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03-37:選ばれたのはゴブリンでした

感想とても励みになります。

ここ好きやらここ嫌いやら、設定の矛盾点やらなどがありまたしたら自由に書き殴ってください。そうです今から私は乞食になるんです……

あっ、以外本編です。どうぞ。












 次の日。こーねちゃんを学院の部室棟に閉じ込めて時間を潰そうとした……そんな朝。

 講義サボって一緒に寝ようとした策は阻止された。

 他ならぬ、緊急で異能部に入った依頼───それもエーテル博物館からの緊急依頼に邪魔されたのだ。

 ふざけんな。こっちは幼女の世話で多忙なんだぞ。


「博物館に盗みぃ? そらまたクソ度胸……で? なんで異能部(うち)なのさ……特務局(うえ)通せよ」

「いやぁそれが、実は通してあるんですよねぇ……」

「……マジで?」


 嫌味ったらしく目の前の男───館長の紫芝万博に問い質せば、そんな返答が返ってきた。何言ってんだこの野郎。わざわざ巻き込む必要性あったか?

 そう思うも、ヘラヘラと困ったように笑うのみ……めんどくせぇーなぁ。


 ……窃盗事件自体はニュースになってたからボクも知ってたけど。


 でもわざわざ特務局と異能部を導入するまでか?


「此方としてもね、本当に申し訳ない気分でいっぱいなんですよ……ですがねぇ、今回ばかりは警察よりも皆さんのお力を借りるべきだと思ったんですよ」

「ふーん。なんで?」

「お相手、人間さんじゃなかったので」

「……」


 非人間が相手、ねぇ……候補としては異能によって肉体が異形化したパターン……つまり今ボクの両肩に鳥脚を乗せて一休みしているこーねちゃんと似通った異能者ってヤツか、人型の魔物とか……最悪な話だと魔族だとか。

 結局の所やべー案件では? パスできないの? これ。

 相手したかねぇーよ。だって盗まれたブツすらボク知らないんだよ?

 ……あーだこーだ言っても変わんないんだろなぁ。だってもう依頼主の館長ここにいるし。追い出したら責められるのボクだし。めんどくせぇ……クソが。

 仕方ない。これでも異能部の末席だし。腹括るか。


「っとと……すいません、遅れました。申し訳ない。部長の神室です。お待たせしました紫芝殿」

「いえいえ。此方も急に来たもんですから……」

「失礼します……洞月くん、粗相してないだろうな。ちょっと私不安だぞ」

「クソが代」


 やっと来た。今、玲華部長が遅刻してやって来た。本当に急なタイミングでこのおっさんが来たから全員揃ってないんだ。

 普通に授業向かってた人が大半だし。ボクは普通にサボる気満々だったけど。

 いつも一緒にいる日葵と一絆もここにはいない。

 最初っから部室に居たのはボクとこーねちゃんと、あと多世先輩だけだ。なんかもう既にいた。パソコン叩いてる暇あったら授業に出席したらどうです?

 で、相手できる人がボクしかいなかったから館長の依頼確認を渋々やっていたのだ。


 席を部長に譲り、その隣へ。もうこっからは無言で暇潰そうか。


「それで確か……窃盗犯の捜索、でしたか」

「えぇ。既に警察とも相談したのですが……異能部と異能特務局の協力が必須だと結論が出まして……まず監視カメラの映像を見ていただいても?」

「是非」

「こちらです」


 そういって紫芝万博はノートパソコンを取り出して監視カメラから移した映像をこちらに見せてくる。

 ふーん。夜間だから画質悪いけど……緑一色だな。

 映像自体は後で全員に共有されるけど、面倒いから先に見とこ。

 なになにー……なんか2メートルぐらいある人型の怪物が天窓叩き割って侵入してますね?


「空想……か?」

「やはりそう思いますかね。特務局の燕祇さん曰く、伝承にある魔族では? との推測を聞かされまして……私どもとしても、それが一番有力なのでは、と」

「魔族、ですか……」

「ぅ?」

「ふぅん」


 頭部に角生えてんなコイツ。某狩りゲーに出てくる砂漠を突き進む一本角のドラゴンみたいに、頭と角が一体化しているような頭部を持っている。

 硬い外殻に覆われ、髪が生えてるのは後頭部のみ。

 頭部だけ見たら色違いの豪山だぞ。茶色じゃなくて灰色のだけど。

 ……み、見覚えないなぁ。軍服じゃなくて腰蓑一丁だから多分別人だね。


 うんうん。生死不明だった戦闘狂なわけないか。


 ちなみに、現代世界では“魔族”も空想の一種として数えられている。というかエーテル世界産の生命体は総じて“空想”に名を連ねることになる。

 つまり現時点で名を明かしている魔女も対外的には空想の仲間だ。ボクや日葵、スーやオルゲン……あとこーねちゃんも空想と言っていいだろう。

 ……まぁドミィが現れた四年前に異世界人を空想に数えてもいいものかって議論が盛んに行われたらしいけど。


 その議論に決着はついていない。


「間に合ったー」

「なんかやってんな」

「ちーッス」


 どんどん背後に増えてくる気配……というか集まる部員たちの視線が映像に集まるのに気付きながらも、現実逃避気味にボクは無言で眺め続ける。

 お前ら挨拶ぐらいしろよ。

 角頭はなにかを探しているようで、軽快な足取りで館内を疾走。異音に警戒する警備員たちは徒手空拳で薙ぎ倒して突き進む。

 ……映像は幾つも切り替わり、最後に映ったのは。


 魔王城をイメージした六つ目のエリア───そこに鎮座する、巨大な武器。

 棍棒のようにも見える獣骨の斧、魔戦斧シシメツ。

 ガラスケースを破壊して得物を手にした角頭の男は映像越しに見てもわかるぐらいの獰猛な笑みを見せている。


「……あっ、逃げてった」

「もう見るからにただの空想じゃないね……ホントに魔族ってヤツなの? これ」

「わぁ……」

「君たち重いぞ。離れてくれ。後で共有するから早くどいてくれ」

「はーい」


 口々に喋る部員たちを余所に、ボクはこっそり目を真隣を占領していた日葵に向けた。

 笑顔を向けられた。向日葵のような大輪の笑みを。

 ……うん、そうだよね。現実逃避いくないね。これ確実にアイツだよね……


 やだー!! 前世の負債だ! 戦闘狂野郎じゃんか!


 生きてたんかい。リエラとの死闘で死にかけた後に別働隊に強襲されて生死不明だったけど。ちゃっかり生き延びて現代まで残ってたのか。

 ……ちゃんと言語使えるのかなあいつ。見るからに野生に返ってるけど。


「廻、予知に異常……変化は無いな?」

「無いぞ」

「恐らく相手は、我々が預かり知らないタイミングで開通した《洞哭門(アビスゲート)》から此方の世界に来た筈です……そして廻の異能がまだ反応していないということは、まだ戻らずに地球にいる可能性が高い」

「つまり、周辺に……魔都にいる可能性が高い、と」

「えぇ」


 廻先輩ってば役立たず。まぁ定期的に感知できない異世界の扉が開くのってどうかと思うよね。元々あれ感知できない類の現象だから仕方ないかもだけど。

 多分あの【星盤図(アストロラーベ)】って異能、異世界の扉の開通を予知するだけの能力じゃないよね……特化してるけどそれ限定の能力じゃないよね、多分。

 本質じゃなさそうって言うか……うん、なんかこう違和感がすごいんだよね。

 なんか覚醒させたらすげーのできそう。やっべぇー廻先輩で遊びたくなってきた……いつやろっかな……

 あっひまちゃ? 心読んで啄いてくんのやめ?


 頬をツンツンされている間に、廻先輩は紫芝館長の付き添いをやっていた特務局の大人との情報の精査を初めてしまった。

 なにあの女の人……新人さんかな?

 まぁいいや。どうでもいい。今は兎に角、アイツをどうするか考えないと。


「まずは博物館の周辺から調べても? 警察や特務局も既に動いているとは思いますが……」

「勿論です。是非是非。全て皆さんにお任せします」

「わかりました」


 と、話まとまったみたい。今日はエーテル博物館を中心として周辺を捜索するみたい。頑張んないと……あっでもボクと日葵は行かない方がいいな?

 刺激してハッスルさせたら異能部が普通に死ぬ。

 部長程度の速度だと、真正面からたたっ斬られる。頑張って皆には生き残ってもらおう。できるとしても援助ぐらいしかできない。日葵が出てったら強者判定テンションぶち上がりで終わらない戦いが始まるから絶対にイヤだ。というか戦闘方法……剣の振り方とか勇者の時と変えてないから、アイツにはバレる筈。

 だから転生者以外の皆さんに頑張ってもらいたい。

 大丈夫かなぁ……それにこーねちゃんの世話が……うん、優先順位はこーねちゃんの方が上だわ。


「それでは」

「はい、よろしくお願い致します……ご武運を。我が博物館を頼みます」

「はいっ!」


 頭を下げる紫芝万博に、部員一同の声が重なる。

 困った人間を見過ごせない善性の持ち主たち。この新世界でも珍しい、気持ちのいい性格の人間たち……本当、頑張って欲しいものだ。


 応援してるよ。それなりに、ボクなりに。


 ───かくして、一波乱も二波乱もある盗人捜索が幕を上げた。






◆◇◆◇◆






 エーテル博物館───館内。

 それぞれ自由にチームを組んで博物館周囲を自由に捜索する部員たちを余所に、ボクと日葵と見学散開のこーねちゃんは件の窃盗現場に来ていた。

 勿論隣に館長がいる。実況見分ってヤツだね。

 魔王城をモチーフとした六つ目のエリアは幾人もの警察が駆け回り、ドラマとかでよく見る黄色いテープまで張り巡らされていた。

 わぉ。改めて見ると感動ものだ。働いている人には傍迷惑な感情の高まりなんだろうけど。


「ぉー、もぬけの殻だ」

「ないない?」

「ないないだね〜……それにしても、本当にこれだけ盗まれたんですね」

「えぇ、私共としてもそこは疑問でして……」


 破壊されたガラスケースと、なにもない台座を見て淡々と述べる。


 魔戦斧シシメツ……あの武器、あんな見た目だけどその実態は魔剣シリーズの一振りだったりする。

 とある鍛治職人と領域外の魔女の合作。何番目かはボクも知らない。是非とも得意気に自慢してた二人に聞いてほしい。

 剣の形してなくても魔剣っていう分類だからね。

 あの戦斧はデカい重い硬いの三拍子をとことんまで突き詰めてできた代物で、人間が持つ場合魔術強化を無くしては拾うことすらできない。それを拾ってこの博物館まで運んだとか……当時のおっさんたちも大変だったね?

 いや、コレクターから買い取ったんだっけ? こんな価値低そうな武器に価値見出すなよ……


 わざわざこの現場を見に来たのは……ただの暇潰し物見遊山って言ったら怒る?


「───ふーん? あんたたち……こんなところでなにサボってんのかしら?」

「あ? あー……なんだ鳥姉か」

「なんでいるの?」

「仕事よバカ二人」


 覚えのある声に振り向けば、ボクたちの義姉である燕祇飛鳥がそこにいた。なんでいるのと聞けば仕事でここにいるんだと怒り半分で答えてきた。

 そういや特務局も来てるって言ってたな。あんまり接点ないから詳しくないんだけど。

 ボクが知ってる特務局の捜査官はそんなにいない。

 ぶっちゃけ主任の草薙に会いたくないから顔見せに行ってないだけなんだけど。


「……その子が例の?」

「うん」

「こーねちゃん、コイツはボクたちのお姉ちゃん……そう、ニワトリのおねーちゃんだよ。迷惑かもだけど仲良くしてあげてね」

「にわ?」

「やっ、せめてツバメにしない?」

「アンタ達ねぇ……!」


 こーねちゃんの情報は異能特務局にも行ってるか。流石にそうだよね……迷惑だな。情報管理室だったかあったから、こっそり潜って消しとくか。

 ……人の記憶消さなきゃ意味無いか。やったらまた権能封印されちゃうから無理だな……あーやだやだ。

 お目付け役め。

 さて、鳥姉の相手してやるか。こーねちゃんのこと気になってるみたいだし。


 ……まじまじと見合ってんなぁ。


「……ねぇ、本人の前で言うのもなんだけど、危険はないのよね?」

「多分!」

「ない!」

「あぃ!」


 あるわけねーだろただの魔造生命体だぞこの子は!


 山を抉る破壊光線とか、屋根を突き破る硬い羽根を降らせるぐらいしかできない鳥の子だよ。決して……決して怪しい女の子じゃないんだよ。

 ……言ってて見苦しいな。まぁ今はまだ、あらゆる結界を素通りできるぐらいの能力しかないから……


 ほら、危なくないよー。抱いてみ。ほらほら。


「どうよ」

「……可愛いわね」

「すきー♪」

「えっ」

「懐くの早っ。すごいよ飛鳥姉さん、やっぱり子供に好かれるんだねぇ……ところで彼氏はいつ募集するんですか?」

「殺す」

「きゃー♪」


 なんで日葵は婚活煽りするのさ。殺意振り回されて疲れさせるだけだろ。


「ところでなんだけどさ……特務局まで出張るとか、今回のって結構な大事になってる感じ?」

「そりゃそうよ」


 こーねちゃんを返品してもらい、再び抱っこし直しながら聞けば、鳥姉はなにか思い詰めたような表情で続きを話す。

 あっ、日葵は床に倒れている。頭には綺麗なコブができあがっていた。

 すぐ立ち上がんな死んでろボケ。


「相手がただの空想なら兎も角、今回は魔族疑惑……いえ、ほぼ確定な状態。どのくらいの強さかは映像を見ても正確に測れないけど……まっ、私たちがいればなんとかなるわ」

「わぁ、大した自身……砕けないといいね!」

「やめなさいよその言い方ッ! 言ってた私もちょっとどうかと思ってたけど!」

「自覚あったんかい」

「かーぃ?」


 なんとかならないと思うよ。敢えて言わないけど。頑張って苦しんでくれ……ボクはキミたちがアイツと殺り合って無事に生き残れることを祈ってるよ。

 手は繋がないけど。

 日葵の揶揄いに騒ぐ鳥姉を無視して、ボクは館内をぶらりと歩く。勿論こーねちゃんを胸に抱いたまま。


「まま?」

「散歩」

「! やた! ……まま、はなして?」

「だーめ」


 喜ぶこーねちゃん、悲しがるこーねちゃん……まぁ気持ちはわかるけど今日は我慢してくれ。流石にね、戦場には連れてきたくないからさ。

 子供を慰めるのは得意じゃないが……うん、優しく撫でてればなんとかなるな。

 そんなこんなで歩く館内は、厳重警戒で規制されているものの……思ったよりも静寂に包まれている。

 以前くるみちゃんの誘いで来た時よりも断然静か。

 ……博物館ってのは、こんぐらいの静かさが良いと思う。


「きれー」

「そうだね」


 あの野郎直進して得物を手に入れてたから、館内もそこまで荒れてはいない。だから安心して……安全に探索できる。

 邪魔者もいないから、こーねちゃんに過去の世界を見させていこう。もしかしたら……前世の記憶を思い出すかもしれないし。

 ……日葵に拒絶反応を示すのかも確かめたいしね?


 さて、ここら辺で異能を起動───【黒哭蝕絵(ドールアート)】で周囲一帯の影に魔力を張り巡らせ、影による監視網を新たに作り出す。

 博物館の中にいる警備員も、後ろのエリアで仕事も忘れて喧嘩してるバカ二人のアホさ加減も、外回りに散開している部員たちも……その全てが視える。

 瞳の裏に、情報として全てが影から送られてくる。

 それらを精査しながら、ボクはあの傍迷惑な同胞が何処にいるのかを探す。


「………ふむ」


 いない。


「……何処ほっつき歩いてんだ?」


 どうやらエーテル博物館を中心とした半径20キロの範囲にはいないようだ。マジで何処に……多分だけど未確認の《洞哭門(アビスゲート)》から来たんだろうから、帰り道は塞がってて……それのせいで彷徨ってるのはわかる。

 でもこういうのってもっかい開くのを期待するのが定石なんじゃないの?

 隠れるとしても、ここまで離れるのは異常では?


 ……なんだろ、観光中かな?


 仕方ないのでボクから探すのはやめて、ここにいる特務局のメンバーでも拝むとしよう。館内にも外にもたくさんいるけど……

 うん、捜査官は鳥姉を含めて三人だけか。

 ここでいう捜査官ってのは、異能を持ってる大人。異能部から叩き上げで職に就いた人とか、スカウトで上がった人とか……取り敢えず前線で戦える主力だと思ってもらえれば。

 一般局員は別にどうでもいいや。確かに異能持ちが大半ではあるけれど。


 でも完全な武闘派とは言えない……うん、アレだ。つよつよ異能者ってことだ。


 まぁ……これだけの戦力でも過剰とは言えないのが現実なのだけど。


「……ん?」


 なんだこの空間の歪み……突然なんか揺らいだな。


「デカイな───こーねちゃん、これ一波乱あるよ。こっそり遊んでよっか」

「あそぶ?」

「遊ぶよ」

「やた!」


 まるで天の采配のような展開───ボクらにとって都合のいいタイミングで、《洞哭門(アビスゲート)》が開通した。

 空間が軋む異音。

 歪んでいく空、傾いていく景色。世界に穴を開けてこちらに乗り込んでくる見慣れた空想たちの姿には、もう溜息すら出てこない。


 ただの偶然か、それとも必然か。


 どうやら今回の戦い……数と数がモノを言う戦場になりそうだ。


「さぁ、どう動く? 現代の勇士たち───こんなので躓くようじゃ、話にならないよ?」


 魔王軍は、残党になっても弱くなどないのだから。






◆◇◆◇◆






 同時刻。別れて魔族の可能性のある窃盗犯を探してエーテル博物館の近くを捜索していた異能部は、突然現れた五つの空の裂け目───《洞哭門(アビスゲート)》による異常事態に遭っていた。

 地上高さ3メートルにある空間の裂け目。そこから進撃して来た空想は───武装したゴブリンの集団。

 空想の中の空想、魔物の中の魔物。

 普段との違いは、全ての個体が高度な武装を─── 身長に合わせて作られた塗装の剥がれていない鋼鉄の鎧、錆びても欠けてもいない鉄剣、魔界原産の樹木を加工した丸盾。整備された武装を纏って、ゴブリンが群れを成して侵略していた。


 ……だが、一番の問題はそれではなく。


 対峙するそれぞれの異能部たちの前に───群れの最後尾に、通常個体とは異なる知性を宿した瞳を持つゴブリンたちが立っていたのだ。

 威勢よく、高らかに。敵情視察の名目で地球にへと降り立った小鬼たちが戦場という舞台に上がる。



───エーテル博物館第三駐車場


「ギャハハ! 来たぜ来たぜェ人間たちの世界!!! 野郎共ォ、好きに蹂躙しろ! 暴れて、奪って、好きに壊し尽くせェ!!!」

『ギャギャッ! ギャギャギャッ!!』

「ッ……会話できる空想は初めてだな」

「最悪」


 駆けつけた神室玲華、神室雫の姉妹を迎え撃つは、鮮血混じりの赤い帽子を被ったゴブリン。通常個体と異なった小柄ではない体躯……人間の平均男性よりも高い背の持ち主で、その身体には目に見えてわかる程隆起した筋肉で鍛え上げられていた。

 右手には鎖が巻かれた大剣が握られ、横に振るえば空気が裂ける轟音が辺りに響く。

 凶暴な大剣使い───赤帽のゴブリンナイトは歪な笑みを浮かべている。

 

「かかって来いよ人間のメス共───オレはコロス! 部族一の剣士にしてェ……最強無敵の、絶ッ対無敵のゴブリンナイト、コロス・ブリード! そうッ“赤鬼”のコロスとはァ〜……ん、オレサマのことだァー!!! 覚えておけッ! ハーッハッハッハッ!!!」

「変な名前ね」

「こらッ」

「何処がだ!!!」



───エーテル博物館東庭園


「兄者め……調子に乗っていないといいが」

「ゴブリンが喋ったのです!?」

「なんだ、今時のゴブリンは喋るんだぞ……かく言うオレもあまり数を見たことないが」

「マジでござる?」


 ちょうど近くにいた宝条くるみと影浦鶫の前には、青い帽子を被った長身のゴブリンが現れた。そいつは細身ではあるものの、彼自身も鍛え上げられた肉体の持ち主であった。

 その手には体躯には見合わぬ巨大な戦鎚が握られ、肩に担いで持ち運んでいた。

 冷徹な戦鎚使い───青帽のゴブリンナイトは目を鋭く細めて佇んでいる。


「名を名乗ろう。オレはシナス。シナス・ブリード。偉大なる祖先に肖り、“青鬼”の名を冠することを種に許された───ゴブリンの戦士だ」

「くるみはくるみなのです! よろしくなのです!」

「あっ、これ拙者も名乗る流れでござるか? えーと、鶫でござる」

「……! ジャパニーズニンジャか!」

「外つ国でござったか……」



───エーテル博物館北西に広がる林


「クソっ、邪魔ッてぇなァ……! こんな辺鄙な場所に繋げやがって……クソだとは思わねェか? なぁおい。オマエらに聞いてるんだぜ? 人間のオスとメス!」

「オレは火恋だ! んな呼び方すんじゃねぇー!」

「そこに噛み付くんスか!?」

「カハハッ、威勢のあるガキどもだ……これは狩りの死甲斐があるんじゃねぇーの?」


 木々を斬り倒しながら前進する、長身のゴブリン。それと対峙するのは茉夏火恋と丁嵐涼偉という高火力持ち一年生組。

 両手に直刀を持ったそのゴブリンは、胸部に十字の傷痕を刻まれており───その位置から、可視化するほど濃度の来いや魔力が溢れ出ていた。

 目元には日本の“死”の文字を、両腕にはエーテルで使われていた“死”の文字を刻んでいるという風体。

 死印の二刀流───歴戦の戦士たる威信をもって、彼は号令をかける。


「行くぞ野郎共ォ!! 戦士長ヌーブの名においてェ、人間との戦闘を許可する───死合ェ、突然ィ!!」

「来いやァ!!!」

「あーもうッ、しょうがないッスねー!!」

「死死死死死ィ!!! 死こそが我らを導く、偉大なら王の導きなのだァッハッハッハッ!!」

「うるせェ!!!」

「声量勝負!?」



───エーテル博物館近郊の高架下


「おやおや。私めの相手はアナタですかな? ふむ……なんとも立派な鎌だ。かの死神を、魂の導き手サマを彷彿とさせますなぁ……」

「ん。だれ」

「これは失礼。なーに、私はただの老人……長く長く生き過ぎた、ただの老いぼれに過ぎませぬ」


 白く老いた顎髭を撫でる老ゴブリンは、眼下に立つ死神の化身───八十谷弥勒を見て、好々爺然とした笑みをより深める。

 古ぼけたローブに身を包み、手にはこれまた古びた魔導書を携え……握ったその手に、力を込める。

 ……瞬間、小柄な体躯のゴブリン種には見合わぬ、膨大な魔力を放出させ……相対する弥勒への圧として魔力をぶつける。

 それは牽制。そして篩である。

 弱き者を、戦う意思のない者を下がらせ、血のない戦場を作り上げる手法。

 触れた者に恐怖を植え付け、戦意を奪う初見殺し。


「………ほぅ」


 そんな風圧にも思える衝撃を浴びた弥勒は、表情を無のままに大鎌を───構え直した。全くその目には萎縮などなく。ただただ戦意が、溢れんばかりの強き渇望が煮えたぎっていた。

 相手を遥か格上の強敵であると認識を改めて、逆に気分を上げた弥勒がそこにはいた。

 その様子を見てにこやかな笑みを浮かべた賢老は、奮い立つ心に、熱意に従って立ちはだかる。

 生きる知識の書───ゴブリンシャーマンなどとは名ばかりの古き賢老は、宙に浮いた状態で……開いた魔導書の神秘を解放する。


「ん。すごいヒト」

「良い目ですな。立派な戦士の証拠だ……あぁ失礼。老人の話など聞くに耐えんでしょうから……今すぐに始めましょうかね」

「ん。別にいい───いっぱい楽しもう」

「えぇ、えぇ。そうですな……このヴィト、最大限の礼儀を持って……貴女の敵となりましょうぞ!」

「んっ!」



───エーテル博物館正門前


「はぁ〜!! やってらんねぇ〜。なんだこの戦いは。ホントマジであの人ロクでもねェな……オレばっかり振り回されてない? なんなの? ヤになっちゃう」

「……なんか、驚きを通り越して哀れみを感じる」

「同情するなら癒しをくれ」

「重症だ」

「あわわ……」


 事件のあった博物館の入り口の───その段差に、頭を抱えて座り込む小鬼がいた。その嘆きを見つけた望橋一絆と小鳥遊姫叶、そして枢屋多世は、あまりの苦しそうな姿に同情さえ覚える。

 そのゴブリンは軽装だが、何処と無く高貴な印象を与える衣装を所々に纏っていて……見るからに、このゴブリンたちを率いる親玉であることが見て取れる。

 ……更に目を惹くのは。

 彼の傍で仁王立ちする、水色のエリマキトカゲ……ブルーライザーと呼ばれる騎乗生物が、飼い主である小鬼を足で小突いているところ。


 ……一通り愚痴り終えたのか、小鬼は立ち上がってお尻のホコリを払い……王の騎乗を待っていた相棒の背中に飛び乗った。

 戦闘の体勢に入った彼は、頭に被った、ちょこんと乗った小さな王冠の位置を直しながら口を開く。


「よっとっと……あー、待っててくれてありがとよ。でもな、その優しさが身を滅ぼすって時が……いつかあるかもしんないぜ?」

「そんときはそんときだよ」

「楽観的だなぁ……ま、キライじゃねぇーけど」

『キュルル!!』

「はいはい、わかったわかった。ちゃんとやる。別にサボったりしねぇーって」


 あまり進む気がないのか……それでも覚悟を決めたゴブリンの族長は、己に気合いを、喝を入れて三人に立ちはだかる。

 脅されたとは言え、来てしまったものは仕方ない。

 やる気に満ち溢れた同胞たちに背を押されたのも、久方ぶりの人間との戦いに現を抜かしたくなったのもまた事実。

 気怠げに息を吐きながら、ゴブリンは息を吸う。

 それは宣戦布告。自分たち“残党”が引き起こす……かの王が復活するまでの道を敷く、己らなりに考えて行動した結果の未来を。

 小鬼の王様───短刀のみ帯刀したゴブリンたちの指導者は決意を漲らせて───宣言する。


「オレはゴブリン種族長オプス・トルマー!! 汝らの暮らすこの世界に、新たな火種を持ち込む使者───王の名を、その恐怖を再び世界に刻む者なり!!!

 かかってくるがいい、人間の若人たち! こう見えて五百歳のゴブリン様が相棒してくれようぞ!!」

「そうか、よろしく。俺は望橋一絆だ」

「えっえっえっ」

「名乗んの!? あーもう! 小鳥遊姫叶! こう見えて男だから!」

「ナニ!?」

「はっ!?」

「えっ!?」

「おいッ!」




───ゴブリン界“最強の氏族”との戦いが始まった。


知性のあるゴブリンってさぁ……強くて良くなぁい?

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― 新着の感想 ―
[一言] 鳥姉さんの戦闘とかあれこれ、というか特務局周りの設定がもっと知りた〜い。
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