03-17:見覚えのある展示物
博物館散策の片手間に、スマホの検索機能を使って紫芝万博のことを調べれてみると、芸術界隈では結構有名な人なのだとわかった。
へぇ、異能持ち。欠損した石像やら汚れた絵画とか修復できないレベルの代物を修復できる……
それも、本人が芸術だと思えばなんでも可能と。
完全な状態の作品を鑑賞したい、って人からすれば神にも思える力じゃん。
まるでその道に生きる為に与えられた異能力だね。
「すごいんだね、館長」
「なにがです?」
「三日前のネットニュース」
「……お恥ずかしい」
館長にネットニュースを開いたスマホを見せると、そっぽ向かれてしまった。顔は赤くなってると思えばなんにも変わってなかった。ちゃんと恥じれよ。
内容は先日発見された魔法震災で紛失した骨董品の完全復元。
損壊の酷い状態だったそれを、彼は見事修復した。
ビフォーアフター付き。確かにこれはすごい。
純粋な異能の力だけでなく、専門的な知識と技術もあっての神業だろう。
「はい、此方“ドゥワーズ戦線の地図”ですね。戦場を俯瞰することができる魔導具でもあり、味方も敵兵も含めてチェスのように自動配置する優れものです」
「わ、黒猫柄なのです!」
「かわいいでござるな……戦争とは思えんでござる」
ガラスケースに収められた、羊皮紙チックな紙質の黒い地図。ボクは初めて見たけど、日葵は見覚えがあるみたいだ。
というかドゥワーズって何。
現世での呼び方か? うん多分そうだ。魔王とはいえ全て把握してるわけじゃないからな。
……地図的に〈昏喰〉が行方不明になったとこか。
「こういうのって何処から見つけるんです?」
「あー、四割が界域調査隊から、三割が異能特務局の冒険家さんからで、二割がこの地球で出土したもの。残り一割はその他諸々って感じですかねェ〜」
「地球にもあるんか……」
「魔法震災の影響ね。学院の地下にもあるって噂よ」
「もし見つけたらうちに卸して欲しいものです。まぁ見せてくれるだけでも個人的には十分なんですが」
「? 欲しくないんです?」
「管理がめんどげふんげふん。特に理由はないです」
「あのさぁ……」
やっぱこの人選んだ仕事間違ってるでしょ。なんで博物館の館長なんてやってんだ……異能のお陰か?
まぁ取り敢えず。古代遺物発見は彼の言う通りだ。
界域調査隊っていうエーテル世界に潜ってたくさん探索する人たちとか、特務局にいる奇人とか、地球に埋もれちゃったのが発掘されたりとか、色々ある。
ところで学院地下云々は初耳なんですが? あるのは無駄に広い地下通路だけだと思ってたんだけど……
あとで探索してみよ〜っと。
「学術的にも楽園戦争の厄介なとこは、期間の長さと規模の大きさです。それ故、文献も遺物も膨大。人手が足りなさすぎて一向に調査進んでないんですよね」
「往年の悩みですね……」
「私自ら調査に行ければいいんですがェ」
「筋肉が足りてないッスね」
まぁフィールドワークは無理そう。よく見れば時々足の動きがおかしいから、なにかしら怪我とか後遺症持ってるんだろうね。
丁嵐くんの言う通り筋肉の無さも理由の一つになるんだろうけど。
他にも冒険者組合のSランク───つまり冒険者における最強の人物たちの解説やら楽園軍の総帥などの解説を受けた。
結構知らないことが多かった。まぁ今も昔も彼らに興味割いてなかったからなぁ、ボク。
「さて、では次の展示に参りましょう。この時間帯はお客さんが増えに増えます。混んで見れなくなる前に見にいきましょう」
あー、確かに。賛成。さっさと次行って楽しよう。
「はい、わかりました! ほら真宵ちゃん、行くよ」
「わざわざ呼ばんでも行くから」
「ん。人混み嫌い……ね、多世」
「同意得なくてもわかってるじゃないですかぁ……」
「賑やかで良いですねェ」
「騒がしくてすいません……」
そういうわけで道を進み六つ目のエリア、魔王軍に関わる物品の展示を見に行く。
元魔王としても何が置いてあるのか大変気になる。
見定めなくては〜って気分だ。これで黒歴史関連が置いてあったら夜中にこっそり侵入して破壊せねば。
今は館長のモノ? いーやボクだ。ボクがルールだ。
展示エリアは全体的に黒く、赤色のラインが引かれおどろおどろしい雰囲気の空間となっている。
……なんか魔王城っぽい。エントランスに似てる。玉座とか置いてあったりしないかなって思ったけど、別にそんなことは無かった。
王城残骸の一部とか鎧武具、あと楽園戦争に使った非消耗品の数々……やっぱりだけど見覚えがある。
魔王軍エリアって言われても謙遜ないね。すごい。
「モデルは? やっぱり魔王城ですか?」
「えぇ、その通りです。かの高名な魔女、ドミナ氏に土下座して賄賂渡して再現風景をお見せしてもらった甲斐があります。全財産の二割が消えました、はい」
「なにやってんだアンタ」
「なにやってんのアイツ」
思わず一絆くんと一緒に頭を抱える。
あのドミィがここの展示に関わってること自体驚きだけど、わざわざ魔法を使ってあげたってのが一番の驚きだよ。
初対面同士なんでしょ? 何考えてんだあの魔女。
「はい、気を取り直して……皆さん、魔王軍についてどれだけ学んでますかね?」
「教科書の内容ならば、ある程度収めています」
「オレら一年はまだ授業さわりしかやってねぇけど、授業関係なく知ってることはあるぜ」
「空想学の権威に教わってるから完璧たよ!」
「その自身は何処から……」
確かにライライ先生は現代人にしてはとんでもない知識と見聞を持つエーテル博士だけども。
取り敢えず姫叶の自信は後で砕いて捨てておこう。
「この展示では魔王軍、ひいては魔王カーラが治めた地下帝国について解説しています」
「……地下? あぁ、魔界って地下なんだっけか?」
「正確には、地上である現世の下に広がる異界の事を言うんだけどね。地下って認識でもあってるよ」
「詳細は文献や遺物からしか読み取れませんがねェ」
流石のボクも第二の生まれ故郷がどうなってんのかなんて知らない。ドミィなら知ってるかもだけど。
日葵や紫芝万博が言う通り、魔界は地底の異界だ。
物理的に地上・現世と繋がっているわけではなく、魔法的、概念的な事象をもってエーテル世界の裏側に存在している。
地下にあるけど地下にない、って感じかな。
実際魔界にも空はあるし月がある。月って言っても現世に浮かぶ真球の月とはちょっと違うけど……
「界域と呼ばれるようになった今、魔界が何処でどう変容しているのか……未だわかっていません」
「調査、全然進んでないってことなのです?」
「進もうにも進められませんからねェ。こればかりは仕方がありません」
そもそもエーテル世界は縦構造世界だ。神々が住む天界が上にあり、真ん中に現世があり、そんで魔界が一番下に存在している。
界域調査隊っていう人達が魔界探索を満足にできてないのも無理はない。だって見つかんないだろうし。
魔法震災とかで地上に露出してるとこもあるんじゃないかな、なんて希望的観測を立てる。
「ん。これ……何?」
「あぁー、こちらは死徒十架兵の一人が使っていたとされる武器でございます……恐らく、が付きますが」
「しと、じっかへい?」
「魔王軍幹部。つよつよ魔族ってことだよ」
「説明雑だね?」
四天王の次に強いとされる十人の屈強な幹部魔族。それが死徒十架兵。
……そういや、なんで死徒って名付けたんだっけ。
四天王や魔元帥とは別口の、魔王直属の精鋭集団を作ろうとして……そうだ、名称決めの候補で選ばれたのがこれなんだった。
候補を出したのは四天王のヴィーニャってヤツで、他の暇そうな同格たちにも案を出させた結果、これが一番マトモだったから死徒に決まったんだった。
触れたもの皆壊す系ののじゃロリにしてはセンスがあったと思う。
「つかこれ……斧? で合ってんのか?」
「魔戦斧“シシメツ”だって。えーっと、〈闘神〉っていう死徒の武器。へぇ、そんな名前だったんだ」
誰だ闘神。これ〈昏喰〉が愛用していた斧のような棍棒のような武器じゃないのか。
いや、あれか。現世での敵通称ってヤツか。
確かにアイツの戦いぶりは闘神! だなんて言っても差し支えないレベルだけども……
「俺には棍棒にしか見えねぇ」
「どーかん」
一絆くんが疑問に思うのも無理はない。斧とかいう名目でガラスケースに展示されているのは、なにかの黒い骨をベースに、複雑な模様が入った片刃を先端に生やしたモノ。所謂巨大片刃斧といったところか。
大きさ2メートルはする原始的? な骨と鉄の魔剣。
特徴的なのは持ち手となっている棒というか骨で、これがめちゃくちゃ太い。とある人型魔獣の腕の骨をそのまま使って造られたから、普通にデカくて重い。
到底人間では扱えないサイズ。これを戦場で軽々と振るう敵がいたと思うと、ちょっぴり怖く思える。
……つか、あの戦闘狂って死んだ扱いでいいのか?
重傷負って帰還中に襲撃or復讐されて行方不明とは報告されてたけど……アイツ生きてんのかな?
「あ、あああの、これ、これってもしかして……!」
「……あっ」
「えっ……」
その時、珍しく自分から話題を振る多世先輩の方を見て、思わず間抜けな声が漏れてしまう。
咄嗟に駆け寄りかけるが、足に力を込めて止まる。
ただ視線のみが強くなる。展示されているソイツが本物だと気付いたボクは、同じくソレを見たことある日葵と一緒に空いた口が防げなくなっていた。
「おや、ご存知なので? 勉強してますねェ……えぇ、此方かの魔王が実際に使用していた鎧の一部でして。肘当てから籠手に当たる腕鎧の残骸でございます」
「うっそ……」
飾られていたのは、確かにボクが使っていた魔鎧。その左腕に当たる部分。
欠けていたり剥げてたりするが、偽物ではない。
ほんのわずかどころか、未だ魔王だった頃のボクの魔力残滓が鉄そのものにこびりついている。イヤだな取れない油汚れみたいで……
魔神鉄っていう魔界固有の鉱物とボクの転生特典を重ねて混ぜて練ってを繰り返した結果なんか生まれた産物である。
あとドミィのマジカル☆パワーで完成した鎧だ。
なんで残ってんだ? 多分、地球でリエラとドンパチ最終心中決戦で腕ごと切り落とされた時のかな?
……それっぽいなこれ。よく見つけたな。すごい。
ちょっと複雑だけど、わざわざ危険込みで回収して展示する精神は賞賛に値する。
奪取? まーしなくてもいいかな。もういらんし。
あげるよ。あげるあげる。
「すんごい瘴気を感じる……」
「やめろ気にすんな」
勇者だったキミ言うとシャレになんないだろうが。魔力が酸化でもしたんだよきっと。いやしねぇよ。
「勿論発見されたのはこの魔鎧だけではありません。他にも、魔王カーラに関する遺物は界域各地で数多く確認できています。発掘調査自体の進み具合もやはり微々たるもので……あぁ、これです。新世界で初めて発見され、この博物館に寄贈された古代遺物の現物でございます。どうです、随分と厳ついでしょう?」
「なんでしょう、この……形容し難い物体は」
「模型……でしょうか? 穴の空いた球体……、月?」
まーた見覚えのあるモノが。真ん中に大穴が空いた真月じゃん。ただの球体に見えるけど、目を凝らせば結構ヤバめの魔力を帯びているのが素人目でも分かる代物だ。
模型自体に何か能力があるわけでは無いけど……
力は無いけど意味がある。そういう用途がありそうなさそう関係ない物品……宝物? ではないな。
「ご名答です、雫お嬢様。此方、一瞬だけ魔界の地と繋がったとされる旧エジプトで発見されました。まだ空想生物共に占拠される前の時代ですね。この模型は名称自体不明ですが、魔界の月を模したモノであると研究されています」
「穴、空いてるんですけど」
「そういうものらしいです」
エジプトと繋がったんだ……どうなってんだ魔界。
魔界の暗空に浮かぶ月は、現世の夜空に浮かぶ月が反転した実体───“月の裏”と言っても過言では無い天体が存在であった。
特徴として向こう側が見えない大穴が空いており、不可思議な光景は最早魔界の風物詩だった。
んー、確か献上品だったね、これ。懐かしい。
「こういった遺物を見つけ、集め、解析、研究して。魔王のルーツを辿るのが私たちの夢でもあります」
辿らないでください。
……その後も、紫芝万博のありがたい魔王軍解説は続き、なんだかんだ界域各地に散らばっていたことがわかった。
すごい熱意だった。ホントに好きなんだね……
ライライ先生に並ぶレベルの博識さだと個人的には思うよ。
「ささ、最後の展示へと参りましょう。かの楽園軍が誇る五人の英雄と、七つ星の勇者を解説致します」
「やたぁ」
「虚無の喜び……」
ボクが言うのもなんだけど、生き様を誇りなよ……
「こちらです」
そうして案内されたのは七つ目の展示エリア。この博物館における最大の山場であり、日葵ことリエラの輝かしすぎる勇者時代そのものを不特定多数の大勢に知らせよう教えよう! のコーナーである。
通称リエラ黒歴史ワールド。昨日日葵はそう嘆いてベッドに突っ伏していた。ちなみにボクの寝床。もう何も言うまい……
嘘だ。頭蓋骨陥没を目指して殴った。逃げられた。
「うひゃあ……」
「なんでさっきから日葵は鳴いてんだよ」
「鳴き声判定やめて?」
エリア自体は角張った円形になっており、手前には五英雄について、奥には七勇者についてと紹介が別になっており、壁一つ一つにはそれぞれの英傑の勇姿が描かれている。
なんだったら石像もセットだ。12人分。日葵なんて欲張りセットだ。五英雄と七勇者でわざわざ別に像が作られている。
流っ石、勇者の中で最も英雄視されてる勇者の中の勇者ですわぁ。
「ではまずは……五英雄についてですかね」
お、始まる始まる。本人からは幾つか聞いたけど、第三者の部外者から聞くのは初めてだからね。日葵が語りたがらない内容も知れたらいいなぁ。
なんて希望は勿論通らない。だって絶対時間無くて今日はここまでってなる。ボクわかるよ。
真ん中にリエラ、右隣に小柄な女剣士、左には空を飛ぶ羽を持った少女、左右の両脇には大柄な男の像と神経質そうな眼鏡の青年の像が立っている。
その一つ一つを紫芝万博は紹介、解説して行く。
「既にご存知かもしれませんが、一応おさらいから。まず聖女神アテナ様の加護を授かり、更にはこの世に二振りとない聖剣の担い手となった少女。出身であるリベライト王国を滅亡一歩手前まで追い込んだ死徒、〈人狼の首領〉の兵団をたった一人で撃退するという初陣を飾った〈明空の勇者〉リエラ・スカイハート。皆様ご存知でしょうが、彼女はこの星、地球で最期を迎え、魔王と共に果てました」
館長が手始めに紹介したのは、やはり日葵の前世。台座の上で聖剣を構える灰白色の石像は、何処と無く勇ましさを感じる。職人の腕の賜物ってヤツか。
……まぁそれはいい。別にいい。
後方に見える別ポーズのリエラにツッコミどころがすごくて集中できない。
ふぅー、落ち着け。取り敢えず疑問は後回しだ。
「次に、此方の剣を携えた少女。彼女は悪名高き剣の精霊を剣一振りで討滅、名実ともに歴代最強の地位を不動のものとした孤高の剣士。眉唾物ですが伝承では生まれた時から魂に禁術が刻まれているのだとか ……通称〈アカシャの剣聖〉ミレイユ・フィクスドール。彼女は最終決戦時、魔王軍の親衛隊と激突した後から消息が掴めていないことから……恐らく」
今のボクより少し低いサイズの剣士。ふーん、この無表情なガキがアカシャの剣聖……ほほーん、成程?
キャラ被りかな? 表情筋もっと緩ませろよ。
かつてのリエラとの会話を想起する限り、感情表現自体はできるが、表情筋を動かすよりも手足を動かした方が早いと思考する阿呆だった様子。
……なに、無表情で手足バタつかせてたってこと?
ていうか最期まで語ってくれんの紫芝さん。あんま聴きたいことじゃないんだけど……いやまぁいいか。
「続いては此方の天使のお方。理由は未だ不明ですが戦争中盤にて楽園軍と魔王軍、その双方に牙を向き、鏖殺の限りを尽くしたという最後の御使い。後に勇者リエラの手を取って共に戦った〈戦天使〉───名をダドゥ・エーゼル。最期は他の勇者たちと共に四天王〈星杯〉と激突したとの事ですが、以降の行方はやはりわかっていません」
はい、天使。どういう訳か日葵の異能として何故か発現しているボサ髪のはっちゃけ小娘だ。
定期的に鬱になるのがダメージポイント。面倒。
目の中に五芒星輝かせてる癖に、定期的に闇堕ちと悪堕ちを繰り返す情緒不安定クソガバ女だとボクは本気で思っている。あ、それと実はこいつ元魔王軍。
……あれ、五英雄の女ってマトモなのがいないな?
てかエフィのヤツ、そんな寄って集って勇者たちに虐められたのか。可哀想に……
「ここからは男性の方ですね。豪快に笑みを浮かべるこのお方は、王としても戦士としても、そして何より冒険者としても生涯現役であり続けた常戦無敗の王。勇者との旅に同伴するその時も、数多の未知に溢れた最高の冒険を楽しむことをやめる事はなかった───〈冒険王〉ヴィルヘルム・ゴウン・アードヴェクト。最期は四天王〈紅極〉と死闘を繰り広げ、そこからの行方はわかっていません」
わー、この人知ってるぅ。ルインっていう四天王に何故か一目惚れして求婚し続けた餓鬼じゃん。
魔界にあるアイツの領地に単身突撃してたヤツ。
その若き行動力に危機感を抱いた親御さんが組んだ縁談も受け入れて世継ぎも作ったのに、今度は嫁さん引き連れて求婚してたやべーやつ。年取って老いても諦めずに挑み続けてたのはハッキリ言っておかしい。
嫁と一緒に外堀埋めようとしないでくれ。どうしてあの人も乗り気だったの? 普通そこは怒るとこでは?
つーか千年生きる煉獄の龍を惚れさそうとするな。
いや待て。そうかお前ら殺し合ったのか。いやまぁ仕方ないんだけども。なんかこう、胸に来るな?
「そして最後に、魔王が手遊びで真っ黒に塗り替えた世界の法を解明せんと、破壊せんと前進した偉大なる賢者の一人。エーテル世界に存在するあらゆる魔法や魔術を十全に扱い、死徒の軍勢をたった一人で撃退、壊滅させた───〈理の賢者〉アクト・クラスピア。彼については決戦時何処で誰と戦っていたのかわかっていません。文献が不足しており、調査中です」
もっと分かりやすく言うとドミィの最後の弟子だ。
ある目的で現世へ調査に行った際に、賢者としての優れた才覚を芽生えさせてしまったと言っていた。
結局敵になったけど……会った事ないんだよねぇ。
リエラとの仲はそんなに良くなくて、男尊女卑っていうか、どんな時でも男が前に出るべきで、女は例え強くても引っ込んでろっていう精神の持ち主だったのだとか。
うーん、優しいのかクズなのか……わかんないね。
……五英雄、魔王軍関係者が五分の三を占めてるのおかしくない?
揃いも揃って偉業を残すな。大人しくしてろ。
「彼ら五人の活躍があってこそ、楽園軍は魔王軍との戦いに押勝ち始めたと云われています。実際、当時の戦歴を眺めてみれば、五英雄と呼ばれる前と呼ばれた後のその差は一目瞭然です」
「あれ、自称じゃないんスか? 我ら五英雄って」
「殴っていいかなこの後輩」
「どうどう落ち着け」
自分たちから戦隊モノっぽく英雄を名乗る五英雄を想像してみた……あっ、ヤバい。腹が捩れそう。
「ははは。いえ、こういうのはやはり、無垢な民主が言い始めるのが定石です。実際五英雄という呼び名が広まったのは……えぇ、そう。エーネスオットの戦いからです」
「なにもかもの始まり……ってこと?」
「ある意味その通りです。楽園戦争における重要な転換点ですね」
成程、リエラと対面したあの日。あそこから五人の冒険が始まったとも言えるんだね。
本音を言うと五英雄は一種の特異点だと思ってたりする。なにせ、彼らは魔界の本拠地にあるボクの首を目指しながら途中で転移魔法を使って各地の戦地へと飛び込んで来るような、ボクらにとって超弩級すぎで傍迷惑な戦闘集団だったのだから。
改めてわかる、死徒たちがはよ殺せはよ潰せと冷汗ダラダラだった理由が。
「さて、では最後の展示と参りましょう───此方にお進み下さい。ここからなら石像全てを視界に入れることができますので」
「……おぉ」
「迫力ある……」
今回最後の目玉、エーテル七勇者の解説が始まる。
横に並んだ七人の勇者は、種族も性別もバラバラ。やはり真ん中に立つリエラを中心に、他の六人の像が並んでいる。
やっぱ会ったことねぇや。日葵以外魔王のお膝元にすら来れたことないとか、勇者失格ではないのかね?
そう邪険に思いながら、彼らの解説を聞いて行く。
「勇者リエラは重複するので省きますが……」
まず最初に視線が向けられたのは、世界への叛逆を意味する刻印がなされた軍旗を天に掲げて、勇ましい笑みを浮かべる青年の像。
トゲトゲしい髪と厨二チックな眼帯も印象的だ。
「彼はアイザック・モルドレッド。〈叛逆〉を冠する勇者の一人です。暗君に支配されたヴェメドラゴ帝国を圧政から解放した革命家でもあります。彼の最期は四天王〈魂濁〉と死闘の末、帝国民全てを犠牲にして相討ちになった……と、言われています」
成程、コイツが。人間にしてはとんでもない、いやそれこそ覚悟の決まった戦法でミューを倒した勇者。
……四天王=魔王亜種みたいなものだから、コイツも実質リエラと同類か。さっきの拍子抜けは訂正しよう。
叛逆したり復讐したり革命したり……
彼も彼でなかなか濃い人生を送っている。どちらかというと暗い人生、だけどもね。
「続いて此方の背の低い魔女。彼女の名はワーニャ。勇者の中でも魔術に長けた勇者であり、〈翠星〉の名を冠しています。なんでも星を操る魔女なのだとか。彼女の最期は諸説ありますが、〈星杯〉と戦ったのはほぼ確実である、というのが学会の意見です」
次に紹介されたのは魔女帽とローブを着た少女像。
星を操る魔女とか大概チートやろ。ナーフしろ運営さっさとナーフしろ! 天空を黒く染めて太陽も星空も青空も奪ってやったのに、何故か星に干渉する女!
説明文呼んで存在思い出したわ。いや再確認した。
物理的にも雲より上に行けない世界を造り上げたと言うのに、空に干渉して隕石を降らせた女。
リエラと違って壊せないけど、星は呼べる魔女。
「次は此方の聖騎士───〈神仰〉の名を聖女神より授かった勇者、カロン・カンドーレについて。勇者になる前から神の使いとして、教会、及び女神に反する異端者を処罰する。それが勇者カロンの役目であり、使命だったようです。最期は〈死脈の黄金郷〉という死徒と激突、相討ちでお亡くなりになりました」
次の勇者は聖職者の石像。そう、コイツは確か……
〈星杯〉ことエフィに次ぐ忠誠心の高さでカーラに仕えた死徒を浄化討滅しようとした女だ!
あの骸骨すごいんだぞ、絶対まだ生きてるからな!
……なんて巫山戯た囃子を立てるが、まぁ生きてるだろうな。いや、復活か。神の力でも消滅しなかったアンデッドがアイツだ。文字通り格が違う。
……でも相討ちに持ってたのは、ホントに人間か?
賞賛よりも困惑が先に来る。死徒上位陣や四天王、親衛隊の隊長や魔女を相手取って善戦できるヤツらはまず種族を疑ってかかるのがベストである。
宗教関係者はキライ。何処まで言っても神を肯定、従順なヤツらなんて関わるのもゴメンである。
「はい、次は此方の耳が長い美青年。えぇはい、彼はエルフの勇者です。名はギリエル・クトゥエルアルフ───〈天眼〉の名を持つ勇者にして、最強の弓使いでございます。万里離れた先の評点の目を正確無比に撃ち抜く卓越した技術と、最早神業と言えるその領域についていける弓矢の作成能力を持ち合わせた勇者。彼の最期もまた詳細が不明で、もしかしたら種族柄の影響でご存命かも、しれませんねェ」
次は短弓と長弓の両方、更に矢筒を背負った勇者の石像について。
あー報告書で見たことある。うちのメイドの一人が千里離れた先から右目撃たれましたわーんって紙面で泣き喚いてたことがあったから……多分これだな。
基本エルフって排他的、いやユームグラード皇国のエルフたちは結構他種族にも寛容で友好的だったから説得力あんま感じないけど、排他的なんだよ普通。
森出身なのに勇者やってるとか、ちょっと不思議。
弓っていう遠距離特化武器でしっかり勇者やれてんだから、エルフの中でも上澄み中の上澄みだったんじゃないかな?
「彼も人間ではありません。此方はドワーフの勇者。ジオグラード・ベイル。〈戦鎚〉の名を冠する最強の鍛冶師にして最強の重戦士です。己の代名詞と言えるこの巨大ハンマーと彼の大地を操る能力は愛称が良いらしく、とんでもない地形操作を可能としていたとのことです。そんな彼の最期は、恩義ある楽園軍総帥の命を死徒の凶刃から守り、相討ちで亡くなりました」
六番目の紹介はハンマーを担いだ巨漢のドワーフ。
戦鎚を地面に当てるだけで強固な要塞を建築したり土の津波とか巨大な壁を生成したりと、創造系能力が卓越しているドワーフだったようだ。
そうか、相討ちか。となると……アイツの死因か。
監視係から送られた一部始終見たけど、壁突破って暗殺阻止するとか頭おかしいよ。代わりに心臓突き刺されたのに追い込んで勝ってるのホントにおかしい。
やはり暴力は全てを解決するのか……
「では、最後の紹介です。此方の方は勇者の中で最も情報の少ない勇者、ヤハネ・ストート。〈黄昏〉の名を冠する勇者であり、封印術に長けていることだけは判明しております。また、彼もまた最期だけは明確にわかっています。四天王〈崩界〉と激闘の末、封印に成功。そこで死亡したと文献に記されていました」
最後に紹介されたのはフードを被った顔の見えない草臥れた剣士の像。
出た出た、勇者の中で唯一四天王、それも最強格に完封勝利しちゃった勇者くん。
リエラも彼についてはあんまり知らないらしい。
定例会議に滅多に顔を出さないし、珍しく現れても発言せず、いつの間にか帰っているんだとか。
協調性皆無。声も聞いたことない。そもそも何処に住んでて何処で何やってるのかもわからない。
ただ、人の手に負えない強力な魔獣を封印し回っていることは確か……だったっけ。
当時の状況でもわからんことだらけとか、怖いな。
でも強いのは本当なんだよなぁ。あのヴィーニャと戦って封印するまで生き残れたのも、実力が皆無だとありえない話だから。
……と、これで目玉の紹介も終わりか。長かったようで短かったな。
さて、ではここで疑問を一つだけ片付けようか。
視線をリエラの石像に向ける。そこには、剣を床に突き刺して立つ、威風堂々で勇ましい宿敵の姿。
……特に注視するのは、その像が持っている剣。
なんか違うけど、なんか偽物っぽいんだけど、もうあれでいいんじゃないかなって気持ちで日葵に言う。
「ひま、あれって聖剣じゃね?」
「いや、レプリカ…… なんか似てるけど、内包してる神力もそっくりだけど、全然違うから。贋作だよ」
「その根拠は」
「持ち主の勘」
「成程理解」
言外に聖剣探し諦めてアレにすればって言ったけどダメって言われちゃった。
浮気者って思われたくないらしい。誰に……剣に?




