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03-13:名前という贈り物


 都祁原(つげわら)邸の早朝───屋敷の外に広がる中庭にて、二人の少年少女が切磋琢磨と鍛錬に励んでいた。


「ん……こうか?」

「そうそう、合ってるよ。王国式は他のと比べて特に自由度が高いんだ。万が一他の型に変える〜って時も変な癖ができずらいの。ある意味便利なんだよね〜」

「へぇ、つまり流派変更の融通が効くってことか?」

「そゆこと」

「異世界の剣技ってのは、俺が思ってた以上に奥が深いんだなぁ……」


 それは、木刀を握って構える一絆と、腕を持ったり支えたりして指導している日葵の二人である。

 教えている内容は王国式と呼ばれる異世界の剣術。

 日葵が勇者時代に培った基本戦術の一つで、仲間の剣聖から派生を教わった基礎にもなった思い出深い技の始まりである。


「みーんなそんなもんだよ。そんなもん」

「成程なぁ……っておい」

「えっ? と、あ〜〜ごめんね? 別に悪気はないから、その、安心して?」

「全国の童貞から命を狙われる自信あるぞ俺」

「下ネタげんきーん」

「真宵に普段言ってる奴のセリフか……?」

「それはそれ、これはこれ!」


 二の腕から感じた体温が離れた事で、一絆は密かに安堵する。


 一絆は日葵のスキンシップにある程度慣れていた。

 人は順応するもの。毎朝密着されながら体術稽古や棒術指導をされたお陰で、一絆はある程度耐性ができていた。

 本当にある程度、なのだが。


(距離感バグってなけりゃ良い女なんだけどなぁ……いやあっても変わんねぇわ。なんだこの完璧美少女)


 心の中で若干引かれている事を、日葵は知らない。


「いやぁ、ホントは剣を教えるのはまだ先で棒術から極めてもらうつもりだったんだけどね〜」

「そいつに関しては俺もビックリなんだわ」

「かーくん精霊ちゃんとどんな交流してるの? まさか命名式の前に能力一部解放するなんて……誰も思ってなかったよね」


 そう、今一絆が剣術を指導されている理由は、彼と精霊たちとの交流による変化から来ている。


『〜〜? !! 〜〜♪』


 呼ばれたと思ったのか、光の精霊が一絆の背後からぴょこんと現れた。疑問の顔から喜びの表情へ、喜怒哀楽を全身で表現する精霊たち。

 その中でも、一絆の最初の相棒として現れた───そう、初めての対等な仲間。


 楽しげな様子の精霊を撫でながら、言葉を漏らす。


「……光の剣、かぁ」


 感慨深げに言う一絆の言う通り、なんと光の精霊が盾以外の能力も使えるようになったのだ。


 それも、“剣”という攻防優れた武器の形をもって。


 木刀を持った右手の反対側、左手に光を集束する。

 すると、一絆の左手に精霊の魔力で構成された剣が形成されていた。剣の形状は西洋剣。グリップや柄の部分は金属でできているが……

 不可思議な事に、刃の部分はまるで“光”そのもの。

 普通の剣の柄に、光り輝く“光体”が剣身の代わりに刺さるように生えていた。


 これが一絆と光の精霊の、新しい武器である。


「日葵のとは全然違うんだよな」

「あー、私の剣は光そのものって感じだからね。その光剣はちゃんと人間の武器してるし」

「その言い方だとお前のはしてないって感じだが」

「なんかそうゆうのっぽいよ? ほら、そもそも異能の名前自体に天使って付いてるぐらいだし」

「確かに……根本が違うんだな」


 実際に日葵が光剣を出せば、剣全体が光そのもので構成されている。一絆との違いは明白だ。

 ふよふよ宙に浮かせた光剣は、人ならざる者の証。

 天使という種族固有の、種族共通の武器。


 精霊が鍛錬する剣とはまた違う、別種の剣なのだ。


「……だとすると、なんでお前が使えるんだ?」

「……ふふっ、さぁ?」


 そこで一絆に湧き上がったのが、日葵が天使の剣を作れて、尚且つ天使の言葉を使えるのか。

 

 そんな疑問に対し、曖昧に笑って日葵は誤魔化す。


(……まただ)


 幾度目かの不信感。何かを隠す日葵は、いつもその真相を笑みの下に隠している。

 例えば、時成に拾われる前は何処にいたのか。

 例えば、その剣技自体を何処で知り、学び、誰から教わったのか。


 虚空を眺めるあの目に映る郷愁は、一体何なのか。


 聞く度にはぐらかされる一絆は、少し、あけすけに言えば腹が立っていた。


「隠し事ばっかしやがって……」

「あはは、ごめんね? 言ったら言ったで大変なんだ。色々と……さ」

「納得する気はねぇぞ。少しは話せよ」

「ごめんって〜!」


 エーテル世界出身の純正勇者ですとは口が裂けても言えない日葵。魔女ドミナという前例があるものの、それは実績と証拠があるが為に皆に受け入れられているだけ。

 対して、今の日葵に勇者であると、転生者であると証明する手段がない。スキル【勇往旭心(ブレイブハート)】を見せても信じられる確率は五分を下回る。

 ……記憶開示も手札にあるが、使うものでは無い。


 秘匿する内容は、一重に言ってほぼ前世関係のものなのだから、いつまでも日葵は口を閉ざすのだ。


 ───彼女が誰なのか、世界が気付くその日まで。


「ま、文句は後でいっぱい聞くから……今はその剣を扱えるように鍛えようね!」

「逃げたな。まぁやるけど……稽古、お願いします」

「うーん堅い! もっとフランクに行こう!?」

「形式ってのも大切だろう?」


 ニヤリと挑発的に笑い、一絆は光剣を消して木刀を構え直す。


 その気概に日葵も笑い返して、木刀を力強く握る。


「ふふっ、じゃあ……始めよっか!」

「押忍!」


 こうしてまた一つ、望橋一絆は強さを手に入れた。






◆◇◆◇◆






「朝から元気だねぇ、鬱陶しいよ」

「初っ端からひでぇ言い様…… おはよう真宵。って、何運んでんだ?」


 場所は同じく都祁原邸庭園。宙に浮かせた影の手で大きな木箱を持ってきた寝起きの真宵が、稽古を終えて汗を拭っていた日葵と一絆の前に現れた。


 疑問と共に箱の中身を覗けば、魔術チックな風味の怪しい道具がたくさん入っていた。乾燥させた草葉、なにかの根っこ、紫色の液体が揺れるフラスコ。

 更には無色透明の丸水晶、古ぼけた羊皮紙……

 完全になにか儀式をするつもりのセット。恐る恐る問えば、真宵は話を膨らませながら静かに答えた。


「んー、一絆くん、今日は晴天だね」

「おうそうだな」

「今のキミって健康体だよね」

「……そうだな?」

「精霊ちゃんに命名するに良いタイミングだとは思わない?」

「そうなのか???」


 精霊に命名する。その文字列を前に一絆は、意味を理解してから目を見開いた。


「……え、今やんのか!?」

『〜!?』

『……〜?』

『???』


 ビックリする一絆と光の精霊。異変に気付いたのか水の精霊と土の精霊もひょっこり顔を出した。

 そして、彼女たちも話を聞いて驚きの顔をする。


「名前はもう考えついてるんでしょ?」

「そりゃあまぁ……できてるけど。お前がまだダメだやるなって言うから伝えてないだけだし……」


 つまり、一絆が契約した三体の精霊に名付けをする絶好の日だと言う───その為の儀式道具であった。

 何処からその道具を拵えたのかは不明だが……


「半分は自前。もう半分は悦ちゃんにお礼言ってね」


 同伴では無いものの、魔王の側近だった魔女も手を貸していると知った一絆は、思わず固まった。なにせ心の準備ができていなかったので。


「というか突然過ぎねぇか。もっとこう、事前に俺にやるって伝えるとかなかったのか?」

「私も初耳なんだけど……ホントに今やるの?」

「今やんなきゃ何時やるのさ。伝達ミスは意図的さ」


 二人の疑問をテキパキと捌きながら、真宵は中庭の草地に折り畳まれていた羊皮紙を大きく広げていく。羊皮紙の折り目を真っ直ぐに広げると、それは一絆が寝転んでも身体が収まるぐらい大きいサイズとなる。

 思ったよりも大きい羊皮紙に真宵は道具を置く。

 ……置こうとする前に、何かを思い出したのか左のポケットからバタフライナイフを取り出した。


「えいっ」

「いづ……はぁ!?」

「───えっ、傷害事件!? ちょっと突然何してんの真宵ちゃん!?」


 そして、一絆の手首を掴んで引き寄せ、何も言わず真顔でナイフを一閃。血を吹かせた。


『〜!!』

『ーー!!!』

『……!』


 全身で抗議する精霊三体を無言で押しやり、真宵は謝罪も何も言わずに一絆の血で赤く濡れたナイフから手早く目的のモノ───赤く瑞々しい血を採取する。

 数秒ほど見蕩れるように血を眺めた後、真宵は再び羊皮紙と向き合う。

 指に乗せた水滴のような血を垂らして────…


 いっきに指を動かして、魔法陣を描き始めた。


「うわ、早……」

「日葵、治癒してくんね?」

「ちょっと待と? まだ必要って言われたら二度手間になると思う」

「怖いこと言うのやめてくんねぇかな」


 描き終わったのは一分後。複雑怪奇な模様を持ち、その全てが意味のある魔法文字を一絆の血で描き終えた真宵は、ひと仕事終わらせた後かのように汗を拭う仕草をした。

 汗などかいていないのに。そして不思議なことに、魔法陣作成に使われた血の量はどう見ても採取された倍はあった。


「……あ、ごめんね?」

「謝んの遅ッ。今気付いたみたいな顔すんなよ」

「いやぁ、こういう契約のって契約者の血でやるのが王道なの知ってるでしょ?」

「そりゃあなんとなく理解できるが……」


 説明不足の真宵は、常に我が道を突っ走っている。


「それに今この場で魔法陣描けるのは……ねぇ?」

「だからっつってもよぉ……せめて事前になんか一つ言ってくれ。頼む。後生だから」

「心臓に悪いんだよね、真宵ちゃんの行動って」

「悪かったって」


 心にもない謝罪を繰り返しながら、真宵は命名式の準備を進めていく。

 乾燥させた灰色の葉───歌紡ぎの新芽。

 足のような木の根っこ───マンドラゴラ亜種。

 紫色の毒々しい液体───未完成の精霊薬。

 淀みのない透明な丸水晶───真実の瞳。

 色とりどりの石の欠片───属性を込めた魔法石。

 どれも市場では手に入らない、それこそ個人で隠し持っているような代物の数々。魔法陣に描かれた円に収められ、儀式の触媒として並べられる。


 尚、一部始終を眺めている一絆と日葵は真宵が何をどうしているのかわかっていない。


「光属性・水属性・土属性……火属性はこの前どっか吹っ飛ばしたから……うん、これでいいな」

「できたの?」

「でけたよ〜」


 それぞれの精霊を現す属性を込めた魔法石を三つ、中央の陣に放り込む。それが最終工程なのか、真宵は儀式の準備完了を宣言する。


「おいで、始めるよ───一絆くんの精霊命名の儀」


 幾つもの触媒が乗せられた赤い血の魔法陣を指さす真宵は、円陣の中央に一絆を立たせる。血が吹き出た手首はもう必要ないからと日葵に治されている。

 そして、精霊たちにはそれぞれに対応する魔法石の上に浮かせ、所定位置につかせる。


「この儀式は精霊に名前を与えると同時に、キミとの繋がりを強化するモノだ。太陽の位置、気温、風速、術者の体調……これら全てが良好だと尚良。わざわざ朝早くに行う理由は……ボクの気分的な問題」

「朝苦手なお前が、気分……?」

「尚の事ってだけだよ。特に理由は無い。夜は例外で儀式に向いてないからダメだけどね」

「ほーん」


 蚊帳の外の日葵を置いて儀式の概要を伝える事で、何も知らない一絆の理解度を上げ、より命名の儀式が成立しやすいよう誘導する。

 精霊三体にも同じ説明をした後、真宵は一絆に杖を出すように命じる。


「異能の杖を胸の前で構えて、言霊を唱えれば術式が起動する。そしたら魔法陣が光って精霊も光るから、キミの考えた名前を付けてあげて……儀式的な問題で失敗したら無駄な工程が増えちゃうから、命を賭ける勢いの心構えでやってね?」

「お、おう。わかった……やりゃあいいんだな?」

「本当は別に儀式とか関係なく精霊たちに名付けても問題は無いんだけど、キミとの繋がりを強化、万が一反抗されても平気なようにする……それがこの儀式」

「……そうか。あ、ところでなんだが、言霊って何を言やいいんだ?」


 工程を説明する真宵は最後の疑問に真顔で応える。


「───《■■■・■■■■■》だよ」

「何語???」

「フィーリングで覚えて。なんとなく羅列はわかったでしょ? 意味は理解できなくて良いから。下手したら命落とすし……」

「待ってそんなあぶねぇ呪文なのか!?」

「呪文じゃなくて言霊ね」


 少々不安を抱きながら起動の言霊を反芻して覚え、何時でも唱えられるように一絆は目を瞑る。発音やらイントネーションやらは不出来だが、そこは真宵が補助すると宣言。一絆はそれを信じてただただ詠唱することだけを考える。

 そして、脳裏に描いた精霊たちの名を、しっかりと伝えられるように思い浮かべる。


「手っ取り早く済ませよ───準備はできた?」


 羊皮紙の外枠に立った真宵が、両手に魔力を展開しながら一絆に問えば、彼は無言で肯定する。精霊たちもわくわくソワソワした様子で頷き、今か今かと名付けの瞬間を待つ。

 真宵監修の元、遂に精霊命名の儀が───始まる。


「行くぜ───《■■■・■■■■■》!!」


 手始めに一絆は具現化した【架け橋の杖(アルクロッド)】に全身の魔力を一点集中させる。膨大な魔力が杖へと集まり、大きな翠色の魔力の渦となって先端の水晶を翡翠色に輝かせる。

 そこで儀式の言霊を唱え、杖を法陣に突き刺した。


 瞬間、溜められた一絆の魔力が魔法陣に流れ込み、真っ赤な血で塗られた円が翠色に変色、目映い輝きを放って辺りを染めていく。都祁原邸一帯が翠色の輝きに襲われるが、そこは真宵がカバーして隠蔽。加えて日葵が魔法陣の周辺に結界を張って余剰魔力が外界に逃げないよう細工する。

 精神統一された一絆の思考は冴え渡っており、ただ杖から魔法陣に魔力を流し込むのではなく、魔法陣に広げるように流すべきだと本能的に察し、実行する。

 それが正解だったのだろう。線をなぞるように走り広がった魔力によって魔法陣はより輝きを放つ。


 発光する魔力は円陣の中で名付けの時を待ち構える精霊たちにも流れ込んでいき、彼女たちの身体も光に包まれ……否、彼女たち自身が仄かに発光しだした。

 目を瞑り、祈るように手を組む三体は、各々の色で儀式の場を彩っている。


「まぶっ……!」

「へぇ……わざと言わなかったのに。天才肌ってか」

「真宵ちゃん、正気?」

「いーや? 狂気で満ち溢れてるよ」


 真剣な顔で儀式に参加する一絆を余所に、ふざけた物言いの真宵は笑みを深める。言われた事だけを実行するのではなく、感覚でこうすべきだと己で修正した一絆へ向けた興奮であった。

 性格の悪い真宵は、彼に敢えて伝えなかった事項が幾つもある。それら全ては望橋一絆を試す、ただそれだけの挑戦状。彼が自分自身の力で正解に辿り着く様を見たいのもあるが、実際にその目で確かめたいのもあるのだろう。


 邪神に選ばれて世界を飛んだ、一人の青年の力を。


「さぁ、大詰めだ。キミは一体、どんな名を贈る?」


 その後も完璧な模範解答を叩き出し続けた一絆に、真宵は思わず拍手を送る。必要不可欠な情報をわざと抜いた事は後で謝るつもりだが、今は名付けの瞬間を見るのに忙しいようだ。

 日葵は日葵で真宵に一言文句を言いたい気分だが、今はその時では無いため黙っている。ただ一心に、儀式が無事に終わることを祈り見つめていた。


『───!』

『───!』

『───!』


 精霊たちの浮かぶ円陣から光の柱が立ち、魔法陣を渦巻く魔力が最大限の輝きを持って呼応する。

 その変容を合図として、一絆は杖を振り上げた。


「行くぞ」


 ───命名の儀、彼らの繋がりを強化する名付けの時間である。


「真名付与───《 ラプチャー 》!」

『───!』


 まず最初に名付けたのは光の精霊。誰にも認識され可視されないのをいい事にふらついていた女の子は、そこで奇跡に出会った。

 生まれて初めての窮地に戸惑う一絆を助け、無償で契約した───それが二人の出会いであり、冒険の始まりであった。

 小さな手足を大きく広げ、満面の笑みで喜ぶ彼女、歓喜の名を与えられた精霊は全身で喜びを表現する。


「真名付与───《 エナリアス 》!」

『───♪』


 次に呼ばれたのは水の精霊。かつて呪いに侵されて死の淵を彷徨っていた彼女は、一絆と出会わなければ生きていなかった……それこそ運命だったのだろう。

 居場所を失い、新天地にて居場所を得た水の精霊。

 エーテル世界の言語で“湖の秘宝”を意味する文字と地球にある海を冠する大神の異名二つを参考に作ったその名を贈られた彼女は、少しだけ大人ぶった顔で、それでも隠しきれない喜びの感情を胸にその名を受け入れた。


「真名付与───《 ノシュコス 》!」

『───///』


 そして最後に名を贈られたのは土の精霊。不特定の誰かに救難信号を飛ばして、精霊喰いから命からがら助けられた大精霊。

 百年近く引きこもっていた彼女は、名を持たない。

 一絆が考えたその名前は、エーテルの世界の言語で言う“土”と“植物”を意味する言葉の組み合わせで作られたもの。

 照れた様子で喜ぶ土の精霊は、頭に乗せたキノコの傘を抑えて目元を隠し、プルプルと震えている。


 ───以上をもって、三体の精霊たちへの名付けが終了する。


 魔法陣が一際大きな輝きを放ち、徐々に徐々にその光量を下げていく。契約者と精霊たちの身体を繋げるように光の線が伸びた後、四人のお互いの身体に吸収されるように消えていった。

 その現象を最後に、魔法陣の輝きは完全に絶える。それが儀式終了の合図であり、一絆たちの繋がりがより強固となった証であった。


「───ふぅ……っし、終わったぞ!」


 腰に手を当て、額を流れる汗を拭った一絆の顔は、それはもう達成感のある笑顔であった。






◆◇◆◇◆





『───☆』

『───!』

『───♪』

「あぁわかったわかった! 嬉しいのはわかったから! ちょ、群がんな群がんな顔に群がんなって!!」


 精霊命名の儀が終わってからすぐ。

 喜びの舞を踊ったり恵みの水でバシャバシャしたりゴーレムを作って踊らせたり、挙句の果てには一絆の顔に群がってぺたぺた触って喜びを表現していた。

 光の精霊はラプチャー。

 水の精霊はエナリアス。

 土の精霊はノシュコス。

 異世界言語辞典でそれらしい要素を調べ、そこから名を借りて作ったのが彼女たちの名前である。

 一絆が三日三晩悩んで考えたのだ。


「ふーん、悪くないね」

「良かったね、素敵な名前もらえて!」

『〜♪』


 真宵と日葵は儀式完遂を褒め称えながら精霊たちの頭を撫でる。その最中に真宵は影の中へと使用済みの魔法陣や触媒を片付けて行く。

 羊皮紙の下でほんの少し焼き焦げた地面も元通りに書き換える。


「あ゛ぁ〜〜〜緊張した……つーか真宵てめぇ。後で覚えとけよ」

「試練だよ試練。気にすんなって」

「するわ馬鹿」


 確信犯の足を蹴ったり払われたり蹴り返したりと、怒り心頭の一絆は真宵に攻撃したりされたりとじゃれあうが、ただの子供の児戯に終わってしまった。

 相手が悪かった。言動的にもあらゆる意味で今日も一絆は被害者であった。


「まぁまぁ。真宵ちゃんは後で私も制裁しとくから。もう時間も時間だし、朝ご飯食べよ?」

「えっ」

「それもそうだな。よーし、ラプ、エナ、ノシュ! 朝飯食うぞ〜!」

『『『〜〜〜!』』』

「もう略してんじゃん……」


 愛称である。その愛称も三体は気に入った様子。


 元気よく庭を駆けてリビングに入っていく後ろ姿を見て、日葵は思わず元気だなと呟く。その腕の中には首を絞められて死にかけている真宵がいた。

 有言実行、真宵への制裁は速やかに執行された。

 顔を青く染めて絞殺されそうな勢いの真宵は、まだこんな場所で死にたくないと必死にもがいている。

 彼女はシチュエーションを大事にする女。

 自分の死に場所は自分で作って整えたいという大変めんどくさい性格の女である。そして日葵はうるせぇ生きろの精神で真宵を生かす女である。


 近いうちに真宵は監禁されるかもしれない。


「……ねぇ真宵ちゃん」

「なーにサイコパス。人様をこんな締めながら世間話始める精神はどうかしてると思うよ」

「はいはい。でさ。かーくんってこれからどうなると思う?」

「……さぁ」


 精霊と契約して、名を与え、存在を繋げた異邦人。


 彼が、彼女たち精霊がどんな進化を遂げるかなんて真宵には素知らぬこと。こっそり観察して楽しめればそれでいいのだ。

 良い方向に進もうが悪い方向に進もうが、真宵からすればどちらも楽しいモノなのだから。


 邪神に選ばれた青年なら、きっと運命に翻弄されて面白い様相を見せてくれはするだろうから。


「あとさ、あの儀式の内容ってどっから引っ張り出してきたの?」

「……千年前に見た古書の記憶からだね」

「カーラちゃん何年生きてんのホントに」

「何年でもいいでしょ」


 儀式の概要は既に紛失している。今は真宵の記憶と仇白悦の知識がなければやりようにもないだろう。

 それだけ昔の代物だ。

 真宵がカーラだった時代に読んでいなければ、この名付けは成立しなかった、かもしれない。


 拘束を解きながら雑談を交える。腕による締め痕が残った首をポキポキ鳴らして回しながら、真宵は心底どうでも良さそうな目で溜息を吐く。

 朝っぱらから動いて疲れたのだろう。既に今日中のやる気が削がれていた。

 そこに日葵は喝を入れながら、いつもより賑やかな部屋の中を見つめる。


「……もっと増えそうだね、かーくんの精霊たち」

「炎の精霊になった四天王配下が待機列に並んでるの知ってる?」

「待って初耳なんだけど?」


 そうして聞かされていない一絆への重要情報を吐き出させながら、日葵は真宵を締め直すのであった。


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