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03-35:ママじゃないよ、本当に


「ほーら、ここに写ってるのが真宵ちゃんだよ〜……ねぇ、ホントに真宵ちゃんママなんだよね? ホントのホントになんだよね?」

「うゅ! ままたよ! ……ねぇねぇ、これほしぃー」

「あー、ごめんね。これはダメ。集合写真だからさ。真宵ちゃん来たら一緒に撮ろっか」

「やた!」


 学校をサボっていた真宵を電話で呼び出してすぐ。日葵は去年の秋頃撮影した異能部の集合写真を片手にこーねと会話していた。

 その一枚に写った真宵を指さして、改めてこーねの母親が真宵であるかどうかを確認する。

 必死に念押すように、否定材料が欲しそうに。

 日葵にとっては嫌な新事実だ。

 大好きな親友が、かつて殺し合った宿敵が、今では愛し合う()関係である真宵が……自分の知らない間に子供をこさえていたのだから。


 幾度目かの絶望で淡い期待を打ち砕かれた日葵。

 そんな内心の絶望はおくびにも出さず、真摯な面でこーねと向かい合っていた。


「んっ……ひまねぇ、らっこ」

「はい、どーぞ。ふふっ、我儘なとこは真宵ちゃんと似すぎかなぁ」

「ぅ?」


 突然抱っこを要求したこーねは、差し出された胸に顔を埋めて静かに息を吸う。そのままぐりぐりと顔を擦り付ける様は、まるで自分の匂いを縄張りの目印にする動物かのよう。

 日葵の匂い───ではなく、その服から香る真宵の残り香に誘われているのだ。その行動の理由に日葵も気付いているからこそ、拒絶せずに受け入れている。

 困った笑みを浮かべているのも、だんだんこーねが小さくなった真宵のように見えてきたからである。

 真実を知っても尚、日葵の脳はこーねへの庇護欲で圧迫されている。


「切り替え早いよな、アイツ」

「それな……やっぱ無理だよ。脳が理解を拒んでる。あんなちっちゃい子が洞月さんの娘なわけないって。どうなってるんだ」

「流石に血は繋がってない筈よ……憶測になるけど、義理とか……親子盃とか、そういうのに近いモノだと思うわ」

「盃、ねぇ……なんかやりそうだな」

「やってそう」


 未だ衝撃の抜けきっていない一絆と姫叶と雫の二年同級生組はに憶測片手に苦笑する。盃から酒の要素に繋がて親子関係を疑ったり、天真爛漫すぎるこーねの笑みを見てよりその関係性を疑ったり……

 当人が来るまでわからないことだが、邪推するのは仕方の無いこと。

 ……他の部員と比べて平静を取り戻すのが早いのは最早慣れと言っても良いだろう。


「マジなのか……」

「出生届は……あるわけないか。いや、どうなんだ。ダメだ、なにもわからない……!」

「あわわ…」

「う、うぐぐ……頭が痛い」

「ほへー」


 思考停止が約一名いるが、困惑の輪が広がっていることに違いは無い。普段は立ち直りが早い面々だが、今回ばかりは難しい様子。

 それから数秒経ってなんとか気を取り直した各々は気分を一新してこーねとのふれあいに参加した。

 心は癒しを求めている。


「きゃー♪」


 研究所暮らしのこーねにとって、異能部とのようなここまでのふれあいは経験したことがない。

 黒彼岸との面々は頻繁に魔道塔に来てはくれるが、どうしても任務優先且つ各々が自由人な為ずっと傍に居てくれることはない。

 斬音は唯一構い続けているが……それでもだ。

 こーねにとって、異能部のような大人数との接触は新鮮で。


 ───遠い何処かの記憶にある、あの賑やかな夜を想起させる。

 

「?」

「んっ……どったのこーねちゃん」

「ぅー?」

「んー?」


 突如脳に走ったチクリとした痛みに、反射で力強く日葵の身体を抱き締めたこーね。脳に蓋をされている(・・・・・・・・・)ことには気付かぬまま、不意の痛みに顔を歪める。

 一瞬のダメージは再発することなく。不思議そうに首を傾げるが……その痛みに答えが出ることは無い。


 その表情の変化に皆が戸惑いを見せていたその時。


「───はいどーん! 待たせたなぁポンコツ異能部。ボクだぞ」


 甲高い悲鳴のような音を立てて、私服のまま学院にやってきた真宵が部室に現れた。

 腕を交差させたXのポーズで───華麗に着地。

 足元に散らばる硝子の欠片には目もくれず、まるでひと仕事終えた後かのような爽快感を全身で味わっていた。


 そう、真宵が部室に侵入した経路は───“窓”。


 廊下に繋がる扉ではなく、中庭の眺めを一望できる部室の窓を突き破って現れたのだ。


 割った理由? 物事の全てに理由がある訳では無い。


「真宵ちゃ───なにしてんの!?」

「わー!? ガラスが!!!」

「普通に入ってこい馬鹿!! 修繕費、お前の給料から出すからな!!!」


 非難轟々。是非もない。救世主現るかと思いきや、まさかの被害を拡大させて混沌さにより拍車をかけて登場するという悪魔の所業。

 これには日葵も怒りのグーパンチ。異能部の経理を全て担う廻に至っては殴られた真宵の襟を掴み上げて激しく揺らしている。

 真宵は廻が発する怒気に気圧されるも、笑いながら釈明をする───かと思いきや。


「窓パリーンは浪漫だよね〜ッ! 往年のネタにしては完成度が高いよ。やっぱさ、新鮮味とか古臭さとかをネタに求める必要性は無い方が良いと思うんだ……」

「自論展開やめて」

「反省してないな貴様。おい雫、悪いがこいつの頭をスライムで包んで窒息させてくれ」

「わかったわ」

「なんて卑劣な……!」

「どの口が???」


 非高速詠唱で己の見解を訴え、級友から斬新すぎる処刑法を試されて……迷子の不毛な母親探しをさせた負い目でもあるのか、大人しく水泡で息を塞がれた。

 無論、苦しくなって数秒後に───呼吸困難如きで死ねない現実に打ちしがれながら変装マスクのように剥ぎ捨てるのだが。


 呼吸できない程度では死なない真宵は、現段階では無敵である。


「あー、苦しかった」

「チッ……心にも無いことを。相変わらずイヤになる頑丈さだわ」

不死身(ゾンビ)だからじゃない?」

「だれがゾンビだ。何処をどう見たらゾンビなんだ。まったく……ボクは(れっき)とした人間だぞ」

「ダウト」

「普通の人間なら大人しく死になさいよ。あんたここ二年で何回死ぬ死ぬ詐欺してんのよ」

「それは本当にそう」


 己の不死性に一喜一憂して、級友たちからの心無い罵倒に胸を痛める真宵───その身体に、探していた幼女が突進する。

 窓が割れた音で暫し硬直していたこーねだったが、正気を取り戻してすぐ壊音の発生源を確認。その場で平謝りする真宵の姿を視認した瞬間に飛びついた。


「ままー!」

「っ、とと……やぁやぁこーねちゃん。プチ家出旅は楽しめたかな?」

「あぃ」


 普段どう呼ぶべきなのか教わったのにも関わらず、こーねは躊躇することなく真宵を母呼びする。真宵は自称娘の口を釘で繋ぎ止めたい気持ちに苛まれながら勢いの強い突撃を仰け反ることなく受け止める。

 お腹に顔を埋められ、ぐりぐりと押し付けられる。

 可愛らしい愛情表現に優しい笑みを浮かべ、真宵は追加で頭を撫でてやりながら異能部の面々に目を向ける。


「ママに会えて良かったのです!」

「感動の再会でござるなぁ、うんうん」

「パイセン、ババアだったのか……若作りなんだな。びっくりだぜ」

「すごいこと言うスっね!?」

「だいぶ語弊があるね〜? すっごい失礼。殺すよ?」

「え?」

「え?」


 後輩たちに祝われたり労われたり……素でド失礼な発言をするヤンキー一名に戦慄しながら、取り敢えず後ほど矯正を実施しようと決めた。

 こーねの目の前でもある。流石に教育に悪すぎる。もうちょいマシな言語機能を備えるべきであろう。

 自分を棚に上げてそう思った真宵は、頭なでなでを要求するこーねに従ってその頭を撫でてやる。


「いやー、実は日中ずっとこの子のこと探しててさ。まさか王来山に来てたなんてね」

「そうだったんか……」

「においみっけたの!」

「そっかぁ、すごいねぇ……匂い辿って来たなら直接来て欲しかったよ」

「えへへ」


 真宵のサボりに全うな理由(後付け)があったことに各々驚く中、真宵は嬉しそうな笑みを見せるこーねに荒んだ心を癒されていた。

 日頃溜まりゆく鬱憤や準幹部会議などという何処か頭の外れた連中との言い争いが和らいでいくよう。

 可愛いは世界を救うとはよく言ったものだ。

 感心を浮かべながら真宵はこーねの脇に手を入れ、己の視線の高さまで持ち上げる。


 そして、不思議そうな顔を向けるこーねに一言。


「ふふっ……こーねちゃん、ボクのことどう呼べって言ったっけ?」

「ぅ?」


 そうそれは一番追及すべき問題。此度の迷子騒動をより混迷にさせた真宵の呼称。

 蚊帳の外にいる異能部には目もくれずに尋問する。

 持ち上げたのは逃がさない為。下手なことを言えば即座に顔面フリーフォールを体験させる気満々だ。


「……………………………………………………………………………………ぅ?」


 四十秒ほど首を傾げていたこーねだったが、いくら待っても答えは出ない。


「あーほら、ボク、ママじゃないでしよ。お姉ちゃんでしょー? もう……忘れちゃったのかな?」

「……あっ! まよねぇ! わすれてた!!」

「そっかぁ……忘れないで欲しかったなぁ……うん、まぁいいや」


 忘れていたらしい。子供の記憶力に期待した自分が馬鹿だったと真宵は諦観を浮かべて、再会した二人の交流を眺めていた異能部の面々に目を向ける。

 彼らの目は疑念に塗れており、真宵とこーねの間に本当に親子関係が無いのか疑っている様子だった。


「なに、ホントだと思ってんの? ボク産んでないよ。当たり前だけど」

「いや、それはわかってるんだがな」

「どういう関係なんだよ。ママ呼びは並大抵のことがなけりゃありえねーだろ……」

「うんうん」

「あー……それに関してはボクもわかってないから。初対面でママ呼びされてたみたいでさ」


 異能部に走る何度目かの衝撃。今目の前にいるのが初対面の幼女に母親と呼ばれる女だと知って、愕然と口を開いた。

 母性の欠片も無い怠惰な自殺狂い───それが皆の真宵評である。

 酷いように見えるが、順当な扱いである。

 最近はなりを潜めているとは言え、彼女の死を求む姿勢は一年以外は皆知っている。そんな少女を母親と呼称し始めたのがこーねからだという真実味。

 てっきり、真宵からそう呼ぶように仕向けたのかと皆が思っていた。


「酷くね?」

「だって、ねぇ……」

「ぅ、うーん……日頃の行いのせい、かな。ごめん、流石に擁護できない」

「されたことねぇーんだけど」

「悔い改めよ」

「何様だ貴様」


 相変わらず辛辣な級友たちに蹴りを入れて、真宵はソファに座って腰を落ち着ける。勿論こーねを全力で抱き締めたまま。

 頬擦りに頬擦りを返して、安息の溜息を一つ。

 そして群がる部員たち。口々に文句や避難、半分が自業自得の物言いを交わしながら、真宵はさっきから静かな日葵を視界に入れた。

 そこには幽鬼のようなオーラを立ち登らせる闇堕ち勇者がいた。


「どした」

「ぅ?」

「私にも抱っこ……なでなで……ほっぺすりすり……なんで自分からしてくれないのぉ?」

「シンプルにキショい」


 真宵からの求愛が無さすぎて狂った日葵を、真宵は本心で煙たがる。

 友人以上の関係を望んでいるのは日葵だけだ。

 真宵にとって日葵との関係はもうここで終わりで、これ以上発展することもないさせることもない───例え、それが如何に歪んでいたとしても。


 その隔たりを、いつも日葵は無視して飛び越える。


「まぁまぁまぁ……落ち着くんだ琴晴くん。いつかはきっと振り向いてくれるさ。ほら、ここに気分が大変高揚する袋があってだな……これを吸うんだ」

「すーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「なに入ってんスかそれ」

「なにも」

「ごほっごほっ! 騙したなぶちょー! 部長の分際で私を欺くなんて……百年早いよ!」

「いや、落ち着くかなぁ〜って。落ち着いたろ?」

「死ね死ね死ーね」

「日葵口悪いって」


 情緒が乱回転し過ぎた結果、口の悪い日葵が登場。普段使わない暴言を垂れ流しながら真宵が座る背後に回り、その頭に顔を埋めた。

 袋よりも効果はあるようで、他人の許可なく始めた頭吸いは精神を落ち着かせる効果があったようだ。

 可哀想な真宵の顔の歪み具合には触れないでおく。


「ねーねーこーねちゃん。どーして真宵ちゃんのことママって呼ぶのー?」

「ぅ? う〜……ままは、まま……ままだよ…?」

「本能かぁ。それじゃあ仕方ないね……真宵ちゃんに母性を抱くのは……」

「納得する要素欠片も無かっただろ」


 日葵の探りも意味を成さず、こーねは真宵を本能で母と呼ぶ。


「あぁ、そうだ洞月くん。こーねくんについて、一つ聞きたいことがあるんだが……いいか?」

「? 別にいいですけど……幼女もくん呼びか……」

「? なにか言ったかい?」

「いや、別に」


 縦挟みの団子状態になっている真宵に玲華が問う。


「そもそもの話、こーねくんがどうやってこの学院にやって来たか聞いてるかい?」

「知らないですね」

「そうか。実はな、結界をすり抜けたみたいなんだ。王来山のあの結界を」

「……はぁ?」


 電話口で聞いた疑問が氷解する。結界のすり抜け、つまり無効化。それを腕の中で喉を鳴らす幼女如きが成し遂げたという。

 口は悪いが、真宵はありえないと内心訝しむ。

 周囲を見回せば全員「お前知ってる?」の情報求な表情を浮かべていた為本当なんだなとすぐ察したが。


 とはいえ真宵にもわからない。くるみの宝石による結界もすり抜けたと聞いて余計に混乱する。


「なに、こーねちゃんすごい子だったの」

「あぃ」

「……悦ちゃんには聞いたの? そんな疑問、アイツは簡単に解けると思うけど」

「解剖しそうじゃん」

「成程賢明な判断だ」


 手術台に羽付き幼女を拘束して脳を切り開く旧友の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 見慣れた光景だ。敵味方関係なく捕らえる様など。

 なんなら自分が実験台になった記憶の方が多いまである。


「王来山の結界って、教頭の異能で強化されてる上にあの馬鹿が強化させてるヤツでしょ? こーねちゃんが無視できる構造になってない筈……」

「真宵でも知らない感じか」

「当たり前でしょ。この子友人のだし。知ってるのは本当に僅かだよ……出会ったのも最近だからね」

「ふーん」


 こーねの能力に疑問符を浮かべる真宵。そういえば保護者である八碑人がどういう用途で実験素体として扱っているのか聞いていなかった。

 なにか研究する意義のある存在なのか。

 それすらも真宵は知らない。何気なく遊んでいるし可愛がってくれと言われてはいるが、こーねが有する特異性については一切合切初耳である。

 今ここで本人に聞けば容易いのだろうが……普通に不可能である。


「……結界無視は理論上不可能じゃないけど、それも異能ありきの話だからな……そもそもボク、この子の能力がどんなものなのか欠片も知らないけど」

「待て、理論上は可能なのか?」

「そりゃそうでしょ。結界を破壊しないで侵入する。やろうと思えばボクでもできるよ」

「できぅ!」

「お前の異能にそんな力あったか? 初耳なんだが」

「……やろうと思えばね。ま、結界なんて脆いヤツに信頼おいちゃダメだよ」


 否一般論を唱える真宵は、改めてこーねの特異性に焦点を当てる。

 元家臣である八碑人がわざわざ飼うレベルの素体。

 普通の人間とは違う四肢。恐らく魔法的能力で空を航空することができる───それこそ防塵ゴーグルや防寒具を身に纏うことなく。

 そして、結界の無視。もしくは透過───超常たる異能にあることに間違いは無い。


───その一つの特異性に、真宵はある確信を抱く。


「………成程ね」

「真宵ちゃん?」

「結界をすり抜ける烏、ねぇ……心当たりはないね。そう、無くていい」

「ぅ?」

「………真宵ちゃん」

「シャラップフォーエバー」

「はい」


 ありえない話ではない。何故己を母親と呼ぶのか、その真相に───可能性に辿り着いてしまうと、もう否定することができなくなる。

 けれど真宵はその疑問に蓋をする。例えそれが真であったとしても、気付いてはならないことだから。


 ある種の神秘に感慨深い溜息を吐いて、真宵は顔を引き締める。


 現実逃避は程々に。解明はまた後にと取っておく。


「……さてさて、こーねちゃん。残念ながらお別れの時間だよ。これからキミをお家に送り届ける」

「ぇ」

「なんだかんだで夕方だし……キミがお家を出てから三日も経ってるんだよ? 親御さんもだけど、みーんな心配してるんだ。帰って安心させてあげよう?」

「……ぅ〜、や」

「わがまま言わないの」

「やらー!」


 そろそろ帰ろうと帰宅を促すも、こーねは腕の中で全力拒否。全身を捩り、羽をジタバタと忙しなく暴れさせる。

 帰そうとする真宵から全力で逃げたいこーね。

 必死の形相を見て笑みを浮かべながら、真宵が物は試しにと手を離してしまえば、全力で駆けて真宵から離れてしまった。


「ぅー! まだあそぶー! やらやらやらー!!!」


 鳥脚でとてとてと、危なげに走るこーねは目の前に立っていた一絆の後ろに隠れた。

 足からひょこっと顔を出し、半泣きで真宵を睨む。


「あーあ。泣かせやがって……」

「仕方ないじゃーん? 別にボクはその子の保護者じゃないんだから……それに、日中ずーっと探し歩いて、こっちも疲れてるんだ。さっさと引き渡すよ」


 啜り泣くこーねの頭を撫でる一絆が無意識に放つ、できるお兄ちゃん感に密かに腹を立てながら、真宵は無理にでも帰らせようと方針を切る。

 こーねを巣箱である魔道塔に連れていく。ひいては異能部から連れ出すこと。それが今の真宵の目的。

 ……何故こうもこーねを引き離したがるのか。

 それは、こーねを探られると連鎖的に真宵の秘密も暴かれる可能性が飛躍したから。どうにかして円満な別れを演出したい……その一心で、保身いっぱい夢のない真宵は工作する。


 だというのに、彼女の気も知らないで面倒事を言う女がここに一人いた。


「……んー、そうだ! うちでお泊まり会しようよ! 真宵ちゃんの監視下なら自由にしてさ。保護さんにな説明しなきゃだけど……それなら満足じゃない?」

「…? おとまぃってなーに?」

「……あれだよ、ボクの家に一日だけお泊まりして、皆で一緒に寝るってやつ」

「!!! すりゅ! おとまぃすりゅ!!」


 日葵の提案は一日だけ都祁原家でこーねを預かり、日を跨いでから帰ってもらおうというもの。

 それに難色を示す真宵だが、こーねは乗り気だ。

 横で全容を聞いていた他の部員たちは、保護者への説明や本当に大丈夫なのかと口々に問いてくるが……幼女が真宵たちの屋敷に泊まることに文句を言う者は誰一人としていなかった。


 なんなら明日の異能部の活動を見学してもいいよと約束を取り付けている始末。


 ……もう、真宵が取消を申し出る隙もなかった。


「まよねぇ……!」


 期待を込めたキラキラとした目で、母親への同意を求める幼女。その輝きに目を焼かれた真宵に、選択肢などあってないようなものだった。

 苦渋の決断を迫られる。確かに己の監視下にいればなんの問題もない。日葵もいる為、四六時中こーねを見ていなくても良いというメリットも大変魅力的だ。

 ……そも、こーねも舌っ足らずだがバカでは無い。

 いらないことをぺちゃくちゃと喋ったりなどしないことぐらいは真宵もわかっている。

 今回の親発言は仕方ないと割り切るモノとして。

 親の言うことを……かつての創造主(・・・)の命令を黙って無視するほど、この怪鳥は愚かでは無い。


 だからこそ、真宵の方から折れるしか無かった。


「……もう勝手にお出かけしないって約束できる?」

「できゆ!」

「夜になる前にお家に帰って、ただいまって言うぅて約束できる?」

「できゆー!!」

「……今日だけだからね」

「やた! きゃー!」

「わーい」


 かくして、こーねの一泊二日お泊まりが決定した。


 保護者である八碑人からの許可を貰っていない為、明確に決まりとは言えないかもしれないが……そこは真宵からのお願いだ。真宵は預かり知らない話だが、八碑人が真宵の言葉に否を叩きつけることはない。

 泊まりの許可自体はすぐに取れるだろう───実際数分後にかけた電話でオーケーサインはすぐに出た。


 信頼の表れか。それともまた別の理由か。

 判別つかないかつての家臣の決定、行動に疑問符を浮かべながらも、真宵はこーねの笑顔が……泊まりが決定して嬉しそうな表情に影が差さないことに安堵の息を吐いた。


「……泊まったせいでもっと離れたくないってことにならないといいけど」

「あっ……その可能性は考えてなかったかな……」

「馬鹿め」

「阿呆か」


 考え足らずを一家総出で叩けば、真宵が手を叩いて面白がるぐらい暗い表情になって沈んだ。現実は常に無情である。何もわかっていないこーねに慰められて一命を取り留めたが。

 時間が経てば経つ程、過ごす時間が長ければ長い程離れがたくなるのが人間の摂理。

 それを理解していない程日葵も馬鹿ではない。

 今回ばかりは例外だったが。どうやらこーねを傍に置くことに重点を置きすぎたらしい。


「ねんね! ままとねんね!」

「まーた呼び方戻ってる……せめて人前ではやめて。特にドミィの前では」

「ど?」

「キミのもう一人のママだよ」

「えっ」

「はっ」

「ぅ?」


 喜び跳ねる幼女に衝撃的な爆弾を投げつけながら、真宵は今後のことを考える。

 お泊まり会と言っても、その為の物資は何一つ用意できていない。着替えやら夕飯やら、だいたい日葵がやるとはいえ膨大な作業が待っている。

 加えて異能部としての活動もこれからなのだろう。幸い空想出現の予兆はないようだが……

 それに、彼女たちの養父である時成に子供が泊まる旨を報告しなければならない。まぁ、すぐにいいよと返事が返ってくるのは目に見えてわかるが。


 衝撃の新事実をぶつけられて目を白黒させる部員の追求を跳ね除けて、真宵は廻に確認を取り出した。


「廻先輩、今日の任務って?」

「これといって取り立てる程のモノはないが……あぁそういえば───…」

「あのあの! こーねちゃん!」

「ん?」

「ぅぃ?」


 真宵が空想出現を、《洞哭門(アビスゲート)》が開く予知ができる副部長の廻に今日の活動内容について聞こうとした、その矢先に。

 お泊まり会に否を叩きつける声が隣から上がった。


「くるみのお家に泊まりませんか! キラキラいっぱいあるのです!! 一日どうですか!!?」

「ッ、キラキラ!?!」

「はいなのです!」

「あれ、プレゼン始まった?」

「おろろ?」


 自分の家に新しい友達を招待したい幼女であった。


 その後も必死に自分の家をアピールするくるみ……対抗意識でも燃やしたのか、その根強い勧誘に真宵が折れて、こーねのお泊まり会は二日延長になった。

 今日は都祁原家、明日は宝条家、という順番で。

 くるみも納得したのか、心の底から嬉しそうな顔でこーねと手を取り合って回っている。


「はぁ……仕事が増えた」

「頑張れ真宵ちゃん。あっ、ぶちょー。こーねちゃん部活に連れ回しても良いですか?」

「ん? あー、いやそれは……実際どうなんだ?」

「常識的に考えてアウトだ。子供を連れ回すのは……世間的にもアウトだろう。幼い子を戦場に出すなとか言うヤツが一定数出てくるぞ……まぁ、露呈すればの話だがな」

「ふむ、なら行けるか」

「行けるか?」


 溜息を吐く真宵、無茶振りを提言する日葵、思い出作りでなら良いのではとポジティブに考える玲華と、危険性を唱えながらも前向きな廻。

 そして、己を───こーねを引っ張って遊び回る、くるみを中心とした一年生組。

 自分を取り巻く賑やかな面々に、普段とは違う陽の当たる世界を見て、こーねはより一層の笑みを周囲に炸裂させた。


「みんなすきー! もっとあそぶー!」


 魔王の眷属(・・・・・)、その生まれ変わり(・・・・・・)の冒険は、まだまだ始まったばかりである。


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