03-15:金持ちってすげー!
あんなにリムジン乗りを固辞したのに、色々あって皆で乗る羽目になった件。
理由? くるみちゃんがしょぼくれたからだよ。
そんなに友達をリムジンに乗せたかったの? 何なの夢だったの? 流石にこれ以上は引き下がれなかった。
ちみっこの夢ってのは叶えたくなるよね……
「わー、ホントにリムジンだぁ……」
遠い目をして呟いた日葵の気持ちが大いにわかる。
「これがリムジン……」
「うっわ………すっげぇ……」
何故なら今、目の前でリムジンが止まったからだ。
現在日曜日のお昼前。学院の校門前に集まっていたボクたちの前に現れた黒塗りの高級車には、宝条家を意味する三つ葉光琳胡桃の金印家紋が刻まれている。どこからどう見ても親族専用の乗り物であった。
……え、本当にこれに乗って行くの? 博物館に?
「博物館側も迷惑だろ、これ」
「あそこの館長なら、箔が付く〜なんて理由で気軽にOK出しそうなものだけど」
「待ってそんな人なの? 雫ちゃん行ったことある?」
「あるわよ。神室家もそれなりに名家だもの。ヤケに仰々しい接待をされた記憶があるわ」
「ゴマすりタイプかぁ〜」
そう駄弁っていると、招待主であるくるみちゃんがリムジンから降りてきた。
「お待たせしました! なのです!」
超絶ハイテンションの笑顔でおねーさんびっくり。
高級感のある白いワンピースを普段着に、蜂蜜色の前髪を造花のワッペンで止めている。全体的に清楚な服装で現れた財閥令嬢は、とっても嬉しそうな様子。
嬉しさの余り自分でリムジンの扉を開けるぐらい。
従者として扉を開けようとした執事さんから仕事を奪うんじゃありません。
執事さん無表情だけど困ってるのがすげぇわかる。
「招待ありがとう」
「どういたしましてなのです!」
皆で礼を言い終わると、早速とばかりにリムジンへ乗るよう誘ってきた。彼女の言葉に従い、執事さんが先んじて開けてくれたリムジンの扉を潜っていく。
お、おぉ〜……高級車。横向きソファだぁ……
流石の魔王もリムジンへの乗車経験は全くもっての皆無である。世界観的に馬車。魔導列車なる魔力を伝道力とした電車は一部で走ってたけど。
魔界には……列車、魔界にはなかったな。うん。
魔獣に引かせる魔獣車はあったんだけど。
「好きな場所に座ってなのです! ルームサービス? もあるのです! ……あれ、なかったのです?」
「御座いますお嬢様。自信をお持ち下さい」
いやルームサービスじゃないでしょ。ここ部屋じゃなくて車なんだからさ。執事さんも全肯定してないで訂正とかしたらどうなんですかね。
アレか、下々は上に逆らえないってヤツですか。
執事さんは此方ですと人数分のドリンクメニューを配っている。
ワインまであんの? 飲むか……あ、ダメですよね。
察知能力が上がった一絆くんと相変わらずの速さで腕を握ってきた日葵に止められたので諦める。
そうだね、八碑人に禁止されてたもんね……
ションボリ。仕方ないからりんごジュースを飲むことにする。
「ありがとうございます!」
「わざわざすいません……いただきます」
「どうぞごゆっくり」
割と快適なサービスを受けている間に、リムジンは博物館を目指して発進。揺れのない快適な車内空間、これは眠くなるヤツだと意識に喝を入れて眠気を飛ばす。
運転手さん誰だか知らないけど上手だな。ホントに揺れがない。凄腕ドライバーってヤツだ。
「うふふ!」
「楽しそうでござるな〜、くるみん殿」
「はい! とっても楽しみにしてたのです! 皆とお外でお出かけするの、はじめてなのです!」
「そっかぁ、はじめてだったかぁ」
お金持ち特有の友達いない問題ですか。やっぱ同じ位相の人間同士でつるむのが殆どだもんね。対等な友達って作れないもんね……
そう考えると異能部ってのはある意味対等な関係を築ける仲間、友達と言えるんじゃないだろうか。
……対等…か。ボクと日葵は……対等、なのかな。
上下関係はできてないから、対等っていう枠組みで良いんだろうか。
……益体も無い疑問を抱いていても、意味は無い、か。
「博物館まで何分かかる?」
「えーっと、20分……ぐらい? かな?」
「ふーん。くるみちゃー。なんか面白い暇潰しの遊び道具ってないの?」
「テレビゲーム酔っちゃうですよ」
「あるにはあるんだ……」
車壁に液晶ついてる時点で察してたけど……どんな無茶ぶりしても応えてくれそうで困る。
幾ら揺れが無くても酔いたくは無いからなぁ。
大人しく皆と会話を楽しむとしよう。ゲームよりもそっちの方がくるみちゃんも嬉しいんじゃないかな。
「ホントに金持ちなんだなぁ……」
「おじーちゃんが色々挑戦したのが始まりなのです。パパも頑張ってるけど、おじーちゃんには勝てないのです」
「意外と辛辣だね?」
確かに、宝条家の財力には目を見張るモノがある。あの財閥のすごいところは、裏社会との関わりも財政界との癒着もない完璧にクリーンなところだ。
世界最大と聞いて調べた結果だ。いっそ珍しい。
貿易を主として扱い、投資や出資で失敗することはほぼと言っていいほど滅多になく。あんなに後ろ暗いところのない財閥は宝条ぐらいだと思う。
方舟も接点の無さからあまり接触したがらない。
下手に裏社会との関係がない組織を招き入れるのはデメリットしかないからな……
「宝条はマジでクリーン過ぎて逆に引く」
「どゆこと?」
「表社会だけで完結してる。裏工作とかなんにもせずあそこまででっかくなったとか、ちょっと信じられない」
「すごいじゃん……」
「なんでわざわざ調べたんだよ」
「知的好奇心」
くるみちゃんに聴こえないように本音をボヤく。
個人的見解だけど、立場や権威が大きくなればなるほど裏との密接は大きくなると思うんだ。敵対関係にある存在の排除とか、黒彼岸への依頼でよくあるし。
……逆に、後ろ暗さが無ければ無いほど大成するのかな。
「あっ、外見ろよ!」
「なんでござったか……そうだ、アルカナタワー!」
「何度見ても高いッスね〜」
高速道路に乗って数分後、柵の向こう側から見える巨大な電波塔に気付く。かつて首都を支えた天の塔は魔法震災により奈落の底へ。旧式の赤い塔は破壊され打ち捨てられた。
もう使えない、使えなくなった電波塔二基に取って代わって造られたのが、“アルカナタワー”と呼ばれる日本最高の電波塔である。
銀色を主体とした鉄塔に紅白色の帯状の装飾が塔に巻かれているような見た目のそれは、魔都だけでなく周辺海域の都市にまで電波を伸ばしている。
やー、ほんと、人間ってなんであんな高いの作るんだろうか。再建する度に高く強くしようとする傾向はなんなのかな。
「スカイツリーより高いな……」
「? なんスか? すかいつりーって。先輩の故郷にある樹かなんかッスか?」
「え? ……あー、こっちにはないのか?」
「あるよ。地面の下に」
ボソッと呟かれた一絆くんの声に反応した丁嵐くんだが、どうやらスカイツリーを知らないらしい。まぁ魔都で生活してても耳にしない事が多いからな……
あ、一年たちには一絆くんが並行世界から来たとは伝えていない。信頼信用云々の前に色々と問題があるから仕方ないね。クラスと同じように田舎扱い中だ。
聞いた感じ、彼がいた世界ではまだスカイツリーが現役だったのだろう。こっちは地割れで街ごと地下に落ちたから、もう電波塔もなにもない。前々世の記憶を頼りに探してみたけど、マジで地下にあったよ。
魔素の影響で朽ちてないのはびっくりしたけど。
「展望台は綺麗に残ってたよ。鉄骨とかガラスとかが色々突き刺さってたけど」
「……それ綺麗って言えるのか? つか見たんか」
「うん。異能部に入る前の話だけど」
まぁ深く聞かないでくれ。周りへの説明が面倒い。
「前も言ってたけどさ、暇な時にアルカナ探検ツアーでもするかい? こっちとそっちの世界の違い、調べて悪いことなんてないだろうし」
「あったなぁ、そんな話……いつやる?」
「乗り気じゃん。明日は? 」
「いや、予定ガッツリ入ってただろ」
ついこの前、異能部と黒彼岸の斬音が遭遇した日にやろうと決めたアルカナ観光。何処に行くか連れていくのかは定まったが、なんやかんや忙しくて日取りも何も決まってなかった。
新しく新入部員が入ったのもあり、予定を変更したという理由もある。
そういえば博物館も名所の一つに入れてたな……
ま、くるみちゃん以外魔都育ちじゃないし、纏めて観光に洒落込もうじゃないの。
「何の話してんだパイセンたち」
「んー? 今度皆で魔都観光しよね〜って話。キミたちみたいな田舎者を楽しませてあげようと思ってね」
「焦熱正座させんぞ」
「喧嘩売ってるッスか? 狼になって先輩咥えて街中を引きずり回すッスよ」
「影の中でにゃんにゃんするでござるよ」
「脅しの仕方が特徴あるな〜。鶫ちゃんは馬鹿に影響受けすぎ。やめろ」
反応面白。個性的な脅迫文で草が生えます。
ところでそこのくノ一、絶対ボクの預かり知らないとこで日葵になにかしら仕込まれてんだろ。アイツ、忍者に変なこと教えんじゃねぇーよ。
これが同人誌になっちゃう〜ってヤツなのかな?
後で多世先輩に聞いてみよ。多分だけどあの人ならそういうの詳しいでしょ。
つーか敬語。お前ら揃ってボクへの敬意がないな。
「ひま?」
「ごご、誤解だよ! 私が真宵ちゃんとイチャつきたいのになんで敵に塩を送んなきゃなの!!」
「……つぐちゃ?」
「百合の間に挟まってぶち壊すのが拙者でござる」
「性癖?」
怖いにゃー、真宵ちゃん戸締りちゃんとするね……忍者とか余計に危ないじゃん。
実家における安全地帯が一絆くんの周囲だけに……
おかしくね? なんでボクの住処なのに安全圏が謎に縮小してるわけ?
あーあ、怖いし反射で殺したくないなら引きこもることにしよう。
退部届と退職届と転居届って何処にあるかな……
「綾辻兄様! あと何分で着くのです?」
「五分少々でございます。そしてお嬢様、毎度言っておりますが兄呼びはお止め下さい。どうぞ“綾辻”、と呼び捨てするようお願い致します」
「むぅ……嫌なのです」
「受け入れてください」
慇懃に主に対応する執事さん───綾辻、だったか知らないけど、大変そうだ。
銀髪紅眼無表情の執事とか、属性強いな。
なんなんだこの完璧従者……つか、くるみちゃんの懐き度が半端ないな。どうして執事さんの兄様呼びを定着させてしまっているのか……
執事さん無表情だけど顰めっ面なのわかっちゃう。
鉄仮面の相手でもなんとか感情を読み取れるようなボクじゃないと、わかんないレベルの差異だけど。
……たまーに目が合うのが、不思議で堪らないね。
と、そろそろかな。
「あ、見えてきたよ!」
高速道路を降り、大通りをまっすぐ進んだその先。
信号待ちの最中、窓から身を乗り出した日葵が指を指した先に、白亜の宮殿と見間違うような巨大建造物が聳え立っていた。
エンタシスという上部に近付くにつれ細く作られた円柱が規則正しく伸び、等間隔の柱の間に英雄たちを模した石像が汚れ一つなく並んでいる。ここから覗き見える入り口の上部には、色とりどりの異世界で使われていた旗が美しくはためいていた。
やっと到着た。来館する群衆や停車位置を探す車も視界に収めながら、嘆息と共に目を細める。
この異世界情緒を感じさせる宮殿型施設こそ───
「あれが、国立エーテル博物館……」
一絆くんの呟きに、ボクは憮然と頷く。
そう、あのデカデカとした宮殿がボクらの目的地。
ボクたちの黒歴史が展示された、今なにがなんでも潰したい公共施設ナンバーワンを誇る博物館である。
……招待が無ければ、絶対行かなかったのになぁ。
仕方ないなと腹を括って、ボクはリムジンを降りる準備を始めた。




