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03-20:その理由、未だわからず


「ゔっ、最悪……もうちょっと持てボクの身体」


 草薙道流との遭遇から逃げ切り、避難先の魔道塔に蓮儀と斬音を預け、ちゃっかりボクらを監視していた

八碑人にストーカー容疑でいつか引き千切ると脅して───なんとか無事帰宅した。

 つーかあの無能力者め。せめてボクが関わってない任務の時に出てこいよ空気読め中年。勘が鋭いせいでおちおちマスク外せないのホントに迷惑すぎる。

 悪いのは犯罪者やってるボクだって? それはそう。

 殺そうと思って差し向けた刺客全部跳ね除けて真顔生還すんのとかもホントにやめて欲しい。笑う。


 ……あ、迷子にはならなかったよ。流石に大丈夫。

 でもメンタルはもう限界。なんかもう呼吸すんのも辛いんだけど。マジでどーなってんだボクの身体。


 あんな社会のゴミ一つやっただけでこれかよ……


「はぁ、まぁいい。早く上がろう」


 家の明かりはついてない。時間通りの真っ暗闇だ。


 ……新しい同居人のせいで黒彼岸の軍服を着たまま帰れないのが面倒で堪らない。

 一応周囲を確認してから服を着替えて……、と。

 鍵を開けて玄関をくぐった。


「ただぃ、ま───ぉ? ……ぇ、あ〜、は?」


 ちょっとびっくり、というか困惑で呆けちゃった。

 何故だかわからないけど、リビングから人の気配を感じ取ったのだ。

 一応、この家の住人たちの気配ではあるけど……

 電気はついてない、よな。うん。うち雨戸っていう夜になったら閉めるヤツ使ってないから、月明かりで視界確保はできるだろうけど……目に悪いよ?

 なにやってんだろ、あの二人。


「……ひま? 一絆? ただま……」

「……………zzz」

「すぅ……すぅ……」

「……寝てる?」


 そーっとリビングの扉を開ければ、ソファに背中を預けて静かに寝息を立てる一絆くんの姿と、彼の膝に頭を乗せて眠る日葵の姿があった。

 ……いや本当になんで? 自分の部屋で寝てろよ。

 しかもなんで一緒に寝てるわけ? 昼寝ならともかく深夜なんですけど?

 お手てが真っ赤に見える幻覚も吹き飛んだわ。


 あの日葵が、一絆くんの膝の上で安心しきった顔を晒すなんて……それもガチ寝するとは。

 ボクでもその体勢になるのに二年はかかったのに。

 ……そんなに安心できる場所なのか。害がないから気楽に過ごせているのか、それとも一絆くんの性質がそうさせるのか。

 でもまぁ気持ちはわかる。

 一絆くんってなんかこう、綺麗な雰囲気っていうかオーラっていうか、そういうのを纏ってるんだよね。異世界の人間ってのもあるだろうけど、一番は精霊の力かな?

 こう、精霊と手を取り合える故のパワーというか。

 不思議と安心……気分が安らぐ、的な? まるで彼がセラピードッグみたいな言い方になるけど。


 とはいえ夜一緒に寝るのはどうかと思うんだよね。


「……起こすのはやめてあげるか」


 せめてもの慈悲だ。朝起きたら日葵が膝の上にいてびっくり仰天するがいい。


 それにしても、どうしてリビングで寝てるんだろ。足音を立てずに室内をぐるりと見回してみるが、このふとした疑問を解消する光景はどこにもなかった。

 うーん、掛け布団まで用意している始末。

 バイトと称して出かけていたボクの帰りを待って、なんてことはないか。待つ理由も必要性もない。


 ……取り敢えず手洗いうがい、んでお風呂入ろう。

 考えるのは後からでもできる。


 眠る二人を起こさぬよう、静かに居間を立ち去る。


 ───二人の頭が一瞬だけ骸に見えた幻覚なんて、気の所為だと心に嘘をつきながら。






◆◇◆◇◆






「おかえり!」

「───ただいま。可笑しいな、さっきまでクソほど安心しきった顔で寝てたと思うんだけど。っていうかなんで全裸なの。邪魔だから出てってくれない?」

「えへへ、やーだ。あのね、目ぇ覚めちゃったから、真宵ちゃんのお背中流そ〜って思って♪」

「いらない」


 視界が赤く激しく明滅する。自業自得のその症状に鬱々とした気持ちで目を瞑りながら、さっさと身体を清めようとシャワーを手に取ったら……

 何故か浴室の開き戸を開けて、さっきまで寝ていた日葵が現れた。一瞬幻覚幻聴かと思って固まった。


 ……相変わらず、何を考えているのかわからない。


 どのタイミングで起きたんだか。風呂に入ってきた理由はもっとわからない。


「キミもう入っただろ」

「真宵ちゃんのお世話の方が大事だから……それに、最近一緒にお風呂できてなかったし?」

「できなくていい……」


 結局、こっちの断りを全部無視してよくわからない論拠と主張で押し通って来たので、もう全てを諦めて浴室への侵入を許可した。してしまった。

 大変ご満悦な日葵を見て、幾度目かの溜息を一つ。

 されるがままにシャンプーをされ、優しく、丁寧に頭を揉みこまれる。


「ん……」

「痒いところはありませんかー?」

「…………ない」


 心地よくはないが、別に悪くはない。泡で目が痛む可能性と、幻覚で色々と辛い目に合わないように目を閉じて日葵に全てを委ねる。

 この家は義姉でお風呂好きな飛鳥の影響もあってかシャンプーやリンスやらが豊富にある。それこそこれ使い切れる? って疑問符が浮かびまくるぐらいには。

 そんなもんだからみんな無駄遣いするんだ。

 現に今、効用が違うからという理由で三回目の洗髪タイムに入った。経験上あと六回はやると思う。

 異世界人の日葵にとって、日本が誇るお風呂文化は素晴らしいの一言に尽きるのだろう。エーテル世界にはシャンプーなんてモノは無く、石鹸か魔法で身体の清潔さを保つぐらいしかなかったのだ。美容要素とか効能とかも気にしてなかったからね、あっちの風呂。

 革命にも程がある。何革命だろ。シャンプー革命?

 だからってこの使い過ぎはどうかと思うんだけど。

 毎月の水道代洒落にならないからね? 家に帰らないおじさんが払ってくれてるの本当ち申し訳ないと思わないわけ?


「次、身体いくよ〜」


 美容意識で何度も髪を泡まみれにされて逆に身体に悪そうだなと思っていると、いつの間にか長い洗髪は終わっていた。

 考え事すると時間の進みって早いね。勿体ない。

 身体なんて通常技得意技必殺技すべてにセクハラの項目がある日葵に任せたくなどないのだが、なんだか今日はやけに強引なので諦めて受け入れる事にした。

 ……邪な気持ちは確かにあるんだろうけど、今回の行動の大部分が善意でできてるのは長年の付き合いでわかっている。


 多分だけど、精神的不調を勘づかれてる。


 こっちは隠してたつもりだったけど、バレてたのはこの前のライライ先生との密談でわかった。

 非常に癪だ。布団に潜って平静保とうとしてたのも多分バレてたよなこれ。あ〜やだやだ。見て見ぬふりとかやめろ恥ずかしいから。

 基本的になんにも聞いてこないけど、行動の節々にそういう心配が滲み出てる。こう、なんとかしてあげなきゃって言う気持ちがイヤでも伝わってくる。

 こういうとこで彼女の勇者っぽさ、在り方ってのを見せつけられるのホントに無理。マブすぎる。

 いや、理解させられている、が正しいか。

 ボクとは正反対の存在なのだと、他者への見返りを求めずに行動される度にわからされる。


 あ、卑屈になってないよ? もうそういうのなんだと割り切ってるから。日葵は日葵、ボクはボク。それでいいよねっていう結論を既に出してある。

 ……何度生まれ変わっても、あーいう光の生き方は無理だなっていう諦めはあるけど。


 ………日葵になら、ちょっと聞いてもいいか。


「……ねぇ」

「んー?」

「相談。ちょっといいかな」

「……うん、いいよ」


 身体を洗う手が止まる。泡立ったタオルが身体から離れる感触にほんの少し思考が逸れながら、ここ最近抱いた疑問、違和感について話す。


 ───ほんとうにくだらない、この痛みについて。


「最近、人間を殺すと悪夢を幻視するようになった。死体なんていくらでも見てきたのに、見慣れている筈なのに、どうも身体が震えて使い物にならなくなる」

「……うん」

「意味わかんないでしょ。カーラから洞月真宵に……生まれ変わって今を生きてから、こうなった」


 個人的には、人間性の有無と変質がボクの心を害す原因だと邪推している。

 魔王に人としてのあるべき性質があるわけもない。

 手に入れた、いや取り戻したのは楽園戦争が終わる直前だ。前々世の記憶を思い出して、自分が人として生きた記憶を知った時に人間性を得たようなモノ。

 ……人間性が無いと言うことは、生き物を殺しても心が痛まないということだ。


 今は傷んで、昔は痛まなかった。つまりはそういうことだ。


「ね? おかしいでしょ。ホント参っちゃう」


 彼女の細やかな気遣いぶち壊すようで悪いが、もう我慢できずに告白してしまった。

 最後のは同意を求めるようでよくない言詞だろう。

 おかしいのは昔からだもん。世界に喧嘩売っていた時点で脳が異常なのは今更だし。

 人間性なんてあろうがなかろうがボクはボクだし。

 一番の悩みはそれのせいで邪魔者を消せなくなったことだからね。選択肢に殺害が消えるのは非常に厄介なのだ。

 ……自分本位な理由ばっかで大変申し訳ない。


 そんなボクの身勝手な痛みの告白に、日葵は返答を迷いながらも台詞を続ける。


「うーんとね、私はおかしいと思わないかな、それ」

「……なんで?」

「……そうだなぁ。漠然とこうじゃないの? ってのはあるんだけど、それを文字にするのがちょっと……」

「浅学者め」

「ごめんて」


 悩む日葵の顔を見たくて目を開ける。

 曇った鏡越しに見える日葵は、ボクに伝える言葉をどう言語化すべきか悩む、難しい顔色をしていた。

 うーん、もしかして難題だった?

 途中で思い出したかのようにタオルを持った右手を動かすけど、悩みの唸り声は未だ止まらない。

 ……それから何秒経ったか。

 もうボクの身体は一部を除いて全身ボディソープの泡だらけ。めちゃくちゃ泡立っててびっくりしてる。他のことに意識を割いてるとこ悪いけど、日葵さん、もい洗い流してくれていいんですよ。

 あ、股の部分は自分でやるからタオルちょうだっ、おい待てやめろお前に触らせてたまるかおいやめやめやめろおい!!!


 悩みながらもセクハラをやめないとか、頭おかしいんか?


「んー、よし。言っていい?」

「いいよ。あ、ボクの機嫌がマイナスに行かなければ何言っても良いから」

「それ下手なこと言えないやつじゃん!!」


 言うつもりだったの? 今のボクのメンタル薄すぎて割れやすいのわかってんのか?

 ……いやもうヒビ入ってたわ。ぼーろっぼろ。


 気を取り直して。そんなふうに咳をして息を整えた日葵と、鏡越しに目が合う。翡翠色のその瞳は、ただまっすぐ、ボクのことを見つめていた。


「あのね、考えてみたけど、やっぱり安直な言葉しか出てこなかったや……私が思うに、だけど」

「うん」

「───カーラちゃんが変わったからかなって」

「───…」


 息が止まる。

 変わった。誰が───ボクが? 一体何が変わったというのか。自覚している限りでは、ボクの構成要素になんら変化は見られない。

 根底にある“死にたい”という希死念慮の自死精神。

 転生する条件として課せられた、“悪役たれ”という邪神からのお告げ。

 そして、魔王カーラとしての過去と業。その全て。

 それがボクの大部分を占める不変の在り方。つまり日葵が言う変化とは、それ以外の、若しくはこれらに近い位置にあるナニカということ……


 人間性? いや違うか。

 人間性の変化はどちらかと言うと前々世のモノへと正しく戻っているだから、日葵が言いたいのとはまた別の話であるし……

 うん、全然わからん。何言ってんだこいつ。


 日葵に続きを促そうにも、「真宵ちゃんならいつかわかるよ♪」なんていう一点張りで動かない。何事も無かったかのように身体の泡を洗い落として湯船へと連れ込もうとする為、聞くのも諦めて一緒に浸かる。

 二度風呂か。いいご身分だな。その優雅さを誰かに分け与えてやれよ、勇者だろ。

 心の中で誹謗中傷を述べていると、不意に抱き締められた。


 こう、正面から。日葵の真面目な色の顔が眼前に。やらないけど唇を伸ばしたら触れそうな距離。贔屓目無しに見ても美少女な顔が目の前にあるという苦痛。

 ……なんだ、いつものか? 懲りないな本当に。

 そう断定して日葵を突き放そうとするも、より強い力で抱き締められ、引き寄せられる。


「なに。なんなの」

「知ってた? 人って抱き締め合うと心がポカポカして安心するんだって。どう?」

「……ふつー」

「そっかぁ」


 信憑性のない豆知識に従ってこちらも日葵の身体に腕を回してみたが、湯船に浸かってるせいかなんにも変化を感じられなかった。

 ほぼ確実に自分の欲望を正当化する嘘っぱちだ。

 んっ……ちょっと密着し過ぎ。追い焚きしたばかりだから熱いんだよ。心がポカポカする前に身体が茹で死ぬ。


 身動ぎして嫌がる素振りを見せれば、日葵は素直に離れて対面に移動した。最近思うけどその聞き分けの良さはなに。

 いつものことじゃないけど、たまーに抵抗しないで受け入れるよねキミ……ん?


「……」

「どったの真宵ちゃん」

「いや……」


 ……? なんだこの喪失感。日葵が離れた途端、こう胸の当たりが……んー、わかんない。

 不快ってわけじゃないけど、心情的に宜しくない。

 喪失感ってのも違うか。なんだ、この落ち着かない気持ちは。いつも感じてる虚無感とも違う……


 日葵が原因なのは確か。でもなんでなのかは不明。


「なんかした?」

「いや何もしてないけど……えっ、なにかあったの? 病院行く?」

「……わかんないならいいよ」


 命が危うい感覚ではない。苦痛もなにも感じない。ただ物足りないという、器が満ち足りていないような不可思議な感覚。

 ……またこれか。最近よくあるんだよな。不可解で不快で不規則な感情の波が。


「えー気になる〜! なになにー?」

「ちょ、くっつくな! 本当に油断ならないなキミってヤツは!!」


 本能的に胸を手で隠すも、日葵の強襲は止まらずに反射で閉じた足を開いて滑り込んできた。くそ、この体勢だと腕が邪魔だ……まさかそこまで考えて!?

 いや無いな。戦闘時なら兎も角、普段の日葵がそこまで頭を回すわけがない。そういうのはシリアス顔してる時だけだ。


 ……最悪。纏まりかけた思考が散らかった。


 はぁ、もういいや。疑問には蓋をする。なんとなく理解はできるけど、認めたくないから見て見ぬふり。

 こういう時はさっさと寝て気分一新するしかない。

 ってなわけで、最期まで人様の心を惑わしてボクの情緒を壊した悪女にやることなすこと終わらせてもらわないと。


「出る」

「ん、もう? あと百秒数えよ?」

「ガキ扱いやめろ……ったく。仕方ないから、今日はなにされても抵抗しないであげる……今日だけね」

「! ……んもー、仕方ないなぁ〜♪」


 表情筋緩みすぎ。微笑ましいモノを見る目でボクを見るんじゃない。まったく、何をされるかわかってて言うボクもボクだけど、欲望に忠実なキミもキミだ。

 どんだけボクのこと好きなんだよ。

 故郷を奪った女と仲良くなって、お互い縛り合って生きるだなんて、本当損してるって思う。


「じゃ、私先上がってるから。ちょっと待っててね。あ、蓋閉めといてくれる?」

「はいはい」

「───…ほ、ほんとに閉めた……」

「キミがボクのことをどう思っているのか、聞くべきみたいだね?」

「ごめんて」


 先にお風呂から出て身体を拭く日葵を待ちながら、欠伸を一つ。このままゆっくりしてたら、日が昇って寝れなくなる……ほんと、黒彼岸の任務って大変。

 ろくに睡眠が取れやしない。蓮儀と斬音がいないともっと大変だったのは想像にかたくない。


「……あれ?」


 そういえば。ここは水場。いつもなら赤く染まる、目を瞑って済ませるのが大半の場所。


 なのに。


「赤くない……?」


───いつの間にか、ボクの悩みの種だった赤染めの色彩は無くなっていて。

 よくよく思い返してみれば、日葵の顔も正しく見れていた。血でべっとり濡れた感覚もなく、意味もない悔恨と苦痛の悲鳴も感じない。ちゃんとした色。

 なにも、なにも、なにもない───いつも通りの、変わりないお風呂の景色。


 殺人という原罪の証は、ボクの前から消えていた。


「……………」


 何故。いや、出てこないのは良いことだ。いつもは寝て起きたら治ってたし……でも、これは……?


「真宵ちゃーん、いいよー」

「! ……うん、すぐ行く」


 再び、彼女の呼び声で思考が霧散する。疑問は後、いや考えなくていい。今ここで思考を回すのは愚策。ないならないでいいじゃないか。

 それにボクもそこまで鈍くない。認めるのは本当に癪だけどさ……

 人外から人へ成った存在に、そういった瑕疵なんか付き物だ。それを誰かに晴らされるのも定番の話。

 ならそれでいい。今はまだ。確かめるのは今じゃなくてもいいんだから。


 ほんの少しの安堵を胸に、ボクはタオルの中にくるまった。


「……ありがと、日葵」

「? えと、どーいたしまして?」


 意図せぬ救いほど、すごいものはない……か。


 まったく。もしかしたら、勇者ってのは魔王よりも罪深い存在なんじゃないかな?






◆◇◆◇◆






「───で、なんで二人仲良く下で寝てたわけ? 帰宅早々困惑したボクの気持ちわかる?」

「杞憂しちゃった?」

「するわけないだろ。なんでも繋げてくんな」


 お風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かされ歯も磨いてもらうといういたせり尽くせりの世話をされてリビングに戻ったボクは、未だソファで熟睡している一絆くんを見下ろしながら日葵を質問する。

 これに関しては本当に意味がわからない。キミたち自分の部屋どうしたの。


 つーか取り敢えず横にしてあげようよ。座ったまま寝させんの身体によくないって。


「んふ。えっとね、かーくんがおかえり言いたいって駄々こねたんだ」

「嘘だろ。悪意あるプロパガンダにしか聞こえない」

「ホントなんだよなぁ〜!」


 曰く。精霊たちと一緒にドラマを見ていたのだが、その内容があまりにも彼の心をダイレクトに刺激する代物だったらしい。

 なんでも、田舎にいる母へ仕送りする青年の物語。

 上京しても上手くいかず、町工場での僅かな賃金で細々と食いつなぐ青年。そんな彼はある日、女手一つで自分を育ててくれた母親に親孝行をしていない事に気付く……

 そこから始まる物語は怒涛のモノで、職場の崩壊や人間関係の軋轢、一家を襲う不幸災難……

 斬新さのない内容で、まぁ汎用的なありふれた話。


 問題なのは、そのドラマのシリーズは総じて郷愁を駆られるものだったということ。

 つまり。

 天涯孤独の彼が、そんな最終的にハッピーで終わる親子の物語を見てどんな反応をするかなんて、その場にいなかったボクでもなんとなく想像できるもので。

 実際その通り、彼は、寂しそうな顔でこう呟いた。


───ただいまって、言えなかったなぁ。


「………」


 重い。叶えようのない言葉だから余計に胸に来る。そういや彼の身の上を聞いた限り、下校中にいきなり転移させられたんだっけ。

 ……お別れも心の整理もできないまま、こんな危険極まりない世界にいるのか。

 邪神さいてーだな。日葵のファンやめます。


「で、その呟きを拾っちゃった私はまず大号泣。彼の寂しさを和らげようと脳内会議を十時間やって……」

「お前が大号泣なんてするわけないだろ」

「真宵ちゃんのその信頼は大事にしたいと思ってる。でも言わないで欲しかったな」

「だって見たことないもん。法螺ならともかく」


 要するに、一絆くんを想っての行動だったわけだ。

 だからって今日やらんくてもねぇ。部長考案の超人専用と言っても差し支えない異能訓練で血反吐吐いたばっかりなんだから。まず部屋で安静にしてるべき。

 日葵の異能である程度治してもらったとしてもだ。

 ……まぁどっちにしろ寝ちゃってるからいいか。

 隣でくっちゃべっても目を覚まさず、静かに寝息を立てる一絆くんの頭を撫でながら会話を続ける。


 やっぱ触り心地いいなこいつの髪。うちの洗髪剤のおかげか?


「流石に12時を回るともう目が落ちたよね。私ってば中身おばあちゃんだから、我慢できなかったよ」

「じゃあそのまま寝てろ老害」

「酷くない? あ、起きたのは真宵ちゃんが脱いだ服が擦れる音で目覚めたから」

「そこまで行ったら恐怖でしかないよ」


 耳良すぎだろ。めっちゃ静かに脱いでたんだが?


「……で、どうすんの。この子上持ってく? 運ぶのはキミだけど」

「あぅ……えと、ん〜っとね。あのね」

「……?」


 なにやら言い淀む日葵。その言動の意味がわからず首を傾げるボクに、何故か日葵は苦笑いで───実は隠されていたという真相を明かした。


「実は、お布団が乾いてません。はい」

「……………はぁ???」


 なんで? つーか干してたことも知らんが? えぇ?


「つまり……」

「寝室の用意ができてないんだよねぇ。冬用は暑くてイヤじゃん? そうなると他に替えないじゃん? なら下で寝るしかないよねって言う……ね?」

「天使使えよ」

「うるさーい!!!」


 【天使言語(アンプ・エルゼ)】で乾かせば良いじゃんと思うのだが、日葵にとってはそうじゃないらしい。やっぱりこいつよくわからない。

 ホントに意味わからん。なんで? どうして?


 布団を洗って干したのはこいつの気分なんだろう。平日なのにこういうことをするな。せめて休日にやれ最悪を想定しろ。

 つまり何、今日ここで寝ろってこと? 三人で仲良くソファで寝ろと? 一絆くんだけ床に寝かせようぜ。


「あ、かーくんは布団が無いこと知りません」

「バカがよぉ」


 仲間はずれは可哀想で草。


「伝える前にかーくん寝ちゃって……ならもうここで寝ようって思ってさ。どう? 名案じゃない?」

「迷案だね、うん」


 誰が上手いこと言えと。ソファで川の字すんの?


「んじゃ、寝よっか!」

「おい拒否権」


 抵抗虚しく今夜はソファが寝具になると確定した。

 背もたれに身体を預けていた一絆くんを横にして、いつでも寝れる準備を済ませる日葵。その異常に速い行動力には呆れを通り越して虚無である。

 ……起きた時の一絆くんの反応が気にならないわけじゃないけども。

 拒否感は湧かない。彼自身に不快感を感じたことが無いからかもしれない。


「一人で寝ていい?」

「だーめ。それにさ、こういうのも悪くないと思うんだよね」


 家族ごっこ好きだなぁ、ホントに。

 でもそれはそれとしてキミには男女の違いってのを教える必要があるようだな……一絆くんが可哀想。


 そういう強引なところって変わんないよね、キミ。


 結局本当に寝ることになった。一絆くんに寝返りを打たせてできた背もたれの方のスペースに日葵と二人で挟まる。

 ボクが真ん中だ。背中を向ける一絆くんとこちらを向く日葵に挟まれる形だ。

 真ん中だから逃げ場がない。ここで暴れたらこの子床に落ちるんだよね……気を遣わなきゃでめんど。


 ……もういいや。どうにでもなーれ。


 多分朝になったら悶絶してる一絆くんが見られると思うけど、悪いのは全部日葵だ。


「おやすみ♪」

「おやすみ」


 湯上りだから暖かいのもあるけど、人肌が両隣りにあるからもっとポカポカする。


 ……確かに、人肌ってのもバカにならないんだね。


 この後やっぱり、寝起き早々発狂する男の叫び声で目覚めたのは言うまでもない。


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