03-32:謎は深まり答えは出ない
「あぁ〜。あたま痛い。ベティ、水……ぬるま湯でもいいから……早く蘇生して……」
「寝起きの悪さに二日酔いが合わさってより酷いな」
「笑ってないで介抱してあげなさいよ、まったく……ほら彼岸花ちゃんご所望の白湯よ。後でアタシ特性の味噌汁も飲ませてあげるわ」
「助かる……」
「痛い痛い?」
「そうそう」
一夜明けて朝。BAR“PhoeniX”にて、酔い潰れて無許可寝泊まりを決行した真宵の呻き声が響き渡る。二日酔いである。
酒に強いダイナーは真宵と違って平然としていて、脳の疼きに鳴き声を上げる真宵を笑っていた。
涙は出てないから鳴き声である。横目でそのさまを眺めているリーヴェは鳥みたいだなと漠然に感じた。
ベティから手渡された白湯を啜る真宵。その視線はカウンターの上に置かれた自分のスマホに熱く注がれている。
睨みつけるように、画面の向こう側にいるスタンプ連打犯の文字列を見つめていた。
「だれ?」
「……同居人。最近増えた方の。帰ってないのバレて何処にいるかしつこく聞いてきてんの」
「ふーん」
「……お前同居してたのか」
「……これコイツ言われてやってんな。あのクソアマ唆してんじゃねぇよ」
「口悪いわよ〜」
最近一緒に過ごしている並行世界人にスタ爆連打を強制停止させた真宵は、嫌がらせでアカウント削除をハッカーに申請して連絡手段の強奪を謀る。
異能部の枢屋多世ではない。方舟所属の引きこもりネット弁慶である。ほぼ同種だとは思っているが。
画面越しだと常に強気で不遜なので、釘を刺すのも忘れない。
数分後……望橋一絆のアカウントは消失した。
「ざまぁ」
「外道だ」
「最低ね」
「可哀想……」
「るっさい」
都祁原家を実質取り仕切っている日葵の言う通りに動いたら酷い目にあった一絆は、理解できない現状を目にして宇宙を見ている最中である。
真宵は嘲笑を見せながらスマホを伏せ、ベティ作のしじみの味噌汁を口に含む。身体に優しい味のお陰で二日酔いの頭痛も和らいできたようで、青かった顔色も徐々に良くなってきている。
どうやら朝食は味噌汁一杯で済ませるらしい。
「ご馳走様」
「お粗末様。さて、彼岸花ちゃん、巫女ちゃん。もう朝だけど……ちゃんとお家に帰れるわね?」
「うん。母様呼ぶ」
「……送ってくよ。どうせ待ち合わせを指定されるに決まってる」
「迷うなよお前」
「黙れ」
キッズ携帯を握り締めるリーヴェを流し見ながら、真宵は帰り支度を始める。脱いでいた軍帽を再び被り外していた金属マスクも付け直す。権能による隠蔽に不備が無いことを確認して、乱れた服を手直しする。
その間にリーヴェは保護者との連絡を終え、迎えの場所を指定されたようだ。
痛む首を揉み、欠伸を噛み殺す。ポシェットに物を入れて満足気に頷くリーヴェの手を握り、真宵たちはベティのBARから去っていく。
二人で振り返り、BARに残る大人たちに手を振る。
「また来る」
「ばいばい」
「アデュー♪ また来てね〜♪」
「俺も帰るわ」
「アンタは片付けの手伝いしなさい。どうせ報告以外することないでしょう」
「俺の扱い酷くね?」
早朝の裏路地に顔を出した真宵は、僅かに差し込む日の光に目を焼かれながら歩き始めた。後暗い秘密を抱える者たちが集まる商店街は、日が昇ったばかりの時間帯にも関わらず、喧しくも怒る程ではない喧騒で賑わっていた。
なにか祭りでもあったのか───そういえば昨日は裏町特有のイベントがあるとかなんとか……真宵には関係のない話だ。どうせ誰か張り込んでいたろうし、参加すれば面倒事に巻き込まれるに違いない。
朝から五月蝿い奴隷売買から目を背け、リーヴェの目を塞ぎながら通り過ぎる。
一先ずこのちみっこを帰らせる。その為にもまず、保護者との待ち合わせ場所を聞かなければならない。
「場所どこ?」
「んー……こっち!」
「場所は??? 場所教えて欲しいんだけど……ちょ、待って待って!!」
服の裾を引っ張るリーヴェに逆らわず、真宵はその小さな背を追っていく。特段急ぐ必要はないのだが、タタタッと駆けるその後ろ姿に文句を言いたくなる。
朝っぱらから走らされるのは真宵にとって地雷。
相手が中身も身体も子供だから文句を言わないが、これで大人や知り合い相手だったらぶん殴って歩幅をゆっくりにさせていた。
リーヴェに引っ張られながら早朝の路地を駆ける。
入り組んだ路地は迷いやすく、連れ添いがいなければ確実に迷子になっていただろう───普段頑なにその実害から目を逸らしている真宵だが、今回ばかりは素直にそう思った。
決して諦めを享受したわけではない。
舌打ちを噛み殺して、怒りを明後日の方向に捨ててリーヴェの後を追う。
道をまっすぐ直進、時に右折、斜め左を突き進んで木箱を乗り越えて屋根を駆け進む。
……どう考えても最短ルートで驀進していた。
残念ながらもう真宵は来た道を覚えていない。常にここどこを脳内で反芻している。
「……あった。黒ねぇ様、あそこ」
「やっとか……長かった。あの蜘蛛、誰かついて来る前提で場所決めただろ……」
走り始めて数十分。程々にかいた汗を拭って、その足を止める。
裏町という危険地帯であるのにも関わらず、珍しく浮浪者や犯罪者に遭遇しなかった二人は、無事目的の待ち合わせ場所に辿り着いた。
そこは何処か風流を感じられる建物で、なんらかの商業施設であることが伺える。
「はやく行こ?」
「わかったわかっ───…えっ、ホントにここなの? 正気か?」
「?」
武家屋敷のようなその建物を見たその目は、まるで虫けらを見るような目であった。
そう、何故なら真宵は知っている。
その建物が───非合法で運営されている風俗店であるということを。
この年齢の少女が立ち入るような店ではなかった。
「ここもアイツの経営ってわけね……あー、悪いけどボクとはここでお別れだ」
「? なんで?」
「見られたくないから。だってここ、この前盗み見た特務局の監視リストに入ってた店だもん」
任務外でこっそり犯罪行為をしている真宵にとって顔見知りの正義厨が張り込む店に近寄りたくないのは自明の理。
理解できないリーヴェをなんとか説得して、他者に認識される前に帰ろうとする。
だが、真宵の思惑とは裏腹に。
真宵の背後にある陰から、スっ…と現れた女怪に、その行く手を阻まれる。
「───あら、それは初耳でありんすねぇ」
「!」
「あ、母様」
ゆらりと陰から現れたのは、華やかな彩りの牡丹をあしらった雅な着物───遊女を彷彿とさせるハレの衣装を纏った、真宵よりも遥かに背の高い和装の女。
薄紫色のメッシュが無数に入った青い髪を兵庫髷、扇のような蝶のような遊女の髪型にして、真紅の瞳を妖艶の光で爛々と輝かせる───異能結社の大幹部。
許可なく真宵の頭に手を置き、髪を撫でるその女に真宵は殺意を向ける。
「触んな!」
「くふふ……ごめんなんしねぇ真宵ちゃん。ついつい揶揄いとうなりんすよ」
「母様、おはようございます」
「おはよう我が娘。くふっ、いい顔でありんすねぇ。昨晩は楽しゅうござりんしたか?」
「うん」
「それは上々」
撫でる手を打ち払われた、花魁言葉で話すその女は妖しげな笑みを浮かべ、地面につくほどの長さを持つ裾を引き摺りながらリーヴェの隣に立った。
コードネーム〈耽堕〉───名は艷死屋爪紅。
異能結社“メーヴィスの方舟”創設メンバーの一人、総帥に最も近しい立場にいる大幹部。魔王の同格……つまり四天王の一人の右腕でもあった大魔族である。
酒を好み、酒を愛し、酒をもって人間を堕落させる人類の天敵でもある。
ついでに言うと真宵へのセクハラ常習犯の一人だ。
「チッ……やっぱ苦手だ」
舌打ちを隠さぬ真宵の脳裏には、人ならざる花魁のかつての姿が映し出される。
人間性を取り戻した身からすれば発狂もの。
真宵は虫が苦手である。前々世を思い出してからと言うものの、極端に避けるようになった。
爪紅の本性はつまりそう言うことである。
前世から苦手意識のあった存在を前に、真宵はよく会話する大幹部鬼灯八碑人とは違う反応を向ける。
「真宵ちゃん、うちの子をありがとうなぁ。飲み屋で洒落込んだのは些か頂けんけど……まぁそれも経験でありんすかねぇ?」
「そだね。そうそう。こっちとしては娼館にちみっこ連れてく方がどうかと思うけどね」
「くふふ、一本取られんしたね」
上司相手でも不遜な対応を変えない真宵は、嫌味を混じえながら会話を終わらせる。
長々と話していては正体がバレかねない。
古い付き合いの相手故、悟られない為にも一方的に会話を打ち切った。見送り代など無償でいい。礼など不要早く帰らせろ変態女。そんな思惑が透けて見える。
爪紅はそれに不満げな表情を見せるが、追求せずに真宵の意向に従う。
「じゃあもう帰るね。忙しいから……リーヴェちゃんまたね」
「ん。黒ねぇ様ばいばい」
「あらら、まだおしゃべりしとうかったのに……まぁ構いまへん。気ぃつけて帰りなはれよ〜」
「………」
無言で手を振りながら真宵は影に沈んでいく。
見送るリーヴェと爪紅に視線をやりながら、真宵の思考は別のモノへと切り替わる。
(楽園の姫巫女と黒彼岸に接点を持たせる……なにが目的だったんだ?)
(………)
(そういやアイツ、なんで養子を作ったんだ? そんな性格の持ち主なんかじゃなかった筈……)
(今世そんなに関わり持ってないからわからんね)
(つかアイツ馴れ馴れしくね???)
……準幹部には横の繋がりがある。
王冠であれば紫龍や宵雨、戦仏に百貌などの面子を配下として扱っている。真宵であれば憂鬱や殉愛との交流が深い。だが、リーヴェ……楽園の姫巫女は新参なのもあって他者との交流も浅かった。
孤立していた娘を心配する親心か、それとも真宵と関わりを持つことによるメリットでもあるのか。
邪推を幾つも並べ、思考の渦に沈みながら、真宵は己の領地へと影を運ばせる。影の自動操縦で衣服の着脱も影に任せ、寝そべって目を瞑る。
子供相手はなかなか疲れる。疲れるけれど、こう、得難いモノを真宵は感じ取った。
だが……案外悪くはなかったようだ。新世界の汚い部分を見てきた真宵にとって、幼い少女たちと日常を楽しむのは毒でもなかった様子。
どちらも裏社会で生まれ育ってはいるが……雑多の有象無象とは比べるまでもない。
「こーねちゃんとも遊ぶかぁ。学校サボって……ん、今どこにいるんだあの子?」
疫蠍の元にいる鴉の娘を思い浮かべながら、真宵は意識を闇の中に微睡ませた。
「……その前にメールしとくか。嘘っぱち書いとけばアイツも喜ぶでしょ……」
その気にさせれば御しやすい元宿敵に、サボる旨を告げながら。
◆◇◆◇◆
「くふくふ……可愛らしいこと。そんなとこも好きでありんすよ、陛下」
「母様? 帰らないの?」
「えぇえぇ、帰りんすよ」
「?」
花魁屋敷に足を向け、死に損なった王の死徒は娘を連れて帰路に着く。
手繰り寄せた糸を引き、伝播する音に耳を傾ける。
影の中を沈んで、遠く遠くへ移動する愛しき主君の声に陶酔する。
「あらら、浮気でありんすかねぇ」
片手で愛娘───その有用性から自分の養子として囲った楽園の体現者を撫でながら、艷死屋爪紅などと名乗る女怪は笑う。
リーヴェを近付けたのは自分以外の庇護下を作り、与え合う為。同僚の疫蠍が関わりを深めているのだ。自分だって娘を通して交流したい。此方は実験体ではなく娘なのだ。張り合うに値するだろう。
……相変わらず避けられているが。それは此方から近付けばいい為問題視するほどでもない。
愛しいモノはどんな姿になろとう愛でれる精神性の爪紅にとって、全ては些事。
自分の正体がバレていないと思っている主君の姿を楽しむのも、また一興なのだ。
「触り心地までは誤魔化せんものねぇ」
真宵が聞けばぶっ叩くような、かなり際どい発言を呟いて、爪紅は───耽堕のラーヴェナリアは嗤う。
ラーヴェナリアは嗜虐を趣味とする大魔族だ。
特に女子供の悲鳴は聞いていて気分がいい。かつて彼女が参戦していた楽園戦争でも、己の渇欲を満たす理由の行動は顕著だった。
だが、それだけならば両陣営はそこまで彼女個人を危険視しなかった。
原因はただ一つ。
彼女の嗜虐は決して死や苦痛という一面で完結していなかったこと。
……現代社会に遊廓を再興させ、真似事を嗜む姿を見れば言わずともわかるだろう。
「爪紅さま!」
「お客様がご乱心ですぅ〜! たすけて! うちらには無理ですぅ〜!」
「あらら……面倒でありんすね」
「んにー!! 火ぃ吹いてるよぉあの人ー!! やばい御屋敷燃えるぅ!!!」
「落ち着きぃ。まったく……」
「大混乱……」
なにやら混乱渦巻く己の部下たちに叱咤を浴びせ、爪紅は屋敷の奥へ進む。呆れた様子を隠さず、騒ぎの元凶へ。音は絶えず、火がぼうぼうと燃える音すらも聞こえてくる。
されど怒ることなく、爪紅は笑い声を上げる。
自分に追従する娘たちを他所に、屋敷中に張り巡らされた糸を手に取る。
「クソが! さっさと酒出せぇ! 女もだ!! どいつもこいつもちょろちょろしやがるガキばかり……! なんなんだこの店は! ふざけてんのか!?」
「お客様? これ以上は堪忍な」
「あ゛ぁん?? てめぇは───…」
罵声と怒声。躾のなっていない客のいる襖を開け、爪紅は妖しい笑みを湛えたまま───糸を引く。
客の首に糸を巻き───数瞬の隙なく跳ね飛ばす。血飛沫を上げて吹き飛ぶ頭には目をもくれず、後ろへ倒れる胴体に再度糸を巻き、自分の方へと近寄せる。
糸を使って亡骸を足元、艶やかなその着物の中へと引き摺り込んで……
───ぐちゃ、ゴリっ、ぐちゅっぐちゃっ。
人ならざるなにかが着物の中で蠢き、牙を立て舌を刺し込み、味わうように、嗜むように……男の亡骸を咀嚼していく。
その様を、自分の下半身で行われる狂宴に満足気な反応をする爪紅は、男がいた痕跡……飛び散った血や汚れを掃除するよう禿の娘たちに命じて、その部屋を立ち去る。
首は骸に変えて飾る。そういう嗜好の娼館も彼女は経営している。
人呼んで“花街の女王”。アルカナ皇国の娼館施設の七割は爪紅が三百年かけて支配の糸を伸ばした領地、領域なのである。
男を躊躇いなく屠った爪紅は、下部に隠した半身の不味そうな反応に溜め息を零した。
「やっぱり男は不味いどすなぁ。久方ぶりにいいもん食べたいところでありんすが……食いでのある子などなかなかいないもの」
「んー、作る? 私、創れるよ?」
「別にいらんよ。いらん客なら兎も角、使い道のある子を食うでもなく……あんさんが創るのはヒトじゃないやろ? あちきの口には合わんのよ」
「……サキュバス、セイレーン、ラミア、ハーピー、アルラウネ、ケンタウロス……」
「あはは」
今まで創らされてきた空想たちの名を挙げて抗議の声を上げるリーヴェに苦笑いを返しながら、人喰いを終わらせた爪紅はその唇を指で撫でる。
鮮血の滴るその指で、赤い口紅をつけるように。
爪紅にとって男など装飾品にすらならないゴミでしかない。彼女が目を向ける男は同じ主を見上げる者か本当に興味を抱いた者しかいない。
何処までも女性本意な爪紅は、綺麗な方の手で娘にもらった愛用の扇子を叩く。
もうそこに、先程消した男のことなど欠片もない。
「夢はいつか醒めるモノ。浸ったまま帰らぬなど……それは最早、愚者とすら言えぬモノ。くふふ、誰だってつまらんモノにはなりたくないでありんしょう?」
まるで、ここにはいない親しい誰かに向けるような呟きを零して、爪紅は迷走する友を想う。
手から零れ落ちた理想を夢見る、方舟の夢を嘲笑いながら。
◆◇◆◇◆
「うっ、うーん……こんなもんでしょうか……普通は戻せないんですけど、がっ、頑張って戻しときましたので……その、許して……!」
「いや脅してない脅してない。日葵を悪者扱いすんのやめてくれ」
「あれ私???」
ところ変わって王来山学院。朝のホームルーム前。
異能部部室棟───枢屋多世が占領する物置部屋に訪れた一絆と日葵は、真宵からの嫌がらせで消されたデータを多世に元に戻してもらっていた。
身近で無料にできる人物がいる為、二人はハッカー疑惑のある先輩を頼ったのだ。一応元の字がつくが。消されたのはアカウントのデータだけだった為、その復旧は当社比で簡単だった様子。
安堵する一絆は、真宵に仕返しすることを決意。
諸悪の根源は朝帰りすらない真宵にスタンプ爆撃を命じた日葵なのだが、それはもう制裁済みだ。宇宙を背負ったタイミングで笑われたので容赦なく殴った。
一絆は男女平等に叩ける人間なので。
とにかく、損なわれた一絆の連絡機能は復旧した。これで情弱の波に飲み込まれることはない。
「でも……洞月ちゃんってこんな綺麗なハッキングできたんですね……」
「……あれ、確かに。日葵知ってたか?」
「いや真宵ちゃんパソコン触らないよ? 基本スマホで動画巡回してるだけだし」
「……???」
「じゃあどうやってやったんだよアイツ。手元に機械あったのか?」
「そんなハックシステムあるものなの……?」
真宵にデータを消されたという事実は覆らない。
だが、それがどういった手法で行われたのかは一切わからない。普段の真宵を知っている面々は、尚の事その答えに辿り着かない。
裏に精通していること以外わかっていない二人は、真宵がハッカーを手元に置いていることを知らない。流石の日葵も、愛する魔王の交友関係を完全に把握しているわけでもない。
暫く逡巡して……結局答えは出ず、三人はハッカー疑惑を横に置いた。
「後で聞くか」
「ぅ、あの……そろそろホームルーム始まりますよ? はやく行ってくださぃ……」
「先輩もね」
「やだぁ!」
朝っぱらからの襲撃に泣き言を上げる多世を外へと引き摺りながら、日葵と一絆は校舎へ向かう。
万年引きこもり……学院で寝泊りするレベルの弩級引きこもりを授業に引っ張り出す行為は、二人が己で自主的に課した任務である。裏切りとも言う。
スマホを直してくれた礼はするが……それはそれ、これはこれだ。真面目に授業に出てください。
そんな想いを込めて二人は多世の両腕を引っ張って引き摺り進む。
「……あっ、メールだ……真宵ちゃんから?」
その時、真宵から日葵に連絡が届く。端末を開いて届いた文章を日葵は読む。
「───今日はサボります、いい感じの言い訳先生につくっといてください……追伸:愛してます」
「あっ」
「耳栓ください」
「ないっす」
文面を読んだ瞬間下を俯き、震える日葵……そんな同輩のヤバそうな雰囲気に二人は顔を合わせるが、時既に遅し。
歓喜の震えで微振動する日葵が、手を上げて狂喜の咆哮をあげるまで───…
「───────────────すぅ」
「死」
「たすけっ」
声量で学院が揺れ、一絆と多世が吹っ飛ぶまで……残り、あと0.5秒。




