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03-24:海を飛び越えて


 魚飼耶央(うおかいやお)の異能【群遊回魚スクール・デッド・フィッシュ】───海棲怪魚を異能生命体として現実に具現化する異能。

 背中に展開した青い渦は怪魚を生み出す生命の輪。

 魔力が尽きぬ限り無限に溢れ出る怪魚は、不可解な軌道を描いて空を飛ぶ……耐久力がない代わりにその存在を破壊されない限り消えない海の猛攻……


 それを姫叶は、己の異能たった一つで凌いでいる。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「ふっ、はふっ……んぐぐ……」

「……疲れてんじゃなーい?」

「……そっちこそ」


 互いの手札を一つ一つ、乱雑に纏めて破壊しながら異能の応酬を続ける。

 それは巨体と巨大のぶつかり合い。

 耶央が具現化したクジラの突進はその図体を上回るサイズまで巨大化されたHB鉛筆に正面から貫かれ。地面に転がしたビー玉を耶央の足元で巨大化させたり転がして迫り来る怪魚を轢き殺したり……

 近接では互いに分が悪いと見て、遠距離の戦いを。

 何度も何度も破壊し合って、お互いの体力と魔力を削り会う。


 両者共に刻一刻と迫る魔力切れ。

 時間経過で不利になるのはお互い様。どれだけ魔力消費を抑えて戦ったかで勝敗は見えてくる。

 姫叶は今までちまちまと集めてきた武器や小道具が底を尽きそうで、耶央は圧倒的質量による蹂躙を好む性格から大きいサイズの怪魚を具現化し続けたせいで魔力の量が心許ない。


 それでも二人は戦意を絶やさずに笑っている。


「紙装甲にも程があるでしょ、この魚たち。ホントに君ってお魚好きなの? ちゃんと全部再現しようよ……あっ、もしかして自信ないの? 自分の異能なのに?」

「私は魅せる女なの。異能は演出重視なのよ」

「よくそれで犯罪者やってんね。演出の仕事で優雅に泳がせなよ」

「なんで? 私はこのお魚さん達みたいに、泡みたいに消える景色をこの目に映したいだけなんだよ?」

「わりと物騒!!」


 怪魚たちのやわさを指摘すれば、それこそが異能の真骨頂、自分のあり方なのだと耶央は力説する。


 魚の耐久力の低さは少女の願望、心の根幹の表れ。

 この世のあらゆる生き物の終わりを見てみたい……自分が生まれ持つ異能の魚たちのように、泡のように弾けて消える様を見てみたい。

 己の異能によって感性を歪められた少女は、歪んだ想像を貫き通して今に至る。

 耐久力の改善なんてしない。そんなの夢じゃない。

 ある種の傲慢さをもって少女は成長の前進ではなく現状での足踏みを選んだ。無限に湧き出て散っていく幻想こそが至高なのだと信じているから。

 その想いをもって少女は異能の出力を上げる。

 自分と敵を囲うように怪魚たちを宙に踊らせ、渦を描くように回らせる。

 全てはただ、あの日海の底で見た美しい死の光景を世界に現像する為に。


「残り僅かだし……派手に行くよ!」


 天に手を伸ばして、少女は空に海を描き出す。


「あの日の再現を、私の原点を───さぁ空を見て! そんで溺れ死んじゃえ! <海壺廻ロマンズ・ブルーダイブ>!」


 大小様々な怪魚たちが空中に渦を巻き、円を描き、巨大な球体へと変化していく。まるで海を切り取って空に浮かび上がらせたかのような異能現象。

 旋回する怪魚の顔が幾つも浮かんでは沈んでいく。耶央の異能を一つに凝縮した大技が顕現した。


 姫叶を辺り一体のスラムごと押し潰す大渦の海球。


 海水と混ざりあった怪魚が地面に落ちれば、衝撃ではち切れた海球が津波となって敵を潰して押し流す。更には解き放たれた怪魚が海流と共に食い千切らんと襲いかかってくる……何が起こるのか想像は容易い。

 そもそも着地と同時に海水に包まれて死ぬだろう。

 致死のダブルコンボが降りかかる筈だ。

 上空に浮かぶ殺意の化身に姫叶は冷や汗を垂らす。触れた物を異空間に収納できる力があっても、異能で造られた海そのもののサイズを変えて収納することはできない。

 凍らせることも蒸発させることもできない。

 対抗できそうな手段を一つも持っていない姫叶は、海球が降ってきてから対処するしかない。


 姫叶の異能【玉手菓子(ビスケット)】によるサイズ可変の限界は最小サイズは小指まで、最大は注ぎ込める魔力の限界が来るまで。敢えて決めるならば教室を圧迫する程の規模まで大きくするのが限界だ。

 物品によって込められる魔力の許容量は変わる為、全ての物を極限まで巨大化させることはできないのがその異能の弱点。

 だからそれを理解する為に、姫叶は異能部に入って一年の間、色々な物に触れ、魔力を流し込み、どれがどれだけ大きくできるかを確かめてきた。

 小回りが利くモノから大振りなモノまで、なんでも使えるモノは使えるようにしてきた。


 ───とはいえ。


「参ったな……」


 並大抵の戦力なら潰せる制圧能力を持っていても、耶央の攻撃にはどうしようもないことは変わりない。

 今の姫叶に海球をどうにかする手段は無い。先程の物量交戦で持ち合わせがないのもあるが、それ以前にサイズ可変による迎撃は不可。

 精々防御するぐらいしかできない。鉄板を盾にして来るであろう海水と怪魚から身を守るぐらいならできる。


「<アイアンボール>!」


 押し流される前提で、それでも耐え忍ぶ選択をした姫叶は鉄板を工作して作った球体を召喚、巨大化。

 備え付けの取っ手を開けて中に入り、防御の姿勢。

 いざという時の為に作った簡易シェルターで、中に入って身を守れる防壁だ。クッションを詰めたお陰である程度外界からのダメージを抑えられる……筈だ。

 一縷の望みにかけて姫叶はやり過ごす選択を選ぶ。


「あはっ♪ むーだーだーよ! 挽肉になっちゃえ!」

「やだー!!!」


 耶央は具現化したクラゲの中に入って身を守り……そうして遂に、渦巻く巨大海球が地上に落とされた。


 スラム一帯が海水に包まれる。高速回転する怪魚が辺りの廃墟を食い散らかして破壊する。

 この時点で姫叶のシェルターは大きく凹む。

 そして海球が形を保てたのはほんの一瞬で、すぐに地面との衝突で勢いよく弾け、津波となって破壊する範囲を広げていく。

 海水と一体化した怪魚を伴った濁流が轟音を立てて姫叶に襲いかかる。

 津波もかくやといった濁流は鉄の防壁を押し流す。

 大漁の怪魚たちは防壁に連続で体当たりを、または水飛沫となって食らいつく。その咬合力は凄まじく、初撃の衝突で凹んだシェルターは更にボロボロと欠けていく。


「あーもう、硬いなぁ……!」


 自分が具現化した魚からのダメージを受け付けない耶央は、海水によるダメージだけを防ぎながら怪魚に司令を出し続ける。

 視界の奥へと移動していく鉄の玉を追いかけ、敵の死を求めて破壊を狙う。

 落下着水で圧殺できなかったのが悔やまれる。

 押し流されては廃墟に何度もぶつかって壊れていく鉄の玉は、耶央が思っていた以上に堅牢だった。


「ッ、あぐっ……」


 中破した防壁の中、クッションに半ば潰されている姫叶は、揺れと衝撃で苦しげに呻く。

 濁流に押し流され、耶央が操る怪魚に集られる。

 徐々にシェルターが、自分の命を守る盾が壊され、突破される恐怖に震えながら、身体の内の魔力を高め全身に流していく。

 体内魔力を防御に回すと同時に、次の技の準備……トドメの準備を姫叶は始める。


 ……やがて。


 海水が辺り一帯を浸水させる。だが、魔力でできた代物だった為かすぐに粒子化して溶け消えていく。

 怪魚たちは大半が衝撃によって事故崩壊。

 消えずに残っていた怪魚は濡れた地面をピチピチと跳ねてから消滅する。

 まるで先程の惨劇が夢か幻だったかのように。

 破壊された廃墟と海水で濡れた痕のみがその現象が現実であったことを主張する。


「はぁ、はぁ……ッ、出れな……んー、んー! はぁ、あぶないなぁ、ほんと……ぺっぺっ!」


 そして……姫叶は生き残った。


 あと一歩のところまで噛まれ、破壊され、削られ、鉄球のシェルターは見る影もない。

 技の効果があと少しでも続けば、姫叶を守っていたクッションは怪魚に貫かれていた……本当にギリギリを、姫叶は勝ち得た。


 流石にダツの突進には焦ったし死ぬかと思った。


 内心悪態をつきながら、穴から侵入した海水で少し濡れた姫叶はシェルターを這って脱出する。


「スキあり!!」

「スキなし!!」


 無論、姫叶のその隙を逃す耶央では無かったが……冷凍マグロを振り下ろした不意打ちは通用せず、寸でのところで姫叶は避けることに成功する。


 地面を転がる反動で起き上がった姫叶は、疲弊する身体を誤魔化しながら耶央を睨む。

 もう披露する技は無いのかと内心挑発しながら。

 耶央は慣れない長時間戦闘に限界が近いのを隠して不敵に笑う。トドメを刺しきれなかったのは辛いが、まだまだ戦える。

 お互い魔力はもう無いようなものだが……今ここで決めてやると双方同時に動き出した。


「<太刀魚斬り>!」

「いや斬れるわけが───ウソぉん!? そんな魚じゃないでしょそれぇ!!!」

「あはは! これだ太刀魚だよ? 知らなかったの?」

「知るかァ!!!」


 具現化された怪魚を剣のように振るう耶央は、さもそれが当たり前と言わん顔だ。

 ふざけた名前の技だがその威力は馬鹿にならない。

 ギリギリ避けた姫叶の行動は正解だった。何故なら残骸と化したシェルターの鉄板が後ろのコンクリートごと切断されたから。

 危うく二等分の姫叶にされるところだったのだ。


 最後は近接での死闘を選んだ耶央は、姫叶が異能を発動する隙も与えないと太刀魚の剣を振るう。


 型も何も無い素人の振りだが……当たれば致命的。


「───今!」

「まずっ───ごふっ?!」


 が、やはり慣れない疲労には勝てなかったのか……耶央は姫叶に隙を与えてしまった。

 太刀魚を振り下ろして、ふらついてしまう。

 足が縺れて体勢が整わない。切羽詰まった思考が、耶央の瞳に映る世界を遅くする。断片的に脳裏を走る過去の情景が、今更自身を責め立てるように、これが最後だと言わんばかりに駆け抜ける。

 茫然と呆けた耶央は、無防備な腹に一撃を食らう。


 それは姫叶の柔い拳。


 その拳は今まで培ってきた努力の証。非力であるがなにもできないわけじゃない……どれだけ頑張っても見える筋肉はつかないし、あまり成果は見られないけれど。

 例えそれが、ほんの少しだけ体を仰け反らす程度の威力を出せなかったとしても。


 腹部へのダメージで耶央が鈍ることに違いはない。


「おらあーー!!!」


 姫叶は耶央の足に刈り足をして転ばせて……背中を地面に打ち付けた瞬間、元のサイズに戻して召喚した黒い鉄の棒───非殺傷性個人携行兵器こと、電圧で対象を気絶させる防犯グッズである、“スタンガン”を耶央のお腹に押し当てた。

 スイッチオン。

 電極から迸る青い光が、怪魚の主である魚飼耶央に向けて……放たれた。


「───あばばばばッ!? ぅあ─────…きゅぅ」


 電気ショックにより、耶央はその意識を手放した。

 霧散する怪魚の残滓は虚空へと消えていき、静寂が荒れ果てたスラムに染み渡る。


「……勝っ、た。勝てたぁ〜……やったよ僕。やればできるんだよ……」


 戦いの高揚感を維持していたアドレナリンが切れて限界の姫叶は、勝利を噛み締めながらもまずは耶央を拘束せねばと縄を取り出す……が。

 身体はフラフラと揺れて、手の力が抜けて縄を取り落とす。

 意識は朦朧としていき……前のめりに倒れていく。


「あっ……」


 あわや地面とキスをする───それよりも早く。

 駆け寄ってきた誰かの手が、倒れる少年の体を受け止めた。


「小鳥遊くん!」


 受け止めたのは神室雫。

 救援要請を受けて駆けつけた彼女だったが、その時既に戦闘は終盤へと差し掛かっていた。異能の海水に押し流されそうになったが、こうして無事に辿り着いた。

 全てが終わった後───姫叶が勝利した後でも。

 同胞が無事であることに安堵して、雫は拾った縄でその体勢のまま液状化した腕を伸ばして耶央を拘束。


 姫叶を支えたまま、姫叶の代わりに耶央の無力化を終えた。


「雫さ……えへへ、僕、勝ったよ」

「……えぇ、ちゃんと見てたわ。流石よ小鳥遊くん。あと……救援遅れてごめんなさい」

「へーきへーき。来てくれただけでも……うれしい」

「……そう」


 怪魚の噛み傷や出血の影響で意識が朦朧としている姫叶を支えて労う雫は、膝を折って地面に座り、その膝の上に姫叶の頭を乗せた。


 本当に突然、何も言わずに膝枕を。


「え゛っ」


 頭部に当たる柔らかい感触に固まる姫叶。

 わけも分からず困惑して、すぐに顔を真っ赤に染め狼狽える。退こうにも身体が動かない。動かせない。雫が身体を押えているのもあるが、披露と痛み、あとちょっとだけ抗いがたい欲に負けていた。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで胸はいっぱいだ。

 膝枕を行った雫も顔を赤らめているが、姫叶よりはマシだ。


 何故そんなことを……姫叶にとっては密かに恋する女の子に膝枕をされるという現実の説明を、雫は顔を羞恥に染めながら呟いた。


「……その、真宵が、がんばったご褒美に……って、言ってたのよ……あの……イヤ、だったかしら……」

「い、いやじゃないよ……うん、う、うれしい」

「そ、そう?」

「うん……でも、その、ごめん……今は顔見ないで」

「……えぇ」

「…………」


 お互い顔を逸らす。雫は懇意に思っている同級生にこんなことをさせていることへの申し訳なさ、姫叶は想い人の顔を直視できない恥ずかしさから。

 すれ違いはあるものの勝利を讃えられた少年はまた頑張ろうと決心する。


 霞む思考に微睡みながら、少年はその甘美な幸福を噛み締めた。


 ……内心、やらかしてくれた同級生に指を立てて。


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