03-31:秘密の交友関係
「───さて黒彼岸。わかっているね? 此度の招集の原因は君であるということを」
「んー? あぁ、わかってるとも。安心してくれ」
準幹部全員の報告も終わったところで、王冠くんの矛先がボクに飛んできた。
厳しい視線を向けてくる赤眼のガキに嘲笑を返す。
勿論理由はわかっている。でもわざわざ指摘されてはいごめんなさいって頷くのもねー? つーかそもそも根本的な話として、今回の件、ボク的には一切なんの問題でもないんだよね。
何故なら全て既定路線。もう段取りは決めてあるのだから。
「異能特務局に黒彼岸という部隊の存在を補足され、挙句の果てには異能部などという子供のお遊びにその影を追われるという始末───弁明はあるか?」
「なんの?」
「ッ……お前わかっていないのか? お前という存在が捕まった時に我々が被る、組織の損害を!」
「クスクス……元気だね? まぁー大丈夫大丈夫。でも次からは気をつけるよ。ごめんね、お子様王子様?」
「ッ、貴様……」
ブチ切れてんなぁ。気持ちはわかるけどさ。
こうして煽り散らしてるけど、今回の件は全面的にボクが悪いからね。組織存続、いや総帥の座をずっと狙っているキミにとってすれば、ボクのこれを失態と断じて許せないのだろう。
上昇志向と言うか、簒奪意欲と言うか。その異名の名に恥じぬ思考の持ち主な彼のことだ。めちゃくちゃ反省する気のないボクにお怒りマックスである。
あはー、ごめんごめん。でも仕方ないじゃん? 敵は国の精鋭だよ? ボクより数百年単位でこの組織にいるキミですら滅ぼせてない相手なんだよ?
つーか存在を把握されたぐらいで怒んなよ。
そしたら紫龍とか異能者狩りとか界逆とかもキミの怒る対象になるでしょうが。
それを指摘すると、王冠くんはその幼い顔を歪めて反論に出る。
「僕が懸念しているのはね、黒彼岸、お前が任務の末手に入れた情報全てだ。仮に奪われてでもしてみろ。我が方舟にとって未曾有の危機に他ならないだろう」
「お前のじゃないけど」
「黙れ。これ以上の発言権は与えていない。別に僕はお前に“幽閉”を強いてもいいんだぞ」
脅すねぇ。そこって名ばかりの拷問部屋じゃんか。興味本位で入ったことあるけど……うん。
「大して旨味も無い部屋に行くわけなくない? もっと行き甲斐のあるおもしろい場所に招待してくれよ」
「煽るわねぇ〜」
「流石生粋の死にたがり……」
「まぁそうなるわな」
「ッ……!」
傍観に徹していた準幹部たちが口々にボクの掲げる希死念慮に反応する。
うるさいな外野の癖に。
だってそうだろう? 人喰い虫の巣窟とは言え、この身体を食い破ることすらできない掃き溜めのゴミ箱に興味なんてあるわけないだろ。
幽閉する場所ならもっと別の、“新しい死”が試せる部屋にしてくれ。
「安心しなよ……自分の城を壊されたくない気持ちはボクにだって充分にわかるとも。だから今まで通り、いつも通りの王様気分で座ってな?」
「……立場を弁えろ。寛容な僕でも流石にこれ以上は許さないよ」
「えーっ、同格でしょ。あと本当に寛容な人間てのはそういう発言しないんだよ? くふっ、これでまた一個学べたねぇ?」
「ッ、掃除屋の分際で……!」
「はいはい」
本当に怒りっぽいヤツだなぁ。血管破裂してもボク知らないよ?
軽く王冠をいなしながら強制的に会話を終わらす。これ以上話すことも無いし。ぶっちゃけこの件に彼は絶対必要でもなんでもないから。
というかその話、実はもう終わった話なんだよね。王冠が怒鳴って反省する工程は、何かが変わる段階はとっくのとうに過ぎちゃってるんだよね。
何故なら、大幹部───“疫蠍”と“群狼”、“耽堕”の今のボクと関わりのある最上部陣営との話し合いで、今後の展開は既に決められているから。
言ってしまえば出来レース。定まった運命の道程。
彼らは既に異能部と異能特務局と全面戦争する事を計画に入れている。もう時期尚早なんて言ってられない。
……ボクが関わったことのある大幹部たちは、既に異能部と異能特務局と全面戦争することを計画に入れている。もう時期尚早なんて言ってられない。ボクが手を出すのは戦争の緊張段階を早めることぐらい。
ふふっ、もう時間の問題だよ?
だってボクは異能部に、異能特務局に───ボクの正体が黒彼岸だとバレた瞬間、芋づる式に全面戦争が始まるよう仕掛けるつもりなのだから。
覚悟はしてるさ。なにもかもとの訣別なんて、ね。
どれだけの犠牲を重ねたとしても、この異能結社に終わりを齎させる───これは決定事項だ。
黒彼岸の破滅で方舟だけ残るなんて……許さない。
纏めてポンッ! 時間は空いてもいい。でも黒彼岸のせいでその運命が壊滅に進む展開っていうのは───考えるだけでゾクゾクする。
愉悦、快感、独りよがりの破滅的な自慰行為。
それに巻き込まれちゃう人達には本当に申し訳ない気持ちがあるけど……ここにいるのは全員犯罪者だ。慈悲はいらない。そう、なんの問題もない。
あはっ☆ いいねいいねぇ! ぼーっと考えるだけで楽しくなってきた。
……まぁ、みんながボクの正体に辿り着けたらの話なるんだけど。
「───!」
「──…」
「────、───!!」
「──」
だなんて、ありえなくはない可能性を夢想して内心苦笑していたら、いつの間にか議題はボクの追及から別の話に焦点に当てていて……なんかもう、ド派手に紛糾している。
喧嘩っ早いなぁ。おまいう案件だけど、もうちょい落ち着きを持とうぜ?
えーっとなになに……議題は……あっボク関係ないヤツじゃん。無視でいいや。
王冠からいっぱい睨まれてるけど、それも無視だ。
それからも無駄な会議は進んでいき……二時間ほど経過した辺りで終わりを迎える。
いつも通り王冠が締めを宣言。
同時に幻像の接続も切られて参加者が一気に減り、ちゃんと現地参戦した準幹部たちも席を立ち上がって帰路に着く。
こっからは自由だ。さっさと帰って寝るに限る。
「あっ、そうだ。ねぇ───く、くろ……黒ねぇ様。私とお話して」
「……変わったアプローチだね?」
なーんて思っていたのに、ふらりと裾を掴んできた幼さの残る声に呼び止められた。
声の主は〈楽園の姫巫女〉───リーヴェちゃん。
いったい何の用だ。大して接点はないのだけど……こうして会話を試みられたの何気に初めてでは? そもこの子が方舟の準幹部になったの半年前だったっけ。
……史上最年少ってこと? 今この子何歳よ。いや今それはどうでもいい。マジで何の用だ生物創造児。
というか何その呼び名。コードネーム諦めたな?
「母様に関われって言われた」
「ド直球で草」
どうやら保護者にこうしろああしろって言われて、それを律儀に実行した結果なようだ。だとしても人の服の裾を掴んで離さないのはどうかと思う。
距離感どうなってんだ。ボクがパーソナルスペース大事にしすぎて拒絶反応起こす女じゃなくて良かったね?
ん、待てよ。確かこの子の保護者は……えっ待って絶対に関わりたくない。是が非でもイヤなんですが?
なんでボクと関われって言ったんだあの変態女……
「……それで? 関わりを作るって言うけど。具体的になにするつもりなの?」
「…………お話?」
「成程OK。キミの対人交流能力の低さについてよーく理解できたよこんちくしょう」
「おー」
おーじゃない感心するな。拍手やめ。裾掴んだまま叩いてるからバンバン鳴ってる。軍服が拠れちゃう。これ意外と厨二っぽくてオキニなんだぞやめろ!
やめさせた。でも離してはくれない……なんでボクガキのお守りしてんだ?
こーねちゃんといい、リーヴェちゃんといい……
黒彼岸は託児所なんかじゃないんですけどぉ??? 大幹部の皆様とはお話する必要があるようですね。
「あらあら♪」
「うっわ、関わらんとこ……」
「はぁ〜……あーダメだ、ニコチン切れた。ガキ共の馴れ初めなんかに付き合ってられっか」
「……ふむ」
「おやおや」
「チッ……」
「なに見てんだよ早く散れ! 全員纏めて脳みそ開いて下水道に並べるぞおい」
さっさと帰れや暇人共。殉愛は和むな憂鬱は引くな紫龍はボクも連れてけ戦仏はなに納得してんの商人も微笑むんじゃない王冠はなに舌打ちしてんだ殺すぞ。
キレたいのはボクなんだけど? ニコチンボクも切れちゃってるよ? 誰でもいいからボクを自由にしてっ!
ホントに困った。どうやってリーヴェちゃんあしらおうかな。
「……遊ぶ?」
「……いいよ。ボクの裁量で良いかな? まぁ拒否権は与えないんだけど……いい?」
「うん」
「素直」
めちゃくちゃ言うこと聞いてくれるじゃん。良き。万が一があったら助けてあげよ。
さて、遊ぶ。遊ぶね。
うーん、これもう普通に飲んで吹かすか? 未成年に悪い子の遊びってのを教えてあげるか……
「ベティ」
「あら、なにかしら」
「バー開けて」
「……いやいや、流石にそれはダメよ彼岸花ちゃん。巫女ちゃんはまだ子供なのよ? あたしのBAR、子供の教育には良くないわ……」
犯罪者に正論パンチされたんだが? 解せぬ。
ベティは拷問人であると同時に、裏町でBARを営むマスターでもある。最近は日葵の禁酒監視宣言で全然寄れてなかったけど……今夜は行けるよ? ね、開こ?
未成年云々はボクが通ってる時点でアウトだ。もう気にしなくていい。
ほら、リーヴェちゃんも不思議そうな顔してる。
多分だけどBARが何かわかってないな。よろしい、お姉さんが教えてしんぜよう。取り敢えずノンアルのカクテルでも飲ませりゃいいだろ。つか何歳だキミ。
「この筋肉達磨がジュース奢ってくれるってさ」
「あ゛?」
ヒェッ……こっわっ。なんか凄まれたんですけど。あれか、真実は時に人を傷つける……ってヤツ? 成程勉強になったわ。ごめんて。ほら謝ったから拷問器具谷間から取り出すのやめてくだちい……
ムワッとした漢の熱気で温められたペンチとか絶対触りたくないです。
「ジュース……!」
「……はぁ〜、もう。仕方ないわねぇ。今日だけよ? ダイナーちゃんあなたも来なさい」
「えっ」
「やた!」
「わーい」
強制でワロタ……そしてリーヴェちゃん思ったより感情表現豊かちゃんだな。正確には手振りで表現するタイプの元気っ子。
心做しかお目目もキラキラと……いや完全に輝いてますね。
「なんで俺まで……」
「弾除け」
「護衛よ」
「???」
「無理に考えなくてもいいよ……はぁ……はぁ〜……俺もヤケ酒しよ……」
今日のダイナーくん。不憫! あ、いつもだったか。
◆◇◆◇◆
某所───繁華街の裏、暗い路地の何処かで密かに営業されている謎めいた飲食店“PhoeniX”。何処ぞの不死鳥を彷彿とさせるレリーフが目立つそのBARに、ここ新世界の“闇”に名を轟かせる四人の異能犯罪者が集まっていた。
一人はこのBARの店主、“殉愛”のベティ・レティ。
一人は拒否権を奪われて入店を強制された“憂鬱”のダイナー。
三人目は“楽園の姫巫女”リーヴェ・アポカリウス。既にオレンジのノンアルコールカクテルを両手に持ち中身をちびちびと美味しそうに飲んでいる。
そして四人目は───我らが“黒彼岸”、洞月真宵。
バーテンダーを務めるベティと見るからに非成人のリーヴェを除き、年齢を隠している真宵と普通に成人済みのダイナーは色とりどりの混酒を嗜んでいた。
「どー? ここのジュース美味しいでしょ。飲みたいのあったら好きなだけ言っていいよ。このオジサ、いやお姉さんが一語一句違わぬモノを作ってくれるから」
「おいしい……ん、りんごジュース!」
「うふふ、気に入ってもらえて嬉しいわ。リンゴね、すぐに用意するから、ちょーっと待っててね♪」
「あっ、俺ジントニック」
「ボクも」
「自分で注ぎなさい」
「あるぇ???」
「差別か???」
ほぼ強制的に連れてこられたダイナーと半ば強引にBARの開店を命じた真宵に辛辣な対応を心がけながらベティはリーヴェの為に普段作らないノンアルコールカクテルを幾つも提供していく。
各種フルーツ、子供が満足できるような彩り豊富なドリンクは、どれも幼い子供の心を刺激していく。
真宵とダイナーは困った顔を隠さずにベティが次を作ってくれるのを待っている。子育て()の邪魔をしてはいけないので。
「はぁ〜、染みる。美味……」
「中年社畜」
「やめろ。やめてくれ。その言葉は俺に効く……もう死ぬしかないんだ……」
「一緒に逝くかい?」
「お前とは逝かない……」
「フラれちゃったや」
カウンターに座った二人は軽口を叩きながら追加のお酒に舌鼓を打つ。切れ味の鋭い真宵の軽い足らいに本気で落ち込んだダイナーは、酔い潰れても構わないといった勢いでカクテルを流し込んだ。
なってない飲み方にベティが苦言を呈しようと口を開きかけるが、まぁ今夜は無礼講でいいかと思い渋々その声を飲み込んだ。
「んっくんっく……」
「ふふふ♪ ねぇ巫女ちゃん、門限とかある? こんな時間帯の会議に出させてるぐらいだから、あんまり気にする必要はないかもだけど……」
「ぷはっ! んー、んー……母様なにも言ってないよ。黒ねぇ様と一緒にいればいいって言われた」
「……なんか含みあるな」
「あるな」
「あるわね」
楽園の姫巫女───その保護者である大幹部の顔を脳裏に思い浮かべながら、大人三人は嘆息する。内心この会合を開く原因となった幼女に訝しみの目をやりながら、まぁ別にいいかと疑問を置いて酒を楽しむ。
目先の利益に囚われるとでもいうべきか、若しくは気にするまでもないという傲慢さからなのか。真宵とダイナーはすぐにあれやこれやと好き勝手にベティのカクテルに素人品評を繰り広げ始めた。
尚、ベースとなったお酒の名前は当てれていない。
「それにしても……黒彼岸と王冠のやり取り、見てたこっちがヒヤヒヤしたぜ」
「そうねぇ。なんでいつも喧嘩腰なのよ」
「えー? 格下にはそれ相応の振る舞いをするってのが世の礼儀でしょ? ボク間違ってないよ」
「何処の世界の礼儀だ」
「聞いたことないわぁ」
数時間前のいざこざに文句を言うダイナーは、特に問題だと感じていない真宵の表情を見て諦めの溜息をこぼす。ベティは相変わらずねと安心したような目で真宵を見つめ、追加のカクテルを手元に滑らした。
王冠と黒彼岸の相性は非常に悪い。あらゆる存在を支配下における王冠の能力と、その支配力を無視する真宵の能力がその険悪さに拍車をかけている。
なにがなんでも黒彼岸という手駒を手に入れたい、麾下に加えて従えたいと考えている王冠だが……その欲望が叶う気配は見られない。
……そもそも、黒彼岸の正体を見れば王冠が彼女を支配できる未来はありえないことがわかるのだが。
「王冠なんて所詮飾りだ。権威の象徴、王位の証明。でも被り物であることに変わりは無い……上のヤツらも酷いよねぇ。いい皮肉だよ」
「……そうなのか?」
「“お前は所詮お飾りの宝石に過ぎない”───本当の王様にはなれないんだって、正面立って言ってるようなもんじゃないか」
「それ絶対本人の前で言うんじゃないわよ?」
「ばちばち……」
己の見解を述べる真宵に、三人は引いた顔を見せてこれ以上の厄介事を制止する。真宵にとって、王冠の存在は本当にどうでもいいモノでしかない。どこまで行こうと、王冠が興味が湧く対象にはなり得ない。
真宵が私的にやり取りしている準幹部は数少ない。このBARにいるダイナーとベティは勿論、煙草の味を教えてくれた紫龍、定期的に足として呼び出している死の商人のみ。今回の会合でリーヴェも一覧に加わる形となったが……それでも少ない。
他の面子とは一切の関わりがない。会うことも喋ることもない。
交友関係が狭いと言うよりも、マトモな相手とのみ交流していると言うべきか。
メーヴィスとは関係ない裏社会の友人は多いが。
「んんぅ……」
「あら、お眠なの? 仕方ないわねぇ。ダイナーちゃん悪いんだけどお布団持ってきてちょうだい。こっちのバックヤードに置いてあるから」
「えぇ……まぁいいけどさぁ。上がるぞ」
「えぇ」
そして、このタイミングでリーヴェが眠たげに目を細めてこくんこくんと頭を揺らし始めた。
限界なのかもう意識も朦朧としている様子。
ベティは椅子から崩れ落ちそうなリーヴェを真宵に支えさせて、ダイナーに布団を敷かせる。その動きは素早いもので大人たちの手馴れた様子が見て取れる。
真宵? 酒片手にリーヴェの背中を抑えているだけで何もしていない。いつも介護される側なので。
颯爽と動く大人たちはすぐにリーヴェが寝れる場を作り上げ、即座に寝かしつけた。歯磨きは自分の家でやってもらう。
「すや……んにゅ」
「可愛い寝顔ね……彼岸花ちゃん、あの人の電話番号知ってるかしら。娘さんのお持ち帰りをお願いしたいのだけど」
「あー? あー、ごめん多分消した」
「なんで???」
「安否確認のメールがうるさい、大幹部の会議に参加させようとする意味不明な案内文がくどい、なんでかわからないけどセクハラが酷いからブロックした」
「だいぶ……慣れ親しんでるのね?」
「普通に恐怖だよ。あんま会わないヤツに心配性な姑みたいなメール打たれるの」
「何度も言うけど、本人にはそれ言っちゃダメよ?」
手の中でスマホをくるりと回転させる。電源を入れ画面を見せれば、それなりに多いフレンド一覧にかの大幹部の名前はない。
リーヴェの保護者───〈耽堕〉の異名を拝命するその怪人にはあまりいい思い出がない真宵。大幹部に名を連ねている時点でその関係性の深さは伺い知れるものだが、本人は頑なに認めることはないだろう。
なにせ相手は上下関係を無視してセクハラしてくる花魁さんなので。
流石の真宵も知り合いとは言えども人を選ぶ。
「他のヤツらを通して伝えるよ。ヴァル……群狼なら知ってるでしょ」
「随分人任せだなぁ……わかってたけど」
「ふふふ。あ、二人ともまだ飲む? 明日仕入れだけどまだ飲めるわよ」
「飲むー!」
「もらう」
子供が寝静まった後も、三人はお酒に現を抜かして夜を過ごしていく。今日ばかりは真宵も無礼講。普段居場所を察知して迎えに来る同居人も今日は来ない。
お酒飲み放題。明日は普通に学校だが、そんなもの気にしないの精神で真宵はカクテルを煽っている。
……もうわかっている話だろうが、真宵は別に酒が強いわけではない。好きだが弱い方である。酒だけで死にかけることなんてざらにある。
故に今回も……
「ぁあ〜。もぉさー? な〜んでみんなボクのいうこときかないのー? おかしくなーい?」
「そうね、不思議ね」
「不思議だよなぁ」
「んぃ〜!! ボク■■なのにぃ〜〜〜おかしぃよぉ。なんでさからぅのぉ……」
「……今の聞き取れたか?」
「全然」
酔った真宵から漏れ出た言葉は、聞いた二人の脳にノイズを走らせる。悦の手で仮封印を解かれた権能によって、秘匿すべき真宵の出生情報は隠された。
首を傾げるダイナーとベティは、疑念を抱きながら酔い潰れた真宵を介抱する。
黒彼岸が持つ有用そうな情報でも聞けるかなと一瞬思考するが、真宵の酔い度が酷すぎてそれどころではない。
これ以上べろんべろんに酔わせたら自分たちの秘匿情報もバラされそうで怖い。
「ぁ〜〜! もぅ■■なんてしらねー!!」
「今日の彼岸花ちゃん、いつもよりお酒に弱いわね。なにかあったのかしら……」
「ぇあ?」
「そんなことより水出せ水。またBARぶっ壊されても知らねぇーぞ」
「はいはい」
腹に一物どころか三物ぐらいはある二人は、酒瓶を抱いて蕩ける真宵から酒を抜く作業に入るのだった。
尚、この後全員BARで寝た。迎えは来なかった。
◆◇◆◇◆
一人が酔い潰れ、一人が寝落ち、二人が後始末して眠りについていた頃───…
準幹部のリーダー格、“王冠”は玉座に座っていた。
百年以上、少年の体躯のまま姿形を変えずに生きる怪物である彼の前には、白と黒のチェスが並べられたボード盤がある。
白色のチェスが王冠の手駒で、その駒たちは黒色の王手を取る寸前まで辿り着いていた。
少年は睨む。黒色のチェスに───想定ならば既に自分の麾下に入っている筈である、あの掃除屋の姿を重ねる。
あらゆる存在を支配下における異能を持つ王冠。
彼の能力に真っ向から抗う黒彼岸に、王冠はいつも苦汁を嘗めさせられている。
己を眼中に入れていないあの少女に、憎悪にも似た感情を抱く。
「小娘の分際で……」
方舟が掲げる最大指標───“楽園”の創造によってこの新世界の王になる野望を持つ王冠にとって、かの少女の存在は邪魔でしかない。
自分に従わない不穏分子。いずれ殺すべき掃除屋。相手は取るに足らない小物だが、自分よりも殺傷力の高い異能を持っている。だが、ただそれだけだ。
王冠にとって、黒彼岸が取るに足らない下賎な獣であることに変わりは無い。
「……もうすぐだ。僕の夢、悲願が成されるまで……絶対に邪魔はさせない」
残った黒い駒を弾き飛ばして、自陣の色に染め上げ制圧を終えた王冠。まるでそれが、とある少女の最期を暗示しているかのようで。
ただひたすら野望へとその手を伸ばす王冠は、その障害を取り除く為に計略を図る───…
例えそれが、絶対に手の届かぬモノであっても。




