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03-29:望まぬ未来を手繰り寄せて


 深夜。明日の幹部会議に備えてボクは動いていた。

 なにせ【否定虚法(ネガ・オーダー)】の封印を解除してもらわないと諸々の隠蔽工作がキツいのだ。別にボクってば演技が得意なわけじゃないからね……バレやすいんだよ。

 能力ありきの擬態で今世も頑張ってるんだよ……

 今回集まるのは準幹部のみ。大幹部が顔だけ出しに来るかもだけど……勘強いからなぁ、アイツら。能力使ってないとすぐバレちゃいそうなんだよ。

 それにアイツら方舟の悲願を壊したくはないし……

 洞月真宵=黒彼岸=魔王カーラって図式が誰かの脳に描かれたら終わりなんだよ。


「ぇー、やだ。権能使い放題にしたら世界終了の前に闇ちゃん死んじゃうんだもん」

「そこをなんとか……ね? モルモットするよ?」

「実験を口実に死にに来ないで欲しいな〜。というかモルモットなら間に合ってるからいらないよ。そう、定員割れなのさ!!」

「うわ……そいつ可哀想だな」

「合意の上だゾ」

「そんなバナナ」


 魔法研究部の深奥にある鍵付き扉の向こう側───仇白悦という名前で転生した我が友、ドミナが勝手に占領して私物化しているという部長室にて。

 酒を片手に仮封印を解いてもらうよう頼んでいた。

 飲み物は赤ワイン。おつまみにクラッカーを用意。ディップできるタイプだからアイスクリームも卓上に置いてイケナイ夜を嗜ませてもらっている。

 未成年飲酒? 中身は四桁後半の年寄りだから……

 ……封印自体は物理で結構簡単に破壊できる。でもやらない。こんなところでドミィとの関係性にヒビを入れたくは無い。尊重とも言う。

 皆が思ってるよりボクは臆病なのだ。


 いやそれよりも言いたいことができた。なんでお前学校に住んでんだよ。


「マイハウスここ!」

「クソっ、ムカつくイントネーションしやがって……つーか封印解除はよはよ」


 実は未だにドミィの実家を知らない。親友なのに。部長室で寝泊まりしてる姿は見たことあるけど、家に帰っている姿は見たことがない。どう考えてもこれはおかしいよね。

 そういう何故何を幾ら問い質しても満足いく答えが返ってくる気配は無い。

 仕方ない、本題に戻ろう。机をバンバン叩きながらドミィに訴える。早く封印解除してくださいな。


「ぇー、んふふ〜……そだなぁ、どーしよっかなぁ。ホントは解くのヤなんだけど……それだと闇ちゃん超困っちゃうもんねぇ」

「めっちゃ困る。なんなら死ぬ」

「権能使い過ぎても死ぬよ。わかってる???」

「……勿論」

「嘘だぁ」


 んー、ヤケに渋るな? いつもより反抗心が顕著だ。


 そう訝しむも、ドミィの神妙な顔付き……愉快気が欠片もない雰囲気に気圧されて口を閉じる。


「………なに、そんな顔して」

「いやぁ……封印渋る理由がね? その、闇ちゃんには受け付けない話かもなぁって」

「はぁ?」


 思わず怒気……とも言えない空気が漏れ出たが……ボクが許容できない理由とな?


 首を傾げて問えば、ドミィは真面目な顔で応える。


「…………闇ちゃんのことを思って、なんて言ったらどうする?」


 ボクを思って? 何の話ですか? 心配されるようなことは……


「もう君の魂は限界だ。頭脳派気取りの神共の干渉と願望器気取りの異形のせいで狂わされた闇ちゃんに、あの権能は重すぎるんだよ……だから嫌なの。だってこれ以上は……魂がいつ崩れてもおかしくない」

「………」

「権能に引っ張られて普通よりも強靭な身体をもって生まれたとしても……闇ちゃんの権能はどれもこれも強すぎる」


 …………ドミィの懸念に、一切の否定ができない。我が権能【否定虚法(ネガ・オーダー)】はあらゆる概念・理を超越して世界に干渉する力が故、この身体へのダメージは計り知れない。

 魔王だった頃の肉体ならば、何の問題もなかった。人ならざる者、そもそも中身が異なる怪物……権能に左右される“器”では無かった。

 だが、今の身体は人間のモノ───そう、凡庸な。


 洞月真宵という器の崩壊。そこから精神とこの魂が連鎖するように砕け散る可能性を……否、決定事項をドミィが本気で懸念するのもわからなくはない。

 かれこれ数千年の付き合いだ。

 ずっと一緒に居たわけじゃないけど……そうだな、ボクたちは共生関係だったと言っても過言じゃない。お互いの言いたいことも聞きたいことも、思考も……たまに無理だけど、まぁまぁ読める。

 完璧な意思疎通は無理だ。お互い心無いから。

 とはいえ……ドミィにここまで心配されるだなんて思ってもいなかった。


「……ドミィの技術でも、直すのは無理そう?」

「禁術総動員ができたとしても、分野ってのがある。可能とするには闇ちゃんが人間をやめなきゃ……まず無理だね」

「そっ、かぁ……」


 無理なモノは無理ってことね。人間やめるかぁ。


「……んー、人間はやめたくないなぁ。やめたら楽に死ねなくなっちゃうし」

「言うと思った」

「生涯一途の行動原理だよ? やめたらもう、それこそボクじゃないよ」


 そういや今日試みてないな……帰る前にやるか。


「わかってるとは思うけど……というかぼくが解除を渋ってる理由になっちゃうけど……権能による肉体の崩壊は闇ちゃんが求めてる死の形じゃないと思うよ」

「断言するじゃん……多分、その通りだけど」

「あやふやなんだよ闇ちゃんの理想って。こんなこと言っちゃダメだけど、周りに流され過ぎだよ」

「ごもっとも」


 理想する死の形───まぁ、いつもやってる自殺や他殺誘導では到底叶わない夢ってところだ。

 現状その目標の達成は不可能。つまり無理難題。

 手段がない。原因がない。必要ななにもかもが現状持ち合わせにない。


 全て揃ったら……それこそ今の関係の終わりを意味する。


 退廃的で享楽的な、ひびの入った安寧の終わりが。


「生きて欲しいんだ。勇者ちゃん……リエラちゃんも支えてくれる。いつか来るであろう終わりも、きっと思ってるよりも楽しいモノになる」

「……確証は?」

「今までの君たちを見てればわかるよ。ぼくを誰だと思ってるのさ」

「禁術蒐集愛好家の変態狂人……あ、露出狂かな」

「喧嘩だねー!!」

「酒精抜くか……」


 前世のお前バリバリ露出多め布面積少なめのローブ纏ってただろうが。

 ……いや、魔王軍の女ってだいたいそんなもんか?

 露出癖かってぐらい布薄いヤツらばっかだったな。魔法による防御機構で鎧とか着なくても問題ない服がほとんどなのが原因か。

 ボク? 鎧で全身着込んでましたけど。恥ずかしい。


 それにしても……生きて欲しいね。酷いヤツだな。お前の友人はこんなにも死を願っているのに。


 ……でもまぁ、無碍にするのもよくないよなぁ。


「……ありがとね。一応、礼言っとく」

「超不本意って顔じゃん」

「当たり前だろ……でも嬉しいのは事実だ。ここまで想ってもらえてるのは……うん、普通は考えない」

「そっかぁ」


 死ぬのは止めないけど……これでは足踏みしちゃいそうだ。


 でも、【否定虚法(ネガ・オーダー)】の使い過ぎには気をつけよう。

 多分だけど他の権能……【黒哭蝕絵(ドールアート)】は常用してて問題はそこまで高くない認識。滅多に使うことがない権能の【悪性因子(キッスキッズ)】もまぁ大丈夫。

 他二つも……前者はともかく後者は大丈夫、な筈。うん、今まで通り闇色アートしてれば問題ないか。


 【否定虚法(ネガ・オーダー)】の常時発動は危険だけど……というか封印状態でも書き換えが途切れることはないから……注意すべきなのは乱用かな。

 洞月真宵とカーラを、琴晴日葵とリエラを同一だと思わせない仕組みが守られていればいい。

 ドミィの懸念通りならば、使い過ぎればボクの魂が擦り切れて砕ける。

 内容だけ聞けば問題なさそうだけどダメらしい。

 何も考えずに受け入れれば別に良さそうだけど……従わないデメリットはない。いやまぁ、どんなふうに死ぬのか結構気になるけどね?


「やめてね?」


 念押しせずともやらないから。ちゃんと気をつける予定だから。


 安心してー? ね? ほら、ボクあなたのフレンド。


「んむむ……今回は緊急性が高いみたいだから封印も解いてあげるけど、万が一はすぐドクターストップで四肢拘束エンドだからね」

「いやお前、監禁系ヒロインに昇格するつもりか?」

「残党なんだよなー」


 悩みに悩まれた末、権能の封印を解いてもらえた。


 いやあー、うん。やっぱり持つべきものは友だね。今世でも再会できたのは本当に運が良かった。これはボクの運命力の高さが垣間見えてるね……

 運命という言葉が大っ嫌いな論外女なボクだけど、こういうのには文句言わないよ。

 会えてなかったら、とっくのとうに死んでるもの。


「……これからもよろしくね、ドミィ」


 万感の思いを込めた一言は、軽く笑って返された。


 この後? 勿論バリバリに喧嘩したが? 魔法異空間万歳だよ本当に。






◆◇◆◇◆






「いてて……んもぅ、ほーんと煽りに弱いんだから。封印解いてあげたんだから殴るのやめてよ……うーわ結界もギリギリじゃん。割と本気で殴ったねー?」


 用事を済ませた真宵が研究室から出ていってすぐ。ガラスのように砕け散った対カーラ用魔法異空間から這う這うの体で脱出した悦、文句を言いながら部室兼研究室兼自室を維持する結界の修復に取り掛かる。

 この研究部では魔法的爆発や薬品爆発による被害が高頻度で見られる為、部室の維持や高速修復、学院を守る用途で結界が展開されている。

 他にも気温操作や空間拡張などの機能も存在する。

 そんな魔女による結界は、真宵の物理攻撃の余波で木っ端微塵寸前まで崩れていた。異空間を飛び越えて影響を及ぼすなど、普通はありえない事象である。


 くだらない理由での喧嘩など恒例行事にも等しい。

 故に事後処理も手慣れたもの。ただ後始末を自分に任せっきりなのは甚だ遺憾であるが。


 指を振る。ただそれだけの動作で結界は修復され、術式として刻まれた機能が再び稼働し初める。完全に元通りとなった結界に、悦は満足気な顔を見せる。

 あらゆる分野の人間が卒倒するような神業を手早く終わらせた悦は、親友であり家族でもあった元主人が去っていった扉に目を向ける。

 

「……忠告は聞き入れられない、か」


 理外の叡智を秘めた真紅の瞳を細めて、文句と共に嘆息する。

 瞳の裏に映し出される鮮明な未来に唾を吐く。

 あらゆる事象、概念、万物を解明する為に創造した魔眼には、古き友の行く末、その枝分かれの可能性が幾つも提示されている。

 死を待望する友が望む結末。望まれている終着点。

 その路程を支え、導くのが自分のやるべき仕事だと悦は───ドミナは定義している。


 本音を言うならば───友の願いを否定することになるが。


「闇ちゃんの選択で、この世界の未来は確定された。これでもう、あの子が理想とする、夢の終わりにすら手が届かないことも確定した。

 あー、やだやだ。ぼくは自由に遊びたいのに……

 仕方ない。そろそろぼくも……動こう。いつまでも隠居してないでさ」


 確定した未来をも観測することを可能とした魔眼。

 そこに映るのは、既に決定した世界の終わりと……親愛なる友が歩むことになるであろう結末。ドミナにできることはあまりに少ないが……持ち前の魔法で、その未来をズラしていくことはできる。

 今までも、転生前もその力を活かして生きてきた。

 〈領域外の魔女〉の名は伊達じゃない。確定された未来でさえ、自分の思うがままに書き換えられる。

 そう、時間さえあれば。


 ドミナが見た可能性の世界線───確定した未来の結末から読み解くに、時間はあまり残されていない。


「異能部と異能結社───二つの組織の接触は、もう避けられない」


 壁に立て掛けていた杖を手に取り、くるりと回す。


「黒彼岸の正体がバレるのも時間の問題かなぁ」


 魔女の杖の先端には、惑星のような小球が幾つもの列を生して繋がり、小さな宇宙を、幾何学的な一つの天球儀を作り上げている。

 太陽の如く輝く魔法石からは、漆黒と真紅を激しく混ぜたかのような極光が解き放たれていた。


 くるくるくるり。自分の頭身より大きな杖を回して綺麗で機械的な円を描く。


「黒穹の魔王、魔界の女主人、閉ざされた園の深淵、万物を飲み干す黒、夜の運び手、あまねく広く全てを覆い尽くす闇そのもの───つまり、“始まりの闇”」


 親友の肩書きを幾つも並べ、彼女の正体を告げる。


「世界の機構は地に堕ちた。人の魂と交わり、淀みに淀んだ魔に浸された───あるべき姿、あるべき形、あるべき概念はもうそこになく」


 名もない存在に、名を持つべきではない黒い怪物にカーラという名を与え、友となり、家族となり、共に千年の生を謳歌したドミナだからこそ……

 その終わりに否と応える。認められない終わりに、天に唾を吐ける。


「大いなる闇そのものは、いつだって停滞を選ぶ」


 掻き集められた吐き溜めの集合悪。世界という器を時間をかけて蝕んでいく淀み。望まれない闇、世界の瑕疵には前進や後退という概念がない。

 そういう存在から生まれたモノ故に、真宵は停滞を選択する。


「変えるんだ、ぼく達が……闇ちゃんが前進できて、未来を見れるように」


 脳裏に思い浮かぶ友の笑顔を夢見て、魔女は笑う。


「スーくんとユーちゃん、あとアル兄にも話を通して計画を練らないと……」


 目指すは魔王カーラ復活の未来。洞月真宵の生存。


「ほーんと、確定した未来が見えるのも問題だけど、その未来を書き換えるのも問題だよね」


 己の所業を笑いながら、その未来を手繰り寄せる。


「───始めよっか。この世の終わりを定める為に。あの子に奇跡を見せる為に、ね!」


 声高らかに宣言して、ドミナは魔法を起動する。


「だから暫く───大人しくしててね?」


 紫色の魔力粒子を残して、狂犠の魔女は研究部から消えるのだった。


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