03-34:こーねちゃんのママ探し
こーね発見から約一時間後。異能部の部室にて。
「───本当はあと一人部員がいるんだが、生憎今は出払っていてな。決して悪いヤツではないのだが……そうだな、会った時は仲良くしてやってくれ」
「あぃ!」
「ふふっ、元気な返事で宜しい。それじゃあ本格的に話を進めていくとしようか」
「うゅ?」
日葵と一絆に連れられて異能部の部室にやってきたこーねは、どっかの黒いのを除いた部員全員の盛大な歓迎で迎えられた。
ちょうどお互いの自己紹介も終えたところだ。
腕の代わりにある黒い翼や鳥脚といった身体特性はそういった個性だと受け入れられ、特に追求などなく話は進められた。異能部の良識ある部員たちにとって異能で変化した姿など見慣れたモノ。わざわざ啄いてやぶ蛇になることはしないのだ。
そんなこーねは今、玲華の膝の上に乗せられたままこてんと首を傾げて大人しくしている。
……小難しい内容に首を傾げているのだが。
年端もいかない幼女に玲華の行き届き過ぎた教育の語彙は難解すぎるものだったようだ。
「……あー、難しかったか。すまない。君のこと……こーねくんのことを聞きたくてね」
「ぉー、あぃ! こーねおはなしすきー!」
「それは良かった」
元気よく片手を上げて……否、片翼を上げて玲華に返事をするこーねに、その様子を見ていた部員たちも笑顔になった。
こーねの本懐である母親探しは一先ず置いておき、玲華たちはこーねが学院の結界をすり抜けて侵入する芸当ができた理由、原理を探っていく。
決して責めるような言動はせず、日常会話のような口調で話を進めていく。
「ここに来る時……なにか壁に当たらなかったかい? 透明で見えない結界があったと思うんだが……本当になにも感じなかったんだね?」
「ぅ? ぅー、あぃ。わかんない……」
「ふむ、そうだな……物は試しにだな。くるみくん! こっちに来てくれ」
「はーい、なのです? なんですかー?」
「宝石の結界を頼めるかな? こーねくんがその結界も素通りできるか試したいんだ」
「なるほどー!」
素直にわからないと告げるこーねにそれもそうかと納得しながら、玲華はふと湧いた疑問を解決する為に近くにくるみを呼ぶ。
趣旨を理解したくるみは愛用のポシェットを漁って自分の宝石───異能【宝晶華】によって生まれた宝石を空に投げて、その力を起動する。
こーねの結界透過能力を測る実験が始まった。
「行くのです! <金剛石・盾印>───今日は特別に結界バージョン、なのです!」
世界で最も美しい輝きを持つ宝石、ダイヤモンドが砕け散り、空中にハニカム型の半透明な結界を作る。本来は一枚一枚を盾として使う技なのだが、くるみはダイヤモンドを複数消費して結界の機能を持たせた。
盾の名の通りその強度は堅固なモノであり、日葵が予備動作なく振るった光剣を防ぎ、真宵が影を操って串刺しにしても刺さった箇所にヒビが入るだけでそれ以上の被害を受けないという強度を誇る。無論この時くるみはギャン泣きした。二人揃って躊躇いがない。
普通の盾ならこの時点で木っ端微塵。
着々と異能部にとんでも能力持ちが増えている事に攻撃した二人は戦慄した。
ちなみにダイヤモンドの原材料はくるみの汗だ。
「わぁー!! きれー! きらきら! きらきらすごい! ねぇーねぇー!! きらきらもっとみせて!!」
「わわわ!!」
「こーねちゃーん! ほーら落ち着いて落ち着いて! ぶちょーのお話終わったら好きなだけきらきら見てていいから! ね? 戻って戻って。今はこっち!」
「むー……はーい」
「ははは……」
ただし、くるみの異能はこーねの大好きな輝く石をこれでもかと使うモノであった為、幼女の興味は全てそっちの方向へ飛んで行った。
最早玲華のことなど眼中に無い。
宝石を生み出せるくるみに駆け寄り、顔を近づけ、至近距離で目を合わせている。間に入った日葵が無事落ち着かせるが、不満そうに頬袋を膨らませた。
玲華も幼児特有の奔放さに苦笑いを浮かべながら、ごめんごめんと謝りながら頭を撫でる。
「ごめんな、後で好きなだけ遊ばせてあげよう。君の自由を縛るつもりはないからな……ほら、よしよし」
「……んふふ♪」
「いい子だ」
頭を撫でられてご満悦。気分が良くなったこーねは今度こそダイヤモンドの結界の正面に立つ。目の前に浮かぶ煌めく光に思考を持ってかれるが、何度も静止されて、なんとか振り払って……やっと実験に入る。
玲華から結界を触るよう、否、通り抜けて欲しいと頼まれ、律儀に頷きながらこーねは結界に触れ……
「あぃ」
まるで何事も無かったかのように、壁の向こう側へすり抜けた。
「ぉ、おぉ……成程。これが……」
「本当にすり抜けた、だと……? 異能、で合ってるんだよな……? だがそれだと肉体の特異性に説明が……うぅん、わからん。最近の異能は幅が広くて困るな」
「廻も最近の異能だろうに……だが気持ちはわかる。まさかこれほどとはな……」
「ぅ?」
現実味のない大道芸を見て首を傾げる上級生一同。
身体の一部を鴉に変える、置き換えるなどといった系列の異能だと推測していた廻は、近年生まれる異能持ちの特異性を思い浮かべながら頭を捻る。
獣化+風、宝石の生成+宝石への能力の付与、万象を予言できる筈の星見台、失われた言語という不可解な言葉を操る歌、何処か生物味を感じる影、ここ三百年観測できなかった精霊を使役する……もしくは繋がる奇跡の杖。
属性や種の複合といった単純では無い異能の数々。それがある種の先祖返り───エーテル世界におけるスキルに近付いているということには気付かぬまま、知らぬままに話は進んでいく。
「だがこれでハッキリしたな。こーねくんには学院の結界が通用しない。というより、あらゆる防御結界が無意味なのだろうな……」
「学院長と教頭への連絡は?」
「今取り込み中みたいよ。そっちで対応できるのなら任せるだって」
「……結界の報告はしたんだよな?」
「勿論よ」
「ならいい」
その時、廻と雫の会話を聴きながら日葵は考える。
無防備に頭を差し出すこーねの整っていない黒髪をわしゃわしゃ掻きながら、貫頭衣のような布を被っただけの服装、手入れはされているがボサボサな黒髪、細い手足、艶のある黒い翼、頑丈な見た目の鳥脚へと視線を順に向けていく。
孤児やら虐待児やら、幼女を初見で見た部員全員が脳裏に過ぎった可能性を思い浮かべては消しながら、日葵は何処か違和感のあるこーねの全容を眺める。
「ぅ? ひまねぇ?」
「……あっ、ごめんね。ほーらわしゃわしゃわしゃ。お客さんここが気持ちーですかー?」
「きゃー♪」
既視感のある、などというありえない違和感に今は蓋を被せる。
「……取り敢えず、今は置いておこう。魔法研究部に聴けばわからないことなどなくなるだろうが……いや彼女たちの人道や倫理観が幼女相手に働くのかどうか疑ってるわけではないんだがな?」
「バリバリ疑ってるッスね。そんなヤバいんスか?」
「丁嵐くんなんてすぐ解剖コースだろうな。異世界の神獣など調べ甲斐のあるものを奴らが逃がさないわけがない」
「関わらんようにしような」
「ウッス」
結界貫通の原理などわからない。それが異能による代物であれば防ぐことはほぼ不可能だ。意図的にしろ無意識によるものにしろ、対抗策は殆どない。
異能部の頭脳である廻もこれにはお手上げ。説明ができない事象に頭を悩ませている様子。
救いなのはこーねに害意や敵意は無く、親に命令を下されない限り破壊活動も行わない……今のところは不思議すぎる幼女止まりだ。
ここに黒彼岸に入り浸る幼女という情報が入れば、即座に補導へとなっていただろうが。
とにかく、いずれにしろわからないのだから結界のすり抜けに議論を重ねる意味は無い。
無くはないが今は諦めるべし。
自分たちの悩みを解決する前に、こーねが王来山に来た、来てしまった原因を解決しよう玲華は言う。
「! まま!」
「あぁ、今から皆で君のお母さんを探すぞ。安心して任せてくれ……よし、まずは多世、この子から採った顔データで照合を頼む」
「はっはいっ! えーっとえっと、ここをこうで……」
「ままねー、ここにいるの! すきなにおいがねー? ここね、いっぱいするのー」
「匂いね、成程成程」
多世がデータ化された学院の教師名簿と生徒名簿に悪いことをしている横で、こーねは意気揚々と母親の説明をする。
玲華の膝の上で羽と脚をばたつかせて、心の底から嬉しそうだ。
───その匂いの出処が異能部の部室を指していることに誰も気付かないまま。
「見た目はそっくりなの? こーねちゃんとママって顔似てる?」
「んー、んーん。あっ、いろはいっしょー!」
「……色? 黒いんだ?」
「うん!」
まるで情報が無い。髪の色や瞳の色、羽根の色……合致しそうな黒色の要素など無数にある。知っている学院のメンバーに黒髪黒目の教師生徒など星の数ほど存在する。
脳裏に真宵の顔も思い浮かぶが───瞬時に違うと首を振る。そこにはそんなわけないありえないという信じたくない希望的観測が多分に含まれているが。
後にその想いに裏切られるとも知らずに。
「あ、あれぇ……」
「……うむ、わからんな。流石の私でもこーねくんに似たような顔を見た覚えはないな……地味に探すしかないか?」
「で、データベース照合は無理そうですぅ……」
「……本当に、本当にここに君の母親がいるんだな? 匂いで……感じ取ったんだよな?」
「あぃ!」
「ん。なら仕方ない……見つかるまで暇だから、私が構ってあげっ「がぶ」───、んんん、何故???」
「がぶがぶ」
難航する捜査。こーねに興味津々だった弥勒が指を甘噛みされて拒絶されるという珍事に悩まされたり、暇になったのか日葵の髪を食むり始めたりするなど、次第に飽きが見え始めた。
子供特有の気分の移ろいとでも言うべきか。
寝る体勢に入っていないのが幸いだ。こーね的にも母親と早く会いたいのだが……母親を探し求めて既にかれこれ三日経っているという事実がある。飽きても仕方ない。
「あわわ、こーねちゃん髪……まぁ別にいいけど……美味しい?」
「あむあむ……ぅ?」
「わかんないかー、そっかそっか」
「むしゃ」
「噛みちぎらないで!? ちょちょ! かーくん助けてこのままだと禿げちゃう!!」
「禿げねぇだろ」
その後も暫くこーねの髪食いの被害に日葵は遭い、飽きるまでしゃぶられ続けた。
髪は一房だけびしょ濡れだ。幸い禿げなかった。
日葵は濡れた髪をタオルで拭い、こーねの口の中も濯いで洗ってやった。嫌がることなくされるがままで現れていたあたり、何処ぞの黒いのと同じで受け身で怠惰なのかもしれない。
血は繋がらず共、母子のシンパシーを感じるだけはある。
「探偵部を使うか?」
「あー……いや、砂繰に頼るのはダメだ。五分五分の確率で犯罪事件が起きる。死ぬ。次こそ学院で殺人が起きるぞ」
「それもそうだな」
「パイセンより死神じゃねぇか」
「ん。役奪われた」
「競うな」
学院文化部の中でも一際厄介扱いされている部活の超級問題児の登用を却下して、母親探しをより円滑に進める為に話し合う玲華と廻の二人。こーねから少し離れた位置に移動している辺り、学院一の汚点だけは聞かせない腹積もりらしい。
十二人の人海戦術で探そうにも無理がある。
頼れそうな名の部は頼れない、頼りたくないという懸念点の高さ。
こーねの母親探しは、最初っから座礁していた。
「それにしてもお母さん探しか……ホントにいんの? ホントにこの学院にいるもんなの……?」
「疑うのは良くないわ。きっと居るのよ。きっと」
「ばちこり疑ってて草」
「まぁ〜怪しさ満点でござるからなぁ。実際御母堂がいらっしゃるのは確かなのでござろうが……なにぶん不安要素が多すぎて……」
「ふんっ。本当にこの学院にいるのかどうかも怪しいところだがな」
各々の見解を述べる姫叶と雫と鶫。コーヒー片手に苦味を啜る廻も会話に混ざって、絶対に子供の前では言えない本音を零す。今更ながら廻は特にこーねへの疑念を人一倍深めており、母親捜索には本気に真摯に取り組んでいるものの、異能部副部長として、子供と言えども怪しい存在である幼女をしっかり見極めんと目を光らせていた。
別に嫌いなわけではないのだ。副部長として正しい行いをしているだけ……警戒心の高さは異能部一だ。
それが受け入れられるかは別として。
「かっ、廻くんがよくある典型的なウザったくて途中退場するタイプの、眼鏡クイッてキメたがるキャラに成り下がって……!?」
「おい枢屋? どうやら二者面談が必要なようだな?」
「ひぃん!」
「自分から嫌われに行くとは、流石の精神性ね。絶対見習いたくないけど」
「ちゃんと勤めを果たさんとするとは……副部長殿は流石でござるなぁ」
「お前ら……!」
言いたい放題高速詠唱する多世にアイアンクローをキメるので忙しくなってしまった。更には後輩たちの言葉のボディブローで散々な目に遭ってしまう。
子供相手だからと既に絆されて仲良くしている者と比べると正しい行いをしているのに、なんとも不憫な扱いだろうか……
最早異能部の形式美であるが、今日も廻は不憫だ。
「一緒にママを探すのです!」
「です!!」
ちびっこ二人───こーねより背丈の高いくるみが腕を組んで片翼を拘束して、もう片方の手をブンブンお互いに振りながら母親を探す旅に出始める。
後先考えずに部室の外へ行こうとするので、全員で押し止めて妨害する。流石に詳細不明の幼女を世界に解き放ってはいけない。新聞部に補足されて好き勝手ネタを擦られる未来は目に見えている。宝条家の次期当主という時点でネタを狙われているというのに。
落ち着きのない幼女たちをソファに座らせ、日葵もこーねの隣に座り、小さな頭を撫でて落ち着かせる。
幼女包囲網の完成だ。
……傍から見たら高校生たちが怯える幼女を囲んで脅している図になるが。
異能部の管轄内でなら好きに遊び回っていいと廻が二人に伝えれば、嬉しそうに頷いて走り始める。
くるみの精神年齢はどうなっているのだろうか。
「これなーにー? きらきら?」
「ルビーなのです! ……あっ、そうだ! あっちにも綺麗な宝石があるのです! 来て来てなのです!」
「きらきら! みりゅ!!」
「こーねちゃん、こっちなのです!」
「あぃ!」
先程興味を見せた宝石に再び意識を持っていかれ、約束した通りくるみは自分から生まれた宝石を鞄から取り出しては見せびらかす。
四肢が鴉の要素であるこーね。その見た目通り鴉と同じくキラキラと輝くモノが好きらしい。
先程からずっと宝石に目を奪われている。なにかと口にしないよう日葵が傍にいるが、声が聞こえている様子は無い。
「……楽しそうね」
「くるみくん、本当に私の二つ下……なんだよ、な? だんだん……その、不安になってきたんだが」
「わかる」
「宝条家って大丈夫なんスかね。くるみの奴次期当主なんスよね?」
無造作に放り投げられる宝石類にドン引きしたり、咄嗟に拾い集めて私服を肥やそうとする雫を拘束して黙らせたりと、見ていて和むような光景に外野たちは安堵から来る溜息を零す。
飽きられるより、楽しまれていた方が嬉しい。
気も会うようで、このまま母親が見つかるまで二人仲良くしていてもらいたい……そう育児に疲れた親のような関心を各々が抱いていた、その時。
「きゃー♪ きらきらすきぃ♪」
「これはアメジストなのです!」
「!!! これすき! すき! いちばんすきー! ままのめのいろー!」
「……え?」
紫色の輝きを宿した宝石を両翼で抱き締めて喜ぶ。その様子を見て……その言葉を聞いて、日葵を筆頭に目を見開く。
目がアメジストの色。紫色───黒髪で、目が紫に該当する人物が、異能部の脳裏を過ぎる。
学校をサボった、酒煙草を愛する非行少女の顔が。
異能部一同は改めて、こーねの全身を上から下へ、舐めるように眺める。
虐待児のような、孤児のような服装の幼女。
何処か異形味のある───普通のよくある異能には見られない羽と脚という身体的特徴。
艶のある黒い髪、ギザギザ状の刃のような歯。
見目風貌には彼女との類似点は少ない。精々髪の色ぐらいだ。だが、だが。何処と無く感じる裏の世界の気配に───今まで以上の既視感を抱く。
そして、日葵は過去の会話を振り返って思い出す。
『あれ、これ……羽根?』
『……あぁ。鴉と遊んだんだ。抜けちゃってたか……捨てずに取っといてよ』
『ふーん。それぐらい自分でやろ?』
『ぇー』
日葵は知っている。彼女が裏の社会で───詳しい名称は存じていないが、掃除屋として派手に暗躍する稼業に従事ていることを知っている。
その時着ている痛々しい軍服コーデに、抜け落ちた黒い羽根が張り付いていたことも。
それを捨てず、言われた通り私室に置いたことも。
理解した瞬間に気付く。
その羽根が───どこからどう見ても、天真爛漫に笑う幼女の両翼と同じであるということに。
ピースが揃う。各々過去の情景を思い出して───目の前の幼女の母親を、裏社会との繋がりが深そうなサボり癖の強い迷子との繋がりに勘づいた。
脳裏にダブルピースするドヤ顔も思い浮かべて。
勘づいた全員が───というか全員が、あんぐりと口を開け、該当するその少女の名前を叫んだ。
「「「真宵か───!?」」」
日葵が透かさずスマホを手に取ったのは言うまでもない。
◆◇◆◇◆
同時刻───異能部の部員全員に叫ばれる少し前。
「あのさぁ……こーねちゃん、マジでどこにいんの? 居そうな場所全部探して成果無し? はぁー?」
「疲れたー♡死ぬ♡♡♡」
「紛争地帯を駆け抜けさせるな。というかこーねの奴行動範囲広すぎだろ……」
「それな。本当に予想外。お前も放し飼いやめろ」
『悪かったね。こちらとしても盲点だったよ……今度発信機を内蔵させるよ』
「そうして」
午後二時のアルカナ繁華街───研究所から遊びに出かけて帰って来なくなった実験体、562番を探して各地を走り回っていた裏部隊・黒彼岸の三人。
遅すぎる昼休憩で出店で買った串焼きなどを頬張る黒彼岸は、562番ことこーねの飼い主である八碑人と通信を繋ぎながら駄弁っている。
その顔には総じて疲労が浮かび、これ以上は無理と暗に訴えていた。
「空か……魔都の外には行ってないと思っていたが、これは違ったか?」
「やだよぉ外行くのぉー♡♡♡死んじゃう♡♡♡」
「死なん死なん。そんなんで楽に死ねてたらボクもうここにいないから」
「それもそっかぁ♡♡♡」
鉄板に覆われた天井の僅かな隙間から見える昼空を眺めながら三人は溜息を吐く。六時間という長時間の捜索はなんの実も結ばず。ただ時間が過ぎ去るのみ。
もう彼らに幼女一人を探す気力は無い。
帰巣本能で自力で帰ってくることを願うか、なにか奇跡でも起こって自分たちの前に現れてくれることを望むしかない。
冷たいようだが、三人共なんとかなるだろの精神で迷子捜索の打ち切りを決意した。
「斬音、今日は辻斬りいいよ。好きなだけ発散しても今日は許す」
「わーい♡♡♡張り切っちゃうぞぉ〜♡♡♡」
「死体残すなよ。隠蔽も面倒に程がある……いっそのこと“疫蠍”に頼むか……なぁ」
『それ、本人が聞いてるところで言うのかい?』
犯罪拡散を促す真宵は、鶏皮をくちゃくちゃと音を立てて食べながら今回の捜索のそもそもの原因を脳裏に思い描く。
暇だったからこーねと遊ぼうとして。
魔道塔の門扉を叩いたら迷子捜索の手伝いを依頼で命じられて。同じく暇そうだった黒彼岸の主力二人も巻き込んで走り回って……
そう、全てはこーねの保護者である疫蠍が実験体の管理をマトモにできていないのが悪い。
ならば後始末を委ねても文句は無い筈だ。
『わかったわかった。非があるのはこちらだしね……それにしても、ここまで探して見つからないとはね。本当に何処に行ったんだか……』
「家出じゃなーい♡♡♡?」
「ヤになっちゃった……とか? でもあの子そんなこと考える頭あんの?」
「それは舐めすぎだろ……」
八碑人との通信を切り、研究所での家庭環境が悪い可能性を指摘する。
こーねの足跡はどこにも繋がっていない。
大空を飛び回り、抜け落ちた羽根なんかも黒彼岸は見つけられなかった。手掛かりは無く、後は好き勝手あることないこと言うしかない。
研究所からこーねが脱走して三日経ったようだが、死んではいないだろうと希望的観測を述べる。
なにせ相手は生存能力が高い個体の実験体だ。
燃える研究所から自力で脱出して、何一つ問題事に巻き込まれることなく帰ってきた幼女なのだ。なにも必要以上に問題視する必要は無い。そもそも外界へは頻繁に出ているようだし。
真宵にとって確かにこーねは大事かもしれないが、別に寵愛するまででもない。
故に、帰って来なくとも……ちょっと寂しいかなと思うぐらいで終わる。
「ゲーセン寄るぅ♡? この前ね、初めて寄ったとこですごい稼いでた人いたんだぁ♡♡♡」
「何お前廃人だったの? 見方変わったわ」
「違うよぉ♡♡♡歪図ちゃんの付き合いで、ホントに初めて入ったの〜♡♡♡」
「常敗無勝ギャンブラーじゃん。まだ生きてたん?」
「この前ヤクザに連れ去られかけてたぁ♡♡♡その時気分が良かったからねぇ、助けてあげたのぉ♡♡♡」
「……あぁ、あの時か」
「生き急いでんねぇ……というか金借りもしてんの? ホントに終わってんな……」
金を稼げないお金持ち───裏部隊の自称出資者で見習っては行けないタイプの二十代を思い出しながら真宵たちは帰り支度を始める。
武器を収納したギターケースを各々背負い直して、食べ終わった串をゴミ箱に放りながら立ち上がる。
傍から見たらバンドマンの三人。
途中喧嘩を売ってきたならず者も路傍に切り捨て、裏社会の匂いが漂う繁華街を去っていく。
「んー、美味かったねあの串焼き」
「汚くて美味い店って奴だな……個人的に衛生観念が大丈夫なのかが気になるが」
「へーきへーき♡ダメだったら斬ればいいよぉ♡」
「……それもそうか」
「だいぶ毒されてて草……ん? なに、通知……誰の? ボクの?」
そんな矢先に、真宵の携帯に電話がかかってきた。気怠さを隠さずに開いてみれば、『ひまたん』という見覚えのない名前から通話が来ていた。
本当に知らない。原型が残っている分誰なのかすぐわかるものの、変えた記憶など一切ない。
勝手に触られたなと確信を抱きつつも、真宵は嫌な顔せず通話ボタンをタップする。
「なに?」
『おはよー真宵ちゃん。ごめんね、今時間あるかな。学校に来て欲しいんだけど』
「……そう。じゃあ諦めて。今忙しいから無理」
『えぇ……でも一つだけ聞かせて? 真宵ちゃんさ……ママ呼びしてくる女の子が身近にいたりする?』
「何言ってんだお前」
ありえない話を聞いたような声を出した真宵だが、日葵に言われたフレーズには聞き覚えしかなかった。というか絶賛探していた小娘が幾ら止めても辞めずに言ってきた呼び名だった。
イヤな予感を抱きながら、電話口に聞こえないよう溜息を一つ。
『で、どう?』
「いや、確かにいるけど……なんで知ってんのお前。カマかけ? それとも気持ち悪い的中かなにか?」
「酷いこと言ってるねぇ♡♡♡」
「それだけ気安い仲なんだろ」
「だぁーってろ馬鹿ども。ノイズ走らせんな。悪いね続きよろしく」
外野を黙らせて続きを促す。向こう側のやり取りに苦笑を浮かべながら日葵は口を開く。
『いやさぁ……今部室にね、迷子の女の子がいるの。なんかママを探してるんだって……すごいよ。学院に飛んで入ってきたの。それも結界をすり抜けてさ……ヤバいよ』
「結界? うん……続けて?」
『その、腕の代わりに羽が生えてる子なんだけど……この子のこと絶対知ってるよね?』
「……ちなみに名前は」
『こーねちゃん』
「すぐ行きます」
まさか日葵の……いや、異能部の部室に探していた幼女がいるという。
最悪である。道理で探しても見つからないわけだ。
ツッコミどころも幾つかある。なんだ結界とは……すり抜ける、とは。衝動的に出てくる疑問を、本気で唸りたい気持ちを喉元で押さえつけ……部室に向かう前に、そこにいるのが本物なのかどうか確かめようとこーねの声を日葵に求める。
淡い期待は既にない。ただの現実逃避だ。異能部に踏み込んでいるとは思ってもいなかったから。
「呼んで」
『はいはー……こーねちゃーん! ママ呼んだよ〜。声聞かせてだって!』
『───まま! こーねだよ!』
「あーうん。色々言いたいことはあるけど……そこの茶髪から離れないように。万が一の時は噛み殺してもいいからね」
『あぃ!』
『いやダメだよ〜? あっこらこーねちゃん!? そのボタンはめっ! めっ! だよ!』
『ぇー』
残念ながら本物だと証明されてしまった。
通話終了ボタンを押したいこーねと押されたくない日葵の必死の攻防を耳にしながら、真宵は幾度目かの溜息を吐く。
普段電話なんてしないのだ。赤色のボタンになにか興味を惹かれるのもわからなくはない。
真宵は天を仰いだ。楽しそうだなぁ……ボクたちが知らないところで異能部に馴染んでやがる。
異能結社の実験体としての自覚はないのだろうか。
言いたい言葉を再び飲み込んで、真宵は頻繁に娘を自称する幼女に頭を悩ませる。
そして、また別の悩みの種が電話口に近付いた。
「えっなになに? こーねちゃん? 今こーねちゃんって言ったぁ??? 何処にいるのぉー♡?」
「はぁ〜……だぁーってろ脳なし!!! めんどいから引っ込んでろ!!!」
「どうどうどう」
『きりねぇ』
『あー、お取り込み中だった? ていうか、その声……あのそのあの』
異能部に聞かれたら問題な声の持ち主を引き離して速攻黙らせて、聞かれてないか確認を取る……幸いなことに聞こえていたのは日葵とこーねだけらしい。
反応されたのは問題だが……まぁそれはいい。他の面々に聞かれるわけにはいかない。だって認知されているから。
本名を名乗らせたのは本当に不味かった。
予想はしていたが悔やむ。本当にふざけたことしかやらかさない。
「あーもう。ホント疲れる……」
電話を切り、疲労で満ち溢れた嘆息を口から零す。
「どこ?」
「……異能部」
「……マジか」
「取り返して来る。解散ね。お疲れ様……ゲーセンはまた今度ね」
「はぁーい♡♡♡」
「仕方ないな」
黒彼岸と別れて、真宵は学院へ足を向ける。最悪な事態に頭を悩ませながら、真宵は影に潜って消えるのだった。
「ついてっちゃダメ〜?」
「やめろ阿呆」
「ダメに決まってんだろ。ボクの計画の邪魔すんな。不都合極まりない」
───真宵の受難は、まだ始まったばかりである。




