03-28:憧れを胸に灯して
「なーんか皆、やる気に満ちてんね?」
長期戦となるかと思われた黒彼岸の捜索は、先日の襲撃によって一時撤回された。
特務局は水面下に潜っての捜索を継続。
草薙道流が持つ黒彼岸の身体情報と合わせて───精鋭中の精鋭である神室玲華が黒彼岸と思しき存在を相手に手も足も出ずに気絶したという事実を特務局は重く見て捜索から外された感じだ。
ちょっとやり過ぎた。
でも黒彼岸が自分から顔を出したのは初めてだってことで、また今度準備が整ったら───13人の総力が今よりも強くなれば必ず呼ぶとは言っていた。
まぁ呼ばないとボク一人に勝てないもんね。異能を持たない最強草薙道流でさえボクに手傷一つつけられないのだから。
……で、ボクの影法師に遠隔操作で“ご挨拶”された異能部の面々なんだけど。
「もっと強くだ! 打ち込みが甘いぞ!」
「オラァ!!」
「望橋くん魔力をもっと込めろ! 使えば使うほど魔力総量は上がるからな!」
「押忍ッ!」
「はァっ!!」
改築したばかりと地下訓練場に、部員全員がいつも以上に過酷で厳しい鍛錬に励んでいるのだ。
なんかこう、自傷を厭わない戦いというか……
魔力総量を高めてガス欠にならないようにするとか身体そのものを強化するっていう意味もあるんだろうけどさ……
合間合間に精神統一とか魔力を使わない組手とかもやってるけど、とにかく強くなることにがむしゃらで頑張ってるんだよね皆。
一絆くんは成功したばかりの視界共有で精霊たちと今まで以上に連携できるよう身体を動かして。
姫叶はモノのサイズを可変して魔力を消費しながら雫ちゃんと組手。
弥勒先輩は大鎌を手に雷を纏った玲華部長と死闘。
丁嵐くんは銀狼に変身して壁やら梁やらを駆け回り更なる空中機動や高速移動を会得。
火恋ちゃんは異能の炎の火力底上げに専念。
鶫ちゃんも戦闘技術の向上と感覚の研ぎ澄ましを。
多世先輩は積み上げた無数の電子機器類に向かって異能を飛ばしまくってる。
廻先輩は星読みの未来予知を強化せんと精神統一。
くるみちゃんは半泣きで宝石の生成を続け、自傷と回復を繰り返している。痛そう。
日葵とボク? 皆が頑張ってる横で棒立ちしてますがなにか。
困惑してるんだよ。思ったより皆本気なんだもん。
退院したばっかなのに。もっと身体大事にしなよ。バカなのかな? 丁嵐くんに至っては神獣ラオフェンの召喚で自爆にも等しいダメージ負ったのに。もう元気に動いてるよ。馬鹿なのかな。人狼の生命力高いね?
「……テコ入れし過ぎた?」
「……やりすぎなのが功を奏したって感じなのかな。これなら確かに私たちに並べるかもだけど……」
「それは無理」
「希望的観測だったかぁ」
並べるわけないやろ。こちとら四桁後半以上生きる化け物とそれに追いつく強さを持つ人の形の化け物のあたおかコンビだぞ。当社比で平和ボケしてる世界を生きてる子たちが立ち入れる領域にボクらはいない。
いたらもう数百単位で英雄が跋扈してる。誰だってボクを斃せる英雄になってるわ。世界はそんなに甘くない。
努力は認めるけど、それが届くかどうかはね……
……ま、彼らが必死になってる原因がボクなんだろうなとは思ってる。
だってこの前、居合わせたヤツらに“死”そのものを眼前で破裂させたもんね。
どうせ日葵が防ぐからって加減しなかったけど。
原理としては黒伏斬音が持つ死の強制付与を解析し再現した“対象に死の因果を刻み込む魔法”を付与した弾丸を撃ち込んだだけ。実際には前世に培った“死”の操作とか色々込めて補正かけてたけど。
ベースは斬音だから、ちょっと目標より弱いけど。
当たれば確殺、絶対に死なせる魔王の十三発。前世使ってた魔法よりも威力は断然下がるが、似たようなモノを開発できたんじゃなかろうか。
やっぱ弱体化はよくないね。早く完全復活……いやでも隠遁……悩む。いつになっても強さは保持してたいんだよね……
ま、勇者パワーでそれをゴリ押し突破した日葵には苦言を呈したい。
「脳筋やめようよ」
「だって……下手に時間かけたらかーくん達ほぼ確であの世行きだったじゃん」
「いやあれ魂も破壊するから冥府にも行けないけど」
「何作ってくれちゃってんの? バカなの? アレよりだいぶ殺意上がってるじゃん何処が下位互換なの?」
「弾の数」
「アホ?」
通常攻撃がガトリング規格なのがデフォなんでね。
そもそも鉄の弾使ってる時点で下位互換よ。本物は魔力を極限まで凝縮して一つの宇宙を構成する思いで練り上げたモノを弾丸にして撃つものだし。
爆発力もダンチよ。人間程度なら影すら残さない。つーか四天王レベルになるとこんぐらいの通常攻撃をバカスカ撃ってくること、キミが知らないわけないだろうに。
○○に触れたら即死なんて標準装備よ。再転生して弱くなってて良かったな。
斬音の異能解析しても、統合されて吸収されるだけだったわ。
「で、どする? 訓練参加する?」
「ぶちょー見てみて。すんごい睨んできてる。私たちパクって食べられちゃうかも」
「その例え何。パクっじゃなかてガリゴリッ! だろ」
「誰が食べるか。二人ともこっちに来てくれ。全力で私に打ち込んで来て欲しいんだ」
「えぇ……いいですけど」
「自殺志願者かよ……ぇ、二対一? ま?」
戦えば戦うほど強くなるとか、この人の英雄の素質高いよね。
この後? 力セーブしてめちゃくちゃ部長ボコった。
◆◇◆◇◆
それから二時間後。ぶっ続けで魔力を死ぬ直前まで搾り取られた部長が畳の上に倒れ伏していた。
他の部員には見られない位置で倒れている。
部長の威厳でも保つつもりかな? 隙ありすぎだね。ピクピク震える腕に指を突き立ててみるとビクンって震えて可愛く見える。ボクと日葵をバリケードにして休憩するの良くないと思うよ。部長も疲れるんだってこと隠す意味ある? プライドかな? 折る? 折る?
明日は筋肉痛かな。いらん筋肉も雷で活性化させてたから。ちょっと無駄が多いよ。
「うぐ……やめるんだ洞月くん……」
「イヤでーす。だって楽しいから……それにしても、こちらとの力の彼我はわかってたんですね? 自分よりボクと日葵の方が強いって」
「あ、やっぱり気付いてたんですか?」
「……まぁな。これでも人を見る目はあるつもりだ。どんな理由があるかわからないが、君たちから全力を引き出せないのが口惜しいよ……こちらとしては何故バレていたのか不思議なんだが」
「目、ですかね。強さを渇望する人の目でした」
「ギラつかせてたよ」
「……そうか、そうか……」
強さへの渇望。神室家という武家に生まれた子供は生まれながら戦士として鍛えられる。性別なんて些細なことは関係なく、子供の頃から強さを求められる。
弱き者には死(玲華の奮闘で追放止まり)をだなんて真顔で提言する家である。時代遅れ甚だしい。そして怖い。
人間ってすぐそういうこと始めるよね。あたおか?
それで部長はあらゆる戦闘センスが磨かれたけど、そこに至るまでの犠牲がすごそうで聞くに聞けない。
本人は光でも実家が闇じゃね。神室って苗字だけで万人を恐怖させるだけはある。
神室玲華の強さの源流はそれだ。千年も積み上げた武家の仕来りと家訓、効率よく強者を育てる優れた、優れすぎた前時代的教育……
既に完成した強さを彼女は持っている。そしてその強さは常に更新され続けている。
成長する最強なんて相手にしたくない。日葵なんかいい例だ。
……彼女たちの一番の強さは、強さのために何かを捨てない優しさにあるとも推測できる。
神室玲華は妹を切り捨てずに共に道を歩まんとし。
琴晴日葵は救える誰かを必ず救う、切り捨てなんてごめんな精神性。
どちらもボクには無い善性だ。欲しくもないけど。
それにしてもやっぱり強いのバレちゃってんたか。強者の第六感、強者である故に、相手の強さが本能でわかっちゃう的な。
いやぁ、部長が強者に従う弱肉強食論者じゃなくて良かったよ。
「それにしても頑張りすぎじゃない? 休も? あんま追い詰め過ぎても辛いだけだよ、ぶちょーさん」
「……わかってるさ。でも、頑張らなきゃだろう?」
部員達の喧騒を横に、部長は黄昏れるように天井を見上げている。
病み上がりですぐに動くなんて、普通はダメだ。
そもそも異能特務局が許すわけもない。こんなので身体を壊されては困るもの。如何に異能持ちの身体が頑丈だとしても、体内魔力の影響で回復力が普通より高くても、懸念事項はいくらでもあるのだから。
でも部長は休まない。
なにかに急かされるように、その姿勢を常に崩さず生きている。
その理由の一端が、彼女の弱音が零れ落ちる。
「強くないと、強くならないとなにもできない───弱者に待っているのは強者からの搾取だ。この定説は覆らないものだと、私は知っている」
世界の構造を紐解くように、その瞳は世界の真理を突いていて。
「優しさだけでは全てを救えないのも、優しさだけに縋っていては失ってしまうことも知っている」
懐古するように、懺悔するように。
「……前年の副部長が異能犯罪者になったように」
脳裏に過ぎるは、黒炎をその身に宿す復讐者の背。
「怖いんだよ、仲間の死が……あの時の弾丸は確実に私たちを殺せていた。二日経った今でも、あの光景は思い出せる。琴晴くんがいなければ、私は……私たちはここにいない……あの時、久しぶりに震えたんだ。ドラゴンと対峙した時よりも……深くて、濃くて……薄ら寒い死の恐怖に」
腕を擦りながら、己を掠めた黒色の死を想起する。
「ほら、まだ震えている。笑えるだろう? 世間様には最強だなんだって持て囃されている筈の私が、一介の掃除屋相手にこの怯え様……」
その掃除屋ボクなんすよ。マジでごめんなさい。
「でも、だからこそ……守らないとだろう?
皆の実力を上げることも大事だが……まず私が強くならないと」
「だから私は止まらないよ───あの御伽噺の中の、伝説の勇者のように」
「───憧れは止められないだろう?」
……そうか。それが貴女の原点か。幾重にも複雑に折り重なった憧憬と後悔と希望への想いの路。
怯えを隠して辛い現実に、世界に立ち向かう。
強者の務め。神室家という選ばれた血筋を持つ者であるが故の強要された選択肢。
それを自分の意志で手にしたと言い張る女。
生き辛そう。本当に。英雄だと持て囃されるヤツはどうしてこうも生き辛い世界を選ぶのだろうか。
誰かの為に強くなる。勇者を目指す少女の茨道。
……強いなぁ。これが英雄なんて言われる所以か。なんだかわかった気がするよ。
「……真宵ちゃん」
「……なに」
「責任取りなね? だいたい貴女のせいじゃん。だからやり過ぎだって言ったんだよ」
「悪かったって……」
休憩する部長から離れたボクたちは、耳がいい人に聴こえない程度の声量で会話する。
訓練に励む皆を他所に、こっそりと訓練場の端へ。
日葵もボクも他の面々より遥かに強いから、ここで頑張らなくてもいい。既に完成された強さを持っているのだ。
今から鍛えても進化は期待できない。
だからこれはサボりなどではない。決して時間潰しなんてものじゃないよ。いつまでも睨んでな雑魚共。
「明日の晩御飯なにする?」
「なんで? 今日は?」
「チーズ入りハンバーグ。いや単純に明日のメニュー考えてないからさ」
「だからって今する? ……まぁ別になんでもいいよ。食の好みなんて無いようなもんだし」
「えぇ〜そっかぁ。後でかーくんにも聞こ」
「そうして」
夕飯なんてなんでもいいんだよ。ボクの意思なんて気にせず、キミの好きなように作ってくれ。
壁に背を預けて黄昏れる。
最近は禁酒禁煙、色々と規制されて酒のツマミとか期待できないし。
「……部長の憧れかぁ。現実を知ったら失望するか、それとも受け入れるのか……気になるね?」
「ちょっと身の振り方考えないと……」
「ガチ心配してるじゃん」
異能部、というか……王来山の面々にはもう手遅れなんじゃないかなって思うけど。
まぁ此方から曝露しない限りバレることはないが。
……これフラグか? 折らなきゃ。後でドミィに封印解いてもらって書き換えないと……
「あ、あーそうだった。実はさ、話さなきゃいけないことあるんだけど……」
「……なに神妙な。聞きたくないんだけど」
「まぁまぁまぁ」
茶化しとか一切無しの顔じゃん。いきなり場の空気冷たなったよ?
耳を傾ける行為に後悔を覚えながらも話を聴く。
「白堊って人いたじゃん?」
「…………あぁ、アメリカ軍隊と戦って生き残った、あの包帯くんのこと? 彼すごいよ。礼節を弁えてる。歳下のボクのこと、ちゃんと先輩として扱ってくれるいい人だよ」
「思ったより評価高いね?」
「……で、それが何なの?」
「あの、ほら……例の実験。あの人知ってるっぽい。私が方舟にいたこと」
「………あ゛?」
今なんて言ったこいつ。理解に時間かかるんだが。
「私のこと天使の器呼ばわりしてさ。それって多分、知ってるってことでしょ?」
「……そういうことになるね。なんでだろ」
今世における琴晴日葵を構成する重要な要素───確か名前は『天使兵計画』。正式名称は英称で無理。覚えてるわけがない。元は魔王に忠実な人口の天使を造る実験で、今は方舟の兵士造りにシフトしてってた気がする。どっちにしろ失敗してんだけど。
日葵は唯一の成功例。
元より天使と親交のあった日葵、リエラのことだ。天使言語による光の操作の習得も無理な話では無かったのだろう。
日葵が今世に手に入れた第二の異能【天使言語】はこの計画が由来なのだ。
人工的な異能の発現───いやぁ、邪悪だね?
でもなぁ。それ、書類も燃やして存在ごと抹消した記憶があるんだけどなぁ……なんで残ってんの?
そして何故堤白堊はそれを知っていたのか。
ヤツが入団したのは確か三年前……研究資料を全て消し去ったのはそれよりももっと前の話。おじさんに拾われる直前に燃やしたのだ。
……イヤな記憶だ。無様に地べたを這いずって雨に打たれていた幼年期の記憶。それはそれとして、本当に何故知っているのか。何処で知ったのか……
原因になりそうな顔を脳裏に幾つか思い浮かべる。
「……オルゲン、かなぁ」
アイツ、天使実験の主導者だし。なんか知らんけど執着してたんだよね……
後で聞いてみようか。日葵が実験の成功例ってのはもう気付かれちゃってるし。健康診断の最中に自分、知ってますよ発言されるのは心臓に悪いんだよ。ボク心臓ないけど。
うーん、堤白堊ね。今は疫蠍管轄の病院にいるって聞いてるけど……
会わんでもいいか。オルゲンに聞けば一発でしょ。
……あっ、そうだ。オルゲンで思い出した。普通に忘れてた。
「そうそう。ボクも言うことあるんだった。ホントは昨日の夜言おうと思ってたんだけど……」
「え?」
緊急で伝令が入ってたんだよね……黒彼岸宛に。
「明日晩御飯いらない」
「なんで!?」
「幹部会議。連続でサボってたら強制召集されてさ。議題は秘密にされてるけど……なんか一波乱ありそうなんだよねぇ」
情報漏洩? ボクたちは心配があるからだいじょーぶ安心してください!
「大変だねぇ」
「変わってよ」
「無理だねぇ」
黒彼岸と異能部が激突している現状、方舟としては動かざるを得ない。
ただの異能構成員では歯が立たない。
ならば準幹部───場合によっては大幹部も戦地に投入することになる。
確実に異能部の息の根を止める計画会議になるか。
秘密主義の方舟にとって黒彼岸の討伐もとい崩壊は避けたいところの筈。なにせ方舟関係のやばーい情報手にしまくってるからねうち。
お前は知りすぎたで始末されてないのは……単純にボクが強すぎるから。内輪揉めのつまらない争いとか全部やり返して殺してるし。
準幹部同士の馴れ合いも殺し合いも日常茶飯事だ。
ま、そんなわけで……ある種の死地へボクは飛ぶ。
個性豊かな十三人の準幹部共が、お上からの命令で渋々、仕方なーく進めるつまらない会議の時間。
退屈すぎて寝ないようにしないと……
下手こいて黒彼岸のブランドに傷がつかないよう、気を張っていかないと。
舐められたらそこで終わりなんだから。
……その前にドミィをボコして【否定虚法】の封印解いてもらお。




