなことを……その、人の腕ってのは簡単に取れちゃうんでござるよ? 爆発なんて死一直線なんでござるよ?」
「同感だ。現にオレもこうなっている。どうしたんだその小娘は」
「え? だって……」
首を傾げ、心底不思議そうな様子でくるみは言う。
「マヨちゃん先輩は無傷だったのです」
教育に悪い先輩の名を聞き、鶫は天を仰いだ。絶対参考にしてはならない。
大方自殺に使ったのだろう。
使った上で、自分を殺せる力ではないと即座に興味関心を捨て去った光景が否応にも想像できる。できてしまったからこそ、鶫は唸るように天を仰いだ。
短い付き合いで彼女の希死念慮を察している鶫は、もうあの先輩には純新無垢なくるみを関わらせるのをやめようと決意した。
それはもう、固く強く、気高い信念の元に。
シナスはシナスで、顔も知らぬ小娘の身体異常性にドン引きした。
戦闘の再開は、その後恙無く行われたとだけ言う。
◆◇◆◇◆
ところ変わって正門前───敵の首魁と戦っている異能部の三人、望橋一絆と小鳥遊姫叶、枢屋多世は、ゴブリン種族長オプス・トルマーに善戦していた。
ラプチャー、エナリアス、ノシュコスの精霊たちを指揮して、己も杖の棒術や体術で戦う一絆。
触れた物のサイズを変え、投げつけ攻撃する姫叶。
そして、以外にも多世の脳への干渉による攻撃ミス誘発が刺さり、オプスと対等に渡り合えていた。
「厄介だなぁ、そこのキノコ頭───悪ぃが真っ先に潰させてもらうぜッ!」
「ひえっ」
「させっかよ! 姫叶!」
「うん!」
一絆の異能の杖とオプスの魔法の短刀が衝突する。リーチは一絆の方が上だが、ブルーライザーの中でも格別知能が高い個体、トトマックに駆るオプスの持つ短刀は魔力の刃を付け足しして伸ばし、そのリーチ差を無視する。
加えて機動力はオプスの方が高く、一絆に幾つもの刀傷を刻んでいく。
無論一絆はめげることなくオプスに、トトマックに食いついて攻撃。棒術だけでなく体術……更には光の剣を使った剣術など、多彩な戦闘方法を使い分け……オプスの身体にも傷を増やしていく。
小柄な体躯には見合わぬ戦意に負けじと食いつく。
そして、それは姫叶も同じこと。巨大化と縮小化を上手く使い分けて、オプスへの妨害や牽制、一絆への手助けを。
サポート戦闘員を自負するその身に違わず、姫叶は一絆との連携を成功させる。
「くっ、やりずらいな……!」
オプスは唇を噛みながら文句ありげに声を出す。
それは勿論少年二人の連携力の高さと、地球を守る戦士としての実力もあるが……一番は、己の血族でも優秀な配下たちを同士討ちさせる異能者、枢屋多世。
ゴブリンの脳に干渉して、お互いを敵だと誤認させ攻撃させ合う……確実に敵の数を減らすというゲーム思考の現れがそこにはあった。
現に、この正門での戦いで最も多く、間接的に敵を倒している功労者は多世である。
自分にできる精一杯を、多世也の形で実行しているのだ。
……それがオプスの気に障るというだけで。
「やはり、お前らに構う暇はない───そこをどけ! 死にたくなければなァ!!」
「やってみろ!」
「死なないよばーか!」
「まっ、負けませんからぁ……!」
「そうそうその意気!」
「ひぃん……」
啖呵を切る三人は、研ぎ澄まされた殺意を向けられ身を震わせながらも果敢に立ち向かう。
───オプスはその勇姿を認めて、かつて君臨した我が王から授けられた、刀身の短い魔剣の本当の力を見せると決めた。
「仕方ねぇな……なら、その戦意に応えてやるよ───行くぜ、“魔坐塗”」
それな短刀型の魔剣───名を魔坐塗。
刀身に幾つもの術式が刻まれており、九つの魔法を無条件で行使できる魔剣。これまで使っていたビームサーベルのような刀身伸ばしはその一つでしかない。
魔法使いの権威───“魔法”という単語を聞けば、この世を生きる誰もが思い浮かべる程に高名となった魔女が作り、厳選した九つの魔法。
オプスはそのうちの三つ目の魔法が刻まれた術式に魔力を通して───起動。
魔力の胎動が世界を白く染め、多世を中心に狙った空気散界の斬撃が放たれる。
「魔法code003───起動ッ、<飛燕刃>!!」
飛翔する斬撃は七つに分かれ、旋回しながら接近。
異能とはまた違う、魔法という見慣れない、異なる世界の攻撃と相対する三人は───それでも冷静に、焦ることなく対処する。
「ラプ! 頼んだ!」
『〜〜〜♪』
「サンキュ! 多世先輩はそのまま回避優先でッ! 最悪姫叶盾にしてください!」
「はぁ!?」
「わかっ、わかりましたぁ……ってことで、その……盾になってくださぃ」
「……仕方ないなぁ、もう!」
複数展開した光の盾を障壁として斬撃にぶつけて、見事相殺した一絆は更なる指示を。この場で一番戦い慣れていない彼が指示を出しているのは、普通に適任だからである。
多世は性格は勿論のこと、命令も対話も不可能だと事故断定して辞退。姫叶は少し前に行った実地訓練で一絆の方が優れていたことを上げて辞退。
結果、一絆が現場指揮と特攻を兼ね、二人から常にサポートを受ける形になった。
尚この作戦、一絆への負担は考えないモノとする。
過去の戦闘───強盗団の一味を相手した時培った経験、技術を惜しげも無く、その才能を活かして一絆は迎え撃つ。
光の盾で各個防御、運ではなく実力でそれを成した事実は全て彼の努力の賜物である。
無論、一絆にだけ任せて戦う姫叶と多世ではない。特に姫叶は積極的に狙われる多世を守りながら異能を駆使して参戦している。
そう、例えば今も。
追加で飛来する風の斬撃は、常にストックしていたただの鉄板を投げつけ、巨大化させて相殺……此方も鍛えに鍛えて育てられた巧みなスナップである。
指弾き、投擲、遠投……物を投げつける動作はここ数年で姫叶の得意になった。
その成果は今、魔法を放つオプスに炸裂していた。
「えいやっ───食らえ、 <BB弾>!!」
そうして姫叶が投擲したのは、一見何の変哲もない美しい光沢を持った赤色のビー玉。
巨大化も縮小化も、一切の変化を起こさずに投擲。
オプスの目と目の間、眉間を狙って放たれた玩具の射的は、寸分違わず、一直線に標的を狙う。
無論、そのような見え見えの玉に当たるオプスではないのだが……
「ふんっ、そんなもの───ムゥ!? あぶなっ!?」
『キュキュィ!!』
突然、身体が硬直したように動かず、逸らすことも避けることもできなくなる。異常を察したトトマックが瞬時に回避行動を取ったことで直撃せずに済む。
そして、トトマックの動きにつられて回避、身体を拗られ声にならない悲鳴を上げながら、背後のそれを見てオプスは絶句する。
避けたビー玉が、博物館の正門にぶつかって───瞬時に巨大化。更には紅く炸裂……激しく爆発した。
「うわっ……あいつ、あの成りで結構物騒な技を……つーかそれ、やっぱガラスの玉じゃねぇーだろ! よく見れば宝石の加工品なんじゃあねぇかそれ!?」
「わっ、気付かれた。いやすごいね?」
「目ェいいな。俺なら無理だわ───殺傷力の高さもドン引きだわ」
「なんで味方に刺されなきゃなの???」
「日頃の行い、ですかね……」
「先輩???」
確実に殺すという意志を秘めた赤色のビー玉───正式名称、ブラッドバルーンボム。とある宝石少女の血液から生まれた宝石を加工した爆弾で、着弾すると風船のように膨らんで、否、巨大化して爆発する。
ちなみに加工は手作業───姫叶本人の。
敵の確殺方法が限られている姫叶が、巨大化による圧殺以外に手に入れた、新しい戦術。
それがこのBB弾という名前のおかしい宝石製ビー玉なのである。
会話できるとはいえ、ゴブリン相手だからと姫叶は容赦なく投げつけた。
その容赦の無さにオプスはドン引きしながら───いつの間にか解けていたが再び飛んできた脳波干渉の見えない糸を魔力で振り解き、異能力を行使してきた下手人───多世を睨みつける。
「オンナァ!! やめろその攻撃! 心臓に悪いわ!! こんな見た目でも老体なんだぞオレェ!! ゴブリンの平均年齢は人間より低いんだからァ!!」
「だっ、だってぇ〜!」
「あんた何歳だよ!」
「ざっと数えて700歳」
「マ!?」
街路樹の陰に隠れていた多世を発見。すぐに追うも脱兎のごとき素早さで逃げられてしまう。この戦闘が始まってから、常にオプスを苛ませる異能の干渉。
【脳波干渉】による視認できない異能の糸は対象の無防備な脳に接続されると、運動神経など身体操作に必要な箇所“あべこべ”に改悪する。
魔力の波を乱せば振り払えるが、そもそも見えない異能な為、直感でなんとかするしかない……オプスの場合長年の戦士としての勘で発動を予見して、魔力を纏って防ぐなどで対処していたが……それでも漏れが生じて操作されてしまう。
精神攻撃に対抗する防御方陣などを用意していれば話も変わったかもしれないが、オプスはその類を一切考慮していなかった為、為す術なし───などというわけでもなく。
己の意思が介在しない攻撃ならば通用すると判断し即座に攻撃に転じた。
「魔法cood006、<巌崖落>───岩の雨ってのを、体験したことはあるか!?」
その時、空に石礫が生成され、集まり、合わさり、無数の大岩となって顕現する。滞空する大岩はオプスの意志関係なく生まれ続け、そしてランダムに落下。
脳に干渉されても問題のない───停止コマンドも魔坐塗経由な為不可能という完璧な方法で、オプスは終わらない岩の雨を降らす。
「エナッ、水鉄砲で対処!」
『〜〜〜!!』
「枢屋先輩、こっちに! <BB弾><BB弾><BB弾>連射連打連射ぁ!! 腕疲れる!!」
「ひぃん! 異能使っても停められない〜!!」
一絆と姫叶は冷静に雨を対処。一絆はエナリアスの高水圧放水、<圧縮・水撃刃>で的確に岩を破壊……水の刃と岩の礫が激突し、見事粉砕する。
姫叶は再び赤色のビー玉を複数投擲して、岩の礫を爆破処理していく。
その対抗に比例するかのように岩の雨は降り続く。
オプス自身の魔力ではなく、魔坐塗から発せられた魔力が代わりに使われている───この魔剣、内部に魔力生成機能が内蔵されている為、実質無尽蔵の魔法勝負が可能となる。
多世の異能では脳がない無機物には干渉できない。つまり、岩の雨を止めることは不可能であった。
「トトマック!」
『キュイ!』
「オレを信じて突っ走れっ! 活路は全て……魔女様の魔法に! オレのスキルに任せろ!」
『キューーー!!!』
そして、三人が岩の対処に専念している隙を狙い、オプスはトトマックと共に前身。
目指すは勿論───最も厄介な異能の持ち主、枢屋多世。
「ひっ!」
「先輩! そのトカゲに異能使って!」
「ッ───!」
狙われた多世は、異能の出力装置であるリモコンを騎獣トトマックに向けるが……ブルーライザーという魔獣は地上走行最高速度200km/hを誇る。
走り出しの時点で100km/hを超えるという異次元な能力を持つ空想と、その速度に素で耐えるオプス……二体の速度に、多世の異能速度が叶うわけもなく。
あっさりと、それはもう呆気なく。
一絆と姫叶の妨害も意味はなく……オプスと多世の距離はなくなった。
「あっ……」
呆然とそれを見上げる。多世の目の前に立つ、青いエリマキトカゲ───その背に立つゴブリン種族長の鋭い目付きが、出不精のハッカーを固まらせた。
身体が動かない。それは驚きか、それとも恐怖か。
小鬼の威圧に負けて、多世はプルプル震えるのみ。例えそれが秒にも満たない一瞬だったとしても───
そして、オプスの異能が……スキルが牙を剥く。
「まずは一人───【顎洞咬扉】」
短刀を持ったまま、両掌を生き物の顎のように構え前方に突き出す。
すると、オプスの背後の空間に───口が現れる。
犬歯よりも鋭く尖った歯が並ぶ、肉食獣の如き牙が顕現した。口腔の奥には虚無が広がり、オプスの手の動きに従って顎が閉じていく。
顎が閉じたその時───対象者は食い散らかされて消滅する。
喰らうという概念が形となった、空間を抉る法。
それがオプス・トルマー。〈月噛〉の異名を王より授けられた、ゴブリンに有るまじき超常。
「待っ───」
「やめっ……」
二人は手を伸ばす。たとえそれが、岩の雨に阻まれ届かずとも。
回避も対抗も間に合わず、虚の顎が───閉じる。
「うわっ、危なー。間に合って良かった」
その時。天空から降り注いだ一振りの光剣が───虚空に開いた異形の顎を切り裂いた。
「なっ!?」
「わぁ!?」
上空から飛来する戦乙女───琴晴日葵が、間一髪多世を窮地から救った。天使の羽を生やして彼女は、腰が引けている多世の腕を掴んで敵から遠ざかる。
危機を察知して館内から飛んできた日葵は、道中で闊歩する……博物館の中にも侵入していたゴブリンを掃討してからここに来た。
真宵はゴブリンの侵攻を放置するだろうなと簡単に想像できてしまったのもある。
取り敢えず館内のゴブリンは日葵に全滅された。
「日葵っ!」
「こ、琴晴さぁ〜んー!」
「ひぐひぐ……しっ、死ぬかと思いましたぁ……ぅ、ありがとうございますぅ……」
「わぁ、みんな傷だらけ……いやホント、間に合って良かったよ」
降り注いでいた岩の雨も、日葵が一太刀に術式ごと斬り裂いた為既に止んでいた。そも、空間に描かれた不可視の魔法陣から岩は生まれて降っていたのだが、三人がそれを知る術はなかった。
単純に目がいい日葵は魔法陣を見つけて、あっさり解体しただけだ。
……それを理解したオプスは、新手の強敵の登場に冷や汗をかきながら警戒を強める。
ほぼ確実に、目の前の少女が己よりも───血族の誰よりも強いことを確信しながら。
「ナニモンだ、お前」
「この子たちの同朋、かな───特に名乗らなくてもいいぐらいの小娘だよ」
「何処がだッ、クソがッ……あぁ、逃げてー」
この場から全力逃走したい気持ちに苛まれながら、オプスはどうすればこの窮地を脱せられるのか思考を巡らせる。
……不気味な程に心臓を揺らがせる、恐怖にも似た既視感には目を瞑って。
「知ってるよ、私。月噛のオプス───ねぇ、魔王のスカートの下覗いたって話、本当なの?」
「な、なんで人間が知ってんだオレの黒歴史ィ!?」
「秘密の伝手で」
「それ教えろ! すぐに潰す!!!」
日葵の面白がるような笑み───その微笑みの裏に私の奥さんになにしやがってんだテメェという殺意と敵意に満ち溢れた意思が介在することを、ここにいる全員が知ることは無い。
尚、情報源は魔王本人───ではなく、その現場を見ていた彼女の親友、領域外の魔女からである。
その時の光景を思い出したドミナは、いつもの汚い高笑いを更に汚くした絶叫を上げていた。腹筋は既に崩壊していた。
……そして、その会話を聞いていた異能部の三人と言うと……
「「「やっばぁ……」」」
ドン引きしていた。それは創作などでのゴブリンがやりそうな定番の行為にではなく……魔王という超が百個ぐらいつくネームバリューの存在に覗きを実行し生きているということへのドン引きであった。
蛮勇だなと一絆と姫叶は的外れの賞賛をした。
ちなみに多世は本気で引いている。ゴブリンは女の敵なんだと改めて再認識した。
……そんな茶番も程々に。日葵とオプスはお互いの武器を向けあって……矛を交える。
「チィ! こんな展開望んでなかったが……生存戦だ、かかってこいッ!!」
「あはは───頑張って生き残ってね?」
かくして、博物館正門前の戦いに日葵が乱入した。
そして……窮地に陥った部員が戦う、他の戦場にも続々と増援がやってくる。
「ハロー、ゴミ掃除の時間でーす。お宅のゴミは……そこの青色帽子ですかねー?」
「……なんだ、お前は」
クレーターの生まれた庭園を、巨大な刃物のついた車輪が駆ける。シナスは轟音を立てながら迫る車輪を破城鎚を咄嗟に構え紙一重で防御。
見事打ち返された車輪は、歩いて庭園にやって来たモノクロを縦にツートーンにした髪色の女───異能特務局のスーツを着た女の手元へと戻り担がれる。
自分よりも遥かにデカい車輪の枠を掴むその女は、ボロボロの鶫とくるみを守るように前に立ち、堂々とシナスの前に立ち塞がる。
「死ねって言ってんですよ───力勝負でもします? アタシの大事な大事な車輪と、アナタご自慢の、そのでーっかい粗・悪・品、と♪」
「……舐めるなよ、小娘が」
「やーん、この紅車を小娘扱い! なんだろ、ちょっと嬉しいかも!!」
異能特務局の車輪使いは、頬に手を当て喜びながらシナスの殺意を軽く振り払い───ケタケタと笑って参戦する。
「御伽噺の戦記もの───そう言っていられる時代はもう終わりなのかもしれないわね」
「感慨深そうに言って……なんも考えてないでしょ」
「飛ばすわよ」
「サーセンッ」
────世界を断つ斬撃が放たれた郊外の雑木林。最早跡形もなく消え去った荒れ地が広がり、二振りの剣閃が谷底よりも深い穴を大地に刻んでいる……
そんな現世の地獄に、新たな影が空から落ちる。
「あァ? 斬った心地がシネェと思ったラ……テメェらなんカやリやがったナ?」
火恋と涼偉を斬った手応えを感じないことを無言で訝しんでいたヌーブは、地上へ降りてくる新手の男女を見上げながら笑みを深める。
それは新たな挑戦者を称える笑みか、もっと戦いを楽しめるが故の闘争心からか。
───鉄骨が、水が、自動車が、街灯が、タンスが、倒木が、ガードレールが、道路標識が、ゴブリンから奪った剣や槍などの武装が浮かぶ空を見上げる。
その中心に浮かぶ一人の女───両脇に腰の引けた少年少女を浮かせて、威風堂々と佇む魔鳥の女を。
斬撃から助けられた火恋と涼偉は、驚きで掴めない現状の中、礼を言おうと声を出す……
「あの……!」
「京平、下がって二人を手当してあげて。終わったら参戦しなさい───やるわよ、神話を打ち倒す最高のジャイアントキリングを」
「へいへい……俺くん、手を叩くぐらいしかお手伝いできませんけどね〜」
「充分よ」
「さいで」
だが、その声は遮られ。
赤茶色の髪をボブカットにして、鳥の羽根を象ったヘアピンを付けたその女は、傍に控えさせていた金髪の男に後輩たちを託す。
会話も程々に、必要なことだけを告げ───出番はまだある、さっさと治して来いと言外に告げながら。
「そんじゃ、二人とも……俺くんと一緒に来ようか」
───パチンっ
手を叩いた瞬間、空間全体に手拍子の音が響き……男の姿が、火恋と涼偉の姿と共に消えていた。
「……手を起点とシた空間転移カ」
「ご名答。うちの後輩、あぁ見えて強いの……後から参戦させるから、楽しみにしててちょうだい」
「カカッ、そいつハ僥倖……」
嗤う二人。楽園戦争において多くの人間を鏖殺した魔王軍の将軍と、魔王と勇者からの寵愛を本人たちも知らないうちに授かった異能特務局のエースが。
ヌーブは焼けて融解した皮膚を歪な笑みに変える。
対戦する彼女は、空を埋め尽くす程浮かせて集めた瓦礫や廃材を従えて、好戦的に笑う。
双方どちらも戦意高く。一欠片の油断も持たず。
「一応礼儀なンでナ───ゴブリンの戦士長ニして、元魔王軍将軍。神技のヌーブ・テクニカ……こノ空にカラの月ガ昇るマで、死合オうじゃねェカ!!」
「そう、なら私も貴方に倣って……冥土の土産に名を教えてあげる」
それぞれの繋がりを知らぬまま───激突する。
「世界を、アルカナ皇国を守る異能特務局の捜査官───燕祇飛鳥よ。よろしく」
「輪王紅車、現着───ジャンジャン轢いてくゾ!」
「あ、そうだ。二人にはまだ名乗ってなかったね……俺くん、朔間京平って言うんだぁ。よろしくね〜」
異能特務局の捜査官たちが、ゴブリンたちが作った盤面をひっくり返す───…
一方その頃。エーテル博物館第三駐車場にて───駐車されていた自動車を薙ぎ倒して、赤い帽子を被るゴブリンが転がっていた。
「───がァっ!!?」
「───終わりだ。もう動かさない方がいい……その身体で動けるものとは思えんがな」
「グッ、ぬぁ……」
「動かないで」
「ヴァッ!?」
雷を纏った一刀が、ゴブリンの右肩を削ぎ落とす。容赦のない女の斬撃───神室玲華の斬撃は、意図も容易く“赤鬼”のコロスを追い詰める。
最早佳境に迫った戦闘。
両腕を失い、左足を失い……更には、首元を粘液の塊となった雫に掴まれている現状。
コロス・ブリードは、善戦することもできず二人に負けていた。
唯一勝っていたのは膂力のみ。その優位性すらも、神室玲華には叶わず。
妹、神室雫の液体化を仕留めることはできず。
雷速の剣閃と波打つ絡め手に、コロスは無様な……戦士の風上にも置けない敗北を喫していた。
「ァガッ、クソ、がぁ……オレ、はぁ……最、強の、ゴブリンナイトなん、だぁ……!」
足掻く。虫けらのように、破壊されたダンプカーを背にして倒れる小鬼は、先程まであった威勢など欠片とない姿で苦しげに呻く。
それを見下ろしながら、玲華と雫は尋問を始める。
地球に侵攻する理由を、この博物館に着た理由を。そして───展示品を盗んだ魔族と思わしき存在との関係性を。
「昨夜、この博物館に泥棒が入ってな……相手はかの伝説の魔族なんだとか」
「ッ……なにが、言いてェ……!」
「───その反応。君、知っているね?」
「ッ!!」
玲華はあくまで平静を装って、コロスに歩み寄る。
その目は冷ややかで、強者と宣いながら弱者でしかなかった小鬼を問い詰める。
「教えなさい。さもなければ君の命を保証しない……最悪な話なのだがね……私の拙い予想が正しければ、あの魔族とは話をつけねばならんのだよ」
「ッ、舐めんな……仲間を売るわけねェだろうが!」
解答を拒否して反抗するコロスは、己の首を絞める硬質であり軟質でもある液体の拘束から抜け出そうと身を捩る。
その意志の強さを見て玲華は感心を向けながら……それでも堂々と、無慈悲に宣告する。
「悪いがそうも言ってられない───ッ、雫! 今すぐ避けろ!!」
「えっ───ッ!!?」
その時、世界を震撼させるような圧が───強者へ手向けるどろりとした戦意が、三人に降りかかる。
誰よりも早く察知した玲華は、雫を引っ張り……
「ギッ────アガパッ!?」
───巨大な戦斧に脳天から両断されたゴブリンの死の瞬間を見てしまう。
血飛沫をその身に浴びる、灰色の鬼の姿も。
「雑魚は引っ込んでろ───それに、なにが仲間だ。テメェの名なんざ知らねぇよ。自惚れんな青二才……ったく、気色悪いなぁぁ……」
同胞の若手を躊躇いなく切り捨てたその怪物───灰色の肌を持つ、一本角と融合したかのような特徴の頭部を持つ、魔族の狂戦士。
エーテル博物館から盗んだ魔剣、魔戦斧シシメツを左手に握って、角頭の魔族は人間を視界に入れる。
「───雑魚が悪かったな。尋問しなくとも、俺から来てやったぜぇ?」
「ッ!」
此度の騒動の原因が、遥か遠方から歩いて……慄く二人の前に現れた。
───闘神、〈昏喰〉のザボー。エンカウンター。




