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03-30:会議は踊れど進まない


 光あるところに影がある。正義という形なき旭光に照らされる世界。その裏、その影には悪が蔓延る。

 必ず。絶対に───途絶えることなく。

 世界が終わろうと、変わろうと、秩序の一つとして闇は広がり、悪は栄え続ける。


 この新世界でもその理は不変であり、絶対である。


「どーこ♪ こーこ♪」


 暗闇の中、妖しい赤の灯りに照らされた地下通路を練り歩く一人の美少女の影───そう、ボクである。廊下を彩る極最小限の電燈は等間隔に並び、数ヶ月は整備していないのか常に明滅している。

 鉄錆色に照らされた空間を、ボクは一人で散歩中。そう散歩である。別に迷子なんかにはなっていない。なるわけないだろ常識的に考えて。

 『まおーちゃん散歩道』とかいう推しのアイドルが作詞作曲した歌を口遊ながら歩いている。

 うーん、マジでここどこだ。なんでこんな暗すぎる空間を通り道に選んだんだクソ野郎共は。


 ……幹部会議ダルいなぁ。帰りたくなってきた。


 ここは異能結社メーヴィスの方舟が所有する支部。定期的に準幹部の会議が行われる、地下奥深くにある拠点の一つである。


「わ〜たっしは、だぁーれっ♪ やーだやーら、今日も明日もずーっとまいごちゃーん……誰が迷子だ死ね」


 歌っててムカついた。後で慰謝料を請求してやる。アイドル活動で稼いでんだろどうせ。ジャンプさせて必要な分だけ金奪ってやる。

 そう八つ当たり気味の文句を垂れ流していると……通路の奥から此方に近付いてくる、大柄な体躯の男の影が見えた。


「お?」


 やーっとお迎えが来たのかな? まったく遅いなぁ。


「───あら? んもぅ、彼岸花ちゃんじゃないの♪ こーんなところで会うなんて奇遇ねぇ……でもここは会議室への道じゃないわよ〜?」

「チェンジで」


 現れたのは坊主頭の強面オカマでした。

 全然迎えでも何でもなかった。迷子になったことを揶揄いながら近付いてくるその男は、タイツのような黒のピッタリスーツで全身を包み、その上に胸部まであるタイプの革ジャンを羽織るというふざけた服装を惜しげも無く見せびらかしている……うーん怖い。

 強面なのに目元にアイラインとか目下に三角を三つ逆さまに向けたペイントが化粧されてたりとか、色々可愛らしくデザインされてるけどボクは騙されない。坊主頭に妙な色気を感じたくない。なんか見るだけで思考が汚染されそうで怖い。

 純粋に怖い。会う度に思ってるけどなにその衣装。着せられてんの? そのフェイスペイントもなんなんだマジで……あ、趣味なんですか。そっすか。


 あっ、手を振りながら近付いて来ないでもらって。風圧でブンブン鳴ってるから。


 視界も聴覚も刺激されて色んな意味で怖い相手……彼、もとい彼女の名前はベティ・レティ。

 〈殉愛(じゅんあい)〉なんて怖すぎるコードネームの持ち主。

 なにを愛するんですかね……殉じないでください。ボクの精神衛生上、愛だの恋だので命を燃やすヤツはやべーやつだと認識する以外ないので……


 あ、この人の仕事は拷問である。怖い要素多すぎ。


「……久しぶりベティ」

「えぇ、久しぶり。もぉ〜彼岸花ちゃんてば、まーた迷子ちゃんになっちゃったのね?」

「違うよ?」

「こら、嘘つかないの! まったく、誰に似ちゃったのかしら……」


 撫でんな力強すぎ。手馴れてんのか馴れてないのかわからないクソ加減で困る。

 あとその目線なに。

 教頭先生がガキの頃のボクに向けてきた目線に……おじさん曰く母性とかいう目にそっくりなんだけど。

 ボクはお前の子供じゃないが? やめろ? いつまで撫でてるつもりだこの漢女。


「ねぇ殺すよ?」

「あらやだ、気を悪くさせちゃったかしら。ごめんなさいね。悪気は無いのよ?」


 あらあらうふふみたいな笑い方と謝り方をやめろ。


「うふふ。本当に可愛いわねぇ……彼岸花ちゃんは。このままたくさんおしゃべりしたいぐらい。でも……時間も時間だからまた後でにしましょ♪」

「お茶会する前提なのね……」

「えぇ♪ せっかくだから一緒に行きましょう? まだ急ぐほどでもないしね♪」

「……仕方ないな。よきにはからえ」

「ふふ、仰せのままに」


 頬に手を当てるな。強面のつよそーな男が女々しい格好を全力で遂行する姿は普通に怖いんだよ。見てて恐怖が湧いてくる。

 ……いや別にね……別にベティのことがキライってわけじゃないんだよ。

 純粋に恐怖が勝るってだけで。


 そんなこんなでベティを横に置いて、一緒に目的の会議室へ向かう。

 仕方ないから道中会話も交える。話題は豊富だ。

 ぶっちゃけ言動に似合わぬ野太い声に鼓膜が怯えて悲鳴を上げているが、全てに聞こえないふりをする。ここは穏便に対話しよう。ヘマして見た目通りの強強ゴリラパワーを見せつけられないように……


 なんでボクこんなに怯えてんだ? 異常だなコイツ。


「もぉー最近ねぇ、子供たちの笑顔がかわいくて……仕事に力が入らないのよねぇ」

「いいことじゃん」


 拷問なんて良くないゾ! ここは今すぐ社会に貢献ができる職場に転職するべきだと思うよ! ボクも黒彼岸やめて……あっ、異能部兼任してたわボク。

 ちゃーんと正義的活動して社会に貢献してましたねボク。正義も悪も万全に熟すとか忙しすぎか? 今世の忙しさが前世と比べるとすごい。

 あの有閑さが今更懐かしく思える。


 拷問仕事を得意とするベティの拷問は、受けた者が揃いも揃って口を塞ぐ程の悪夢を見せるという。絶対味わいたくない。

 悪夢ってなに。どんな拷問器具使ってんの……って毎回なるから絶対に詳細は聞かない。

 臆病? 好きなだけ言ってろ。魔王でも根は小市民の病弱ザコだぞ。ナメんな。


「それにしても彼岸花ちゃん、会議に出るのかれこれ四ヶ月ぶりじゃないかしら……随分とおサボりちゃんかましてたわねぇ……」

「納期滞納の気分だったよ」

「あらそうなの? ふふ、幻像参加も拒否しちゃって。他の子たちが……特に王冠ちゃんとかが殺気立ってたわよ?」

「…………だれ?」

「あらあら」


 そう、実は幹部会議に参加すること自体が久しぶりだったりする。

 ふっつーにサボってた。

 そしてこの組織の会議形態は普通じゃない。何故かリモートとミックスした会議形態でやっている。


 なにせここは異能犯罪者の集団。まず準幹部全員が集まるわけない。リモート会議みたいに別の場所から幻像を投射して遠隔参加するヤツの方が多い。

 十三人いる準幹部だが、揃いも揃って協調性とかを持ち合わせていないヤツらばっかだからね……そう、仕方がないのだ。

 ……自己紹介? ブーメラン? なんのことやら。

 そもそもアルカナにいないヤツの方が多いんだよ。ほとんどが国外活動者なのだ。

 ボクだって頻繁に外国行くんだよ? 要人暗殺や機密情報の奪取、裏切り者や逃亡者の始末……なんかやることが多いんだよ他の準幹部と比べると。

 専門掃除屋だからかな? だろうな……考えるまでもなかったか。


「てかさぁ、一部のリモートを許すなら別にボクらもここに寄らんでよくない? 面倒じゃん。出力する機材寄越してくれたら自分で部屋用意するだけだもん」

「技術流出は怖いもの。多分だけど、あたし達のこと信用してないのよ」

「技術の独占は犯罪だろーがよぉ」


 ぶっちゃけ出不精希望のボクにこそ、その幻像出力リモート技術は必要だと思うんだよ。でもくれない。

 どうやらボクに信用はないらしい……しくしく……

 悲しい気分になりながら会議室に向かう。殉愛ことベティ・レティに手を引かれながら歩いていく。

 無理矢理引っ張ってるわけじゃないからいいけど、許可なく触ってくんのは磔刑モノじゃない? 別に文句言いはしないけど。


 ……………ところで王冠ってだれ?


「んー、こっち?」

「こっちよ。大丈夫、アタシに任せなさい! 会議室はすぐそこだから」

「ふーん」


 そのままベティに会議室へと連れて行かれる。

 腕時計を見ればまだまだ時間に余裕があったから、まだゆっくりできそう。

 ……全身タイツの巨漢の隣に歩く痛々しい棘棘軍服美少女。傍から見たらこれも恐怖かな。美女と野獣の構図って自画自賛しようと思ったけど全然そんなことなかったわ。

 もうちょいマトモなおっさんいないの? このカマが準幹部で一位二位を争うマトモ人間とかおかしくね?


「ふんふふーん♪」

「……」


 片や鼻歌を歌いながら、片や無言のまま入り組んだ地下通路を歩き進む。通路にはこれといった物珍しいモノはなく、デザインの似た扉を幾つも通り過ぎる。

 途中で段差を降り、登り、道を曲がり、坂を下る。

 まるで出口のない迷路。目的地点へと辿り着かせる気のない不親切な設計。迷子癖が有ろうと無かろうと関係なく人の方向感覚を狂わせる……

 彷徨わせる前提で造られた一種の防衛機構。


「ぶっこわしてー」

「ダメよ?」


 物騒な思考を余所に目を凝らしてみれば、壁面には赤いラインが走っていることがわかる。幾何学模様を描くそれらは魔力の流れ道となっているようだ。

 恐らく地下通路の補強……そして迷子誘発を狙った幻覚系の魔法が薄らとだが展開されている。さしずめ組み込み型の魔法陣と言ったところか。

 凝ってんなぁ……これ作ったの絶対オルゲンだな。


 十字路に差し掛かったが、ベティは迷わずまっすぐ前方に進んでいくのでボクもそれについて行く。


「───…えっ、うわっ。あー……ども」


 待ってなんか右の通路から人来た。すっげぇー暗い雰囲気のお兄さんがびっくり仰天うわ出会っちゃったどうしよって顔して現れた。

 感情表現豊かだな……ちょっ逃げようとすんなよ。なんでお前ボク見ると逃げの選択肢選ぶんだよ。


「あらあら、ダイナーちゃんじゃないの。今日も顔色悪いわねぇ」

「ナマケモノじゃーん」

「あー、はいはい……濃いヤツらとかち合うなんて、今日もついてないな俺……」

「いや、お前も濃いと思うけど」

「うふふ」


 青みがかった黒髪をだらしなく伸ばして、その頭を乱雑に掻くこの男。気怠げな様子で、心底イヤそうな顔を隠さない不遜なこの青年の名はダイナー。

 もちろん彼も準幹部の一人で、〈憂鬱〉の名を持つ比較的常識人枠である。

 名は体をあらわすって言うけど……まんまじゃん。

 マジでダルいですって思いを欠片も隠していない。これで方舟きっての実力者っていうのは本当に理不尽だと思う。


 もう少しやる気出せよ。背筋も猫にしちゃってさ。


「ふふっ、ダイナーちゃんは会議皆勤賞ねぇ。そこの彼岸花ちゃんと比べて♪」

「は?」

「そういや俺も、アンタが会議欠席してんの見たことねぇーや……って、ん? なんだよ黒彼岸」

「サボってろや」

「そんなの俺の自由だろ……」


 律儀に規律守ってんじゃねぇーよ。ダイナーさぁ、なんでサボり魔の代表格みたいな雰囲気のヤツなのに真面目ちゃんしてんだ。まるでボクが何処の誰よりもおかしいみたいじゃないか。 

 ……次からはちゃんと出よ。参加するヤツ殆ど嫌いだけど我慢するか………


 ま、そんな感じで面倒くさいが口癖のだらけきった男なのである。

 世が世ならニートになっていた、気が付いたら怨嗟渦巻く裏社会にいた可哀想な男などと自称している。真偽の程はは定かではない。

 こういう集会には律儀に参加してるみたいだから、多分ただのナマケモノではないのだろうけど。


 そのお気にっぽい拠れた黄土色のトレンチコート、後で汚してやる。


「ねぇ……さっきから同じ場所ぐるぐる回ってない? ボク疲れて来たんだけど」

「我慢しなさいな」

「飽き性にも程があるだろ……なんでお前掃除屋やれてんだ」


 天性の才能かな。最近幻覚見て死に瀕してるけど。


 そんなこんなで文句を言いながら会議室を目指す。んーなんだかなぁ……ボクには出口のない迷路をただ彷徨っているようにしか思えないんだけど。

 結局ボクにはできることはない。この二人の後ろをひよこのようについて行くだけ。

 ……今度から直接影ワープしよっかな。


「ここね」

「……どの扉かわかんなくない? 覚えられないよ?」

「頑張ってくれ」


 そうして辿り着いた先は、一見すると他のと同じに見える機械扉。何処と無く扉の向こう側からよくない雰囲気が漂っている……重圧とも取れるイヤな気配に気付いたが、全盛期のボクやその友人たちと比べると取るに足らない連中ばかりなので気圧されはしない。

 顔は顰めるけどね。不快だし。

 人目で重役がいるってわかる部屋だ。必要とはいえ関わりたくない雰囲気が醸し出されている。


 ベティが扉の前に立てばセンサーが発動して彼を、そして後ろにいるボクたちを認証して……少し時間を空けて機械の扉を横に開けていく。

 扉の向こう側に広がるのは、灯り一つない暗闇。

 濃淡の闇の中、既に幾つかの気配が感じ取れる。

 まるで深淵が呼び込むような、誘ってくるような、そんな不気味な空間を前に、ボクたちは怯むことなく奥へと進む。


 あーくそ……ボク一人だったら即行バックれて帰宅すんのに。


「ありがとう」

「うふふ、どういたしまして♪」

「はー、やだやだ……」


 部屋自体は円形に造られており、真ん中には円卓と見紛うような形状の大きな机が置かれている。座席は空席が目立つが……前来た時よりも埋まっている。

 あー視線がウザイ。なにこっち見てんだ。 殺すぞ。ボクより重罪してる犯罪者たちの視線を一身に浴びて殺意が湧いてくるが、その感情に蓋をして席に着く。

 座席はいつも座ってる場所だ。だいたい両脇に誰もいない席を占領している。そこなら幻像の隣になる。面倒を被る可能性が限りなくゼロになるのだ。


 っと、ベティもダイナーも無事自分の好きな椅子に座れたみたいだね。

 そして、どうやらボクたちが最後だったらしい。


ブゥゥン───…


 空席に幻像が投射される。勿論ボクの両隣にも……うわぁ、来てないのお前らかよ。


「───全員揃ったか……ではこれより、準幹部定例会議を開始する」


 暗闇に支配された空間に、ぼうっと仄暗い光が複数浮かび上がる。

 部屋の中に僅かな光が差して準幹部の顔を照らす。

 貴族衣装を纏う少年、顔に鴉の刺青を入れた青年、白いローブに身を包んだ少女、西洋の老紳士、背中に土塊の腕を生やした巨女、全身タイツのオカマ、黒い軍服で全身コーディネートしたボク、陰鬱な雰囲気のよくわからない喪女、やる気のなさそうな青年、常に煙草をふかす中肉中背の男、傷が刻まれた瞳に殺意を滲ませている男、白い車掌服を着た青年、足元に目を向けてブツブツと呟く紙袋を被った女……

 計13人。どいつもこいつも、この新世界の裏社会でその名を轟かせている異能犯罪者……その頂点に立つ怪物たち。


 会議の音頭を取る男───貴族然とした振る舞いを見せつける少年が口を開いた。


「今回は大幹部より下された直々の緊急議題だが……まずその前に、各々の近況を聞かせてもらおうかな」

「……誰から行くんだ?」

「……ふむ。ならばいつも通りこの僕、〈王冠〉から行かせてもらおう」


 司会進行を自主的に務める少年の判断に異を唱える情弱はいない。

 準幹部の実質的なリーダーの声に、耳を傾ける。


「この前魅力的な子に出会ってね……折角だから僕の麾下に加えたよ」

「おや、興味深いですね……どんな子でしょうか?」

「仄暗い正義を絶えず燃やす子だよ。自分すらも薪に焚べて地獄を駆け抜ける……僕好みに調律すれば他の駒よりも優秀な矛となるだろうね」

「それはそれは。恐ろしいまでの才能ですねぇ」


 白い車掌のような服装の美丈夫が会話を広げるが、返ってくるのはなかなか物騒な話題。関心するように薄ら笑いを浮かべているが、ドン引きしている様子が手に取るようにわかる。

 ……なんだか調子こいている憮然とした態度のこの少年は、〈王冠〉というコードネームで暗躍している準幹部の自称リーダーである。

 この前の……落ちぶれた強盗集団の組織を手慰みに壊滅させた最古参幹部と言えばわかりやすいか。

 そう、こう見えてめっちゃ年寄りなんだってさ。

 気に入った他者を問答無用で支配下に置ける異能で組織の頂点に近い立ち位置に居座る童顔無知の気取り野郎である。


「これ以上僕も言うことは無いかな。うん、次の人。好きに言っていいよ」

『───おっ、じゃあオレ様が行くぜ!』


 快活な───否、悪辣な声の持ち主が笑った音で、彼を映す幻像がブレる。

 投射されてるのは異様な風体の男。

 顔の左半分には躍動する鴉をモチーフとした刺青が刻まれていて、乱暴に乱雑に伸びた紫色の髪で右目を隠している……声の明朗さとは裏腹に、刺青から覗く紅い瞳は一切笑っていない。

 コイツは〈界逆(かいぎゃく)〉───準幹部で最も狂っていて、他人を不幸に沈めて悦に浸る変態である。


『酒池肉林っていーよなァ。人類の憧れってヤツか? だからまぁ……オレ様も実践してみたんだよ!』

「……それで?」

『紫龍から買い取ったヤツの身体を吊るして、風呂をそいつら奴隷の血で満たして……全員裸にひん剥いて有刺鉄線で身体を縛って周りに置いみたんだ! すげぇ気分良かったぜ! ハハハ!!』

「ブラッドバス……」

「気色悪ぅ」

「俺の商品そんな扱いされたのか……? お前との商売考え直させてもらうわ」

『なんでェ!?』


 ガチで気持ち悪くて草……醜悪すぎて薄気味悪い。それに多分だけど言ってることこれで全部じゃないぞ絶対に省いてる内容がある。言ってる以上に惨いこと正気でやってるに決まってる。

 だってこの前……四ヶ月前の話では何処ぞの部族に倣ってカニバルしてたって聞いたよ?


 魔王軍にもここまで異常なのはいなかった……筈。ちょっと自信ない。


「……次は私? んーと……うん、いつも通り。母様(かかさま)の御要望通りいっぱい産んだ。それだけ」


 金細工が施されゆったりとした白いローブに頭からすっぽり包まれた幼女が、なんてことないように問題発言をかましてきた。

 目は眠たげに細められており、白色に近い薄水色のふわふわとした髪の毛を指に絡めて遊んでいる。

 見た目は幼女。そんでもってこの子は中身も幼女。

 そこいらのガキよりも早熟だが、何処ぞの王冠より子供している……まあ要するにいい子ちゃん。

 コードネームは〈楽園の姫巫女〉。

 クソなげぇ異名。この子はわざわざ大幹部の一人が保護者についてるっていう、なんか特別扱いされてる準幹部だ。

 ……何を産んだのか? まぁ人じゃないのは確かだ。


「普通に問題発言だよなぁ……」

『情操教育に問題あり』

「是正する人間なんていねぇーだろ」

「……侮辱されてる?」

「あらやだ、酷い男たちねぇ。そんなんだからいい歳なのにモテないのよ」

『めちゃくちゃ関係なくね?』

『……飛び火にも程がある』


 楽園の───リーヴェだっけ? 彼女の所業にあれやこれやと好き勝手言う悪い大人たちに怪訝そうな目を向けてるけど、割と残当だからねキミ。

 諦めて享受しなさい。キミの異能って直に見ないと勘違いする人続出するんだから。


「んぅ……うるさい。早く次行って」

「ふふっ、そうだね……では〈伯爵〉? 貴方の報告を聞かせてほしい」

『……うむ、よかろう』


 リーヴェに催促された王冠が次を促す。その相手はこれまた幻像の向こう側にいる───順当に歳を重ね老齢した雰囲気の、イケおじっぽい西洋の老紳士。

 〈伯爵〉と呼ばれるその老人は、伸びた顎髭に手をやりながら己の“領地”での近況を告げる。


『我が領地への参入を求める声が鳴り止まない───そんな名声も最近地に落ちそうでなぁ……国の面倒な連中がこそこそ嗅ぎ回ってきておるようだ』

「へぇ……こっち来るかい? 貴方の領地の飛び地ならこちらでいくらでも用意してあげれるけど」

『ふんっ、結構だ───直に我が一族の悲願が、その結実を結ぶ。その暁には国丸ごと、全員我が主の贄にするつもりだからな』


 自分の国を滅ぼすことに躊躇いがない。我が一族の悲願が〜とか言ってるけど、その主とやらに心酔して溺れてるだけだろうが。

 このとち狂った未来予想図を平然と述べる伯爵は、ここアルカナから遠く離れた異国に己の陣地を構え、実力で国直々に爵位を授かるぐらい功績を積んでいる老獪な人徳者なのだ……表向きはね。

 表では国に尽くす好々爺、その正体は自分の領民を生贄にしてヤバいモノに捧げているという狂人。

 八十年以上積み上げた所業、結構おぞましいよね。

 やっと国も、恐らくうちで言う異能特務局に当たる機関がなにか異常に気付いて、今更嗅ぎまわってるんだろうけど……多分手遅れになるんだろうなぁ。


「では次は私が行きましょう」


 今度は背中に腕を追加で六本生やした背の高い女が会話を切り出す。よく見ればその腕は土塊で、異能による造形物だとわかる。

 無表情、冷徹な印象を他者に与える方舟の“門番”が最近の守備状況を語り出した。


「私が守衛を管轄する主要施設への侵入者は未だ0。現状仮想敵による襲撃は感知できません。正義も悪も陣営関係なく、未だ我々の拠点は平静を保ったまま。完璧な布陣を展開できております」

「毎回思うけど、固すぎて攻めたくねぇーよなこれ。流石は〈戦仏(せんぶつ)〉の姐さん……頼りになるなぁ」

「……口を慎みなさい〈憂鬱〉」

「へいへい」


 彼女は“異能結社メーヴィスの方舟”の守衛統括者。主要施設に自分の異能で造った高性能ゴーレムたちを設置して守りを固めている。

 彼女のコードネームは〈戦仏〉。髪型を奈良時代の高髻(こうけい)とかいう古い結び方に決めている当たり、自分に求められたキャラクターをよくわかっている様子。

 ボクは嫌いだけどねこの人。堅物なんだよ。犯罪者集団の仲間の癖に不正を嫌っている。道理がなんだ、意味がわからん。


 そんな性格だからこそ重要な施設の守りを任されているんだろうけど。


「あら、じゃあ次はアタシかしら?」

「おめーは別にいいよ聞きたかねぇ。気色悪い拷問話聞かされる身にもなってくれ」

「なによぅ! アタシのアイデンティティ奪う気!? いーじゃないの可愛らしいみんなの悲鳴! 泣いちゃうその顔も! すっっっごい可愛いじゃないの!!」

「すげぇ熱弁」

「俺もうお前が怖ぇよ。流石仕事と趣味両立させてる奴はちげーや」

「ハッ! 幼女趣味に言われたかないわよ!」

「あ゛ぁ!? だ〜れがロリコンだその汚ぇ厚化粧更に汚してやろうかカマ野郎!!」

「なんですってぇ〜!? ふざけんじゃないわよ!!」


 おおぅ、白熱してるぅ。相変わらず犬猿の仲だよねこの二人って……あのベティが半ギレ暴言出すのってお前だけだよ。


 〈殉愛〉の近況報告を遮ったのは、茶髪の男───先日の黒彼岸捜索で日葵と激突した準幹部〈紫龍〉。

 拷問屋と人身売買屋は互いを毛嫌いしている。多分紫龍はベティの見た目に嫌悪感がすごくて、ベティは純粋に紫龍という誘拐犯がキライっぽい。

 あとアレか、ベティって煙草が苦手なんだっけ?


 ボクは好きだけどなぁ。紫龍が常に被ってるせいで匂い移りした灰色のフードから漂う煙草の匂いとか。

 銘柄は『クローズin月羽(ルウ)』───ボクも好んで吸う煙草の匂いである。

 ついでに言うとボクに煙草を勧めたのはコイツだ。


「ガーッ、やっぱお前嫌いだわ。あ、俺今月はなんもできてねぇぞ。商品の搬入先がちと問題起こしてな。あと警察連中に補足されかけてるらしくてな。暫く裏に籠らせてもらうぜ」

「異能部にコテンパンにされてたしね」

「……元はと言えばお前のせいじゃね? 確かにアレは助かったけどよぉ」


 それはそう。仕事増やしてごめんね。お詫びに後で煙草奢るわ。


「その事も後で議題にするよ。一先ず〈紫龍〉、実は君にやって欲しいことがあるんだ。会議が終わったら仕事を斡旋させてもらうよ……じゃあ次は〈宵雨(よいあめ)〉。君の報告を聞かせてほしい」

『……私? 私は……イギリスを海に沈めた。ちゃんと自然災害で片付けられていることも確認済み』

「やってること一番ヤバくて草」


 淡々と国一つ滅ぼした報告をしたのは、〈宵雨〉の名を冠する女。幻像を通して映る姿は陰鬱そのもので緑がかった黒髪で常に顔は隠れている。

 コイツは雨女、否、天候を操る事ができる怪物だ。

 確かにどっかで水害があったとニュースで言ってた記憶がある。つまりはそういうことだ。


 ……そういえば一絆くんがびっくりしてたなぁ。


「あー、ところでなんだが……宵雨、お前さっきから水の音すごくねぇか?」

「……確かに」

「雨でも降らしてるんでしょ」

『……今乗ってる船が沈没してるから? 間違えて台風直撃させちゃって』

「は?」

「はー?」


 なんで冷静に会議参加できてるんだよ。この雨女の脳回路どうなってんだ……頭おかしいのか?

 なんで本人が全然危機感なさそうなんだ。

 というかなんで台風。そもそも何故出した。お前の異能被害規模デカすぎってこと理解してる?

 準幹部全員でとんでもないモノを見る目で見るが、宵雨本人はボーッとしたまま。なんだったら乾パンを食べている始末。ちょ、ホントに浸水してない? 音がすごいよ? 溺死は流石にボクもイヤだ。だって水死体の見た目って気持ち悪いじゃん?


 ……えっ、これで宵雨についての話終わり? 顛末がめちゃくちゃ気になってるのボクだけ?


 あ、そのまま話進めるのね。バイバイ宵雨。死ね。


「んっ、んー……じゃあ俺行くな? と言っても対して伝えることねぇーんだが……あ、そういやうちの機密情報を抜いたヤツを捕まえたんだが……姐さん、それいるか?」

「んー、カワイイ系かしら? カッコイイ系かしら? 話はそれからよ、ダイナー」

「え、めんどくさ……あー、黒彼岸みてぇな女の子」

「やるわ!! 腕によりをかけてあげる!!!」

「は? は? なんでボクを例えに出したんだ殺すぞ」

「いやすまん。でもマジでそういうのなんだよ。別に他意はねぇーぞ?」


 悪寒で肌が粟立った。なんてこと言ってるんだ……クソダイナーめ後でホントに憂鬱にさせてやるからなぶっ殺す。

 あとベティに拷問される前にそいつ回収してやる。ボクを想って拷問するとか無理。


 〈憂鬱〉の仕事は諜報。色んな敵組織に乗り込んでデータを奪ったりバックドアを仕掛けたりウイルスを残したりする任務を与えられている。

 ……若干黒彼岸の仕事と被ってるけど、分野が全然違うからかち合わない。かち合ったら全部押し付けて帰ってるけど。


「静粛に。これ以上の言い争いは禁止だよ。見ていて見苦しいからね」

「……チッ」

「あらあら」


 怒られてやんの……ベティの余裕の笑みはどっから来るんだろ。


「ふふっ……では次はこの私が」

「構わないよ」

「先月議題に上がった例の海賊連合と接触。試験的に取引を初めさせていただきました」

「あ゛? 何言ってんだ。アレは潰す話だったろ」

「えぇ。ですからお試し感覚で実施したのです。この組織にとって本当に害なのか否か。結果は今のところ問題ありません。個人的にはまだ様子見しておきたいところですね」

「……ふむ」


 ふーん、そんな議題やってたんだ。知らなかった。情報共有ないの?

 ミステリアスな空気を纏う、白い車掌さんのような青年に集まる視線。訝しむ目を一身に浴びているのにその表情は一切変化しない。常に笑顔を湛えている。

 方舟の運び屋、資金調達係───〈死の商人〉。

 普段はタクシー運転手に紛れては物資運び、時には小型の密輸船を動かし、飛行機に違法とされる商品を乗せて飛び回る。

 死の商人───その異名通り、彼は世界中に“死”をお届けする最悪の権化である。

 でもボクには優しい。よく色んな場所にタクシーで運んでくれるぐらいには。仕事って割り切られてるんだろうけどね?


「……取引内容は何にしたんだ?」

「私からは武器を。彼らからは海賊稼業で手に入れた財宝の一部を。この程度ならば大した出費にならないでしょう?」

「……金銀財宝をポンってくれたってわけか? おつむ緩すぎやしねぇか?」

「そこは私の話術を信じて欲しいのですが……」

「成程詐欺師」

「納得したわ」

「ふふ、酷い言い様ですね」


 武器を渡すことで海賊たちの盗みを活発化させて、更に金を巻き上げる算段かな。可愛そうに。このまま食い潰されて終わるんだろうなぁ……

 どっちにしろ終わりじゃん。死の商人に食われるかそれ以外の準幹部に潰されるかの二択しか残ってないとか……海賊連合とやらにはちょっと同情する。


 そんなふうに哀れみを明後日の方へやっていると、王冠がボクの隣に視線を寄越した。それに倣ってボクも目を動かせば、ホログラムの女が立っていた。

 頭に紙袋を被っていて、ずっとブツブツ喋っていて足元をずっと見ているっていう異常さが際立つ女だけど。


「そこの話も後で詰めるとして……〈百貌(ひゃくぼう)〉? 調子は大丈夫かい? 喋れないなら無理はさせないけど」

『───』

「………そうか。ならば仕方ない。今日はそのままで構わないよ」


 意思疎通できてたの? 今。びっくりなんだけど……

 この微動だにせず呻く女の名は〈百貌〉。おそらく今回もどっかの誰かに化けてるんだろうけど……その紙袋の下にある本当の面をボクは知らない。

 多分知ってるのは王冠ぐらいだと思う。それ以外の面々は恐らく見たことがない。


 本当の声も聞いたことないしね。前は嗄れた老人の声で喋ってたし。


 ……なんで今日は聞き取れない言葉使ってんだろ。とうとう狂ったか?


 百貌がそんなもんだから、王冠は次の準幹部からの報告を求め始めた。


「では〈異能者狩り〉、頼むよ」

『……現在“華北地下特区”で執行官と交戦中。悪いがここで通信を切らせてもらう』

「……え? ちょっ」

「……は? さっきから修羅場の最中に会議参加してる馬鹿多くない? なんなの?」


 プツンと幻像が切れた。なに、わざわざ陰に潜んで会議に参加してたってわけ? そんで自分の番が来るの律儀に待ってたの?

 マジで馬鹿かよなんなんだよ。〈異能者狩り〉ってクソやばネーミングの癖にアホなのか?


 思いもよらぬ報告に絶句する王冠を他所に、ボクは先程まで幻像が立っていた席を睨む。

 異能に対してこれ以上ないほどの殺意を見せる男。

 それが〈異能者狩り〉。善悪問わず世界各地の異能持ちを虐殺している殺人鬼だ。

 ……中国の執行官も大変そうだ。何人死ぬかな。

 米国のCOLORSや日本の異能特務局と同じ枠組の

組織だけど、どこまで持ち堪えられるのか。


 それはそれとしてなにやってんの? 馬鹿なの???


「………」

「………」

『………』

「………」


 ほら、みんな無言になっちゃった。流石に交戦中で余裕が無いのに会議に参加するとか想定外にも等しい話だもんね……

 あの界逆でさえ黙ってる……いやなんかだいぶ身体仰け反ってんなあれ。こっそりミュートにして腹抱えて笑ってんなあれ。


 ………え、これの後にボク報告すんの? 無理無理。空気が死んでる。もうインパクト負けちゃてるよ?


 マージでふざけんなよ異能者狩り……狩り方がちと卑怯じゃないか。


 この後めっちゃ無難な報告した。反応は薄かった。


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[一言] こういうの大好き。
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