03-22:ふわり落下電道中
時は遡り……調査班Bチーム。琴晴日葵、影浦鶫、望橋一絆の三人組は、魔都東側の郊外を静かに駆けて目的地の座標を目指していた。
元勇者と見習いくノ一、そして並行世界の地球人。
なんともバラエティ豊かなチームであるが、三人は和気藹々と談笑しながら、否、走りながら会話を絶やさず移動していた。
「望橋殿〜、早くするでござる〜。置いてっちゃうでござるよぉ〜!」
「待っ、待ってくれ! 流石にキツい!」
「あはは、ペース配分合わせようか?」
「……いや、やんなくていい! 俺にだってなぁ、こうプライドってのが……あるんだよ!!」
「おっ、じゃあがんばって〜!」
三度目の訂正。会話をしながら全力疾走していた。
俗に言う忍者走りで先頭を駆ける鶫、応援しながら後ろ向きに走る日葵、苦しそうに息を荒げて最後尾を走る一絆。短時間で疲弊する自分と違って元気に駆ける女子二人に危機感を抱いた一絆は、日葵の気遣いを無下にしてでも走るというキツい道を選択した。
これでも一絆は成長している。元いた世界と比べて身体も心も十分に鍛え上げられている。まだまだ伸び代もある。自信なさげな一絆だが、二人の足の速さに問題なくついていけている。
ちなみに走り込みの提案をしたのは日葵である。
「……ちゃんと自信持たせなきゃなぁ」
日葵は苦笑しながら、一絆の自己価値を高める為に今度いっぱい褒めて持ち上げようと決めた。
……急迫する状況の中、三人はトレーニング紛いのダッシュを交えながら調査に赴いている。
その意識の緩さには、理由がある。
───多分、大した痕跡は無いと思う。楽に行こう!
それは日葵の進言。黒彼岸の首魁、その隠蔽工作の強さを知っているから。そして、緊張のし過ぎは逆に油断を招くと判断したからこその緩みであった。
鶫は日葵の真意はわからずとも、共感するところはあったのかあっさり承諾。一絆は素直に助言に従って二人の後を追っている。
そうして走っていると、三人は目的地……五つ目の調査地点に到着した。
「はぁ、はぁ……次は、ここか?」
「うん。ちょっと休憩してから調査にしよっか。はい二人とも、ポカリどーぞ」
「ありがとう」
「かたじけないでござる!」
スポーツジュースを後輩たちに配りながら、日葵は眼前に聳える電波塔を仰ぎ見る。その形状は現代でも使われているモノだが、廃れ具合から見てその古さが伺え知れる。
この電波塔は、数年前とある電気系の異能犯罪者が盗電による異能強化を謀った大事件の現場。
黒彼岸と草薙道流が初めて出会った場所でもある。
「……色んな場所に行ってるんだなぁ」
そんな因縁深き場所を見て感慨深そうに呟く日葵を横目に見ながら、一絆はこの場所を目指している間に聞いた内容を思い出し、世界が変わると犯罪の規模も変わるのだなと内心辟易した。
転移するならもっと平和な世界が良かったなという思いが未だに一絆の中では強い。もう割り切っているとはいえ、思わないとこがないわけではないのだ。
息を整える一絆は、犯罪率の高さに天を仰いだ。
その後、やはり体力の回復が遅いと判断した日葵は二人に【天使言語】をかけた。走り込みのダメージはものの数秒で回復した。
無駄に魔力を使うならトレーニングするなと文句を言われるだろうが、異能部の面々はそうしたいと一度決めたらやり通す人間の集まりなので無理である。
日葵のおかげ、もしくは自作自演により万全の体調となった二人は、魔力計器を目的である電波塔に向けながら調査を開始する。
警戒しながら電波塔の内部に侵入すれも、そこにはただ寂れた空間が広がっているばかり。錆びた鉄骨の下には裏社会らしさのある汚れが見れるだけだ。
電波塔そのものが倒壊する様子は見られない。
それでも電波塔の古さと劣化による崩壊の可能性は依然高い為、三人は手早く調査していく。
「お、お〜。全然関係ない犯罪者の魔力が出てくる。ここってもしかしてそーゆー場所なの?」
「不良の溜まり場みたいなもんか」
「その解釈はどうかと思うでござるよ……」
「こんなに出てたらそう思うだろ」
結局調べても黒彼岸、ひいてはメーヴィスの方舟に繋がる魔力痕跡は見つからず。
一絆と鶫は露骨に落胆して顔を顰めた。
日葵のみ苦笑の裏で真宵の正体に繋がる痕跡がないことに安堵していた。
数秒経って意識を切り替えた三人は、鞄から携帯を取り出して地図を開き、次の目的地を再確認する。
「うーん、次はもっと奥かぁ。危険だね」
「どうする? 今日は一旦下がるか? 深入りすんのもよくねぇだろうし……」
「りすく管理が完璧でござるなぁ」
「そーでもないよ」
電波塔の鉄骨から少し離れた位置に移動した三人。
昼を跨いでまで続けた調査だったが、何一つ対象の痕跡を見つけられなかった。
何か一つでも、嘘でも見つけられれば良かったが。
改めて想い人の隠蔽工作の高さに舌を巻きながら、日葵は通信機越しにいる廻達に撤退の許可を得ようと口を開いた────…
その時。
「っ───かーくん防御!!」
「は!?」
電波塔の頂点から、局所的な雷が───否、電撃が三人に向けて撃ち込まれた。
「ラプ!! <光の盾>!!」
『ーー!!』
「あぢっ……遅いよかーくん!!!」
「ごめん!!」
「て、敵襲でござるか!?」
一拍遅れて一絆はラプチャーと名付けた光の精霊を喚び、自分たちを囲う半球状の結界を展開、なんとか電撃を防ぐことに成功した……が。
反応が遅れたせいで、日葵の指が電撃で少し焼けて黒くなってしまった。
『───すごい音がしたが、無事か、B班!』
「一応、なんとか」
廻の悲鳴のような生存確認に日葵は応え、黒ずんだ右手指三本にチラリと目をやった。
いくら電撃への耐性を神室玲華の異能で鍛えて慣れ親しませているとしても、痛いものは痛い。
日葵は正面に立つことで後輩たちを庇ったのだ。
周囲を警戒していながらダメージを食らった日葵は魔力消費を抑える為にわざと指を回復させず、攻撃が飛んできた電波塔を睨みながら状況の確認に励む。
奇襲を仕掛けた下手人は、電波塔の頂上に近い位置にある鉄骨に足を掛け、一回り年下の異能部を上から眺めて嘲笑っていた。
「イェア☆ いーねいーね!! 悪くないヨォ! 初撃を浴びてすぐ動ける、ちゃんと頑張ってる証拠じゃーあないか!! Youたちカッコイーーじゃん☆☆!」
そこにいたのは、スパンコールが必要以上に派手に散りばめられた黒コートを纏った長身の男。
星型のサングラスと綺麗にされた歯がよく目立つ。
なんというべきか、とにかく派手で煌びやかで自己主張の激しい風貌の男が立っていた。
遠くから見てもわかるぐらいキラキラしていた。
「……また濃いのが出た」
「なんだアイツ」
「光すぎではござらんか? えっ、拙者あんなに目立つやべーのに気付かなかったんでござるか?」
「それ私にも言えるからやめて」
三人揃ってドン引きの顔。男が放つ空気感と主張についていけないらしい。
「ふくぶちょー、ごめん敵襲」
「電撃使いでござる……はぁ〜……厄介」
『ちっ……面倒な。すぐ応援を向かわせる。なんとか持たせろ! 別に倒してしまっても構わん!!』
「なるべく早く済ませます」
通信機の向こう側にいる廻に報告しながら、三人は各々の武器を頭上にいる男に向ける。
日葵と鶫の気配察知を潜り抜けて現れたその男は、金色のメッシュが無数に入った黒髪を撫でながら己の名を聞いてもないのに名乗り始めた。
「Meの名前は〜、雷堂傳治! 異能結社のエッリート構成員にして電撃のエンターテイナー!! Youたちを痺れさせに来たんだヨォウ☆!!」
「説明どうもありがとう───じゃ、落ちて?」
「ゥワォ!?」
そう呟いた瞬間、無詠唱で放たれた光の剣が雷堂の首を狙って飛びかかった。突如視界が眩しくなったと思ったら目の前に剣が現れる恐怖を雷堂は体感する。
サングラスで目潰しをなんとか防ぎ、大振りすぎる身体の捻りで間一髪光の剣を回避した雷堂は冷や汗をかきながらもニヤリと笑う。
対して日葵は苦虫を噛み潰したような顔をする。
避けた拍子で地上に落下してもらおうと思ったが、体感が良いのか雷堂は未だ高所にいる。
高所というアドバンテージを崩す攻撃は失敗した。
「ンやぁ〜容赦ないネ☆ おじょーちゃん! そういうスピード展開は……Meの大好物SA☆」
「なんか気が散るなあ」
「そーれ、次はMeのば〜ん……喰らえッ☆!!」
指パッチン。
たった一つの動作で雷堂の左手が電気を帯び、軽く腕を振るえば指向性をもって幾つもの電撃が異能部に向かって放たれる。
「かーくん、結界どれだけ耐えれる?」
「部長のお陰で耐性はあるぞ。限界値ってのはやっぱあるけど……この程度の電撃ならまだ持ちそうだ」
「おっけー。でもそうだなぁ……うん、決めた!」
ラプチャーの結界の中に入って電撃を凌ぐ日葵は、結界の維持に魔力を注ぐ一絆をどう戦闘に参加させるか考えていた。
電撃を防ぐ為の避難所として彼の光の盾は優秀だ。
だが、それでは一絆の経験値にならない。ただただ守るだけの防御役など、すぐに死んでしまうから。
「かーくん縛りプレイしよっか」
「……は? えっ、何言ってんだ日葵。内容によってはここで遁走するぞ俺は」
「盾は一枚だけね。今日はあの人で鍛錬しよっか」
「鬼畜め」
「文句言いつつ逃げないかーくんのこと、それなりに好きだよ」
「やめろ刺される」
緊迫した状況、片手を負傷した状態でありながら、異能犯罪者を前に余裕の構えを取る日葵。更には未だ成長が始まったばかりの一絆に苦行を課す始末。
……それをすぐさま受け入れて結界を解除、攻勢に出る一絆も一絆だが。
尚、一絆が結界を解いた時点で鶫は影の中に潜って隠密行動に出ていた。先輩二人に何も言わずに。
後で報連相の重要性を教えようと日葵は決意した。
雷堂も姿を消した鶫の事には気付いているものの、姿を現すまで対処のしょうがないと即座に判断、今も視界に映っている二人をまず潰そうと攻撃の手に力を注いでいく。
「ヘーイYouたちィ? いいのかい守り解いちゃって? 後悔しちゃうヨォ〜?」
「大丈夫。逆境は慣れっこだもん」
「毎回強制な気がするけどな!」
降り注ぐ電撃を紙一重で避けながら、日葵と一絆は徐々に雷堂との距離を縮めていく。
「ちゃーんと避けれてイイ子イイ子☆ そんな子にはご褒美にィ〜☆ 追加の電撃をプレゼント☆!!」
「いらないかなー!」
「ノシュ、ゴーレムで的を増やせ! 指向性はあってもそこまで精度は高くない! 多分!」
『〜〜!?』
「そんなことないんだぜ☆ しょーねんッ! Hey!」
「すまん違ったわ!!」
容易に回避できる電撃を見て推測を立てた一絆は、土の精霊ノシュコスにゴーレムを大量生成させて電撃の誘導を試みたが、しっかり一絆がいる場所を狙って電撃が放たれた。
まだまだ戦闘の分析力が甘い。しかし、的を増やす作戦は悪くなく、無限に増え続けるゴーレムの軍団は確実に雷堂を追い立てる一助となる。
スレスレで避け続け、直撃しそうな電撃は盾一枚を張って防ぎ、ゴーレムたちを壁にして進み続ける。
「あづッ……くそ、やっぱ頼るしかねぇのか……!」
無力感に苛まれる一絆の身体に、遂に電撃が直撃。
しかし、部長の神室玲華による雷撃浴びを定期的に味わっていたせいで身体が慣れてしまっていたのか、歩みを止めずに走り続けられていた。
並大抵の異能者や過去の一絆であれば、電撃一発で再起不能になっていただろう。
一絆の人間離れが耐久面でも露呈し始めた。
対して、日葵は不意打ちによる初撃以外の、一切のダメージを追っていなかった。
「《───♪》───<裁きの光剣> <重奏>」
日葵は一絆の一歩前を走りながら幾つもの光の剣を同時生成、自分の周囲に展開。
電撃を切り裂きながら……電波塔の側面を駆ける。
「Wow!? どーんな体幹してるんだいYou!!」
負けじと雷堂も電撃を連発、更には電波塔の鉄骨に電流を流したり放電による進路妨害などを行ったりと多彩な電気攻撃を行い、日葵の歩みを阻害する。
立っているのも難しい筈の側面を軽く走り、回避も隣の鉄骨を飛び渡って行うなど、日葵も曲芸地味た動きで敵を翻弄する。
近付けば近付くほど苛烈になっていく電撃の嵐を、日葵は剣を振るうだけで無視していく。
遂には滞空させていた光の剣を雷堂に向けて射出、何本もの殺意が一本ずつ雷堂の首を狙う。
「これはちょっとヤバめ!?」
近接戦闘は分が悪いと即決した雷堂はするりと猫のように鉄骨の上を跳ね、掴み、走り、日葵の猛攻から距離を取ろうと動き回る。光の剣は間一髪、持ち前の柔軟性をフル活用する事でギリギリ回避できていた。
回避に専念した為か電撃の精度が疎かになったが、牽制するには充分な出力で放ち続けている。
「も〜、避けないでよ。一撃ぐらいお情けでもらってくれてもいいんだよ?」
「いやそれ死ぬヤーツ! 流石に無理ですネェ☆!」
そんな危険な状態に陥っても、雷堂は笑みを深めて踊るように暴れ、喜悦に塗れた表情で迎え撃つ。
「受けになったこっちもこっちだけど、イーネYou! どーだい、Meたちと世界の覇権取らないカイ!?」
「興味無いかなぁ」
「そーカイ☆ そりゃ残念! Meも興味無いけどね☆」
心にもない勧誘を挟んで時間を稼ぎながら、雷堂は電波塔をぐるりと一周。
ほんの少し息切れしているが、未だ余裕な様子。
止まない電撃の嵐で光の剣を相殺する雷堂。だが、彼の思考は今日葵の対処で埋め尽くされており、残り二人のことは隅に追いやっていた。
───その思考の隙を、一絆は奇跡的に狙い撃ちすることに成功する。
「エナ、やれ!!」
『───!!』
電波塔の足元から頭上にいる雷堂に向けての攻撃。
それは水の精霊エナリアスによる、超高圧縮された水鉄砲の噴射。液体系異能力者である神室雫の助言と訓練により生まれたその技は、鉄をも切り裂く技へと至り完成した。
本来なら飛距離の問題で水が霧散して期待できない威力まで下がるものたが、そこは異能。それも精霊の原理不明の不可思議な力によるもの。
遥か頭上の雷堂が足場にしている鉄骨を目掛けて、二閃の水鉄砲が斬撃となって放たれた。
「安直に<圧縮・水撃刃>……なんちって」
刃と化した水の弾丸は、電波塔の一部を切り裂き、雷堂が足場にしていた鉄骨を破壊した。
「なんッ!? やるじゃあないかしょーねん!!」
足を滑らせるように電波塔から落ちていく雷堂は、窮地に立たされても尚笑っている。
日葵以外は取るに足らない存在だと思っていた。
そんな少年に足元を崩された事実に、雷堂は笑みを深めてひたすらに嗤う。
想定外を崩されることほど、楽しいと感じるものはないのだから。
「流石かーくん! 私が見込んだだけはあるよ!」
「それは無理無理無理!! 運動神経にも限界ってのがあるんだよゥYou!!?」
手放しに弟子を褒める勇者は、着地に全力を注いで落下する雷堂目掛けて光の剣を全弾射出。
容赦のない光の連撃が雨のように降り注ぐ。
これには雷堂も余裕をかなぐり捨て、電撃を幾つも放って落ちながら相殺。自由落下に身を任せて落ちる雷堂は、なんとか無事地面に着地できるように思考を巡らせて……
「くっ…………ん? なんか、重い?」
身体の不調に遅れて気付く。落下による空気の壁と日葵が放つ光剣の猛攻に意識を割いていた事も異変に気付かなかった理由として上がる。
重い。まるで何かが己の身体に捕まっているような───そう、何か背中に重荷を背負っているような、そんな違和感の感触が。
「背中!?」
「───忍法<薄羽陽炎>。密着状態でも拙者の躰を認識できなくする忍術でござる。便利でござろう?」
「Youってばいつの間に……!」
「貴殿はまっこと素晴らしい勘の持ち主でござるな。流石は電撃のエンターテイナー殿!」
「そりゃどーも!!」
違和感の正体は、今まで影に潜っていた鶫だった。
異能【影潜行】による存在の完全隠匿を巧みに使い誰よりも早く雷堂の元へと泳いだ鶫は、一絆が鉄骨を切断したタイミングで落ちる雷堂の背に飛び掛かり、そのまま密かに張り付いていたのだ。
存在感を限りなく薄くする術と、取り付いた対象に存在を気取られないようにする身体の絡み付き方……それらを複合した忍術は、鶫の得意技の一つ。
初めて忍者を相手する雷堂では破れないのも無理はなかった。
また、鶫の存在に気付いた上で日葵が放った光剣のアシストによる意識誘導と、地上で一絆が着地狩りを狙った布陣を引いていたのもあって、雷堂は意識を散漫させざるを得なかった……この二人の無意識な連携と補佐により、雷堂は致命的なタイミングになるまで密着していた鶫に気付けなかった。
今か今かと待っていた、鶫の我慢勝ちでもある。
一つでも欠けていたら成功しなかった。
三人の連携、全てが上手く組み合わさったことで、鶫の作戦は成功したのだ。
……だが、ただでやられるほど雷堂も甘くない。
「離れるんだヨォくノ一ちゃん☆! <大放電>!!」
瞬間、雷堂の身体が金色に輝き───身体の内から強大な電気エネルギーを無差別に放出する。
全ては鶫を感電させて振り払う為。
異能の持ち主である雷堂には電気攻撃は効かない。だが鶫には通用する。全身麻痺、下手すれば死に直結する攻撃を浴びて、鶫は───…
「……へ?」
「ざーんねん……で、ござる」
無傷。してやったり……そんな顔で、笑っていた。
「何故、どんな手品、いや忍術を……!?」
「自分で考えるでござる」
驚愕する雷堂の疑問を無視して、鶫は技を掛けた。
「さぁ、エンターテイナー! 潰れたトマトになんて、そんなモノにはなりたくないでござろう!?」
「ぐっ───!」
「拙者に身を任せて、さぁ! いくでござるよぉー!」
元気に、そして威勢よく。真っ逆さまに落ちていく恐怖など無い顔で、雷堂を拘束する腕の力を上げて。
鶫は雷堂にしがみついたまま身体を横回転させ……きりもみ回転しながら、雷堂の脳天を勢いよく地面に叩きつけた。
「がっ、ハッ………!!」
その名も忍法<珠蓋天>。今回は高度からの技掛けだった為、威力を下げるよう回転数を減らし、身体の特殊な捻りで衝突のダメージを和らげる等、鶫の手で死にはしないよう最大限の注意を払った……らしい。
常人には理解できない技巧である。
技術で補う忍者ならではの技で、雷堂への致命的なダメージはなんとかなった。
尚、鶫にも落下のダメージは来る筈なのだが、全て雷堂に押し付けて無傷らしい。忍者は非道である。
───かくして、三人は雷堂傳治の撃破に成功した。
「……大丈夫? 生きてる?」
「殺してないでござる! でも早めに医療班呼んだ方がいい可能性も無きにしも非ず……」
「脳震盪ぐらいなら治せるから。私免許持ってるし」
「マジか。あ、拘束するぞ」
「うん。お願い、かーくん」
白目を向いて気絶する雷堂を囲む異能部の三人。
垂直落下したのに無傷の日葵が雷堂の凹んでそうな頭部を天使の光で治癒する傍らで、一絆は警戒を一切解かずに魔法を発動。
「ノシュ、<土結び>」
『〜、〜〜!』
土の精霊ノシュコスに命令して土を操作。隆起したただの土が蛇のようにうねって雷堂に絡みつき、身体に密着した瞬間岩のように固まって拘束した。
契約する前から大精霊に分類されるノシュコスは、他の契約精霊たちと比べても技の数が豊富で、一絆もだんだん使える魔法が増えてきた。
この拘束技も一絆の努力の結晶であると言える。
「ふぅ〜。一時はどうにかなると思ったけど、なんとかなったね」
「だな……って、そーいや影浦、至近距離で撃たれてよく無事だったな? なにやったんだ?」
「ん? あー、特に種も仕掛けもないでござるよ」
「……もしかして、その服……」
一絆の疑問に、鶫は自分の服───見るからに忍を意識させる忍び装束の裾を触りながら、軽く答える。
他の部員と違って暗器が多いが故の要望で、彼女の戦闘服は黒を基調とした、それでいて可憐さを残した特別な装束となっているのだが……
日葵はその服の素材が普通でないことを見抜いた。
「こちら、絶縁体を仕込んだ装束でござる。全てではござらんが、ある程度の電撃は無視できるでござる」
「絶縁体なのかこれ」
「へぇ………部長対策でしょ、それ」
「バレたでござる?」
舌をちろりと出して笑った鶫は、服の裾を無遠慮に掴んで興味深げに唸る一絆の手を叩き落とした。
……異能部では頻繁に部員同士の戦闘が行われる。
その際一番の関門となるのが部長である神室玲華。雷を容赦なく落とす彼女の対策として鶫が編み出した武装であり、絶対に勝つという意識の表れであった。
それがわかったからこそ、日葵は逆に苦笑する。
今回敵となった雷堂という男は、運がないなと心底わかったから。
「うーん、応援呼んでもらったけど、その前に解決。これは勲章ものだね?」
「そんな調子に乗ってたら後で痛い目にあうぞ」
「そうでござるなぁ───っと、どうやらそう気楽に構えてはいられないみたいでござるよ」
「……新手かぁ」
……だと言うのに、戦闘は未だ終わらない。
何故なら、廃墟群の向こう側から全身に包帯を巻く白いコートの背の低い男が現れたから。
長すぎる白い髪に赤い瞳、不健康な白すぎる肌……
目元と髪の毛以外の肌を全て包帯で隠し、拘束着を彷彿とさせるコートを纏った青年は、イラついた視線を隠さず異能部に向けた。
「…………先走った挙句負けたのか、その馬鹿は」
口元を覆った包帯がモゾモゾと動く。
中性的な声で呆れる青年は、包帯でぐるぐる巻きの右腕を異能部たちに向ける。
「任務は失敗だ───だが、その男は返してもらう。まだ利用価値はあるのでな」
「うーん、それは無理な相談かなぁ」
「そうか。では実力行使と行こう」
瞬間、青年の腕に巻かれていた包帯が紐解かれ……ありえない軌道を描いて、ありえない距離を伸びて、意志をもったかのように日葵たちに襲いかかった。
異能力による先制攻撃。咄嗟に防御ではなく散開を選んだ三人は、自分たちのその判断が正しかったことをすぐに思い知る。
───放たれた白帯は、地面や鉄骨に突き刺さり、そして貫通していた。
ありえないその光景を見て、思わず冷や汗を垂らす後輩たちを横に、日葵は冷静にその惨劇を眺め……
目の前の男が誰なのかを、瞬く間に暴いてみせる。
「包帯の異能者……そっか、貴方が堤白堊さんね?」
「……何故知っているかは問わないが、そうか。私も有名になったものだな」
異能結社メーヴィスの方舟に所属する異能構成員。
人一倍方舟の組織についての情報を持っている日葵だからこそ、その正体にいち早く気付けた。
堤白堊。包帯を操る異能をもって政府施設を襲撃、異能特務局や政府機関の異能者と戦って生還している実力者である。
そんな準幹部級の実力を持つ異能構成員が現れた。
……そして、包帯の斬撃に気を取られている内に、雷堂を拘束していた土塊は破壊されてしまう。
「くそっ、地面固定型なのが仇になったな」
「流石に守り通すのは無理かなぁ。これは仕方ない。諦めて次に生かすよ」
「うっす!」
「りょーかいでござる!」
気合いを入れ直した三人は、各々武器を構え直して攻勢に戻る。
対して堤は雷堂を力強く殴って叩き起こしていた。
「おい、起きろ」
「───いギャっ!? いづ、いてて……って、Oh☆白堊ちゃん!! たーすけてくれたのカイ!?」
「不本意だがな……さっさと立て。撤退戦の時間だ」
「オーケーオーケー。挽回させてもらうヨ」
頭にたんこぶを乗せた雷堂は、ケラケラと緊張感の皆無な笑いを浮かべながら戦闘態勢に入る。
倒れてすぐに戦う姿勢に入れるのは、流石といったところか。
しかし未だ頭がクラりとするのか辛そうな様子。
それでも戦意を途切れさせず、己の電撃への対策が意図的では無いにしろできている相手との戦法に思考を巡らせている。
───異能構成員二人が電波塔に来た最初の目的は、裏部隊である黒彼岸に近付く異能部の機能を停止させあわよくば殺すため。
全ては、監視により異能部の動きを補足したとある研究員系大幹部からの指令であった。
その任務が失敗したと判断した堤は、妨害ぐらいはできるなと考えながら、異能部からの逃走を目指す。
その為にも、まず目の前の虫を蹴散らさなければ。
「あちらはどうなったか……」
同時に、自分と同じ指令で動いた別働隊の安否にも思考を割いた。
場合によっては回収しなければいけない。
面倒事をとことん嫌う性格の堤は、内心溜息を吐きたいのを我慢して戦闘に臨む。
「……これ、他のチームも襲われてるって考えた方がいいよね」
「あー……メールに追記来てたわ。副部長から」
「報告が遅いでござる」
「いや自分で確認しろよ」
思わずそうツッコミを入れる一絆は、架け橋の杖を握り直して前方に構える。
いつでも精霊の魔力をぶつけられるように。
敵の発言も不穏だが、今は考えないで動く。一絆は異能部の仲間を信じている。だからここにいない誰かよりも、自分たちの心配をする。
ここで負けたら、元も子もないのだから。
「………」
「………」
張り詰める空気の中。誰も口を開かず、痛いくらい冷たい静寂が辺りを漂う。
……そして。なんの前触れもなく。
なんの合図もなく。
両陣営、お互いに示し合わせたわけでもなく。琴晴日葵が、堤白堊が、影浦鶫が、雷堂傳治が、望橋一絆が。
一斉に、武器をもって駆け出し───激突した。
「逃がさないから!」
「喚くな。耳に響く───<白断>」
「先手必勝! 忍法<千切舞>!」
「借りを返すよ、わこーど達! 喰らえ、<ビリビリ☆キミの脳天を貫くエクスタシー>!!」
「なんつー技だよそれ!!」
第2ラウンド。異能のぶつかり合いが、始まった。




