03-36:お泊まり会と夜の下
『───泊まり? それはまた……あぁ、構わないよ。多少困惑が勝ってね。そういえば結構前、君に世話を頼んでいたねぇ……くくっ、そうだね。以降はずっと562番を任せ続けても……僕は構わないよ?』
「ざけんな。イヤに決まってんだろ」
『えあっ!? 斬音もお泊まりしたいんだけどー♡! なんでハブるの!?』
『入り浸ってるお前が言うのか、それ』
「うるさっ」
『───ふぅむ、まぁ私に拒否権なんて上等なもの、どうせないんだろうけど……うん、別に構わないよ? ただし、ちゃんとお世話すること。日葵と一絆くんに任せっきりにするんじゃないよ?』
「えぇ……めっちゃ釘刺してくんね。信用皆無?」
『過去を振り返ってごらん? 当たり前だろうにね……それにしても、学院の結界をね……報告を聞いた時は驚いたよ。不思議な子がいるもんだねぇ……』
「年寄りみたいなことを……まぁ任せてって。仮にもボクの娘を名乗るんだからね」
『うんうん。ん? 待ってどういうこと???』
以上が保護者二人への事後報告、許可取りである。
こーねちゃんが泊まることになって一番忙しいのは日葵だけど、連絡するのはボクがやった。両方に連絡取れるのはボクだけだからね、仕方ないね。
……明日はくるみちゃん家だっけ。名財閥にうちの実験体を連れてくんの、忌避感がすごい……んーでもあそこにはスーがいるからな……任せるか。
夜になったら呼ぼう。ドミィはもう呼んでるし……うん、久しぶりにお茶会しよっか。人足りないけど。
「ほーら、おなかこちょこちょ〜」
「きゃー♪」
いやはや、まさか異能部に拾われているとは……
流石のボクもびっくり。匂いを辿るってなに。ならボクの元に来いよ。前も言った気がするけど……まぁ気にするだけ無駄だよね。子供の行動なんて読み取り不可だ。
まったく、八碑人も押し付けが酷いし、おじさんもボクへの信用度が酷いし……大人ってヤなヤツだな。
二人とも遥か歳下だけど。これボクも該当するね?
「こーねちゃーん、お肉好きー?」
「すきー! こーねね、“おんどり”がいちばんすきー! あれね、しゅわしゅわしててね、うまいまいなの!」
「雄鶏か? 限定的だな……」
「違うよ、“音鶏”だよ。異世界の魔獣……空想だね。絞めた後に炭酸で肉を刺激すると美味しくなる魔界の珍味だったっけ……合ってる?」
「合ってる合ってる」
「知らねーな、知るわけねーや」
リビングで寛ぎながらこーねちゃんの羽を毛繕いで遊んでいると、台所にいる日葵が問いかけて来た。
その返答は以下の通り。空想の肉を提示してきた。
現代で言えば鳴き声で鉄筋コンクリートを粉砕する超音波の声帯を持つ魔獣だ。日葵の又聞き説明の通り炭酸で血抜きすると肉がシュワシュワして美味い……本当に何故か炭酸感がする肉になる。異世界チックを食うだけで感じさせる肉だ。
ボクもキラいじゃないよ。あんま食べないけど。
それにしても……これまた珍しい肉が好きだねー?
あぁでも、確かに生前も好き好んで食べてたっけ……餌係の実家が音鶏を育ててて、供給率も良かったからそれを餌に選んだんだっけ。
鶏のくせにデカいんだよね、アレ。石化させるのと見た目似てんだよな……
……こーねちゃんが食べてるとまんま共食いだね?
「つーか異世界産かよ。売ってんのか? いやねぇよなあるわけねぇ」
「真宵ちゃーん、影開いて♡」
「……なんで持ってるの気付いてんの? カマかけてるわけじゃないのが余計に怖いんだけど……」
「なんで持ってんだよ」
前世で蓄えた肉が今も影の底に沈んでるからだが。なにも問題はない。時間進んでないから鮮度も良いし腐ってもいない。衛生問題も影の中だから無問題。
本当にどういう原理で、過程で気付いたんだか。
それともボクなら持っていると思っているのか……後者かな、これは。
要望通り影から音鶏の肉を引っ張り上げる。
こーねちゃんのかつての姿───詳細は後で日葵に語るとして───普通の一軒家と同サイズよりも少し小さい音鶏を解体した肉をまな板の上に落とす。
それでも七面鳥よりでかいけど。残りの部位は既に食べてしまった。補充するには現地に行かないと……まだ養鶏場残ってるかなぁ……?
とにかく、このデカ鶏肉を捌いてもらうとしよう。
もう炭酸の工程はしてある。だから口に含んだ瞬間炭酸のシュワシュワがすごいと思うよ。
「わーお。思ったよりデカかった……切れるかなぁ。異能使えばなんとか……?」
「きゃー♪」
「……改めてここ異世界なんだってわからされたわ」
「流行りだね。キミの場合は並行世界と異界のダブルギャップかなぁ」
忘れがちだけど一絆くんってこの新世界の人間じゃないもんね。
日葵が光でできた包丁で音鶏を捌く横で感心する。
……上手いな。ちゃんと切断……食べれるサイズで解体できてる。昔よりも成長したなぁ……平和な時代ならではの特技だよね、料理って。
そうでもないか。魔王軍でも死徒が料理人兼用して勤しんでたし。
「手伝えることあるか?」
「あるよー、パン粉とバッター液用意して欲しいな。唐揚げとか作るから」
「ほいよ」
うん、自主性高いなぁ……よく率先して働けるね。ボクには無理だよ。
唐揚げか……その食材でやんのは……別にいいか。
「? こーねもするー。おてつだいするー! ひまねぇ、やらせてー?」
「いいよー、でも包丁はダーメ。危ないからね」
「はーい」
いやあの、こーねちゃん羽だから無理でしょ。あと異物混入で酷いことになるよ。それわかってんのか。あっわかってなかったな。気付いてたから冷汗掻くな馬鹿野郎。
……うん、ボクが手ぇ出すか。流石に料理は無理。手伝わせられない。
いやでも待って、肉叩くぐらいならワンチャン……
「こーねちゃん、ボクと一緒に肉叩こっか。羽持って支えてあげるからさ」
「やた! まよねぇーといっしょ!」
「日葵ちゃん肉ちょーだい。叩く工程あるっしょ……あれ、無かった?」
「あるよー、はいこれ……ありがと」
「はいはい、お互い様」
棚から取り出したミートハンマーをこーねちゃんの羽に持たせる。背後から腕を回して、羽に手を添えて支えも作る。
これを振り下ろせば鶏肉は柔らかくなる。異世界の鶏でもそれは同じ。何処ぞのグルメ漫画と違って変な調理法があるわけじゃないからなんの問題もない。
ほーら、ここをこうして……ドン! もっと力入れていいよ。キミの好きにやりたまえ。
「きゃー♪」
「きゃー(棒)」
……意外と楽しいなこれ。将来は冒涜的な肉叩きをこよなく愛する女の子になりそうだな……性癖を軽くねじ曲げる威力があるよ、これ。
あはっ、楽し。音鶏って肉柔いんだねぇ……ほら、こーねちゃんも満面の笑みで振り下ろしてるよ。
……料理って楽しいな。こんなんで料理って言うのどうかもだけど。
その後も順調に調理は進み、今日の夕飯はできた。
「はい揚がったよー、音鶏の唐揚げ。炭酸っぽいから油ヤバかったけど」
「跳ねまくってたな……腕とか大丈夫か?」
「頑丈だからね。ほら、火傷一つない。日葵ちゃんに火傷の概念はないのだ……」
「ほーん、すげぇな」
「なんか雑ぅ」
言う割には怪我してたやん。なんだっけ、雷堂って異能犯罪者の雷撃で火傷したって聞いたけど……でも実際そんなダメージ入ってなかったか。
見た目だけ。転生しても勇者は頑丈だよね……これ言ってるボクも異常に頑丈だけど。
つか早く食べようよ。もう手ぇ合わせ終わったよ。
「駄弁ってないで早く食べようよ。ねー?」
「ねー!」
ほら、こーねちゃんも待ち切れないってさ。口からヨダレがすごい。よだれ鶏ってヤツかな……鴉だからちょっと違うけど。
あれ、あれって料理名だっけ? 詳しく知らないから間違ってるかも。
魔王の換言に耳を傾けちゃダメだ! 騙されるゾ!
「ふふっ、ごめんね」
「あー、前掛けいるか? さっき買ってたろ……んー、なぁ真宵、買ったのどこ置いた?」
「そこ」
「ここか」
スーパーで買った前掛けをこーねちゃんの首周りにセットして、こーねちゃんの食べる準備完了。待ての体勢のまま待機させてたから、すんごいキツそう……
もう食べれるよ、良かったね。
器用に羽でフォーク持ってるけど、持ち方が子供のアレなんだよね。
……どう持ってんだこれ。曲げてんのか? んー?
「それじゃあ手を合わせて……いただきます!」
「いただきます」
「ます」
「んまー!」
「早っ」
フライイングがすごい。頬張りしなくても唐揚げは逃げないよ……ボクも食べよ。音鶏っていう超音波で自分から身体を柔らかくしてくれる肉の唐揚げを口に放り込む。
ふむ、外はカリカリ、中はふわふわ……あっ違う、地味にシュワシュワする! 思ってたより肉が泡立ってシュワシュワしてるぅ! そうはならんやろって味!
不思議食感。悪くないけど普通の唐揚げ食いてぇ。不思議食材出しといて微妙とか、もっと食のバリエを増やせやエーテル世界。もう滅んでるけど。
「んまんま」
「お、おぉ……新感覚。これが異世界の……魔界ってファンタジーの肉なのか……」
「美味しいね〜」
「ねー♪」
ボクは一口満足かなぁ。あとは他の料理を……日葵お手製のエビフライでも食べてるよ。タルタルソース目当てに。
とんかつソースかけたらダブルで美味いんじゃね?
罪の味……禁断を歩んでこそ魔王ってもんだ。もう堪んないね。
「んまー♪ んまんま!」
……こーねちゃんが喜んでる顔見れたから、今回の迷子騒動も悪くなかったかもね。
◆◇◆◇◆
満腹で寝そうなボクに与えられた次のミッション。それはこーねちゃんをお風呂に入れ、汚れを落として綺麗にすること。
実はここ三日水浴びで済ませていたこーねちゃん。なんて汚いことでしょう……洗うならもっと早くやれ家が汚れるだろうが。今日の日葵選択ミス多くない?
そう愚痴りながら始めたこーねちゃんの身体洗い。最初は抵抗していたが、泡の感触がお気に召したのか口に含んで更に楽しもうと……ちょ待て待て待って。それ食べ物ちゃうから! やめなさい!
……危なかったね。泡食いは下手したら死ぬから。オススメはしない……とはいえ、大人しくなったからだいぶ洗いやすくなった。
さてさてさーて、こーねちゃんの汚れ具合は……?
「んー? 普通だな……羽根の間にゴミがあるわけでも土汚れがついてるわけでもない……」
「るぅー♪」
「……ここが気持ちいいのかな? お客さん、痒いとこないですかー? あわあわ心地いいですかー?」
「あぃ!」
そんなに汚くない。いくら泡立てても洗い流しても想像していたような色の汚れは全然出てこない。
……まぁそりゃそうか。
あまりにも汚かったら今頃部室も部屋も抱き上げて遊んでたボクたちも汚れてる筈だし。
濡れた羽根の触り心地からして、手入れもしっかりされてるのがよくわかる。んー、ここ三日は水浴びで済ませてたって聞いてたんだけど……なんか変だな。
洗浄魔法でも身体にかけられてんのか? ってぐらい綺麗なんだけど。
……そういや汚いので擦り寄られたくないからって浄化機構身体に仕込んだんだっけ。
「これも転生のシステムってわけね……スキルという魔法の術式は、異能という形で魂に刻まれている……そう、肉体ではなく魂に」
「てんせー?」
「そうだよ。かつてのキミの魂に刻んだ狂儀の魔法。生まれ変わった今もそれは機能している」
「ぅ?」
「……ふふっ、いいよ。そのままの鳥頭でいてくれて構わないよ」
実験体562番。愛称はこーねちゃん。実はこの子の捜索をするために色々と裏を探っていたのだけど……どうやらこの子の存在は秘匿されていたらしい。
それも異能結社全体に。総帥とか他の大幹部とか、飼い主を自称している八碑人を除く全員が彼女のことを知らなかった。
結界をすり抜ける鴉なんて、皆意識するだろうに。
……守られていた。異常な程徹底された情報規制。利用してくるであろう準幹部に対しては特に。
その割には放し飼いしてるけど。なんなんだよ。
なにを考えてんだか……黒彼岸であるボクたちにも簡単に情報を明かしていた辺り、なにかしらの思惑はあるんだろうけど。
……気付いてんのかなぁ、アイツ。ボクがカーラの転生体だってことに。
「まったく……キミも何処まで覚えてるんだか……」
身体を洗われて心地良さそうな鳴き声をあげるその微笑みに目を奪われながら、聞こえない程度の声量でそう呟く。
おそらく、断片的な記憶しか残ってないのだろう。若しくは思い出していないのどらちかか。
そうじゃなかったら、日葵に懐くわけが無い。
前世、己を斬って討伐した敵対者に───この子が抱き締められに行くわけが無い。
「……考えるのは後でいいか。本気で洗わないとこれ無理だわ」
「きゃー♪」
「かった……金属タワシで擦った方がいいんじゃねぇかなこれ」
羽根を清めて、身体を洗って、鳥脚になってる足もゴシゴシと擦って綺麗にする。動物の世話とかしてる気分だ。
一番の難所は羽ではなく脚だった。生足なら兎も角鳥脚だからね。溝とか凸凹とか、汚れがこびりついて取れなくなっちゃいそう。
だから頑張る。仮にも親だからね……もうママって呼ばれても否定できない段階になってるんだよ。
「できたできた」
「くるるぅ〜♪ んぃ……わぷっ!?」
「はーい、洗い落とすよー……はい終わり。お風呂に浸かってていいよ」
「あぃ!」
ちなみに一絆と日葵は既にお風呂に浸かった後だ。
湯船に羽根が浮く可能性があるからね。羽の根元が強靭だから大丈夫だとは思うけど、万が一は想定しておくべき。
はぁー、終わった終わった。あとはボクの身体だ。逆上せる前に洗わんと。
……面倒だな。影で包んで汚れ全部落とすか。
「ままー、みてみてー! ひよこさん! ぴよぴよ〜ってかわいいのー!」
「ふふっ、いいね。今度ふれあい広場でも行こうか」
「ふれあ……?」
「ちっちゃい動物たちと触れ合うの。昔、おじさんに連れられて行ったけど……悪くなかったよ」
「わぁーわぁー! いくー! ふれあいいくー! ままとおでかけー!」
「あー嬉しいのはわかったから。騒がない騒がない。ほんと、声つくとすごいな……」
湯船に浮かべる玩具ではしゃぐ幼女に思わず和む。ふれあい広場が何処にあんのかは忘れたけど、魔都にあるのは確かだ。
中学生時代……鳥姉こと燕祇飛鳥が諸事情でうちの養子になった時に記念で行ったのを覚えている。
懐かしいな……日葵が歳の割にはしゃいでいたのが目に焼き付いている。
……黒彼岸の三人で行くか。あまり異能部の面々と接触させたくないから。
そう思いながら髪を洗う。こーねちゃんを探す時に何故か勃発していたヤクザの紛争地帯を駆けたから、見掛けよりも汚れている。
ホント、アルカナって有志以上に危険で危ない……なんでこうも治安悪くなってんだか。
……異能ってやっぱりよくないものなのかもね?
この世から異能を消そうって思想するやべーやつが出てくるのも無理はないか。
自分の髪、身体、その隅々まで綺麗に洗い終えて、ジャブジャブと中で跳ねるこーねちゃんを落ち着かせながらボクも浸かる。
ふぃー……いい湯加減。うん、羽根も浮いてない。だいぶ激しく動いてたけど平気っぽいね。
湯船を浮かんで近付いてくるこーねちゃんをそっと抱き締めてやれば、嬉しそうに喉を鳴らして頬擦りを返してくる。
……日本の擬人化文化が何故流行ったのか、今ならわかる気がする。
「10秒数えたら上がろっか」
「あぃ! じゅーぅ、きゅーぅ、はーち、なーな」
「……教養もあると。ちゃんと教育してたんだねぇ、オルゲンのヤツも」
「ろぉーく、ごーぉ、よぉーん、さぁーん、にーぃ、いーっち! ぜろ! おわりー!」
「よくできました」
「きゃー♪」
……そういや羽ってどう手入れすればいいんだろ? なーんも知らんのやが。
湯船から上がった後に、自分の準備不足を呪った。
◆◇◆◇◆
羽根の乾かし問題は日葵が解決した。天使の異能が万能すぎるってことしかわからなかった……なんなのあの天使ってヤツら。
声高らかに世界の裁定者を気取るだけはある。神の金魚の糞の癖にね。
あっ、もう絶滅してたかぁー! いやぁ、見下してた魔界勢力に呆気なくぶちのめされちゃって……ホント笑えるよね! お陰様で勇者パーティに入ったアイツがどれだけ異端なのかよくわかるよ。
……考えて見ても、あんなのに囲まれて人間寄りの真っ当な善性の精神を手にできたのは本当おかしい。
それを受け継いだ日葵はもっと頭がおかしいけど。
「すぴー……すぴー……」
さて、話を戻して……黒と紫の厨二チックな彩りのマイルームのベッドの上に、気持ちよさそうな寝息を立てているこーねちゃんについて。
風呂から上がった後も遊んだこーねちゃんだけど、だんだん眠くなってきたみたいでね。二十時を過ぎた辺りでこくんこくんと揺れてしまったのだ。
歯も磨いて、二階の寝室に連れてって。寝落ちする寸前だったもんだから……ホントに大変だった。
……まぁ、最初はぐずってもっと遊ぶと泣き叫んでたけど。
これでもさっきまで添い寝してたんだよ。
布団に包まる、ふわふわな羽毛に抱き締められるのダブルパンチでボクも寝そうだったけど……ギリギリ起きられた。
まだまだやることがある。眠いけど、寝たいけど。はぁー、やだやだ。弩級の厄ネタめ。飛んでくんのが早いんだよ。定期的にボクを虐めるのやめろー?
……これも全部あの邪神が悪い。余計な運命ボクに刻みやがって……
苛立ちを溜息で逃がして、ベッドから立ち上がる。寝ているこーねちゃんを起こさぬよう、音を立てずに窓際に立つ。
遮光カーテンを開けて、窓の鍵を開ける。そのまま外へ出れば───都祁原家のバルコニーに繋がる。
普通の家にはない、豪邸だからこそできる家の形。
窓を閉めて真っ直ぐ歩き出す。盗視と盗聴を妨げる設置型の結果が問題なく機能しているのを確認して、ボクはそこに用意されていたガーデンテーブルの縁に腰を落ち着かせる。
椅子ではない。何も置かれてないから、別に机上で問題はない……それに今日は無礼講だからね。
さて、そろそろかな。あんまり遅いとぶち殺すって宣言してるから、来ないわけ無いと思うんだけど。
……そんな訝しみを無表情の下で浮かべていれば、既知の気配が空からバルコニーに降り立った。
「やほやほー! お招きありがとー、なんてね」
「わざわざ“思考伝達”の言伝まで使って呼ぶとは……寄りにもよってドミナまで連れて来て。今回はどんな用件ですか、闇」
現れたのは双方共に色彩が白い男女。
年代不相応な魔女帽を深く被り、真紅の目を爛々と輝かせる女子高生、仇白悦こと───領域外の魔女、狂儀のドミナ・オープレス。
そしてもう一人は、清潔感のある白の執事服を纏う宝条家の執事、綾辻薫こと───斬紅のスレイス。
現段階でボクの正体を知る者たちの中で、最も情と信頼のある魔族たち。
本当は後もう一人いるけど……彼女は趣味の活動で忙しいからね。今は全国ドームツアー中だってボクの耳にも入ってるし。アルカナに戻ってきたら話すよ。
いやぁ、スーに至ってはあの日ぶりだな。もう少し会う機会増やそっか。
「突然悪いね……スーの耳には勿論、ドミィの耳にも入ってると思うけど。王来山学院の結界を貫通無視で素通りした幼女について、話したいことがあってね」
「……あぁー、あれ? あれね? うんうん、あれね? ちゃーんとわかってるよぉ、うんうんうんうん」
「えぇ、お嬢様から聞いていますよ───まさか突然泊まりを要求されるとは思ってもいませんでしたが」
「それに関してはキミの飼い主が悪い」
「誰が畜生ですか」
忠犬ではあるだろ……ボクのこと裏切ってるけど。親衛隊のヤツらなんて性質的に犬だろ。吸血鬼の祖に生まれたのに魔王の剣やってる時点で犬だろ。
……てゆーかさぁ、ねぇ。ドミィ? なんでキミが、多少なりとも結界の調整に関わってるキミがその事件をわかってねぇんだよ。
どうでもよすぎて忘却したな?
……まぁ、そうだよねぇ。結界なんかが割れるだの壊されるだのすり抜けられるだの……うちでは普通の日常だったもんね。
「ほら、羽の生えた幼女が結界貫通して侵入したってあれこれ。覚えてない?」
「…………………あぁー、あれ? なんとなーくで犯人わかったから、そのまま無視したんだけど」
「やっぱりわかってたんだ」
「そらね? 闇ちゃんのペットでしょ? ……ん? ん? あっ! あれか、転生してる……ってこと!?」
「気付いてなかったんかい」
さっきから匂わせてるけど……こーねちゃんは昔、それこそ前世からボクと関わりを持つ、とある動物の転生体なのである。
ペットっていうか……うん、ボクが飼い主だった。
「ほらあの子」
「ぉ、おー、おぉ〜! 懐かしい! 面影全っ然ないけどすごい見覚えある! 可愛くなったじゃんね!」
「道理で。それにしても……まさか人型になるとは。転生の神秘は奥深いですね……」
「ね、すごいすごい」
………………。
部屋の中の闇を操ってカーテンを開ければ、ボクのベッドの布団を大きく剥いで、大の字になって寝息を立てるこーねちゃんがいた。
うーん可愛い……ちびっこの寝顔ってなんでこうも庇護欲を唆るのだろうか。魔族とか魔物の子供も結構可愛いもんなんだよ?
ボクに幼少期なんてモノはなかったので、そういう目で見られる機会はついぞ無かったが。
「……ねぇ、闇ちゃん」
「なに」
「すんごいガン見されてるけど。カーテン裏見てみ? なんかいるよ?」
「……彼女、あんな目できたんですね」
「……はぁ」
指摘すんなよ馬鹿。一回全員でスルーしたじゃん。なんで振り返るんだよ……
「私も混ぜてよ」
何しに来た勇者。そこボクの部屋だぞ。人の部屋に許可なく侵入してんじゃねぇよ。
……何故か日葵がいた。なんかこっそり覗いてた。
「何用」
「実家のバルコニーに魔王軍が集結してたら、そりゃ介入するでしょ。これ見逃したら勇者として人としてアウトでしょ」
「そんな言ぅー? 勇者ちゃんは酷いなぁ……こんなに慎ましく生きてるのにぃ」
「その通りです」
「どの面」
納得せざるを得ないのが余計癪に障るなこの勇者。
仕方ないから日葵も混ぜる。まぁ認識されてすぐに自分で窓開けて混ざって来たんだけど。邪魔者扱いで追い出すのも徒労だからやんないだけで、存在としてはすんごい邪魔。
一絆くん一人にすんなよ……え、課題? 今日の授業出れなかった分の? 真面目だなぁ……もう少し気楽に生きればいいものを。
で、お前はどんな言い訳して……ふざけんなよこの変態野郎がよォ。
「……斬りましょう」
「許して」
「あはぁー! おもろ。死体は僕に寄越してよ。黒魔術再研究したいんだよねー!!」
「草」
その場合魂はボクのものね。取り込んで一生大事にするから。
さて、そろそろ言及するか……はい、この変な部位多めな怪鳥の稚児ちゃんなんですけどもね。
実はね……
魔王時代に飼ってた鴉の原種、その転生体でした。
覚えているだろうか。ボクの異能【黒哭蝕絵】にはとち狂った生態の生き物を造る脳裏があることを。
魔造生命体───魔王が生み出した、人工の生命。
特に優れた個体には“ 魔王獣 ”という枠組みでもって扱っていたのだが。
こーねちゃんはそのうちの一体なのだ。なんて偶然なんて奇跡。
「黒征怪鳥クラウバード───ボクが初めて魔王獣の枠組みを造った時、真っ先にその名を連ねさせた……天空の支配者」
「魔法で硬質化させた羽根の絨毯爆撃、口から広範囲高出力射程距離くそやばな魔力光線を放つ攻撃性能」
「サイズ変更もできるよ。手乗りからクソデカまで」
「……そして、あらゆる障害を無視するという当時の我々でも想定外だった特異的能力の持ち主」
「あの時の衝撃はヤバかったよ。ドミィの結界が何の意味を成さずに素通りされたんだもん」
「言っちゃえば壁も床もすり抜けれるんだよこの子」
「つよつよカラスじゃん」
それがこーねちゃんの正体。可変する身長は最高で30メートルという巨体を持つ怪鳥であり、殺意の高い攻撃能力を有する魔王獣の代表格。
クラウバードという名が前世の名前である。ボクが造った存在だから、これは種族名でもあるのかな?
喉元に魔法陣があるのも特徴的。
そういや脚って三本なかった? 八咫烏みたいでよく覚えてるんだけど……人間体では流石に二本か。
思い出すのに時間かかったよ。転生しないだろって先入観で発見が遅れた。
まったく、可愛らしくなっちゃってまぁ……
「それでぇ? あの子が転生する原因になった斬殺犯の日葵ちゃーん? なにか言うことある?」
「ぐはっ」
「あーあ」
「だっ、だって仕方ないじゃん……正当防衛だもん。殺らなかったら死んでたの私達だし……まさか来世で可愛くなった姿と会うなんて思わないじゃん」
「それはそう」
「うんうん」
勇者の心に致命傷! 幼女になったせいでダメージは人一倍だ……なんとも恐ろしい時間差攻撃だ。
でも、気に病む必要性はないとは思う。あの時代はそういう時代だったんだから。
発端のボクが言えたことじゃないだろうけどさ。
そう、転生したということは死んだということ……目の前で悲しげに項垂れている日葵が、こーねちゃん転生の遠因だったりする。
「“ストーロ連邦殲滅作戦”───楽園軍の一大勢力を魔王獣三体で滅ぼさんとした“奈落”の計画……結果はこちらの惨敗。全く……勇者とは凄まじいモノだね」
「いや、何処が? 首都以外全滅して実質滅んだけど? 痛み分けですらなかったよ?」
「……? でも負けは負けでしょ。ねぇー?」
「うんうん」
「滅ぼすと決めて、滅ぼせなかった……全滅ではなく殲滅の形となったのは作戦名の通りでしたね」
「皮肉か???」
「ええ」
死徒の一人、“奈落”の名を冠する邪精霊が決行した魔造生命体の軍勢による一大作戦。総勢1000を超える異形による殲滅は、見事ストーロ連邦───あらゆる種族が手を差し伸べ合う連合国家───を追い込み、全滅まで行きかけたのだが……
救援に駆けつけたリエラ・スカイハート一行により防がれてしまったのだ。
確か冒険中に運良く遭遇してしまった〜、だっけ。
運悪いよ。なんで鉢合わせんだよ……つーか楽園軍最高戦力が呑気に冒険してんじゃねぇーよど阿呆。
魔王獣三体揃って討伐してんじゃねぇーよクソが。
「勇者人生で三番目に入る危機だったよ……制空圏を誰にも譲らないクソでか鴉、自爆特攻する不滅の狼、サンドワームとは名ばかりの変な蛇。私一人じゃ……ううん。五人だけじゃ絶対勝てなかったよ」
「すんごい謙遜するじゃん。日本の精神学んだの?」
「なにその煽り……」
「あはは。闇ちゃんには無い概念だもんね。謙遜とかされる側だもんねー?」
「なんかバカにされてないかボク」
「気の所為でしょう」
あの殲滅戦に投入された魔王獣は、空中戦において無類の強さを誇る黒征怪鳥クラウバード、改造による改造で死ななくなった屍爆赫狼デモンズウルフ・改、地中だけでなく空中も潜行する一際異常なミミズこと虚喰嚥土バクバクワーム……名前が安直ですまんね。
デモンズウルフは一絆くんを虐めた時に産んだのの完全上位互換……というか、本物? なんか爆発しても肉片から再生するようになってたけど。よくこいつを殺せたな……リエラがトドメ刺したのはクラウバードだから、誰が殺ったんだ……? ダメだ聞いてないから覚えてない。
バクバクワームは……ちょっと理の外側にいるからよくわかんない。
なんで空中に潜った後を辿れないんだよ。どっかの新米くノ一にイラついてる要素は、このサンドワームモドキの薄気味悪さとそっくりだからってのもある。
……さては鶫ちゃん、バクバクワームの転生体!? まぁ違うけど。
つーか空中に潜るって何。穴を空けるとかでもなくするりと潜ってくんの魔法として見てもおかしいだろそこら辺ちゃんと解析しとけやドミィ。
善虫の癖して全然善くない……蠕虫? そだっけ?
「……んんっ、まぁあのキモイの二頭は別にいーや。愛着とか別にねぇーし」
「ひどっ」
「さいってー」
「造物主の癖してなんという扱い……それでも母親の自覚はあるので?」
「ないが?」
なんかスー、さっきからグサグサ刺してくんね?
「うぐぐ……はいこの話終わり! 閉廷へいてーいっ! 今日はこーねちゃんについて話すんだから!」
「それはそう……というかあの子があの鴉なら、私を覚えてないのおかしくない?」
「……まだ思い出してないとかじゃない?」
「……それもそっか。今のうちに好感度稼いどこ……ちみっこい人型で拒絶されたくない……」
「切実だなぁ」
んー? そういやなんで日葵は拒絶されてないのに、弥勒先輩が威嚇されてんだ……?
……あれか? あの人趣味で鴉狩ってるからか?
鴉の情報網であの人の危険度知れ渡ってたりする? ワンチャン有り得るくない?
「んー……ねぇ、こーねちゃん起きそうだよ? なんかむずかってるよ?」
「……添い寝が必要か。普段どう寝てんだあの子」
「……オルゲンくんが添い寝してる……とか? うぷ、絵面やばいね?」
「想像させるのやめていただきたい」
甘えん坊だったからなぁ……あの巨体で抱き着くの普通に災害テロだよ? 魔王の身体と鎧でなんとか無事原型留めてただけだよあれ。
あの巨体で繰り出される頬擦りと啄みは“死”だぞ。
クラウバード、知能は高いが精神は子供……それは今世でも発揮されている。本当に心配だ。あの大鴉がこーねちゃんだと言うのならば、今世こそ守らないと非常に心が抉れる気持ちになる……
半分はボクの自業自得とは言え、今世こそ見張って手元に置くかしなければ……
……これを見越して八碑人はあんなこと言ってるのか?
というか八碑人の観察眼ヤバくない? 数値はウソをつかないってヤツかもだけど、本当に頭おかしい……なんで気付るんだよ。
一応母親枠のボクでも結界透過能力でやっと正体を察せたのに。
絶対あの蠍、ボクの正体に気付いてそうな……でも日葵には黙ってよ。
「それで、話は変わりますが……彼女、まさか本当に我が家に来るつもりで? お嬢様が意気揚々と語ってはいたのですが……本気ですか?」
「本気と書いてマジと読む。諦めなよ執事長」
「くっ……」
「流石は宝条家の直系って感じだよねー。すさまじい行動力の化身だよ」
「その一言で片付けるのやめてくれませんかね?」
「被害者の訴え」
「お疲れ様です」
「頑張ろうねぇ」
そう、明日は宝条家でお泊まり会……くるみちゃん駄々こね事件による悲劇。いや、こーねちゃんたちにとっては喜び以外に他ならないのだろう。
つまり明日はスーがあれこれ手配して準備しなきゃならない。この時間帯も本当は忙しいのにね。ボクの為に時間を割いてくれてありがとう……大好きです。
仏頂面のスーに魔王の愛をお届けだ。ポイッ、と。
「……闇、影で屋敷を視ないでください」
それは受け入れられない申告ですね。
今、お屋敷には……おっ、不在なのがバレないよう血液を媒介とした傀儡を使ってるみたい。並行思考で作業を遠隔処理しているらしい。
人間業じゃない。吸血鬼ってホント血があらばほぼなんでもできる種族だよね……
本気出せば百体同時操作できるとか、なんなの?
まぁそれはとにかく、今日から明日までスーはクソ多忙すぎて過労死寸前ってわけ。
「……今も壁のすり抜けは可能で? 可能だった場合、対外的に防衛機構の見直しを実施しなきゃなので……嘘でもできないって言ってくれませんか?」
「必死だなー。多分無理じゃない? 試してないけど。現時点じゃ結界だけ……そうじゃないと行動範囲クソやばになってボクが死ぬ。ま、明日オルゲンに聞いてみるよ。安心して?」
「それでは遅いのですが……まぁ良しとしましょう」
「くふっ、スーくんったら真面目に執事してんねー。そんなにあそこの空気いいの?」
「そうですね……魔界の淀みよりは遥かにマシです」
ねぇ、その淀みってボクのことだったりしない?
その後も三人での……無関係な女一名プラスで暫くお喋りを続けて、日を跨ぐ前に解散となった。話題は尽きなかったけど……今度は全員呼びたいと思った。
他二人とも趣味に走ってるけど……暇になってたりならないかなぁ。
日葵は二度と呼ばん。つーか家でやらん。来んな。
「ばっばい」
「ばいばーい」
「それでは」
「二度と来んな」
「ひま?」
……さて、寝るか。一絆くんはもう課題終わらせて自分の部屋で精霊たちと手遊びしてるみたいだし……ボクは手洗いしてからこーねちゃんと寝よう。
日葵も自分の部屋戻れ。川の字は絶対にやんない。真ん中になんのボクだろうどうせ。
いつまでこの問答続けるつもりだ? こーねちゃんが起きちゃうんだけど?
「おやすみ」
「さよなら」
「えー……」
「んぅ……まんま……、ぅ? ……………ろこ? ぅ〜、まま、ままぁ……」
「はいここにいるよー? はいギュッギュッ」
「……♪」
はぁーあ……明日は何事も無ければいいんだけど。
───パリーン!
「あっ? おー、あったあった。ったく、やっぱこれが無くちゃやってらんねぇよなぁぁ……?」
その夜、とある博物館から展示品が一つ盗まれた。泥棒を犯した男───異形の男の手には棍棒のような巨大な斧が握られていたことも。
器物破損と窃盗罪。そして見るからに人間ではない存在に、異能部と特務局が捜索に出る未来も。
黒征怪鳥が力の一端を解放するなんて異常事態も。
雁字搦めな不始末の未来模様など、真宵にとっては関係の無い些細な話なのだ。




