03-16:こんな館長はイヤだ!
「わー! 中もすごいのです!」
お金持ちや芸能界の御所、政府重鎮などの為にある専用駐車場にリムジンを停めたボクたちは、目の前に大きく聳える宮殿風の建物、エーテル博物館へと足を踏み入れた。
先導するくるみちゃんと綾辻執事に追従して館内を進めば、外観と同じように凝った装飾の巨大展示場が目に入る。天井に吊るされたエーテル世界版地球儀、壁画のように描かれた異世界の生活、戦争、活躍した英雄たちの生き様……
なんかこう、ごちゃごちゃだけど統一感がある……この言いようのない感想をどう表現すべきか。
初っ端から濃いな、本当。
「取り敢えず受付行こ」
「招待状を纏めて出せば良いのかい?」
「そうなのです!」
くるみちゃんの宝条パワーで入館手続きを終えた、いや変わりにやってもらったので、早速展示物を見に行く。
地図を見る限り……博物館は七つのエリアに分けて展示を行っているらしい。
一つ目はエーテル世界の魔導具ついてのエリア。
二つ目はエーテル世界に暮らしていた人類を含めた人型種族についてのエリア。
三つ目は国や冒険者組合、楽園軍などの組織形態をわかりやすく説明するエリア。
四つ目は宗教観や神、天使についてのエリア。
五つ目は楽園戦争のあれこれについてのエリア。
六つ目は魔王軍についてのエリア。
七つ目は七勇者や五英雄についてのエリア……だ。
うーん、やっぱり魔界・魔王軍に関する展示は無に等しいぐらい少ない。なんで七分の六が魔王軍関係ないんだよ。辛うじて五つ目に足浸かってるレベルだ。
ま、人気になるのは楽園軍、つまり勇者側だよね。
子供とかも老人とかも変に気取って魔王を好きって言う人は殆どいない。創作と違ってこの世界は勇者の恩恵をまんま受けて今があるようなものだから、その崇拝や尊敬度は普通よりも段違いだ。
対して魔王への悪感情は……うーん、やっぱ過去の存在だからかな。思ったより大きくも多くもない。
私を崇拝するカルト集団があるくらいだ。怖いね。
「んー、まぁ順番に回るよな」
「そりゃそうでしょ。逆走してるヤツは普通に迷惑客だから。それはそれで面白いけど」
「場所によると思うけれど……へぇ、勇者特集?」
「目玉はやっぱ勇者だよねぇ。まま、ゆっくり気長に見て回ろ!」
「勇者以外にも面白いのアルヨー」
ぞろぞろと絵画で彩られた通路を歩いてエーテルの魔導具を取り扱う第一エリアへ向かう。
……おぉ、多彩。見覚えのあるモノもちらほら。
ショーケースに収められたモノから普通に晒されているモノまで、壁に掛けられていたり天井に吊されていたりと……説明付きで魔導具が展示されている。
火起こしの魔導具から記憶を消す魔導具まで───殆どが壊れていたり魔力切れで使えなくなってるけど危険極まりないのが普通に置いてあるのおかしいだろある意味すげぇよこの博物館。
あ、触っていいの? 危機管理どうなってんだおい。
「触っちゃいかんヤツじゃねぇのかこれ」
「でも見て、起動しない壊さない限りいくら触っても構いませんだって」
「魔導具とか展示するもんじゃないと思うんだが」
「フェアだから。今」
万が一の時は日葵が皆を守るから、大丈夫でしょ。
「ん。これ……見たことある」
「そうなのか? ……ん? 俺も見たことあるなこれ」
「ここここれ、悦ちゃん様のまま、魔導具……」
「……まぁ、生き証人だからなぁ」
三年が気付いた通り、悦───領域外の魔女と恐れ敬われた彼女お手製の魔導具も展示されている。
そういえばお願いされて納入したって言ってたな。
どれもこれも前世、昔に造ったモノばかりだが……
なーんで全部現役なのかなキミのは。経年劣化とか使えなくなる理由あるだろ。なんでまだ使えるんだ。というか展示するなら使えないよう細工しろや。
……いや無理か。無理を言った。細工できるような代物をアイツが造るわけもない。
ホントに不用心だなこの博物館。後で文句言おう。
「盗まれたって知らないからな……」
「フラグ立てないで」
日葵も同じこと考えてた時点で同罪だよ。同罪同罪。
「フライパンじゃねかこれ」
「……いや、これ真ん中に置いたモノを冷凍する類の魔導具でござる。文字通り氷漬けでござる……」
「ヒェッ、この図こわいのです……」
「完ッッッ全に人間凍らせてるじゃないッスか」
非人道的なモノも普通に置いてやがる。これじゃあまるでエーテル世界の魔導具がヤバいなんて印象しか持ってもらえなくなるじゃん。
確かにあのフライパンモドキは冷凍の魔導具だけど人間様を凍らせるのは誤った使い方だから。
すぐに食べ物を凍らせて保存するのが正しいから。
……なんでこの使い方説明図はとち狂ってんだ?
疑問は尽きないどころか際限なく湧き出てくるが、その後も色々な展示物を皆で見ていき、物騒ながらも魔導具への見解が深まったところで次のエリアへ。
第二エリアは……エーテル世界の種族についてか。
リアルな人体模型つきで一つ一つ解説されている。こう見ると異世界って楽しいな。
「まさにファンタジーだな」
「そうなの? 私からすれば普通なんだけど……」
「いや、その反応はおかしいよ」
「姫叶に同意だわ……生まれてこの方、エルフなんて見たことないもの」
そりゃ、中身は生粋のエーテル人だからね。
その世界にとっての普通は、他所の世界にとっては異常なんだから。ある種のカルチャーショックかな。
その逆もまた然り。いやはや、世界が違うとこうも変化するなんて……転生はその違いを味わえるから、案外悪くないのかもね。
いや、ボクにとっては望んでもいない““厄””でしかないんだけど。
……エーテル世界とは数多くの人型異種族が混在、生息していた魔境である。人種差別異種族差別なんて五万とあった。これはもう魔境認定で差し支えない。
そんな世界でも一番幅を効かせていたのが人類種。その次に妖精の末裔であり森の奥深くを好む排他的なエルフ、対照的に鉄を好み人里に混ざって生活するのが大半なドワーフ、大海原を回遊する下半身が魚類の人魚など、地球では見られない空想上の人型異種族も無数に存在していた。
獣人は……人狼とかワーキャットが当て嵌るかな?
魔族に獣魔人っていう分類があるから、どっちかと言うとそっちかも。
んー、どうやらこの展示エリアでは種族事の服装、生活様式に建築様式など、明確に違うところを図付きで紹介しているみたいだね。
割とわかりやすい……これを第一エリアに持ってくべきだったんじゃないか?
「りょーいって人狼か?」
「どストレートに聞いてくるッスね……詳しくは俺も知らないッス。育ての親がなんか言ってた気もするんスけど……あー、すっげぇ昔過ぎて思い出せない」
「あ、人外なのは認めるんでござるね?」
「………………いやぁー、なんのことッスかねー!」
「誤魔化しが下手なのです」
あのチャラ男風味、確定で人狼種だろ。戸籍調査を無断で閲覧させてもらったけど“空白”多かったもん。丁嵐涼偉くん何者何種なのか議論が特務局の裏で結構盛んに行われてることも知ってる。
あ、人狼ってのは人型の狼になれる魔族のことね。
面談で悪い子じゃないのはわかってるけど、学院に入学する前の色々が詳細不明。戦力になる事も含め、監視の意味も込めて異能部に入部させたんだとか……
やっぱ戦闘力と性格がものを言うんだよね。
例え誰であろうと信念と力があれば内に迎え入れる異能部と特務局はホントどうかしてるとボクは思う。
ま、ここは見るモノも少ないのでちゃっちゃと次のエリアへ行こう。
第三エリアはエーテル世界の組織について。
現世───第二エリアで紹介されていた種族たちが生息する“地上”にある国々や、冒険者と呼ばれる危険いっぱい夢いっぱいな職種の組合、そして百年続いた楽園戦争における世界連合こと“楽園軍”の概要などが盛りだくさんな展示エリアだ。
魔界は現世の下、つまり地下空間にある。正確には地下にある現世よりも広大な異界のことを指すんだけど。
「えーっとなになに……五大国? あー、異世界地理の教科書に載ってたやつか」
「そ、楽園軍の中核になった国たちだね」
日葵の前世である“勇者リエラ”の生まれ故郷があるリベライト王国。戦争中に革命が起こりトップが勇者に変わったヴェメドラゴ帝国。聖女神だけを盲信する気狂い集団の総本山である聖アテナ教皇領。ドワーフたちが多いストーロ連邦。そして都会派エルフたちが建国した世界樹の麓にあるユームグラード皇国。
この五つが楽園軍の中核を担った大国であり、我が魔王軍に最後まで抗い続けた国々だとされている。
ユームグラードは大変良い取引先でしたけどね!!
「冒険者かぁ、憧れちゃうよねぇ」
「ん。姫叶には無理」
「バッサリ行くわねホント ……あ、ほら姫叶泣いちゃってるじゃない」
「泣゛い゛て゛な゛い゛!!」
能力頼りのひ弱だから無理では? 真宵は訝しんだ。
冒険者組合ことギルドはまぁその名の通り。流石は剣と魔法の異世界、Theファンタジーな職種が平然と幅を利かせて将来の夢を独占していたようだ。
夢だもんね、憧れるよね。ボクも魔王なのを隠して市井に混じりたかったけど無理だったよ。なんか王の圧だか魔力濃度だかなんだか知らないけど、暴力的な魔力を前に無力な皆は倒れちゃって……
致命的なレベルで人間との共存関係は無理なのだと悟った瞬間だったよ、アレは。
存在するだけで人間に害とか、泣いてもいいかな?
「楽園軍……今この世界で同規模の戦争が起きても、ここまで綺麗に手を組むことは無理だな」
「まぁ、世界情勢的には厳しいだろうな……」
「ん。諸行無常……」
「なんか違くないですか?」
魔界頂点の意見としては、あの群雄割拠玉石混交の軍勢が成立した事自体が驚きである。
国ってのは我が強くないと運営できないからな……
あんな短期間で利害の一致とか関係なく手を組んで刃向かって来たのにはびっくりした。今思えば危機に陥っているが故のなりふり構わなさだってわかるけど昔はわからなかった。
魔族としては、破滅? ふーんかかってこいよ。っていうスタンスのヤツが多かったから……
うん、感覚が麻痺してたね。前々世を思い出してなかったってのもあるだろうけど。
……もっかい世界の危機になったら手を組むんじゃないかなって思うのは、完全にヤる側の発想だよね。
じゃあ次行くか……あぁ宗教エリア。クソ展示だ。
女神像やら遺物やら、神殿の模型など宗教に関する展示物が盛りだくさんのエリアっぽい。あんま視界に入れたくもないからチラ見で終わらせる。
ここは早く次のエリアへ行くのが吉。行こ行こ。
「先行ってるわ」
「だめだめだーめ! 嫌いなのは知ってるけどさ! ほら私とイチャイチャしてよ?」
「それもイヤだ」
「強情だなぁ……」
エーテル世界の神にいい思い出がない。
特に関わりがなかったのにいきなりお前危険苦しめハッハー!って呪いかけて来るクソ共だから嫌い。
なんなの? ボクが直接対峙したの二三柱だけよ?
……これ以上考えたら死ぬのでマジスルースルー。
「楽園戦争の期間中なら、聖女神アテナって神様だけ知ってれば良いと思うよ〜〜」
「ふーん。神様嫌いすぎね?」
「あれ、かーくんあの邪神ちゃん好きなの?」
「大ッッッ嫌いだ」
「そういうことだよ」
共感者ができたところで次のエリアへと急行する。
……と、行きたかったけど団体行動なので渋々待つことになった。
早くして、皆……ボクのSAN値が削れる前に……
「最早アレルギー」
「蕁麻疹が出てないのが奇跡」
「宗教の人と絶対合わせちゃダメだよねもう。見てよこの凄まじい拒絶反応」
「他のお客さんたちからの目が……」
色々と揶揄されながら次のエリア、戦争についての展示物を見に向かう。
「結構具体的に書いてあるんだな……」
百年続いた楽園戦争について絵画や文献資料と共に解説してくれる第五エリア。英雄たちが武器を片手に魔族と戦っている絵画は圧巻の一言に尽きる。
武士がたくさん出て戦ってる絵が一番似てるかな。
見覚えのある部下とかがイケメン補正でかっこよくなってるのがムカつくけど。
「んー、こっちが楽園軍で、こっちが魔王軍スか?」
後輩の疑問に頷きで肯定を返せば、ほほぉ〜ん。と関心深そうな声を上げる。
目線を辿れば壁を占領する一際目立つ巨大絵画が。
描かれているのは…… うーん、多分だけどリエラが魔王であるボクに喧嘩を売ったその時の、かな?
通称“エーネスオットの戦い”。緑が枯れた無秩序な荒野を舞台とした楽園戦争最大の戦線。
百年以上世界の空を覆った“闇”が切り開かれた日。
絵画にもその様子が確かに描かれている。
小高い丘の上、眩い光を纏った剣を空へと振り翳すリエラの勇姿。その足元に群がり、もしくは戦場へと駆けていく英雄たちの姿。
勇者の矛先は遥か天空、世界を覆う惣闇の大天蓋。
人類から空を、太陽を奪った魔王の天害侵攻。その闇に向かって剣を振り、大きな切れ目を開けている。
ボクが、勇者リエラという“存在”を認識した日。
んー、誰が描いたんだろ。製作者の名前は ……うん知らん名前だ。
戦場そのものの名を付けられた絵画を皆でボーッと眺める。圧巻、とはこのことを言うのか。博物館自体の建築様式もあって、この絵画が神殿の一部のようにも見える。
他の面々も見蕩れるようにその絵を眺めている。
……その時。
「───あ、いた。こちらにいらっしゃいましたか。駆け足せずには済みましたが……」
「? あなたは……」
異能部に近付き、何故か話しかけてくる一人の男。金色混じりの紫髪をワックスで無造作に固め、冷めた目付きの金瞳も特徴的な白いタキシードを着た男。
何処か胡散臭さを感じる表情と、病的なまでに白く細い身体のせいで堅気の人間には見えない外見を持つ中年の男である。
胸元の名札から見て、恐らく彼は───
「お久しぶりです、紫芝館長」
「どうも、お久しぶりです神室のご令嬢。あぁそれと初めましての方は初めまして。そして、我が博物館へようこそいらっしゃいました……」
「こんにちは!」
「えぇ、はい。こんにちは、宝条のご令嬢。私はこの国立エーテル博物館の館長、紫芝万博で御座います。どうぞよろしく」
「宝条くるみなのです、よろしくお願いします!」
やっぱり館長だった。
敬語とタメ口が入り交じった適当な挨拶をする男、紫芝万博という男は途轍もなくやる気のなさそうな顔で招待客であるボクたちに対面している。
マジでやる気皆無だな。ゴマすりタイプの超絶笑顔腹黒スーツを想像してたんだけど……
何一つ予想掠ってないじゃん。陰キャ来たわ。
いの一番にくるみちゃんへの挨拶を終わらせた後、ボクたちにも一人一人丁寧に挨拶する館長。どうして礼儀正しいのに面倒くさそうな顔を隠さないんです?
取り敢えずボクもお辞儀。短い間だけどよろしく。
わざわざ挨拶しに来るなんて、やっぱり招待状ってすごいんだね。
ま、後は異能部とのコネ作りだろうけど。
特にくるみちゃんは上客だもんね。あと神室姉妹。異能部に恩を売っておくのはある意味正しいことだ。
コネって大事だからね。今世で身に染みてわかるようになった。
「さて、自己紹介も程々に……提案ですが、ここから先は私めが皆様をご案内してもよろしいでしょうか」
「なんでー?」
「接待も仕事のうちなので」
おっとぉ? なんかパーティメンバーが増えそう。
「ぶちょー、どうするです……?」
「いいんじゃないか? ま、招待された私が決めることじゃないからな。宝条くん、君の好きにするといい」
「選択権を譲った……」
「どっちでもいいんだろうな……」
「そこ、うるさいぞ」
こそこそ揶揄ってた日葵と一絆くんすぐ怒られてて草生える。あの人地獄耳だから……とか関係なしにそんな距離で会話してたら気付くモノも気付くよ。
……なんで真宵は混ざらないのって顔しないで。
雷速でチョップキメられたくないもんボク。単純にそこまで気力が無いってのもあるけど。
「ん〜、じゃあお願いするのです!」
「はい、ありがとうございます。お陰でイヤな雑務を部下に回せげふんげふん。あー、展示物は全て此方で把握しておりますので、はい、お好きなだけ質問して頂いて構いません。全部答えますので」
「じゃあ万博さんが好きな勇者は誰ですか?」
「すいません自分破滅主義故魔王軍派なんですよね」
「なんだコイツ……」
隠しきれてないぞこいつ。こういうのは後で部下に締められるタイプだ。
つーかこの人魔王軍好きなの? へー? ふーん?
めっちゃ饒舌に答えられて、聞いた日葵も反応した姫叶くんも困惑顔。まぁ、この博物館ってどっちかと言うと光側の英雄を飾ってる場所だったよね。
それなのに館長が魔王軍派? 人選ミスだろこれ。
世界の破滅を許さないって慟哭してた楽園軍よりも魔王軍を選ぶとか、ちょっと見直したわ。悪い意味でだけど。
個人的に魔王軍大好きっていう変人はろくでもない認定だからあんま近付きたくないな……
破滅主義者が懐古的物品を守るとか、おかしくね?
「ここのエリアはどれだけご覧に?」
「ここはまだこの絵しか見てないですね……解説頂けますか?」
「勿論。皆様の見聞を深めるのも私の仕事なので」
職種間違ってないかなぁと思いながら、館長である紫芝万博の案内付きという破格の待遇を異能部は受けるのであった。




