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03-14:週末の予定は常に未定


 今日も今日とて異能部活動。傍迷惑な地球観光客をひたすらにぶちのめしてあの世におかえり頂いたり、異世界へと物理的に帰って頂いたりと、いつもと同じ程度の頑張りで空想退治に励んだ。

 お陰でもう夜だ。もう九時を過ぎてしまっている。

  ……そう、過去形である。特務局や学院に提出する報告書などは後回しにして解散しようという段階に今入っている。


「ったぁ〜〜〜!!! やっと終わった!! オレもう燃え尽きちまったわ! 飯食わねぇと無理!」

「わかるッス。めちゃくちゃ走らされたッスもん」

「ん。疲れた……帰る」

「討伐数からして今日のお賃金は……ふふっ、想定の倍はありそう」

「相変わらずお金に目がないんだから……」


 お金。お金か。そういや黒彼岸の仕事でこの前大金手に入れたんだった。

 欲しい本あったからそれ買って読もっかな……

 帰りに寄り道しても余裕ありそうだし、一人本屋に駆け込んでも問題は無いな。


 そう帰る決意を固めていたその時、音が鳴った。


きゅるる…………


「………」

「………」

「………ぅ…」

「………」


 音が聞こえた方向を見れば、恥ずかしそうにお腹を抑えるくるみちゃんが。顔真っ赤っか。つーかなんだその腹の音。やけに可愛いな。犬の腹の音かよ。

 取り敢えず皆見んのやめてやれや。マジで赤面死が迫っちまってるから……


「……そこにファミレスがある。皆で行くか?」


 玲華部長が指差す先には、確かに世界的チェーンのファミリーレストランがあった。深夜営業って言う程遅い時間では無いけど、まだまだ閉店するような時間でもない。

 うん、行けるな。13人席とか無いと思うけど……

 テーブルを隣同士にすれば解決か。


 ……本屋は、まぁいいか。売り切れにはなるまい。


「ぅ、ごめんなさいなのです……」

「気持ちはわかるが、そう僻むんじゃないぞ。こんな時間まで頑張ったんだ。お腹が空くのも仕方ないさ」

「廻先輩と多世先輩どうします?」

「あー、あの二人今学院にいるのか……まぁここからそう遠くないから、私が連れてきちゃおっか?」

「……いや、私が行こう。その方が話が早いからな」


 萎縮するくるみちゃんを宥める玲華部長は、部室で後方支援に励んでいる三年二人もファミレスに連れて行くつもりらしい。日葵が行こうと進言したが、あの引きこもりたちを説得して納得させるのは確かに部長がやるのが早くて最適だろう。

 部長は雫ちゃんに「代わりを頼むぞ」とだけ告げ、そのまま二人を呼びに行った。

 雫ちゃんは大好きでいつかの目標でもある姉からの頼みを快く受け入れ、笑顔で見送った。それはもう、あの仏頂面からは想像できないレベルの笑顔だ。

 ……マジで嬉しいんだなぁ。ホントシスコンだな。


「良かったね、雫ちゃん」

「……別に。ほら、早く行くわよ。ただでさえ多いんだから……駄弁ってないで入る入る」

「ほーい」

「くぅるみぃ〜! 早くなんか食おうぜー!」

「はーい!」


 急かす周りに合わせてファミレスに入る。出迎えの店員に後から来るのも含めて人数を伝え、案内された席に座って腰を落ち着かせる。

 テーブル席は三つ占領させてもらってくっつけて、学年毎にそれぞれ集まって座る形にした。

 注文方法は最新式のタブレットタイプ。

 でもって料理の運搬方法は猫ちゃん型のロボットがやってくれる。店員と最低限の関わりしかせんでいいからすっげー楽だわ。

 伝票も入店時に渡された紙のバーコードで解決とか最近のファミレスってすげーな。


「何頼むー?」

「実は拙者ファミレス初めてだったり」

「あ、その、私もなのです……」

「うっそだろてめぇーら。マジかよ」

「あらま……」


 そしてここで衝撃の事実。忍者っ娘と大富豪の娘がファミレス処女であることが判明した。

 確かに庶民の飲食店に金持ちは来ないだろうな……

 つか鶫ちゃん、キミ本当に俗世に触れてないのな。忍者ってそんな隠世に生きてんの?

 取り敢えずファミレス初体験済ませてもらって。

 美味しく食べれれば万々歳。この調子だとまだまだ知らないこと多そうだし、おいおい知って楽しんでいけば良いさ。


「やっぱ定番のハンバーグッスかね〜」

「二枚重ねできんじゃん。え、ソースも選べんのか? やべぇ悩む。どっちもはできねぇのか……?」

「ポテトって頼んでもいいの?」

「上に申請すれば経費で落ちるから、好きに頼んでも良いと思うよ」

「ライトミール……うーん、美味しいのかしら」

「とりま全員分のドリンクバー頼もうぜ」


 モニターの奪い合いをしながら各々食べたいモノを選んでいく。

 んー、ボクはこれでいいや。て、なにこれほーん。

 なになに、今時のファミレスは手頃なミニサイズも提供してんの? すげーな、これにしよう。少食JKのボクはこれぐらいがちょうどいい。


「じゃ、注文押すよー」

「ほーい。な、くるみドリンクバー行こうぜ。庶民の味ってのを教えてやるよ!」

「は、はいなのです!」

「拙者も混ぜて〜でござる〜」

「味混ぜるッスか?」


 日葵がモニターを操作して注文ボタンを押した。

 早速とばかりに喉が渇いた後輩達がドリンクバーに群がっていく。一人邪道を行こうとしているが……

 初体験の子達に混沌を飲ませようとするなよ。


 混雑すると面倒な為、ボクら二年や三年らは待機。

 といっても先刻の空想騒ぎであまりお客さんは来てないから、そこまで気にする必要はないが。というか平然とお店を開いてる店舗側の気が知れない。

 閉店して安全を確保するのが普通だと思うんだが。

 あれか、営業根性ってヤツ? もしくはそれだけ部が信頼されているからか……どっちだろうねぇ。


 昨今のアルカナ民は、従来の空想騒ぎで積み重ねた歴史と経験で迅速な避難を可能としている。加えて、我らが副部長廻先輩の異能で空想に殺害される頻度も大幅に減少した。

 無論、全ての空想被害を食い止められているわけが無いが……


「真宵ちゃん何飲むー?」

「コーラ」

「おっけ〜。入れてくるから座っててね。絶対に立ち上がらないでね!」

「待ってこの距離でも迷子になると思われてる?」


 甚だ心外なんだが。最早そういう罵倒と同列だぞ。


「マジで老人介護だよね」

「同意だわ。真宵、あんたもあんたで日葵にされるがままなのが悪いのよ」

「……お前の無気力さに慣れた日葵も日葵だろ」

「……確かに、なんなんだろうね。アイツ」


 率先してボクのお世話係をする日葵。そんなにボク働けない女だと思われてる? あれか、魔王になる前もなった後も家事をした事ないって言ったからか?

 今世で家のモノ全てを破壊する勢いで頑張ったからなのか?


 まぁ悪い気はしないから、現状そのままだけど。


「連れてきたぞ」

「……普段から俺も連れ添った方が早いか?」

「うぇぇ……お外やですぅ……」


 それから数分後、廻先輩と多世先輩もファミレスに合流。出不精の方の先輩はいやいや首振りながら玲華部長に担がれてやって来た。

 モニターをポチポチし合って追加注文完了後、唯一ボクたちと行動していた弥勒先輩がまた性懲りも無く逃げようとする連帯感皆無の多世先輩を捕獲。

 首根っこを掴んで引き摺りながら、飲み物確保の為連行して行った。


 んでまぁそっから数分後。二人は席に戻ってきた。


「ん。見て見て」

「なんですそれ……いやホントになに混ぜたらそんなどす黒い飲み物できるん? 先輩?」

「そそそそれ、コーヒーとココアも入って……ぅぷ」

「嘘だろどうやって入れた???」


 弥勒先輩が持ってきたのはコップに並々と注がれた真っ黒な液体。気持ち悪そうに顔を青ざめた多世先輩曰く、ドリンクバーにあるモノ全て混ぜたらしい。

 炭酸とかお茶とかオレンジジュースはまだわかる。

 コーヒーとココアって入れる機械からして混ぜんの不可能でしょ。あれって確か押した分だか出るとかじゃなくて1回押したら定量まで出るタイプでしょ?

 物理的におかしい全投入混沌ドリンクかぁ、これはたまげたなぁ……マジかよ……

 取り敢えずこっち向けんのやめてもろて。死ぬ。


「ん。いただきます」

「飲むの???」

「あぶぶぶ……見るだけでお腹死にそう……ちゃんと処理してくださいぃぃ……」


 見る人全てがドン引きする自作液体を先輩は飲む。


「ん……ごくっ……………ん゛ッ!?」


 知ってた。


 普段の無表情っぷりが嘘かのような瀕死模様。顔は真っ青で冷や汗だらだら、瞳孔ガン開きの死人顔だ。

 あまりに不味すぎたらしい。でも戻さないの偉い。

 ハチャメチャに迷惑客枠だけど、自分でちゃーんと処理してる分マシでしょ。


 その後、りんごジュースを何度もガブ飲み一気する死んだ顔の先輩がいたとかいないとか……


『ご注文の 商品が 到着致しました! お取りいただきましたら 完了ボタンを 押してください!』


 んでもって猫型運搬機登場。何度も往復させられてボタンを押されまくる生活……うーん社会の歯車。

 うちにも導入しない? もしくはメイド。雇おうぜ。

 裏切らない確証のある女を連れてくるか、洗脳して手元に置くか悩む……実現性皆無だから今はいいや。


 注文した料理は殆ど肉。焼ける肉の音がすごい。


 火恋ちゃんが注文したのは二枚重ねのハンバーグにガーリックソースをかけたもの。丁嵐くんも同じ品を注文した上でデミグラスソースをかけたものを。

 初体験の鶫ちゃんは大根おろしの和風ハンバーグ、くるみちゃんはチーズ入りハンバーグを注文した。

 一絆くんは粗挽きハンバーグを注文、姫叶は若鶏のグリルを、雫ちゃんはミートドリアを頼んだ。

 日葵は無難に定番ハンバーグを注文していた。

 玲華部長はチキン南蛮、廻先輩は定番ハンバーグ、弥勒先輩はサーロインステーキ×2、多世先輩は単品のねぎとろ丼を注文したようだ。


 で、ボクは小皿の若鶏を一品。ぶっちゃけ十分。


「パイセン平気か? 腹の調子でも悪ぃのか……?」

「至って健康だけど。キミたちみたいにね、たくさん食べて食べて食べるー! みたいな身体じゃないの」

「いや何言ってるかわからん」

「少食だっつってんだよガキ」

「なんでキレてんの……ごめんね火恋ちゃん。この子偏食家なんだ」

「へぇー」

「興味無さそうにしないでくんない? 一番傷つく」


 食事の量は人それぞれなんだ。人間の身体に戻ってからはやけに少食になったけど……前世はそれなりにたくさん食べれてたのにね。

 不思議なこともあるもんだ。

 まぁ後、偏食云々言われんのも無理は無い。

 日葵とかネビュとかマリアの手料理は割と食べれるんだけど、他の人の手料理はあんまりね。そゆこと?


「マヨケチャうま」

「お前ポテトには絶対それセットだよな」

「だって美味しいじゃん? ナゲットにはマスタード、フライドポテトにはマヨケチャ……ド定番でしょ?」

「否定はできねぇな……お、お前らも食うか?」

『〜♪』

『ー!』


 一絆くんのスペースには三体の精霊たちも集まってつまみ食いをしている。

 今回の戦闘で彼女たちは大戦果を上げた。

 光の精霊ことラプチャーは光の剣と光の盾を使ってまさかの特攻。魔物の顔に向かって武器ブンブンする姿は可愛らしいが苛烈であった。随分とまぁ……

 水の精霊ことエナリアスは魔物の頭を水球で覆って窒息死を狙ったり、行動を阻害してサポートを。

 土の精霊ことノシュコスは初めての戦闘だったが、ゴーレムを創って操る戦法だけでなく頭サイズの岩を降らせて押し潰すという戦法を披露した。

 命名により強化されたのか、戦術の幅は更に広く。

 一絆くんが使える手札が増えたのは良いことだね。


「そういえば鳥姉に渡したん?」

「うん。昨日ね。摩天楼を足蹴にして見る夜空が凄く綺麗だったよ」

「別に景色の情報はいらんかったかな……」


 雪街先生が鳥姉こと飛鳥に届けるようお願いされたリングケース。それについて問えばもう渡したと安直な答えを返されてしまった。

 うーん、こっそりついて行って覗き見したかった。

 だって気になるじゃん? 捜査官と協力者の情報交換だよ? 逆に気にならないって人の方が少ないと思う。


 ……ふっつーに聞きゃ良いか。こいつなら見せてもらってる可能性高いし。


「中身なんだった?」

「結婚指輪。びっくりして質問責めしたけど、何一つ教えてくれなかった……信頼ないのかなぁ、私」

「キミが悲観的になる時ってだいたい嘘なんだよね」

「待って何その見分け方」


 クソほどわかりやすいが? もっと嘘のつき方学べ。


 絶対に気軽な感じで見せてもらったろお前。日葵は良くてボクはダメとか、贔屓にも程があるぞ鳥姉……

 ボクの何が悪いって言うんだ。

 こんなにも誠実に生きてるって言うのに。誰よりも勤勉に暗躍してるって言うのに……!


「あー、そうだ。洞月パイセンに聴きてぇことがあったんだった」

「ん? ……何を?」

「えーっとだな……っと確か……」


 そんなふうに苦悩している時、最後のハンバーグの欠片を食べ終えた火恋ちゃんがボクに聴きたいことがあると言ってきた。

 なにかななにかな。質問を思い浮かべたのが結構前だったのか、思い出すのに時間がかかっている。

 あるよね、よくある。聞きたいこと忘れるのって。


「……聴いて良いのかわかんねェけどさ、パイセン、二年前にヨミヒラってとこ来てたか?」

「いや毎月行ってるけど……………………あっ」

「スゥー……まーよーい???」

「黙秘権を行使します───探さないでください」

「確保」

「完了」


 不味い墓穴掘ったわ。

 ───境都ヨミヒラ。墓低都市とも呼ばれるそこは街全体が月一で行われるブラックマーケットの会場と化していることで有名な激ヤバスポットである。

 場所は旧静岡県の辺り、かな。わりと小さい島だ。

 異界化して魔獣のテリトリーとなった霊峰フジとの境界線、監視砦として造られた都市なんだけど、今はもうその面影すらない。ただのスラムと化している。

 そんな不法建築街は今や裏社会の最大市場。

 月一で開かれる闇市は名のある犯罪者や興味本位で迷い込んだ者たちで常にごった返し。

 警察機関が全力で叩き潰そうとしても主催者が見つからず、市場が一時的に閉鎖されるだけ。また時間が経つと開催されてしまう。イヤないたちごっこだ。

 そんな争いがあってか、警察の動きはただの監視にシフトしつつあるのが現状だ。


 黒彼岸とか関係なく通ってたんだけど、遂にそれがバレてしまった。

 どーして火恋ちゃんはそんな質問したんかなぁ?

 闇市にいるの見られたってこと? それも二年前に? なんで覚えてんだよ。まさか出会ってからずっとその疑問が頭の傍らにあったってこと? 火恋ちゃん?

 最悪なのは邪推とか警戒の意味が全く無いこと。

 すっげぇ純粋な気持ちで聞いてきやがった……

 ……よくよく考えたら、この子巷で有名な暴走族のボスだったわ。

 ってことはこの子も二年前にいたってこと……?


「さて。茉夏くん。君は何を見たんだい?」

「あー、これ言っちゃ不味かったヤツか…… いやさ、オレって炎族一派ってのを率いてたんだけどよ」

「うんうん」

「幹部の一人がオレに無断で商売始めたらしくてな。売りもんが売りもんだったからぶん殴って止めようと出向した時に、パイセンを見た記憶があってよ」

「へぇ〜?」


 やっべ。皆からの視線が痛い。そんな目で見んな。

 身動きは既に取れない。日葵に後ろから身体を抱き締められ、弥勒先輩に左手を握られ、膝の上には精霊たちにちょこんと座られ暴れることもできない。

 そんな上目遣いで見るな。我精霊虐殺犯ぞ???


 取り敢えずこの優しい拘束を解いて欲しい。対して危険度のない状態とはいえ、なんか気分的にイヤだ。


「真宵ちゃん?」

「掘り出し物あるんだもん仕方ないじゃん! そういや確かに二年前はヤンキー共が高品質の炎属性魔導具を売り捌いてたのは見てたけど、別に入用でも必要でもないから買ってないもん! 基本見てるだけだから!」

「どうだか……」

「……じゃ、家のリビングにある水晶髑髏って何?」

「ブラマで買った“合計で七十五秒以上見ると視神経がぶちぶちにちぎれる”っていう“生きた骸骨”だね」

「早急に破壊しようそうしよう」

「なんつーもん置いてんだてめぇ」

「こいつ早く警察に突き出そうよ。絶対よからぬ罪を犯してるって」

「んなわけないだろ。ただ裏と親しいだけだよ」

「「「それが問題なんだよ」」」


 男共に全否定されちゃった。唯一歳下の丁嵐くんは除く。何一つわかってないアホ面晒してるけど。後で危ない呪具のお勉強しような。

 というか破壊って酷い。実際呪具は嘘だけどさ……

 あの水晶髑髏こと正式名称“イデュバの聖櫃”は言うほど危なくないんだけど……日葵でもわからんか。


 ま、嘘ついとけゃ良いだろ。実際は封印結晶だし。


 ……お目当てのモノかと思ったんだけど、中身が空だったから期待外れ。


 封印されてる筈なんだけど。何処にいんだあの獣。


「あーはいはい、火恋ちゃんの疑問には肯定。わりと頻繁に通ってるけど、それがどしたの」

「んーっとな、異能部的にありなのかって思って」

「今の反応を見たまえ。普通にアウト」

「どの口が言ってるんだどの口が」

「いひゃい、いひゃいですぶちょー」


 両頬を引っ張ってくる部長に抗議しながら、者共の拘束を振りほどいて脱出。そのままコーラを一気に煽りながらくるみちゃんの隣に着席。

 瞬間移動にびっくりしてるくるみちゃんにイケメン笑顔を見せつけ赤面させながら、顎をクイッとする。


「ボク悪くないよね?」

「ふへっ……///」

「後輩を誑かさないで。ホントに。殺すよ。私の目が黒いうちは絶対に許さないから……!」

「緑じゃん」

「諺だよ。真宵ちゃん。私だけを見て?」

「うわでた」


 鼻と鼻がごっつんこする程の至近距離に日葵の顔。

 うーん相変わらず良い顔。そのまま鼻を擦り寄せてこなけりゃ百点満点なんだけど、やっぱ無理か。謎に発揮するヤンデレ状態の日葵はこういう所がある。

 なんていうの。脅してる癖に甘えてくる感じ。

 お前勇者だろ。魔王にそこらの動物的な求愛行動をするな。


 取り敢えずデコピンで日葵を跳ね飛ばし、なんでか知らんけど逢瀬を見るような目で見てくる後輩たちの頭を軽めに叩く。

 ガン見すんな。日葵が興奮する材料が増えるだけなんだから。


 副部長たちは話を逸らすなって目で睨んでるけど。


「んもー、そんなに怒んないでよ。興味あるなら皆で行ってみる? 治外法権だけど開催期間中は命を狙われる心配もないよ?」

「……主催者の異能で禁止されているんだったか」

「そうそう。ルールを破ったらその場で首チョンパ。犯罪者の癖して厳格なんだよ」

「任務で要請があったら行くかもしれんな……」

「はぁ……そういうのは特務局の専売特許だろうが。洞月、頼むから大人しくしててくれ。裏社会と厄介な繋がりを作るな、頼むから……」

「切実なお願いすぎて笑える」


 これ、場所がファミレスだから副部長たちにキツく詰問されてないだけで、帰り際とか屋内に連れてかれそうな気配するな。

 早く帰ろ。なんだったら影に潜ってでも逃げ切って明日を迎えてやる。明日になったら時効だろ。


 ……非情になり切れない先輩たちのそういうとこ、嫌いじゃないよ?


「甘やかしすぎだよね」

「どっちかと言うと甘すぎなんだよ。足元すくわれて死ぬのがオチだ」

「……そうならないようにするのが私の仕事かな」

「……できると良いね」

「できるよ。私だもん」


 永続作用の【否定虚法(ネガ・オーダー)】でちょっくら弄ってるのもあるけどさ。


 そもそもの話、異能部のメンバーって裏社会とかに浸かった浸かってた経験があるヤツが集まって徒党を組んでるようなもんだからね。

 もうその時点で終わってるんだよね。

 例えば元暴走族の総長、確定暗殺家業、悪人狩り、自称ハッカーの弟子、闇深孤児院の人造天使、借金で命を狙われかけたスライムガール、そんでボク。

 ……清廉潔白なの男子だけじゃね? そろそろ女さん全滅しちゃうよ?


 あの雫ちゃんさえ借金取り(詐欺)にあってんだよ?


 無事なのは玲華部長とくるみちゃんだけ……いや、二人とも裏社会に目をつけられてるから浸ってる判定に入るかな?

 片や異能部の竜殺し、片や世界が誇る財閥令嬢。

 狙われないわけないわな。日常的に屈強な殺し屋が送られてないのが不思議に感じる。


 それとも裏で撃退してるとか……ありそうだな。


「はぁ……まぁ洞月くんに関してはもういい。ここで無闇に聴き出さなくても良い話だしな」

「聞かなかったことにしよう。脳が疲れる」

「なんでー???」

「とっちめようにも物的証拠が無いからな。どこまでお前の発言に信憑性があるかもわからない……現場を見つけさえすればなぁ」

「よーし、全力で隠れよ」

「それに問い詰めるのは去年にもうやったからな……余罪が増えればまたするつもりだ。拷問部屋でな」

「今増えた気もするけど……」

「拷問部屋とか作るのやめて?」


 その時は全力で逃げよう。いくら転生特典でボクが裏社会に精通していてもあまり疑問に思わないようにだとか、すぐに捕まえようとしないようにしてもさ、時と場合によっては解けちゃうんだ。

 万能だけどボクによって色々と左右されるから。

 今はドミィに封印されてるのが良い例だ。この世に完璧は存在しないことを言い表している。

 永続作用に設定しておいて良かったよ、本当に。


「今度は私も誘って。監視の為に同行するから。何も買わせないけど」

「それ行く意味ある?」


 あ、でもブラマ通いは別に隠してなかったっけ。

 今までは疑惑だったけど、火恋ちゃんのせいで皆に確定されてしまった感じになるかな?


 いやぁーでも仕方なくない? 闇市って便利だもん。


 それにヨミヒラの闇市は他のと比べても市場自体の安全性が段違いなんだ。

 ならず者の集まりとは言え、徹底されているのだ。

 アルカナにも闇市はあるけど、普通に治安悪いからオススメはしない。

 ま、初めてなら交通費かけてでも行くべきだよ。


「真宵、お前ってさ、あんま隠す気ないよな」

「ん〜、別に知られても問題ないことは隠さないのが普通じゃない?」

「問題あるだろこれ」

「へーきへーき」


 黒彼岸なのがバレなきゃへーきへーき。流石に今も現役で掃除屋やってますとか、犯罪組織に所属してますってのは隠し通すけど。

 流石にバレたらアウトな話題だ。闇市行ってるのは後で異能部として調査してましたって方便吐いてればある程度の文句付きで受理されるけど、流石に現役で犯罪者やってますは不味い。改変能力関係なくな。

 潜入なんて言えやしない。

 ……おじさんがヤケに潜入工作をしてるって体を取らせたいのも、そういうのが理由なんだろう。


 大丈夫。黒彼岸だってバレた暁にはおじさんをまず真っ先に狙って命の危機に瀕させてあげるから。

 そうすれば何も知らない無関係な人間が完成する。

 ね? 悪い子供に洗脳されてまんまと騙されちゃった大人って構図が完成する。ある程度の責めはされるだろうけど、そこは大人パワーで何とかして欲しい。


 あーホント、洗脳できる異能持ってて助かったわ。


「そんなことよりデザート頼みません? 真宵ちゃんの隠し事なんて暴いてたらキリないですし」

「まるで沢山あるみたいな言い方だな……まぁいい」

「コーヒーゼリーあったら頼んどいて」

「はいよー」


 なーんて仄暗い話をしていたら、身体がデザートを求め始めた。日葵も同じ気持ちだったみたい。

 生クリームとかアイスが乗ってるコーヒーゼリーは美味しいから好き。

 なかったらチーズケーキにするけど……

 あ、ある? なら良かった。え? 生クリームとアイスどっちを乗っけるのかだって……?


 そんなもん欲張りセット両方でアンサーだろ。


 ……ダメなの!?






◆◇◆◇◆







 あの後、結局二択で選んだのはバニラアイスを上に乗せた方のコーヒーゼリー。

 クリームは惜しくも決勝戦敗退。次回に期待だ。

 美味しいデザートに舌鼓を打ち、心地よい多幸感で胸がいっぱいになる。満足してお腹を摩っていれば、お会計の時間がやってきてしまった。


 あー、もう本屋は閉じてんな。大人しく帰ろう。


 部長達が代表してお会計をしている間、意味もなく店の外で駄弁る。

 鶫ちゃんがブラマに興味があるのかすごいお目目をキラキラさせて話しかけてくる。

 なに、何が欲しいの。暗器? 確かにあったけども。

 今度行く時は日葵同伴、鶫ちゃんもお供に連れていかなきゃかもしれない。多分だけど置いてったら影に潜られてついてくると思う。それだけは阻止せねば。


「あっ!」


 そう決意を固めていると、くるみちゃんがなにやら思い出したように声を上げて鞄を漁り始めた。


 退店した部長達と一緒に、何かなとそれを眺める。


 ……十秒も続いた沈黙は、やっとお目当てのモノを見つけたくるみちゃんの声によって破られた。


「あ、あのあの。皆さん、今週の日曜日って空いてますですか!?」


 掲げられた彼女の両手には、ちょうど異能部の人数13人分の───チケットが握られていた。


 “エーテル博物館”と書かれた、優先権のような物。


「………ん?」

「………は?」


 日葵と声が被る。くるみちゃんが取り出したのは、世界有数と言ってもいい博物館のチケット。

 それもエーテル世界、異世界に関する博物館だ。

 ……ボクと日葵が全力で避けていたアルカナの名所である。


 展示内容としては大半が終末期の楽園戦争。ボクの前世とか日葵の前世に関するモノがいっぱいあるんだそうだ。


 ……いきなりだな。そもそも人数分どうやって……

 金持ちの力ってヤツか? いやマジで何を目的にわざわざ博物館のチケットを……?


「パパが友達と行きなさいって……えと、その」


 だいふごー! 娘さん困っちゃってるじゃないのー!


 成程ね。子を思ってのプレゼントか。確かに異能を極めるにあたって異世界のことを知るのは正しいと言えるけども……


 そんな突然の申し出に、異能部の反応はと言うと。


「日曜となると、明後日か」

「俺の異能で空想が来ないと予知できれば、今週末は時間ができると思うぞ。来なければの話になるが」

「不安を煽るような事言うんじゃないわよ、メガネ」

「日曜空いてるよ、僕」

「へぇ……実は気になったんだよなぁ、これ」

「ん。行く」

「わ、私はお留守番してますね、えへへ……陽キャの皆で仲良くしててくださぃ……」

「多世殿も行くんでござるよぉ〜強制でござる」

「興味あるッスね!」

「まー、参加権あんなら行くぜ。金を無駄にすんのも悪ぃしな」


 わぁ、約一名は強制とはいえ全員行く気満々だ。

 玲華先輩も廻先輩も学習的な意味で乗り気みたい。雫ちゃんと姫叶くんは予定表片手に参加を表明。実は異世界への興味関心でいっぱいな一絆くんも肯定的。弥勒先輩は即答、多世先輩は鶫ちゃんによって逃げ道を塞がれた。丁嵐くんと火恋ちゃんも行く気満々だ。

 ……これはボクたちも行かなきゃだよね。

 溜息は我慢して、諦めの表情も隠して、日葵と並びくるみちゃんの頭を撫でる。


「ぅ?」

「いっぱい遺物とか観ようね。きっと古臭いのばっかだろうけど……きっと退屈はしないだろうね」

「見たかったモノがあったんだよね。ありがと♪」


 誰だって自分たちが関係する過去、黒歴史を見られたくないだろう。だからあんまり直視したくはない。

 でもどうやら年貢の納め時のようだ。

 最近逃避が悉く上手くいかない気がするが……この調子だと、ボクの秘密なんて簡単に暴かれちゃいそうな気までしてくる。


 はぁ〜……魔王関係の遺物が少ないことを祈る。


「楽しみだね、明後日が」

「はいなのです! あ、学院集合、お迎えはリムジンで良いですか?」

「「「それはちょっと待って」」」

「ふぇ?」


 普通に現地集合でいいよ。リムジンはキミが乗って来ればいいから。まずボクは乗らない。絶対に。


 だから乗らないって言ってんでしょ! ヤダよ!!


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