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03-33:鴉ちゃん捜索中…


 真宵が授業をサボって鴉娘のこーねと遊ぼうなどと決めてから数時間後───王来山学院上空にて。

 雲一つない青空に、黒点の如き影が浮かんでいた。

 ───否、飛んでいた。

 腕の代わりに生えた両翼を、鴉の翼を羽ばたかせて飛行する人型の鳥。人目を避けて飛ぶべき素性のその幼子は、何も考えずに躊躇いなく高空を飛んでいる。

 なにかを探すように、地上へ目を彷徨わせながら。


「ままー? どこー? どこどこー?」


 幼子───実験体562番、通称こーねが親のように想っている黒髪の少女を探していた。動物的な進化を遂げた嗅覚で匂いを辿り、上空からその痕跡を辿っているのだ。

 学院まで嗅ぎつけたのは───偏にこーねが長時間飛び続けた賜物である。正確には魔力や気配も辿って見つけたのだが……そこまで彼女は考えていない。

 動物的本能で王来山学院にまで辿り着いたこーねの直感は凄まじいと言えるだろうが。


 その探し人が自分を探していることを知らずとも。


「……んぅ? んー、におい? あっ! ままのにおい! する! においする!」


 そんな中、こーねは風に混じって香る母親の匂いを察知したのか───…


 結界で守られた学院目指して、頭から急降下した。






◆◇◆◇◆






 お昼過ぎ、校舎に囲われる形で存在する中庭にて。

 ぽかぽか陽気で微睡んでしまうような時間帯───満腹なのも相まって、寝そべれば一瞬で眠ってしまう多幸感に包まれていた日葵は、水筒から汲んだお茶を両手に持ってベンチに座っていた。

 その隣には一絆がいて、修復してもらったばかりのスマホを手に画面と睨めっこしていた。

 読んでいる内容はただのゴシップ記事───実際は王来山でのあれこれを勝手に取り上げる新聞部によるウェブ配信記事を片手間に読んでいるのだ。

 割とマジめに無許可の記事化が殆どな為、そろそろ廃部の危機だとか。


「かーくんそれ読んでて楽しい?」

「わりと。内容の三割がお前らで占領されてて、もう専門誌だろってレベルだけど」

「訴えたら勝てるよね……」

「あの手この手でネタにして勝ち逃げしそうな雰囲気あるぞ」

「解像度が高いなぁ」


 一週間に1回は自分のことをネタにして書き始める迷惑記者たちに日葵は辟易としているらしい。本当にイヤそうな顔で溜め息を吐いている。

 どんな制裁を与えようが無意味だと悟っている為、日葵は無視を決め込んでいた。諦めである。

 尚、一番ブチ切れているのは真宵だ。

 あることないこと書かれてカップル扱いされるのが本当にイヤらしい。それに関してだけは日葵は許容、もとい推奨しているが。

 幾ら潰そうが名を変えて復活するので、結局真宵も諦めて放置している……それが王来山の新聞部なのである。


「うわっ……真宵のサボりバレてんじゃん。書いてる憶測めちゃくちゃ破綻してるけど、傍から見たらそう見えてもおかしくないよな」

「一部事実だから怖いよね」

「えっ」

「何処で手に入れたんだか……タレコミってゆーのがバカにできないって、いい勉強になってるよ」

「あのあのあの……」


 虚飾ばっかりに見えた内容が一気に真実のモノへと見えるようになった。真偽の判別をつけれない一絆はそっと記事を画面から消した。

 学院転覆とか裏社会の覇者とか教師との癒着とか、真実だったら怖いものばかりであったが為に。


「ソラガアオイナー」

「そんな臆病にならなくてもいいのに。真宵ちゃんは優しいから、かーくんぐらいなら守ってくれるんじゃない?」

「わー嬉しいなぁ……」

「……今日の空、本当に綺麗だね。魔力の波紋で変な模様描いてないし」

「ファンタジー現象は魔物の穴で勘弁だわ」

洞哭門(アビスゲート)ね」


 雲一つない、おかしな色彩もない、何の変哲もない青空を見て安堵の息を吐く。エーテル界域との接触で始まった世界空想化(エーテルアウト)の悪影響は、今も尚この新世界を脅かしている。

 その俗称ファンタジー化現象も今日は也を潜めて、いつもの変わらない空を演出していた。


「……なぁ、日葵」

「なーに」

「俺の目がおかしくなければなんだが……空、空からなんか降ってきてね?」

「そんな馬鹿な。学院の空には結界が……えっ?」


 呆れ返るぐらい平和な空。見上げていた二人の目に飛び込んだのは、真っ逆さまに墜ちてくる黒い物体。豆粒ほどの大きさだったそれは、徐々に徐々に彼らの頭上へと接近していた。

 確実に落下コースに二人はいる。又もや迫ってくる波乱に、二人は混乱する他ない。


「……子供、か?」

「かーくんがやってきた時を思いですなぁ……うん、最近の流行りかなにかなの?」

「冷静に分析する内容じゃねぇーし、そんな流行りは絶対にいらねぇ」

「あはは」


 ───ここ、王来山学院にはファンタジー名物たる特殊な結界によって守られている。上空の高高度から地下の奥深くまで、学院を囲うように、挟むように、覆うように球状の結界が展開されている。

 結界の機能は主に四つ。

 異能持ちには総じて魔力が宿り、異能行使には当然魔力が生じる。その被害を───特に外部の敵による被害を最小限減らすことを目的とした魔力発散機能。

 物理的な壁として顕現し、正門以外からは出入りを不可能とする防御機能。

 無許可で立ち入る侵入者の検知、及び警報機能。

 そして、結界内部の気温を季節ごとの温度で緩和し最適化する調節機能───他にも色々と、生徒たちを第一に考えて編み出された結界の機能が存在するが、ここでは割愛させていただく。

 大元は二百年前に学院に組み込まれた魔導具によるモノで、そこに仇白悦の常軌を逸した魔法、結界術の造詣に深い教頭により、更なる強化をされているのが学院の結界なのだが……


「────!!」


 おかしなことに、空から墜ちてくる侵入者に結界はなんの反応も見せない。異能部は学院を守護する最高戦力でもある為、侵入者があった場合は警報が即座に飛んでくる筈なのに、それもない。

 意識を集中させた日葵は、揺らぎすらない結界の、つまり異常のなさに愕然として、墜ちてくる存在への警戒度を一段上げた。

 その物体は、日葵と一絆以外の誰にも気付かれず、気付いてもらうことなく墜ちてくる。


 嬉声を上げ、年相応の楽しそうな笑みを浮かべて。


「あぶねぇ!!」

「きゃー!!」

「わぉ。またとんでもない……すっごい楽しそうだね危機感がない!! とぅ!!」

「ぉ、おぅ……ナイスキャッチ……」

「ぅ?」


 呑気に見上げていたら、停止する様子もなく二人に突っ込んできた謎の飛行物体。頭から落下する幼女を日葵は軽く飛んでから咄嗟に受け止め、衝撃を異能で和らげながら着地した。

 一絆は咄嗟に精霊の杖を顕現させたが、特になにかできることはなかった。精々支えるぐらいである。


 危なげなく墜ちてきた幼女───こーねを横抱きでゲットした日葵は、両腕が翼で足が鳥脚という構造の不思議な躰に目を惹かれながらも、暫定不法侵入者に声をかけた。

 尚、この時のこーねはなにも理解できていない顔で二人の顔を忙しなく交互に見ていたとを記しておく。


「だれー?」

「こんにちは! 私、日葵って言うの。よければ貴女の名前を教えてくれないかな?」

「あぃ、こーねはこーねだよ!」

「こーねちゃんって言うんだ、可愛い名前だ。あっ、隣にいるのは一絆くん。お昼休みなのに私の隣にいるぼっちくんなんだ」

「今貶す必要あったか??? ……あー、俺は一絆だ。よろしくな」

「あぃ」


 互いに自己紹介を続けて、日葵と一絆は探るようにこーねを見つめる。結界を素通りできる存在を前に、緊迫とした空気が流れている。

 ……ここですぐにこーねのことを報告しないのは、日葵の考えである。一絆は相手が幼女なのも相まって報連相が頭から抜けてしまっている。

 この幼女が───何処か見覚えのある光沢の羽根を有する不法侵入幼女に、日葵は意識を集中させる。


「こーねちゃん、お空に壁があったと思うんだけど、ぶつからなかった?」

「???」

「あっ、なんもなかったんだ……そっか、そっかぁ。あー、変なこと聞いちゃってごめんねー?」

「んーん! だいじょーぶ。こーね、おはなしすき!」

「ふふっ、そっかぁ」


 日葵の目には、今も学院を守る透明な結界の術式が見えている。青空に描かれた不可視の模様はしっかり機能している証拠である。

 つまり、結界にはなんの不備もない。あるのは……脳天気な笑みを見せる腕の中の幼女にあるのだろう。

 それを察した……否、確信が裏付けされた日葵は、なんとも言えない笑みを浮かべた。


「もっと質問してもいーい?」

「んーいーよー? でもねでもね、こーねね、いまね、ままのことさがしてるの」


 舌っ足らずに、されど饒舌な口は留めなく新情報を脳に流し込んでくる。


「ごめんね今質問一個潰れた。ママに会いに来たの? この学院に?」

「うゅ! ここ!! においすりゅ!」

「そっか、ママここにいるんだ……ホントにいるの? えぇ、マジかぁ……」

「先生のお子さんか……?」


 母親を探しているというこーねの言葉と、なに一つ疑いのない笑みに気圧される二人。

 傍観に徹していた一絆も困惑を浮かべるしかない。

 幼女の探し人が自分たちの身近な人物であることに辿り着かぬまま、二人は思考を巡らせ……ほんの少しこーねがグズり始めたので、即座に行動に移った。


「部室行こう。お昼だけどこの時間ならまだ誰かしら居るはず……あわよくばこーねちゃんのママをそこで探そう。巻き込んでやる」

「それが本音だろ……こーねちゃん、今から俺たちの仲間も一緒になって、君のママを探すの手伝うよ」

「! ほんと?」

「うん」

「やた! いっしょにさがす! ひまねぇとかじゅきといっしょ!」

「ぉ、おう……いや俺だけ呼び捨て……?」

「良かったね、特別だよ♪」

「素直に喜べねぇ……おいこら自分だけ姉呼びされて頬染めてんじゃねぇーよ」

「ぅゆ?」


 満更でもない日葵は、こーねを横抱きに……お姫様抱っこのまま異能部の部室棟を目指す。彼女の母親を探すのは勿論のこと、結界を素通り貫通できた理由も探るつもりである。

 万が一推定危険人物が確定危険人物になった場合、即座に対応できる仲間が欲しいのと、本校舎から少し離れた位置にある為、異能部の関係者以外の安全性が保たれるなどの理由もある。

 この女、幼女に優しく接するのとは裏腹に、冷徹に物事を見て動いていた。隣で「ちょっと危ないけど、まぁ多分大丈夫だろ」といった精神で突っ立っている男とは雲泥の差である。

 危機感の欠如。後で師に厳しく鍛え上げられることだろう。


「こーねちゃんのママって、どういう人なの? 参考に教えてくれないかな?」

「いいにおいすりゅの!! あとね、あのねあのね……いっぱいすきー!」

「そっかぁ」


 元気いっぱいに返答するこーねに、最早思考放棄で反応する日葵。

 母親が誰なのか聞けば一発なのだろうが、聞いてもこちらが理解できるとは限らない。これぐらいの歳の幼女と会話を成立させるなど普通よりも難儀なのだ。

 疑心をひた隠しにしてこーねと喋る日葵。



 屈託のない笑顔を見てだんだん心が開いて、つまり絆されてはいるようだが、持ち前の警戒心は未だ健在の様子。

 一絆はファンタジーすげぇで思考が停止している。やっぱり危機感が何も無い。


「くるる♪ くるる〜♪」

「……なんか、すごい懐いてるよな。お前らほんとに初対面か?」

「その筈だけど……うーん」


 日葵の首元に擦り寄るこーねは、気持ちよさそうな鳴き声を上げて喜びを表現している。

 随分と懐かれたものだと、二人で関心する。

 ……こーねが日葵に鼻を擦り付け、時折匂いを嗅いでいるのは見ない振りをする。何処と無く見覚えのある身動ぎに漠然とした違和感を抱くが、再び違和感に蓋をする。


「ひまねぇー? どこいくのー? ままはー?」

「んとねー、異能部ってところだよ〜。私とかーくんみたいな人たちがたくさんいるところだよ」

「……いのーぶ」

「うん。知ってる?」

「んぅー? ……ぅー、んー???」

「?」


 何処かで聞いた覚えがあるのか、異能部という名前を思い出そうと頭を捻るこーねに、日葵と一絆も首を傾げる。二人は知る良しもないが、こーねが勝手に母呼びしている真宵は自分の本当の所属をうっかり本人の前で漏らしている。

 子供の前だからと油断したのか、何も考えていない中身が露呈したからなのか……真偽はわからない。

 だが、幸いなことにこーねが真宵の失言を思い出す素振りはない。


「学校探検しながら行こか? 楽しいよー? 不思議でいっぱいなんだよ、この学校って」

「たんけん!」

「ママの痕跡も見つかるかもな。道すがら探そうか。あっ、一応あいつらに連絡しとくぞ」

「おねがーい」


 羽をバタバタ、脚もバタバタ、全身を使って喜びと楽しみを表現する子供にほっこりする気分になりながら、日葵と一絆は異能部を目指す。

 子供なら一度は憧れる学校探検を交えながら、母の居所を探し求めて。


「ここなにー?」

「ライライ先生っていう人の研究室だよ。空想のこと教えてくれる人なの」

「ほへー」

「俺あの人苦手なんだよな。ネチネチ絡みやがって。お陰で成績上位陣の仲間入りだよ」

「いいこと尽くめじゃん」

「じゃん!」


 担任教師の研究室を通り過ぎ、奥で作業をしている後ろ姿を遠目に眺めたり。


「ここはー?」

「浮ついた人たちがイケないことする、いちゃいちゃパラダイスルーム」

「おい、子供に変なこと教えんな」

「いちゃ?」


 第三資料室(空き)の、生徒間で噂される嘘偽りない不埒な話に目と耳を塞がせたり。


「くらーい!」

「学院地下の用水路───そこから広がる用途不明の迷宮だよ」

「なんだここ」

「たまに迷い込んで帰って来れなくなる名所なんだ。よく真宵ちゃんが迷い込んでる」

「なんで生還できてんだよ」

「ぅ……?」


 暗い魔法電燈が立ち並ぶ地下通路に寄り道したり。

 ちなみにこの迷宮、行き方も帰り方も頭に残らない摩訶不思議な現象を引き起こすホラースポットでもある。

 つまり三人が行き着いたのもただの偶然。脱出した経緯も仕様もすっぽり頭から消えてしまった。


「もう少しで着くよー」

「あそぶ?」

「……そうだな、いっぱい遊ぼうな。多分アイツらは遊んでくれるだろ」

「やた!」

「ふふふ」


 部室棟はもう目の前。こーねの親探し───もとい結界すり抜け事件の真相を掴まんと、異能部の面子のほぼ全員が集まっていることを、三人は知らない。


 お菓子とジュースもセットで、完全に出迎え体勢で待っていることなど……
























「何処だよこーねちゃん!!」

『やはりGPSをつけておくべきだったか……? 新しく造らねば……いや、そんな余裕は……』

「あはー♡ もうめちゃくちゃだぁ♡♡♡」

「マジでどうすんだ。抗争に混ざってる暇ないぞ……あっ、リーダーそこ地雷だ」

「ぎゃッ」


 黒彼岸総出で、抗争地帯を駆け抜けながらこーねを探していることなども知る由はないのだ。


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